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「ええ。ここに来る時、道を教えてもらったわ」
薫はなぎさとほのか、それに腕の中のひかりの方に目を向けたまま美希に答えました。
「え、あ、あのさ……ここって、その、物の怪が住んでる森だって今聞いたんだけど……?」
なぎさはちらちらと美希と薫を見比べました。美希の姿も薫の姿も、とても物の怪の
ようには見えません。しかしなぎさは美希がついさっきまで空を飛ぶ馬の姿をしていたことを
知っていますし、そう考えると、薫もまた何かの動物に変身するのだろうと思われました。
「その通りよ」
薫は淡々と答えます。
「それでどうしてここに?」
「……ちょっと、どこかに隠れていたくてそれで馬に乗ったらここまで来たんだけど……」
そう言いながらなぎさは美希に目を向けました。その様子で、なぎさが「馬」と
呼んでいるのは美希であることが薫にも分かりました。何か大変なことにでも
巻き込まれているのかと思い薫は眉を僅かに顰めました。
「隠れていたいってどうして?」
「この子を守らなくちゃいけないから」
なぎさは腕の中のひかりを薫に見せました。ひかりはきゅっとなぎさに抱きついています。
事情は分かりませんが、この子を守る必要があるのなら……と薫は思いました。

「そう。隠れるならここは悪い場所じゃないわ」
「あ……あのさ。物の怪の森って、私たちが入ってもいいもんなの?」
「……多分」
また「多分」でした。なぎさとほのかは顔を見合わせました。
「ここに住んでいる本人に聞いた方がいいわ」
「本人って?」
「この奥に住んでるわ。ついてきて」
「あ、あのさ……」
なぎさとほのかはまだ躊躇していました。
「何かしら?」
「私たち、本当にこの森に入ってもいいの?」
なぎさとほのかが住む町のすぐ近くには咲たちが住む狸の森があります。小さな頃から
なぎさ達は「物の怪の住む森には近づいてはいけない」と言われていましたし
それを破ったこともありませんでした。
だから、今この状況でも物の怪が住むという森に入るのは躊躇われるのでした。

「ここに隠れるつもりなら、入るしかないわ」
「……この子やほのかが危険な目に遭ったりしない?」
「あなたたちが先に誰かを危険な目に遭わせなければ」
森の奥の方へ行こうとなぎさたちに背を向けかけていた薫が振り返ります。
その目は野生の光に彩られていてなぎさとほのかはぎくりとしました。


「……咲、舞」
猫の姿で遊んでいた満が急に声を顰めると草の中に隠れます。咲と舞も慌てて
満について隠れました。
「誰か来た……薫と一緒にいるわ」
「薫と? どういうことだろう」
「……しっ」
薫が先頭に立ち、二人の人間が後ろについて満たちが隠れている草むらの前を
通り過ぎていきます。あれあの人たちは、と舞は思いました。

――どういうつもりなのかしら、薫。
三人が通り過ぎてから、満たちは音を立てないように気をつけて三人の後を追いました。
薫は満たちの動きに気づきましたが特に何もいうことはありませんでした。なぎさは
何も気がつかなかったものの、誰かに見られているような居心地の悪さを感じていました。

    * *

「逃げられたミル……」
一方、草原で美希に引き離されたミルクたちははあはあと息を切らしながら諦めて
立ち止まっていました。ぺたりと座り込むと草が柔らかくミルクたちを迎えました。
「かれんさんは?」
せつながかれんの不在に気づきます。こまちの隣を走っていたはずのかれんの姿は、
今はどこにもありませんでした。
「かれんは……すぐ帰ってくるわ」
「え、かれんさんどこ行ったんですか?」
ラブが心配そうに辺りを見回します。かれんはどこかで休んでいるのでもなく
転んだのでもなく、その姿がまったく消えていました。
「心配しなくても、すぐに帰ってくるから」
こまちは繰り返しました。こまちは、自分のすぐ隣でかれんがコウモリに姿を
変えたのを見ていました。ひらひらとかれんは空を飛びなぎさたちの乗った馬の
尻尾にちょこんとしがみつくとそのまま乗っていきました。馬がどこに行ったか
見届ければ、かれんはすぐにでも戻ってくるでしょう。人間の姿で戻ってくるのか、
それとも……とこまちは思っていました。

「あの、本当に待ってるだけで大丈夫なんですか? 探しに行かないと」
座ったままのこまちにしびれを切らしたようにラブが尋ねます。そう思うのも当然だと
こまちは思いましたが、かれんに黙ってかれんのことを説明するわけには行きませんでした。
「大丈夫よ。かれんは必ずここに戻ってくるから」
「でも……」
更に何か言おうとしたラブの腕をせつなが掴み止めます。かれんの行動は彼女の秘密に
関係したことなのかもしれないと気がついたからでした。
「ラブさんたちは町に戻っていた方がいいかもしれないわ。
 かれんのことは私が待っているから」
こまちはそう言いましたが、ラブは首を振りました。
「私たちも待ちます」
「……そう」
なるようにしかならないわね、とこまちは思いました。本当の姿を見せるも人間の姿に
戻った上で帰ってくるも、それはかれんの選択です。ミルクはせつなの頭の上でじっと
空を見ていました。
「……ミル」
ミルクが小さく呟きました。空の片隅に黒い点が現れ、ひらひらとこちらに近づきながら
大きくなっていきます。こまちもそれに気づきました。立ち上がり腕を斜め上に上げます。
ラブもせつなもこまちの行動を不思議に思っていました。
「……」
ひらひらと飛んできたコウモリはすっとこまちの手に逆さまに止まりました。
ラブとせつなの目の前で、コウモリはかれんに姿を変えました。
「かれんさん……」
目を丸くしているラブとせつなをよそにかれんはとん、と地面に降りると
「どこに行ったか見てきたわ。この上の森に入って行ったみたい」
とミルクに告げました。
「あ、あのかれんさん……」
ラブがおずおずと言葉を挟みます。せつなもどうしたらいいか戸惑っているように
見えました。
「何?」
「あの……私たちに見せて、良かったんですか?」
かれんは一瞬目を閉じると
「あなた達なら、わざわざこのことを言って歩くこともないでしょう?」
と逆に聞き返しました。ラブとせつなは無言のまま何度も頷きます。
「それで、かれん」
こまちが話を元に戻しました。
「その森にはどうやって行けばいいの?」
「あの森、四つ葉町の近くみたい。戻ればいけると思うわ」
「……後戻りミル?」
ミルクは少しがっかりしたような表情でした。
「そうね、でもただ戻るだけじゃないわ。あの森にいることは多分間違いないでしょうから」
「少し時間に余裕がありそうなら、休んで行った方がいいんじゃないかしら」
こまちはミルクに目を向けました。みんな疲れているもの、と続けます。
「ミル……」
「ミルクさんが焦る気持ちは分かるけど……これからまたすぐに四つ葉町に戻って、
 って考えるとみんな結構きついんじゃない?
かれん、あの人たちはすぐに移動しそうだった?」
「森に置いて貰えないか交渉しようとしていたみたい。うまく行ったかどうかは
 わからないけど」
「だったら、少し休んでいくミル」
ラブは内心ほっとしていました。必死で走ったので、さすがに少し疲れていたのでした。
ミルクはせつなの頭の上からぴょんと飛び降りるとこまちの隣に立っていたかれんの腕の
中に飛び込みます。
「かれん、ありがとうミル。……本当に良かったミル? かれんの秘密のこと……」
「……私は私にできることをしたかっただけよ。誰かの夢のために」
かれんは優しい声で答えました。それを聞いていたせつなは何かを言おうとしたかの
ように口を開きかけましたが、言葉を発することなくまた口を閉じてしまいました。
ラブはせつなのそんな行動に気づいていましたが黙っていました。

    * *

その夜、かれん達の一行は若葉台で宿をとっていました。かれんとこまち、せつなと
ラブはそれぞれ別の部屋でした。ミルクはかれん達の方に行っていたので、せつな達の
部屋は本当に二人だけでした。
「ん……? せつな?」
眠っていたラブが目を覚ますと、せつなは布団に起き上がって何か考え事をしている
ようでした。ラブの声に気づいてせつなは驚いたように身を震わせました。
「……起こした?」
「ううん……」
目をこすりながらラブもむっくりと身を起こすとせつなと並びました。月明かりだけが
この部屋を照らしていました。普段から色の白いせつなの顔は今は青白くさえ見えました。
「どうしたの、せつな」
「……」
せつなは黙っていました。ラブは、せつなが話す気持ちになるのを待ちました。
「……かれんさん」
やがてせつながぽつりと口を開きました。
「え?」
「かれんさんは私たちに自分の秘密を明かしたけど……」
「うん……、」
「私は……やっぱり、言えないわ」
せつなは奥歯をかみしめました。その音はラブにも聞こえました。
「せつな、無理して言うことないよ。かれんさん達だって分かってくれてるし」
「ええ、それはそうなんだけど。……でもなんだか、」
辛い。せつなはそう言いました。ラブが黙ってせつなに身を寄せると、せつなはラブに
しなだれかかってきました。

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