前へ 次へ

第十四話 追う者追われる者

「着いたわ! きっとこの森ね」
薫の肩の上でフェレットの姿をした祈里が嬉しそうに声を上げます。
四つ葉町からのぞみたちのいる河童の森まではすぐでした。祈里はぴょんと薫の肩の上から
滑り降りると、たったったと走って森の樹の幹に触れてみます。
いかにも物の怪がいそうな雰囲気の木々でした。

森の奥に入っていくと、唐突に一軒大きな家が現れます。その前には満と咲、
それに薫たちの知らない赤い髪の少女が三人でどんぐりを集めて遊んでいました。
「満!」
「咲!」
と薫と舞が駆け出します。咲と満も二人に気づいて立ち上がりました。
「舞ー! 薫ー! 久しぶりー!」
咲はぴょんぴょん飛び跳ねるみたいにして二人に抱きつきます。
「久しぶりね、咲! 足はもういいの?」
舞はすぐに咲の足を見ました。
「うんばっちり! やっぱりすぐ手当てしてもらったのが良かったみたい……ってあれ? ブッキーは……あ、ひょっとして!?」
咲は薫の肩の上に乗っているフェレットに気がつきました。
咲の目にはそれはイタチに見えてしかたなかったのですけれども。

「良かった〜治って」
祈里は薫の肩から滑るように地面から降りると、人の姿に戻りました。
「それで、えーと、こちらが」
と先ほどから話に加われていない赤い髪の女の子、りんに目をやります。
「りんちゃんだよ、のぞみの友達の。りんちゃん、こっちが舞で……」
と咲は簡単にりんに説明しました。りんは予めのぞみ達から話は聞いていましたから、
すぐに納得しました。話から思い描いていた印象と実際とは、だいぶ重なっていました。

「初めまして、のぞみが色々ご迷惑かけたみたいで」
ぺこりとりんが頭を下げます。祈里と舞は慌てて、
「迷惑なんてそんな」
と打ち消しました。
「そういえば、のぞみさんがすっごく料理が上手いっていってたのって、
 りんさんのことよね?」
「ここに着いてから食べさせてもらったけど、確かにすごくおいしかったわ」
舞に満が答えます。いや、その、とりんは照れていました。
「のぞみが自慢するのも当然よね」
「あ、のぞみは……何食べてもおいしいっていう子だから……」
「ん〜、でもりんちゃんの料理って本当にすっごくおいしいんだよ!」
「楽しみね」
舞がにっこり笑います。りんは、いやその、と何か言いたそうでしたがうまく
言葉にならないようでした。
今まで黙っていた薫が口を開きます。
「のぞみは家の中にいるの?」
「うん、そう。うららと一緒だよ」
あ、うららのことも紹介しなくちゃねと咲は楽しそうでした。

「美希ちゃんはのぞみちゃんたちのところ?」
「あ、そうそう……美希は今ちょっと帰ってるんだ」
「え、どうして? 私たちが遅かったから?」
ううんと咲は首を振ります。
「ここだと思いっきり走れないから、ちょっと走ってくるって言ってたよ。お馬さんだもんね」
「ああ、そういうこと」
そんなに遅かったかと祈里は思っていましたが、咲の言葉を聞いて安心しました。
「じゃあ、のぞみの所いこっ!」
咲が先頭に立って、みんなは家の中に入りました。

    * *

ミルクたち一行は舞や薫と会ってから一通りの準備をし、若葉台を目指して出発しました。
舞たちが辿ったのと同じ道を、全く逆方向に歩いていきます。
初めの内はどこか途中で終ってしまうのではないかと心配したほど細い道でしたが、
どこまでも途切れることなく道は続いていました。

もくもくと道を歩き続け、一行はようやく若葉台の町にたどり着きます。これまでずっと静かな道を歩いていた一同にとって、楽しげな町はどこか眩しいものでした。
ううん、とラブが大きく伸びをします。

「それで、これからどうするの?」
「前と同じミル。仲が良さそうな二人組みの女の子を探して……、あと、狸の森って言う
 ところに行ってみた方がいいかもしれないミル」
ミルクはせつなの頭の上に乗ったまま答えます。
「そうね……」
かれんは少し考えました。二手に分かれた方が効率的ではあります。
けれども、知らない町で別れるのは少し不安もありました。
「しばらくはみんな一緒にいた方がいいわね。どこから探したらいいかしら……」
「甘いものを売ってるお店を探したらどうですか?」
はいはい、とラブが手を上げながら提案します。
「甘いもの?」
「こまちさんのところもそうですけど、甘いもの売ってるお店って女の子の溜まり場に
 なってるはずだと思うんです」
「ああ、それは確かにそうね」
こまちが頷きました。こまちの家の前でもよく女の子がたむろして色々な情報を交換しています。
「だったら、甘いものを売っていそうな場所に行きましょう」
賑やかな方へ、賑やかな方へと一行は移動し始めました。四つ葉町と似ているようで、
売られているもの、行きかう人々、どこか雰囲気が違いました。
物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回しながら歩く様子は、いかにもこの町に慣れていないという雰囲気でした。

アカネのいるたこ焼きの屋台の前に集まっているのは基本的に女の子が多いのです。
五人がその場所に目を止めるのに時間はかかりませんでした。
「あそこ、女の子が一杯いるわね」
「さっそく聞き込みミル!」
せつなの頭の上でミルクが大きく耳を動かしました。
「はい、いらっしゃー……」
女の子が四人――本当はミルクも入れて五人ですが――やってきたのを見てアカネさんは
てっきりお客さんだと思いましたが、四人が店にではなく店の前にいる女の子達の方に
駆けて行くのを見て「用事はあっちかあ」とがっかりしました。

「あの、すみません」
たこ焼きを食べながらのんびりと話している女の子二人に目星をつけると、
ラブが遠慮なく近づいて話しかけます。見知らぬ女の子がいきなり声をかけてきたのを
見て二人は一瞬きょとんとした表情を浮かべましたが、ラブの話を聞こうと耳を傾けます。

「この辺に、えっと……すごく仲のいい女の子か仲良くなりそうな女の子の二人組みいませんか?」
「え?」
「仲のいい子たちなら沢山いるけど?」
二人はラブに不思議そうに答えます。
「そ、そうですよね。えーっと、最近急に仲良くなって、あ……あと、赤ちゃんがいるとか」
「赤ちゃん?」
「ねえねえねえ莉奈、それってなぎさ達のことじゃない?」
「あ、そっか、そうかもね!」
「そのなぎささんっていうのは」
ミルクを頭に乗せたせつなが身を乗り出します。

「なぎさって最近雪城さんとすごく仲良くなったんだけど、赤ちゃんを一緒に育ててるん
 だよね。雪城さんの親戚か何かだと思うんだけど」
莉奈と呼ばれ女の子がそう説明します。その言葉にかれんやこまち、ラブやせつなの背中
には電撃のような物が走りました。
「その人たちはどこにいるのか教えてもらえるかしら?」
かれんが尋ねると、志穂と莉奈はすぐにほのかの家の場所を教えました。
ありがとうございました、そう言って五人は教えられたほのかの家に向かいます。
一番張り切っているのはもちろんミルクでした。せつなの頭にしがみついているだけの
ように傍目からは見えるのですけれど、本人が張り切っているのはかれんたちにはわかりました。

――夢、だったかしら。
せつなとミルクを先頭に走る一段の中でかれんはミルクの後ろ姿を見ながらそう思いました。
ミルクにとって、このシャイニールミナス捜索は自分の夢に通じる一歩です。
だからこんなに必死になることができるのだろうかとかれんは思っていました。

    * *

「帰ってください」
その頃ほのかの家には招かれざる客が訪れていました。ほのかのおばあさんはここ数日
留守にすることになっていて、家にいるのはほのかとひかり、それになぎさだけでした。
ほのかはひかりをしっかりと抱いたまま玄関で来客と押し問答をしています。
なぎさはほのかの横に立ってじっと来客を見ていました。

「いやいやまあそう仰らずに」
招かれざる来客、郷屋はほのかとなぎさの前でにやにやとした笑みを崩しません。
彼は今日ここにほのかとなぎさしかいないことを知っていました。
「何を言われても、ひかりは渡しません」
ほのかはぐっとお腹に力を込めて言いました。何か少しでも譲歩するようなことを言えば
きっとすぐにでもひかりは連れ去られてしまうようなそんな悪い予感がしていました。

「あなた方はご存じないんですよ。ひかり殿の力を。あなた方にひかりさんを
 育てあげることはできますまい」
「そんなこと……」
ありません。ほのかはそう答えました。
「いいえ、あなた方は何も知らない。知らないからこそそんな風にしていられるのです。
 その子がどんな力を持つのか、それを知ったなら必ず手放そうとするでしょうに」
「どんな力なんで」
聞きかけたなぎさの口をほのかの手が塞ぎました。この人とは会話をしてはいけないと
ほのかは感じていました。
「お知りになりたいですか? そもそも普通の人間でないのはお気づきでしょう」
なぎさに尋ねられたのを好機と捉えて郷屋は話を続けます。ほのかは奥歯をぎりっと
かみしめました。

「ひかり殿は普通の人間ではありません。かと言って、いわゆる物の怪でもありませんとも。
 もっと別の世界の存在ですよ。この世のすべてのものを生み出すような、別の世界のね」
「え?」
言ってることが良く分からないんだけど、という表情をなぎさは浮かべます。
「全てのものを生み出す力は精密に制御されなければ、この世界に過剰にものを
 生み出し結局世界そのものを壊してしまうでしょう。あなた方がひかり殿を育てると
 して、育て方を間違えればひかり殿が世界を壊してしまうかもしれない。
 あなた方にそこまでのものを背負う覚悟がおありですか」
「え、えーと、その」
なぎさは戸惑いました。郷屋のいうことはこれまでなぎさが考えたこともない巨大な
尺度の話でした。どう考えればいいのか良く分からないのでした。

「悪い話ではないと思いますよ」
郷屋はにやりと笑いました。
「早晩、ひかり殿の力はあなた方の手には負えなくなるでしょう。
 そうなる前に私が引き取ると言っているのです。もちろん、無償でとは申しませんとも」
伏し目がちだったほのかが、この言葉にきっと郷屋を見据えました。
「帰ってください。ひかりさんを売るようなことは絶対にしません」
「そ、そうだよ! 売るなんてことできっこないじゃん!」
「そうですか」
そう答える郷屋の声には今までとはまるで違った冷たさがありました。
「交渉決裂ですな、残念ながら。ではこれにて失礼します」
くるりと踵を返すと郷屋はほのかの家を出て行こうとします。ずっと粘られることも
覚悟していたほのかにとっては拍子抜けと思えるほどあっさりと郷屋は引き下がりました。

「……そうそう。老婆心ながら」
郷屋が最後に顔だけをほのかとなぎさに向けます。その眼に二人はぞくりとしました。
「お気をつけた方がよろしゅうございますよ。これから何が起きるのか、
 あなた方の身の安全をひかり殿が保証してくれるわけではございますまい」
それでは。郷屋はそう言って後ろ手に扉を閉めて出て行きました。緊張感の解けた二人は
その場にへたり込みます。

「……ほのか、大丈夫?」
先に口を開いたのはなぎさでした。ほのかはひかりを抱いたまま座り込んでしまっています。
「え、ええ……」
ほのかが座りなおします。腕の中のひかりは郷屋が来たいる間ずっと固まっているように
動きませんでしたが、ようやく大きな声を上げて泣き始めました。
よしよし、とほのかがあやします。あやしているうちにほのかの表情が柔らかくなってきました。
それを見てなぎさはほっと安堵します。

「……ほのか、外行こうよ」
「え、でも」
外にあの人がいたら……と躊躇うほのかに「いいから」となぎさは答えました。
「お日様の下に行こうよ」
なぎさはほのかを家の外に連れ出します。日の光は温かく、二人は生き返ったような
心地がしました。郷屋がほのかの家を訪れてからというもの、
何かが凍り付いてしまったかのように寒気を感じていたことに二人は改めて気づきました。

「……ほのか、ちょっとあっちに行ってみない?」
なぎさは竹林を指差しました。ひかりがいた竹林です。入ってみると中は怖いくらいに
静かで、ひんやりとした冷気が二人を覆いました。なぎさはひかりが入っていた
竹の前まで歩いてそこで立ち止まりました。

「大きくなっちゃって」
なぎさは竹とひかりを見比べます。ほのかの腕の中のひかりは、とてもこの竹の中に
入っていたとは思えませんでした。ひかり本人は覚えていないのか、
竹を見てもきょとんとした表情を浮かべています。やがてひかりは腕を伸ばすと
竹をぺたぺたと触り始めました。
ほのかはその様子を見てようやく微笑を浮かべました。

「ね、ほのか……」
「なに?」
「ひかりは、確かに普通とは違うけど……でも、そんなの関係ないって最近思うんだ」
「どういうこと?」
なぎさは考え考え、ゆっくりと言葉を出しました。
「ひかりは私たちが育ててる赤ちゃんで、私やほのかはひかりのことが大好きで……
 それで、いいんだと思うんだ。ひかりのお母さんとかお父さんとか、そういう人が
 出てきたらひかりのことを渡さないといけないかもしれないけど、でもひかりが
 すごい力を持っているとか、そんなの関係ないよ。ひかりを一番大事にできるように
 二人で考えようよ」
ね、ひかり。そういってなぎさがひかりの頬っぺたをふにふにと突付くとひかりは
くすぐったそうに笑いました。竹の葉の間から漏れる陽光が三人の顔に落ちています。
まだらに染まった三人はみんな、穏やかな表情でした。

「戻ろうか、ほのか」
なぎさがそう言ってほのかに手を伸ばしました。ほのかは左腕でひかりを抱きなおすと
右手でなぎさと手をつないで竹林から出ました。二人の胸にはある決意が宿っていました。
それは、ひかりを怖がったりしないこと恐れたりしないこと、そしてひかりの幸せを願う
ことでした。

前へ 次へ
コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る