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第十話 ミルクのお願い

そんなこんなで、かれんはこまちと一緒に町に出かけることはあったもののあまり
他の人と話すこともなく、コウモリだということもこまち以外の人たちには隠して
過ごしていました。

町に出て人と少し言葉を交わしたとしても、誰にも気づかれることはありませんでした。
それだけに、ラブとせつなにあっさり言われたのはかれんにとって大きな衝撃でした。

「お嬢様」
黙りこんでいた二人の部屋に坂本さんが入ってきます。
「お嬢様にお客様です。ラブ様とせつな様がどうしてもお嬢様にお会いしたいと」
どうしようと相談するようにかれんはこまちの顔を見ます。
「私が話をしてくるわ」
こまちはそう答えて部屋を出てラブたちに会いに行こうとします。
「待って」
かれんの声がこまちを引き留めました。
「私も……話をするわ。ラブさんとせつなさんを応接間に呼んできて」
「かしこまりました」
坂本さんはかれんの言葉を聞くと一礼して部屋から出て行きます。こまちとかれんは
緊張しながら、ラブとせつなを迎えるために応接間へと移動しました。
こまちとかれんがソファに腰掛けて待っていると、しばらくしてラブとせつなが
通されてきます。ラブは先ほどあったときと同じ格好をしていましたが、
せつなは頭の上に載せていたミルクを両腕に抱きかかえてやってきました。
ラブもせつなも、神妙な表情でした。

「あの……かれんさん」
応接間に入ってかれんに示されたソファに座って――初めて見る家具に二人とも
少し戸惑っている様子でした――しばらく二人は黙っていましたが、ラブが最初に口を開きました。
「ごめんなさい」
そう言って、二人とも同時にぺこりと頭を下げます。
「ごめんなさい、はいいけど……」
かれんが低く呟きました。その目はラブとせつな、両者に向けられて左右に揺れていました。
「どうして……気がついたのかしら」
それはかれんが一番知りたかったことでした。
自分がいつもと違うことをした自覚はありませんでしたから。
「……、」
せつなは答えようかどうしようか一瞬躊躇いましたが、
「気がついたのは私たちじゃないんです」
と答えます。
「誰か別の人に聞いたということかしら?」
かれんが重ねて尋ねると、せつなとラブはこくりと頷きました。
「でも私たちも、かれんさんの秘密の内容は知らないんです。聞いていないから……」
「その気づいた人というのは誰なの?」
「……この子です」
かれんとこまちは、せつなが何を言っているのかよく分かりませんでした。
この子です、と言ったせつなの姿勢はまるで自分の膝の上に抱いた人形を指しているように見えます。
しかし人形がそんなことを分かるはずがないのですから――、
「この子はミルクといって、人形じゃないんです」
二人の表情を見てせつなが改めて言いなおしました。
「どういう意味?」
「ね、ミルク」
せつながミルクの耳元に囁きかけます。
「み……ミル」
とミルクが答えました。確かに、ミルクが喋りました。かれんはそれを見て目を丸くしました。
「どういうこと……?」
「み……ミルクは、光の園から来てシャイニールミナスを探してるミル。
 ルミナスは仲のいい女の子の二人組みか、これから仲良くなる女の子の
 二人組みのところにいるミル。だから、かれんとこまちの二人組みは怪しいと思ったミル」
「ちょっと待って」
頭が痛いわ。そうとでも言いたそうに、かれんは右手で頭を抑えて左手を上げました。
「光の園って何かしら?」
光の園というのは、とミルクがラブたちに話したのと同じ解説を繰り返します。
シャイニールミナスの存在についても、説明を繰り返しました。

「……そういうわけで、ミルクは探しているミル。ここのお屋敷がすごく大きいって
 聞いたから、ここにならシャイニールミナスも隠せると思ったミル」
「そう。でも、ここにはそんな赤ちゃんはいないわ」
かれんはきっぱりと断言します。
「そうミル……」
ミルクはがっかりした声を出しましたが、「探すの手伝ってくれるミル?」と
かれんを見ました。ミルクにとっては、事情を知っている人が一人でも多く
手伝ってくれた方がいいに決まっていました。
「……」
かれんはしかし、すぐには答えられませんでした。ちらりとこまちを見やります。
こまちはかれんの言いたいことが分からないままに柔らかい笑みを返します。

かれんはそのまま視線をラブとせつなに向けました。
「こまちと一緒に部屋の外に出ていてもらえるかしら? ちょっとミルクと
 二人で話したいことがあるの」
「あ……はい」
せつなとラブは素直に立ち上がると――せつなは今まで座っていたソファの上に
ミルクを置いて――こまちと一緒に部屋を出て行きました。残ったミルクは、
「話って何ミル?」
と不思議そうにかれんを見上げます。
「あなたは物の怪なの?」
「違うミル」
「だったらどうして私のことが分かったの? 分かったんでしょう、私がその……」
「本当はコウモリだってことくらい、見れば分かるミル」
かれんが言いよどんでいたことをミルクはさらっと言いました。うっとかれんは言葉に
詰まります。

「……物の怪同士は互いに物の怪だと分かると聞いたことはあるわ。
 でも、どうしてあなたにもそれが分かるのかしら」
「そんなのミルクにも分からないミル」
ミルクは少し苛々していました。かれんの本当の姿はミルクには何もしなくとも
見えてしまうのであって、どうしてと聞かれても困るのでした。
「分からないけど、ラブやせつなには分からなかったみたいミル。
 ……どうしてそんなこと気にするミル?」
「どうしてって」
「ミルクにはそっちの方が分からないミル。そんなの隠すことじゃないミル」
「そうね……」
かれんは天井を仰ぎ見ました。改めて問われれば、その理由を言葉にするのは簡単です。
自分の存在がどこまでいっても中途半端なものだから、という理由に尽きていました。
けれどもそれをミルクに言っても分からないだろうとかれんは思いました。

「……あなたはずっと探すつもりなの?」
「そうミル。見つかるまで探すミル」
「どうして? そうしないと世界が危険だから?」
かれんはそう聞きながら窓を振り仰ぎました。陽光がさんさんと差込み、部屋の中は
暑いくらいです。シャイニールミナスがどうあれ、世界は平和であるようにも思えました。

「それもあるミル……それと、ミルクはお世話役ミル」
「お世話役? その、シャイニールミナスの?」
「違うミル。ココ様とナッツ様ミル」
知らない名前が出てきたのでかれんはわずかに首を傾げました。
「ココ様とナッツ様は光の園のすぐ近くにあるパルミエ王国の王子様ミル。
 ミルクはココ様ナッツ様のお世話役ミル、でもシャイニールミナスが落ちたから探しに
 行くように派遣されてきたミル」
「それじゃあ」
その仕事はお世話役とはあまり関係がないようにかれんは思いました。
そう聞くと、ミルクは首を振ります。
「そんなことないミル。言われたことは精一杯やるのがお世話役の勤めミル」
「……そう」
「それがミルクのしたいことだし、夢のためにしなくちゃいけないことミル。
 かれんは何か夢や、したいことあるミル?」
「え……えっと」
かれんは言葉に詰まりました。かれんは特に何かをしたいと思っているのではなく、
ただ日々を過ごしていました。
「だったら、シャイニールミナスを探すの手伝って欲しいミル!」
上手く話をそちらに持っていったミルクにかれんは思わず苦笑しました。

「そうね……でも」
とかれんは真面目に情報を整理し始めます。
「でも手がかりは本当に『仲のいい女の子二人組み』だけなのかしら?」
「ミル?」
「『仲のいい女の子』っていう条件だけだったら、この国にだってどれだけいるか
 分からないわ。海の向こうにも人は住んでいるし、そこまで話を広げるととても
 それは手がかりというには弱いわよね」
「ミル……この世界には、そんなに女の子がいるミル?」
「いるわ。だからそれだけしか手がかりがないなら、何年かかっても見つからない可能性さえあるわ」
「ミル……」
かれんの言葉にミルクは一瞬絶望したような表情を浮かべましたが、
すぐに腕組みをしてうんうんと考え始めました。
「手がかり……手がかりミル……」
ミルクは身体を丸めてうんうん唸っていましたが、やがてぱっと顔を上げました。
「満月祭というのを知っているミル?」
「いいえ……?」
「光の園のクイーンに捧げるお祭りで、こっちの世界で行われているはずミル。
 ルミナスが落ちる場所は光の園に関係のある可能性が高いから、
 そのお祭りが開かれる場所の近くにいる可能性はあるミル」
「なるほど……」
だったらその満月祭が開かれる場所を探すのが先決ね。かれんはそう結論を出しました。
「どうやって探せばいいミル?」
「こまちなら知っているかもしれないわ」
かれんはソファから立ち上がると扉を開けようとしました。
「待ってミル」とミルクがそれを引き留めます。
「どうしたの?」
「探すの手伝ってくれるミル?」
「……他に用事もないし」
かれんはそう答えると、こまちたちを呼ぶために扉を開けました。

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