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第十五話 逃亡者

「きっとあの二人ミル! 怪しいミル!」
聞いたとおりにほのかの家に向っていた五人は、ちょうど竹林から戻ってきた
なぎさとほのかの姿を家の近くに認めました。なぎさとほのかの特徴は志穂達から
聞いていたものとそっくり同じでしたし、なにしろほのかが赤ちゃんを抱いていたので
疑惑は深まりました。

「追いかけるミル! 逃がしたら駄目ミル!」
ミルクに急きたてられるようにしてせつなとラブ、こまちとかれんは駆け出します。
竹林から家の近くに戻ってきたなぎさたちもすぐにその気配に気づき、
四人の女の子が―― 一人は頭に人形を乗せています――が必死の形相でこちらに
走ってくるのを見てぎょっとしました。

「待つミル!」
ミルクが叫びます。なぎさたちはミルクが喋ったとは思わず、四人の中の誰かが
切羽詰った声を出したのだと思いました。

「逃げよう、ほのか!」
なぎさの野生の勘が働きます。ほのかの手を掴むとなぎさはぐっとほのかを
引っ張りました。なぎさには女の子たちが郷屋の手の者であるように見えたのでした。

「こらーっ! 待つミル! 逃げるなミル!」
なぎさたちの行動を察したミルクがせつなの頭の上でとうとう立ち上がります。
なぎさは振りかえってそれを見て、今まで人形と思っていたものが人形ではないことに
気付きました。
「ありえないありえない! 速く、逃げるよ、ほのか!」
なぎさとほのかが足を速めます。風を切って二人は走り続けました。

「ねえちょっと! 私たちなんか怖がられてるんじゃないの!?」
せつなの後方からラブがミルクに叫びます。もう少し落ち着いたほうがいいんじゃないの
とラブは言いたかったのですが、
「だからってここで逃がすわけにいかないミル! 追いかけるミル!」
「しっつこいなあもう!」
走り走り、なぎさが後ろを振り返りました。せつなやミルクとの差は少し開いたものの
まだついてきています。ほのかの速度が少しずつ遅くなっているのも気にかかりました。

――ほのか、そろそろ限界かな……なんとかしなきゃ……

ずっと走って逃げ続けるのは無理です。一旦どこかに身を隠して追手をまくか。
二人は町のはずれの方に向かっていました。町を出ると、そこには一面の草原が
広がっています。

――草原に出ちゃったら、隠れる場所なんてないし。なんとかして町の中に戻ってそして……

そのためにはまず、これまでとは逆の方向に走らなければいけません。
その時、後ろから迫ってきている追手に捕まらないようにしなければいけません。
なんとかしてうまく向きを変えなきゃとなぎさが思った時、なぎさの視界の片隅に
草原で草を食べている馬が目に入りました。

――馬? ……
あれに乗れば逃げられるかもしれない。なぎさは向きを変えるのをやめてまっすぐに
突き進みました。



――ん〜、やっぱり草の匂いはいいわよね……
なぎさが見た馬は美希でした。のぞみの住む森からこちらの草原に戻ってきて
運動をしていましたが、十分に運動を終えたので草の匂いや風の匂いを嗅ぎながら
一休みしていました。

今はこうして一休みしてさあ戻ろうかというところだったのですが、血相を変えて自分の
ところにかけてくる女の子たちに気付くと
――えっ何!?
と身をひるがえして逃げようとしましたが、
「待って!」
という悲鳴のようななぎさの声に立ち止りました。その隙をついてなぎさは美希に
飛び掛るようにしてしがみつくとえいやっとその背中に乗ります。それからすぐに
ほのかからひかりを受け取り、ほのかの腕をつかんで馬上にひっぱり上げました。
「なぎさ、これからどうするの!?」
「逃げるよ、とにかく!」
「なぎさ乗馬なんてできるの!?」
「したことないけど、何とか! とにかく走って!」
美希はどうしようかと思いましたが、とにかく少し走ることにしました。
この二人、赤ちゃんも入れれば三人の切迫感は尋常ではありませんでした。

「おおお……っと……」
美希が走り始めると背中の二人が慌てたようにしっかりと美希の首や背中に掴まりました。
「待つミル!」
美希の背後からミルクの声がしましたが、
「止まっちゃだめ! とにかく逃げて!」
となぎさが叫んだので美希はそのまま走り続けました。
――とは言っても、このまま走ったらあの滝のところに出るだけだけど……
「どこまで行く気なの?」
思わず、美希は声を出して聞いてしまっていました。しまったと思ったものの後の祭り。
「と、とにかく誰にも捕まらない所! ……って、えええ!? 馬が喋った!?」
「も、もしかして、物の怪!?」
美希の背中でなぎさとほのかが口々に叫びます。

降ろした方がいいかと美希は思って止まろうとしました。しかし、
「あ、ダメ! お願いだから止まらないで!!」
となぎさが叫びました。
「走るのはいいですけど、どこへ?」
ばれてしまったのですから仕方がありません。美希がはっきりと尋ねるとなぎさは、
「どこでもいいよっ! とにかくこの子を守れるところ!」
と答えます。
――そんな適当なこと言われても。
走りながら美希が困っていると、なぎさの後ろからほのかが、
「二、三日隠れていられる場所があるかしら!?」
と切羽詰った声で叫びます。二、三日。二、三日。美希は考えました。考えていると次第に
滝が目の前に近づいてきました。
「しっかり掴まってて」
背中の二人にそう告げて美希はばっと羽を伸ばしました。二人の驚く声が聞こえましたが
それには答えずに、ばんと地面を蹴って飛び上がります。
二、三日隠れていられるような場所。美希は一箇所しか思いつきませんでした。

前に飛んだとおりの空を美希は飛び、とん、とのぞみたちの森の前に着地します。
降りるように言うと、なぎさとほのかは少し酔ったような表情で美希から降りました。
その時美希の尻尾から黒い何かが飛び立ちましたが、美希はそれには気づきませんでした。
二人の前で、美希は馬の姿から人の姿になります。なぎさとほのかはそれを見て目を丸くしました。

「本当に、物の怪なんだ……」
なぎさは他に言うべき言葉が見当たりませんでした。人間になった美希の姿はどこかで
見かけたことがあるような気もしましたが、はっきりしないので黙っていました。
本当は、なぎさはアカネさんの店の前で何度か美希を見かけたことがあったのですが
よく覚えてはいませんでした。

「……この森に入れば、もっとたくさんの物の怪がいるわ。人は誰もいないけど。
 身を隠すにはもってこいかもしれないわね」
ごくりとなぎさは唾を飲み込みました。物の怪の姿を見たのも初めてなら、物の怪の森に
こんなに近づいたのも初めてです。どうする? というようにほのかを見ました。
「私たちが入ってもいいのかしら」
「……多分」
美希の答えを聞いて、二人には結論が出せませんでした。物の怪という存在には初めて
会ったものだと二人は思っていました。逃げては来たものの、物の怪の森に入る方が
安全かどうかも分かりません。風が二人の方から森に向って吹いていました。
二人は悩んだまま、立ち尽くしていました。

――人間の臭い……?
薫は森の中で、なぎさとほのか達の方から吹いて来る風の匂いを感じていました。
気配を悟られないようにそっと森の入り口へと近づきます。そこに美希がいることも、
薫にはとうにわかっていました。
――どうしよう。
知った人であるだけに、薫は人間の姿でいったものか犬の姿でいったものか迷いましたが、
結局人の姿になりました。話をする必要があるからかもしれないと思ったからでした。

がさり。わざと音を立てて薫は木の影から姿を表しました。美希はその姿を見て
一瞬その場から駆け出しそうになりますが何とか堪えます。
「どうしてあなたがここに!?」
薫を見てほのかとなぎさはぎょっとした表情を浮かべました。
「知り合いなの?」
美希も二人の様子を見て驚きます。

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