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第八話 かれんの秘密

家を出た三人は何人か知り合いの女の子たちを回ってみたものの、すぐに行き詰りました。
「赤ちゃん拾った人なんていないね」
「やっぱり、この町でそんなことがあればすぐ噂が広がるんじゃないかしら。
 お店の人たち、そういう噂話好きそうだし……」
「隠して育てられそうなところはないミル?」
せつなの頭の上からミルクが囁きます。ミルクは一応人形のふりをしていました。
「隠せそうなところ……」
ラブとせつなは顔を見合わせて考えます。
「どこに隠したって……? あ、でも……」
何かを思いついたようにラブはせつなの上のミルクに目をやりました。
「すごく大きなお家に私たちより一つか二つくらい年上の女の子が住んでるんだけど、
 家族の姿はたまにしか見かけないっていう、そんなお家があるんだよね。
 あそこになら赤ちゃんを隠すこともできるかも……」
「そこに住んでる女の子は二人ミル?」
「ううん、一人……だと思うけど」
「その子と仲のいい子はいるミル?」
「こまちさんと一緒にいるのを何度か見かけたことがあるような記憶があるけど」
ふむふむとミルクは頷きました。
「だったら、状況証拠から見てその二人が怪しいミル! 早く会ってみるミル!」
ラブは一旦その大きな家を目指して走りかけましたが、突然きゅっと止まりました。
後ろから追いかけていたせつながミルクごとラブにぶつかりそうになります。
「どしたの、ラブ?」
「最初にこまちさんの家に行ってみたほうがいいかも。あのお家に訪ねて行ったこと
 ないし、話したこともないから……」
「そうなの」
せつなは内心驚いていました。過剰にも思えるほど人に懐いてくるラブが話したことの
ない人がご近所にいるということが意外でした。
こまちは、「和菓子屋 小町」の末娘です。ラブは先ほど豆大福を買ったこのお店にまた
向いました。店内は相変わらず人で一杯で、繁盛しています。ラブは店内の隅に立って、
この家の長女、まどかの接客が終るのを待ちました。
「あの、すみませーん」
「あれラブちゃん。忘れ物?」
ラブの声に気づいてまどかがくるっと振り返ります。ミルクを頭に載せているせつなを
見て一瞬ぎょっとした表情を浮かべましたが特に何も言いませんでした。
「あの、こまちさんにちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」
「こまち?」
まどかさんは店の外を遠く見ようとして背伸びをして、
「こまちなら今ちょうど出かけたところだよ。かれんちゃん送りに」
「あ、そうなんですか! ありがとうございます!」
それを聞いたラブとせつなは大慌てで店を飛び出しました。まどかは「こまちに
何の用だろう?」と不思議に思っていましたが次のお客さんに呼ばれてすぐにまた
接客を始めました。

お店から出て大きなお屋敷の方へと二人が走っていくと、やがて背の高い、
緑の髪と青い髪の女の子が何かを話しこみながら歩いている後ろ姿が小さく見えてきました。
「こまちさん、待ってー!」
ラブが走りながら大声を出すと、その声が届いたらしく二人が足を止めます。
私は先に帰るわ、とでも言っているようでこまちと話していた少女――かれんがこまちに
手を振って行こうとするのを見てラブはさらに「かれんさんも待ってー!」と止めました。
かれんは立ち止まり、驚いてラブたちが来るのを待っていました。
こまちは手に小さな風呂敷包みを抱えていました。

「あ、あの、こまちさんかれんさん……」
追いついてラブははあはあと息を荒くしながら何とか話そうとしましたが、
「ちょっと待ってください」と待ってもらって少しの間、息を整えました。
せつなの上のミルクはこの二人――特にかれんを見て、不思議に思ったことがありました。
「あの、」
ラブがようやく息を落ち着けて顔を上げます。
「ちょっと聞きたいんですけど……、こまちさんとかれんさん、赤ちゃんいませんか?」
「……え?」
ラブの唐突な質問にかれんは眉を顰めました。こまちはその様子にくすくすと笑いました。
”せつな、ただの赤ちゃんじゃなくて光り輝く赤ちゃんって言ってミル”
せつなの上からミルクがせつなにだけ聞こえるようにひそひそと囁きます。
せつなはその通りにしました。
「あの、ただの赤ちゃんじゃなくて光り輝く赤ちゃんなんですけど」
「……?」
せつなにもかれんは怪訝そうな表情を向けます。
こまちは「それは何ていうお話のこと?」とせつなとラブ、二人に聞きました。
ラブがお話じゃないんです、と答えます。
「お話じゃなくて現実で……かれんさんが住んでるお家、すごく大きいから赤ちゃん
 育ててたりしてもおかしくないかなあって思って」
言いたいことが良く分からないとかれんは言いたそうでしたが、あくまでも冷静に
「どんな赤ちゃんにしろ私にもこまちにも赤ちゃんはいないわ」
「そうミル?」
せつなはミルクに言われた言葉を繰り返そうとして思わず「ミル」まで
真似してしまったことに気づき「そうなんですか?」と慌てて言いなおしました。

「ミルって、何?」
「え、えーとその、ちょっと、言い間違えただけで」
「ふうん」
聞いてはみたもののかれんは興味なさそうに答えると、
「なんにしても、赤ちゃんはいないわ」と念を押します。
「でも、どうしてそんな姿をしてるミ……してるんですか?」
ミルクの言葉の意味が分からないままにせつなはかれんに尋ねました。
「そんな姿?」
質問の意味が分からない、そう言いたそうにかれんはせつなに聞き返します。
せつなは更に、ミルクに言われるままに言葉を重ねました。
「あなたにはその姿じゃない、本来の姿が」
しかしその言葉は唐突に遮られました。おっとりとした言動からは想像もできないほど
すばやく動いたこまちの手がせつなの口を覆い、それ以上の言葉を封じていました。
せつなが口を閉じたのを確認してからすっと手を離します。
穏やかな笑みを絶やさないこまちの顔から、この瞬間は微笑が消えていました。
その事実にラブとせつなは凍りつきました。

「それじゃあ、ラブさんせつなさん。また今度ね」
こまちは一人で話を終らせると、かれんの腕を取ってその場から歩き去ります。
「ま、待ってこまちさん!」
ラブはそう言いましたがこまちもかれんも歩みを止めず――それどころか
振り返りもしないでそのまま離れていきました。

「……こまちさん、最後怒ってなかった?」
「た……多分、ものすごく怒ってたわ」
「ねえせつな、さっきなんて言いかけてたの?」
「ミルクが言おうとしてたことよ」
「ミルクが?」
ラブはせつなの頭の上のミルクに目を向けました。
「ミルク、何言おうとしてたの?」
とラブは聞き、あっと気がついてきょろきょろ周りを見回します。
ミルクが喋っているところを他の人に見られるといろいろと厄介でしょう。
ラブとせつな、ミルクは一度ラブの家に戻りました。

「それで、ミルクは何でこまちさんを怒らせそうなことを言いかけたの?」
「かれんって人は隠してることがあるミル。だから、何か怪しいと思ったミル」
ミルクはウサピョンの隣にちょこんと座ってラブとせつなを見上げました。
「……その隠していることを言おうとしてたの? さっきは」
ミルクは「そうミル」とせつなに答えます。
「さっき会ったかれんって人は……」
「ちょっと待ったぁー!」
ミルクが言いかけたことを今度はラブの大声が封じます。ミルクはぱちくりとまばたきをしました。
「かれんさんが内緒にしていることなんでしょ? 私たちが勝手に聞いちゃまずいよ」
「ミル? でも、内緒にするほどのことじゃないと思うミル。どうして隠すのかミルクに
 は良く分からないミル……」
「……どんな秘密だとしても、人が隠していることを勝手に暴くものじゃないわ」
せつなは淡々とした口調でそう言いました。その目はどこか遠くを見ているようでした。
「こまちさんとかれんさんに謝りに行った方がいいよね……」
ラブの言葉に、せつなはええと頷きます。
「……ミルクのことも話したほうがいいかもしれないわ」


こまちとかれんは早足にかれんの家に帰ってきていました。かれんの家は町外れに
ある大きな屋敷です。周りの家が木でできているのに比べ、石で作られたように
見えるこの家はどこか異国情緒を漂わせていました。
かれんはこの家にじいやと二人で暮らしていました。両親が帰ってくることは稀でした。

かれんとこまちはこの家に入るとすぐにかれんの部屋に入りました。
扉を閉めるとかれんはやっと安心したように床にどさりと座りました。
床も畳ではなく毛糸で作った敷物が敷いてあって、部屋の中に置いてある机などの家具も
異国風でした。

「かれん……」
こまちがそんなかれんを心配そうに見下ろし、かれんの隣に正座します。
机に向った椅子の足にこまちの背が当りました。
「私何か失敗した……?」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でかれんが囁きます。
「え……?」
「何か失敗した? あの子たち……、」
かれんは自分を支えるように両腕で自分の肩を抱きました。
「あの子たち、私のこと気づいてたわ……」
「……かれん」
こまちはそっとかれんの肩に手を置きます。
「大丈夫よ。かれんは何も失敗なんかしていないわ」
「だったらどうして!?」
こまちはそれには答えずに手にしていた風呂敷包みを開きます。
中からは小さな葡萄が二房出てきました。
「はい、かれん」
「……ありがとう」
かれんはこまちの手から葡萄を一房受け取ると、立ち上がって机の上にある皿の上に置き、
立ったままそれを食べ始めました。こまちも立ち上がると葡萄を一粒、二粒口に含みます。
二人はずっと無言のままでした。

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