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第十六話 避難所

「のぞみ」
一方その頃、薫はなぎさとほのかを連れてのぞみの家に上がっていました。のぞみは
家の中でうららと一緒に、祈里とりんから料理の作り方を教えてもらって主に味見を
していましたが、薫の声に「どうしたの薫ちゃん?」と玄関の方に出てきます。
「どうかした……って!?」
のぞみは薫の後ろにいるなぎさとほのかの姿を見て驚いてぺたんと尻餅をつきました。
「ににに、人間!?」
「ごめんなさい、勝手に」
薫がのぞみに一言謝ると、のぞみは尻餅をついたたままの格好で、
「ごご、ごめんって言うより、何で? 何でここに?」
と薫、なぎさ、ほのかを順番に見比べます。
「困っているそうだから」
「へっ?」
のぞみは座ったままでそれでも背筋を伸ばしました。きょとんとした目でなぎさと
ほのかを見やります。
「隠れる必要があるそうなの」
「そうなんだ……」
壁に手をつくようにしてのぞみは立ち上がりました。
「薫ちゃんのお友達?」
「そういうわけじゃないけど。ここに来る時、道を教えてもらったわ」
「そっか」
のぞみはぱたぱたと歩くとなぎさとほのかに近寄って人懐こい笑みを浮かべました。
「初めまして、のぞみといいます」
と挨拶をします。なぎさとほのかも慌てて自己紹介をしました。
「薫ちゃんたちのこと、ありがとうございます――何か困っていることがあるんだったら、
 ここに居て」
「のぞみ、待って」
のぞみが最後まで言い終える前にりんの言葉が割って入りました。りんがお化けの姿を
していたらきっとなぎさは一目散に逃げ出していたでしょうが、
今は足を生やしていたのでなぎさもりんの正体には気がつきませんでした。
「りんちゃん、何?」
「困っている人を助けるのはいいけど、困っている理由は説明できる範囲でしてもらった
 方がいいでしょ」
そう言ってりんはなぎさとほのかに目を向けました。
「そうね。……当然ね」
ほのかはりんの意見に納得していました。他人事ながら、のぞみのお人よしぶりが
少し心配になってもいたのでした。
「じゃあ、中でお話ってことでいいよね?」
のぞみがそう決め、なぎさとほのかはようやく家の奥へと入り込みました。咲と舞、
満はそれぞれ動物の姿でなぎさの後について入ります。

通された奥の部屋は普通の人間の家にもありそうな板間でなぎさはほっと安心しました。
自分たちから上がりこんだようなものの、いかにも魑魅魍魎の空間といった状態だったら
どうしようと思っていたのでした。

のぞみとりんが部屋の一方に座り、それと向き合うようにしてなぎさとほのか、ひかりが
座ります。薫は部屋の扉のすぐ傍に腰を下ろしました。遅れて入ってきた満は猫の姿の
ままで薫の膝の上に丸くなります。薫は満を一度床の上に降ろしましたが、
また乗ってきたので諦めて膝の上に乗せたまま背中を撫で始めました。
満は目を閉じてごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らしていました。

咲と舞は人間の姿になって入ってくると薫の隣にちょこんと腰を下ろしました。
美希や祈里、うららは部屋の中には入らずにお茶の支度をしながら、
その様子を窺っていました。

「私たちが隠れなくちゃいけないのは……」
全員が落ち着いて座ったところでなぎさが口火を切ります。
「ひかり……ってこの子だけど、この子を守らなくちゃいけないからなんだ」
「その子はなぎささん達の妹なんですか?」
ううん、となぎさは首を振りました。その表情は少し緊張していました。相手が物の怪
なのだから、もしかするとこれから話すこともそれほど驚かれはしないかもしれない、
となぎさはちらりと思いました。
「ひかりは私とほのかが見つけたんだ。竹の中で」
「ええっ!?」
のぞみとりんが仰天したので、物の怪にとっても珍しい話らしいとなぎさとほのかは
理解しました。

「竹の中ってどういうこと?」
「ほのかと二人で竹林の中に迷い込んだことがあるんだけど、その時一本だけ光っている
 竹を見つけて――割ってみたら、中から今よりずっと小さなひかりが出てきて」
「へ〜……」
のぞみはぽかんと口を開けています。薫の膝の上の満はぴくぴくと耳を動かしていましたが、
興味深そうに頭を持ち上げました。
「ひかり自身もその時光ってたりしたんだけど、」
なぎさのこの言葉に満の目がきらりと光りました。
"シャイニールミナスを手中に収めよ"
それはあの晩アクダイカーンから聞いた言葉でした。
"光り輝く、人間の姿をした子どもである。赤子やもしれぬ"
――まさか……、こんなに近くに『シャイニールミナス』が? ……

満は薫を見上げます。薫の胸にはあの夜に授けられた青い宝石が輝いていました。
今の満は赤い宝石を下げてはいませんでしたが、人間の姿になれば満の胸にも
それは輝くのでした。
薫は満の視線に気づいて視線を下に向けました。二人は目を合わせ、何も言うことなく
またお互いに目を逸らしました。

「それで、そこで見つけたひかりをほのかの家に連れて帰って育て始めたんだけど、
 ひかりはすごく大きくなるのが早くてもうこんなに育ったんだけど、
 最近になって変な話があって」
「変な話?」
のぞみの言葉になぎさは重々しく頷きました。
「ひかりのこと、手許に引き取ろうとする人が出てきて……最初は良かったけど、
 だんだん脅しみたいになってきちゃって。ぬいぐるみ被った女の子たちも追いかけて
 くるし、それで、とにかくひかりを守らないといけないと思って馬に乗ったらここまで来て」
「そうなんだ」
のぞみはなぎさの説明にすっかり納得したようでした。
「そういう事情ならここに居てください。いつまででも、大丈夫ですから」
「本当? ありがとう!」
「ありがとう、のぞみさん」
なぎさとほのかが口々に答えます。満と薫は瞳に冷たい光を宿らせて一同の会話を聞いて
いました。咲と舞が自分たちの様子を窺っていることには気づきませんでした。

「お話すみましたか?」
タイミングを見計らって祈里とうららがお茶を持って入ってきます。扉のすぐそばに
座っていた薫たちは慌てて飛び退いて道を開けました。
「あ、そうだうらら。なぎささん達、変な人から逃げてきたんだって。だから……」
「任せてください、のぞみさん!」
うららは自信満々といった様子で答えます。
「この森の守りは私が固めます!」
「うん、うららお願いね」
のぞみにこう言われてうららは満面の笑みを浮かべると、
「はいっ!」と元気よく返事をして部屋から出て行こうとします。

あんな小さな子がどうやって「守りを固める」のだろう? となぎさとほのかは不思議に
思って出て行くうららを視線で追いかけます。りんはお茶を一口飲んでから、
「うららはぬりかべですから。うららに任せておけば、変な人がこの森に入って
 くることはまずありません」
そう説明するとなぎさとほのかは声も上げずにただ目を丸くしていました。
うららはなぎさとほのかに向ってちらりと微笑を見せると、音もなく部屋から出て行きました。

なぎさは自分の前に置かれたお茶をそっと舐めるように飲んでみました。
普通のお茶でした。


小さな子がいるから、という理由でなぎさとほのかは離れにある少し広めの部屋に
案内されました。
「えーと、お布団は小さいのないから大人用になっちゃうけど……」
のぞみとりんが布団を運んできます。
「あ、ありがとう。えーと、気を遣わなくていいからね?」
なぎさはひかりをほのかに渡すと、運んできてもらった布団をばさばさと敷きながら
答えました。
「うん、大丈夫」
ひかりが目を開きます。見慣れない場所にきょろきょろとしていましたが、
やがてとてとてと立ち上がると布団を重ねて運んできたりんの足元に立って着物を
引っ張りました。
「ん、どうしたの? えーと……ひかりちゃん、だっけ」
りんが布団を床の上に下ろしてよっとひかりを抱き上げます。ひかりは抱き上げられて
声を立てて笑いました。
「うー、やっぱり赤ちゃんって可愛いよね〜」
枕をどさどさ置いていたのぞみがたまらなくなったようにりんに近づいて手を
伸ばしました。突然のぞみが近づいてきたのが怖かったのか、ひかりは今にも
泣き出しそうに顔をゆがめました。
「な、泣かないで!」
焦ってのぞみが大声を出します。それに驚いたひかりは今度こそ本当に泣き始めました。
「ひひ、ひかりちゃん〜」
のぞみも泣きそうな声で慌てていると、ほのかが落ち着いた様子でのぞみとりんに
歩み寄ります。
「びっくりしちゃったのよね」
ほのかの声を聞くとひかりは安心したように泣き止みました。まだぐすぐすと鼻を
鳴らしてはいましたが、声は止まりました。
「は〜良かった」
「もう、あんたが驚かすから」
「え〜」
りんとのぞみが言い合っているのを見てほのかは苦笑を浮かべます。りんからひかりを
渡してもらうと、「はいご挨拶。よろしくお願いしますって」とひかりにのぞみの手を
触らせました。
「わあ、ぷにぷに」
のぞみがひかりの手に触れて歓声を上げます。ひかりがやっと自分を見て笑ったので
のぞみもにんまりと笑みを浮かべました。
「ひかりちゃんって、もう普通の食事できるんですか?」
その表情のままほのかに振り返ります。
「ええ。あんまり堅いものや味の濃いものは駄目だけど」
「だったらりんちゃん、ひかりちゃんのためにおいしいもの作ろうよ」
「『作ろうよ』って、あんたは味見するだけでしょうが」
「ええ〜、ちゃんとお手伝いもするもん」
のぞみは少し不満そうでした。
「あの、本当に気を遣わなくていいからね?」
ほのかがひかりを降ろします。いいえ、とのぞみは首を振りました。
「なぎささんもほのかさんもひかりちゃんもお客さんですから!
 ゆっくりしていってください」
「あ、ありがとう……」
「それじゃあ私たちちょっと奥の部屋に行ってますけど、何かあったら呼んでくださいねー」
のぞみとりんはぱたぱたと部屋を出て行きました。なぎさとほのか、ひかりは
久しぶりに三人きりになりふう、と息をつきます。まだ昼間だというのになぎさは
きっちりと三人分の布団を敷いていました。

「何か……すごいことになっちゃったわね……」
ほのかはなぎさが敷いた布団の上にどさりと座り込みます。
「う、うん……」
二人は無我夢中で逃げ出してきただけでその後のことを全く考えていなかったのでした。
ですから今こうしてのぞみ達の――物の怪の住む家にいることも、全く想定外の事態でした。
これからどうするか、それも二人には全然分かりませんでした。
ひかりは二人の真ん中に立ってきょろきょろと心配そうに二人の顔を見ていましたが、
やがてちょこんと布団の上に座りました。その様子が可愛らしくてなぎさはひかりを
引き寄せるとぎゅっと抱きしめました。

「ひかりって本当にあったかいよね、抱っこすると」
「なぎさ、ずるいわ。私にも」
ひかりを抱っこしているなぎさの腕の上からほのかがひかりに抱きつくように腕を
絡めます。三人の身体がぴったりとくっつきました。
――ほのかと一緒だったら何とかなる……
根拠もなく、なぎさにはそう思えました。その思いは確信となってなぎさの胸に残りました。

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