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第十三話 予期せぬ再会

「薫さん大丈夫? 重くない?」
「ええ」
薫は短く答えると、舞と一緒にまた歩き始めます。祈里は実際に疲れても居たので、
薫の肩の上で足を休めました。肩の上は結構上下動して初めの内は落ち着きませんでしたが、
じきにうまくその動きに合わせて身体を動かすことができるようになりました。
舞と薫は前と同じ速度ですたすたと道を歩いていきます。……と、突然左右の森が途切れ、
賑やかな街の中に二人は立っていました。
「ここ……かしら?」
舞と薫は立ち止まってしばらく呆然と行きかう人々を眺めていました。
「多分……」
薫は肩に手を上げ、祈里の持っていた地図を渡してもらいます。相変わらずの薄い文字を
目を凝らして読みながら、
「若葉台というところと四つ葉町というところの間には町はないみたいだし……」
と確認します。
といっても、地図自体が古い物なので新しく町ができていないという保証はありません。
誰かに確認する必要がありました。

誰に聞こうか、忙しそうにしている人に聞くのは何だか悪いしかといって暇そうに
外に居る人はあまりいないし……と舞と薫が当てもなくふらふらと歩いていると、
少し人だかりのできている場所があるのに気がつきました。

いかにも古くからありそうな店の前にちょっとした座る場所ができていて、
そこに何人かの少女たちと旅人でしょうか、大き目の荷物を抱えた男の人とが座って
饅頭のようなものを食べています。
「薫さん、あの人たちにだったら聞けるんじゃないかしら」
「そうね……」
薫はまた緊張した表情を浮かべましたが、聞かなければ仕方ない。というように
店の前にちかづいていきます。店の看板に書かれた文字を読むと、菓子を売っている
店のようでした。

一歩、また一歩と近づいていくと店の前の女の子達が二人に気づきます。……薫と舞も、
その女の子達の顔を見ました。女の子達は二人の姿を――本当は祈里も薫の肩に
乗っているので三人でしたが――見ると、互いに頷きあって立ち上がるとこちらに
駆け寄ってきます。薫はその中の一人の顔を見てぴたりと足を止めました。
肩くらいまで髪を伸ばした黒髪の少女――。

「……薫さん?」
舞が不思議そうに尋ねます。
「いえ……」
薫は低く、唸るように答えました。女の子達はたったと薫に近づいてきます。

「あの!」
二人の前に立った四人の女の子を代表して、茶色い髪の女の子――ラブが話しかけてきました。
「どこか別の町から来た人ですよね」
「え、ええ……」
戸惑いながらも舞は答えました。薫はというと、その視線をじっと黒い髪の少女、
せつなに注いでいました。
「あの、ひょっとして若葉台って町知らないですか?」
「若葉台……って、私たちがいた町じゃ……」
舞は薫を見上げました。薫はまだじっとせつなを見ています。せつなも当然その視線に
気づき、薫のことを見返していました。その瞳の色は、次第に憂いを帯びてきました。

「……地図、借りるわね」
舞は薫の手に力なく握られていた地図を取って開きます。ラブたちには最初それが
地図だとは分かりませんでしたが、舞が
「ああ、やっぱり若葉台って書いてある」と文字をなぞったのを見てだんだん地図だと
分かってきました。

「私たちは若葉台から、ずっとこの細い道を歩いて来たの。それでここ……四つ葉町って
 いう町でいいの? 私たちは四つ葉町を目指してきたんだけど……」
「ええ、そう。ここは四つ葉町よ」
かれんは舞の言葉を聞いて良かったと思っていました。ちょうど都合よく若葉台から来た
人が現れたのですから、こんなに助かることはありません。……ラブは少し心配そうに
薫とせつなを見守っていました。
「そうなんですか、良かった」
舞は舞で、薫のことをちらちらと見ながらここが目的地に間違いないと知って
ひとまず安心していました。

「この道一本でいけるのね……、どこの道なのかしら?」
「あそこですよ」
舞は遠くに見える森の中の細い道を指しました。ここから見ると、まるでどこかの
裏道のように見えます。
「え? あそこ?」
こまちが不思議そうに聞き返しました。あの道を使ったことはありませんでしたが、
そんなに遠い町に繋がっているようには見えないのでした。舞はこくりと頷きます。
「細い道なんですけど、ずっと続いているんです」
「へえ、そうなのね」
それではあの道を使っていくべきね――とかれんは思います。
そしてせつなと薫に目をやります。この二人に何かあるのは確かなようでした。

「……せつな、どうしたの? 友達なの?」
たまりかねたようにラブが尋ねます。
「い、いえその……」
薫は答えるせつなから目を逸らすことはありませんでしたが、何も言いませんでした。
「せつなさん、話したいことがあるなら二人だけで話してきたら?」
こまちが横から口を挟みます。せつなは「ええ……」と躊躇いがちに頭の上のミルクを
ラブに渡しました。ミルクはこの時も、せつなの頭に帽子のようにして乗っていました。
薫は薫で肩の上の祈里を舞に渡します。

「こっちならあまり人が来ないわ……」
とせつなは薫を店の裏手の方に連れて行きました。
後には舞と祈里、それにラブとこまちとかれんとミルクが残ります。ミルクはもちろん、
薫と舞が人間ではなく物の怪であることに気づいていましたが黙っていました。
舞は薫の後姿を見送りながら、何だろうと思っていました。

――薫さん、最近なんだか元気なかったけど……あの人、そのことと何か関係があるのかしら……

ラブは舞と同じように心配そうにせつなを見送っていましたが、
「二人が戻ってくるまで、甘いものでも食べていかない?」
とこまちが言ったのでその提案に乗って和菓子屋こまちの羊羹を食べながら待つことにしました。
今のせつなを邪魔してはいけないような気がしました。

    * *

せつなが薫を連れてきた裏道にはほとんど人が居ません。ここなら誰にも聞かれる
気遣いはなさそうでした。せつなは立ち止まると振り返って薫を悲しそうな目で見上げました。
「あなたは……」
薫はじっと黙ったまま、せつなを見ています。
「……ごめんなさい」
せつなは目を伏せました。
「きっと……あなたにひどいことをしたんだと思うんだけれど……
 ごめんなさい、あなたのことを覚えていなくて……」
「覚えていなくて当然ね」
薫の冷静な声に、えっとせつなは顔を上げました。
「どういうこと……? あなたは誰なの……?」
薫がどうして自分のことをじっと見ていたのかとせつなは疑問に思いました。
「あなたは私に『ひどいことをした』の?」
薫はせつなの質問には答えずに自分の質問をぶつけます。
「……分からないわ」
せつなは俯いて答えました。
「あなたが私のことをじっと見ているから、てっきり……」
「そう」
薫はせつなの目の前に自分の右手を近づけます。
「前にあなたと会った時、私はこの姿ではなかったわ」
奇妙な物言いにせつなは目を上げました。目の前には薫の右手があります。
せつなの手よりも少し大きくて、力強そうな……その手が、みるみるうちに
形を変えました。開いていた五本の指は互いにくっつきあい、爪は尖って黒く伸びます。
すぐに薫の手は硬い毛に覆われ、その形は
「い……犬?」
薫は右手だけを山犬のそれに変えて見せました。その姿は少し異様でした。
「あの時の……山犬?」
震える声でせつなが尋ねます。そういえば薫はあの時の山犬にどこか雰囲気が似ていました。
せつなが山の中で一人縛られていた夜の。
「物の怪……だったの?」
薫は無言で頷きました。その表情は厳しいものでした。
「聞きたいことが一つあるわ」
「……何かしら」
「あの夜、あなたが降りていった後あの山は炎に包まれたわ」
ええ、とせつなは答えます。せつなも火の手が上がったのは見ていました。
それだけに、火に包まれる前に逃げられてよかったと胸を撫で下ろしたものです。
「あの火はあなたがつけたものかしら。ああなることを分かっていたの?」
「ええ!?」
驚いてせつなはぶんぶんと手を振って否定します。
「私じゃないわ! 私――ひどいことは沢山したけど、そんなことはしていないわ!
 信じて!」
せつなは必死に訴えます。間違いなく、あの山火事を起こしたのはせつなではありませんでした。
「本当に?」
「本当! お願い、信じて!」
「……そう。ならいいわ」
薫は目を閉じてふっとため息をつきました。これまでずっと気になっていたものが
少し軽くなったような気がします。右手を再び人間のそれに戻すと、そのままくるりと
後ろを向くとせつなをそこに置いたまま舞のところに戻ろうと立ち去りました。
せつなも少し遅れてついて行きます。

「……あの時、助けてくれてありがとう」
薫が何も答えなかったので、せつなには自分の声が薫に聞こえているのかどうかも
分かりませんでした。

    * *

――大丈夫かな、せつな……
ラブは心配そうにせつなの行った方を見やっていました。こまちとかれんはそんな
ラブに視線を注ぎます。ラブの場所からせつなの様子は見えません。
迎えに行った方がいいのか、と思い始めていたラブの肩をこまちがぽんと叩きました。
集中していたラブは驚いて
「ひえっ!?」
と変な声を上げました。
「せつなさんのこと、気になるの?」
「……ええ、そうなんです」
かれんはじっとラブの様子を見ていました。前々からうすうす感じていたことでしたが、
ラブとせつなにはどこか普通の女の子たちは違う空気がありました。物の怪というのではなく、
何か普通の女の子ではありえないものを持っているような。
ラブはそんなかれんの様子に気づくと、聞き返すようにかれんの目を見返しました。

「……あの子は何か、その……複雑な事情でもあるの?」
遠まわしにかれんは尋ねました。ラブは困ったように笑いました。
「ごめんなさい、それは言えないんです」
「……そうね、ごめんなさい。私だって言わないでいることはあるのに」
かれんが謝ると、気にしないでくださいとラブは答えました。
「みんな色々あるんですよ」
その言葉はラブの軽い口調とは裏腹にひどく重い意味を持っているようにかれんと
こまちには思えました。やがてせつながこちらに戻ってくるのが見えて、
ラブは安心したように「せつな」とせつなを迎えに行きました。

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