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第七話 動き出す人形

のぞみたちが住む森の近くにある町は四つ葉町といいます。のぞみが戻ってくる少し前、
この町でも人知れず小さな騒動が起きていました。

「すみませーん、豆大福を、えーと……六つください!」
四つ葉町に店を構える「和菓子屋 小町」はいつもお客さんで賑わっています。
人気商品の豆大福を六つ包んでもらった少女、ラブはうきうきとした足取りで店を出ました。
お母さんからお金を渡されて買い物に出かけてきたのですが、いつもより豆大福が
安売りされていたのでたくさん買えて、とても得をした気分でした。

――お父さんとお母さんとあたしとせつなで一つずつ食べて……余った二つは
  あたしとせつなで食べて……

帰ってからすぐ、それに夜にでも豆大福を食べるところを思い描いてラブの心は
飛び跳ねんばかりでした。白地の着物に描かれた桃の花がラブの足取りと一緒に動きます。
人の行きかう道を、ラブはどんどんと家に向って走っていました。
「?」
地面に見慣れないものを見てラブは足を止めます。
他の人は気がついていないようでしたが、白い人形のようなものが落ちていました。
「……わ、可愛い……」
拾い上げてみるとそれは兎のような長い耳を垂らした人形でした。
頭のてっぺんには赤い飾りがついていて、いかにも女の子の玩具といった様子でした。
誰かの落し物かな、とラブはしばらくの間立ち止まって辺りの様子を見ていましたが、
この人形で遊びそうな年頃の女の子はいませんでした。
「どうしよっか」
困ったようにラブは人形を見ます。人形は何も答えませんでしたが、
その賢そうな目がくるくると動いたように見えました。

「……とりあえず家に来て、ウサピョンの友達になる?」
人形は何も答えませんが、ラブはそうすることに決めて人形を小脇に抱えました。

「ただいまっ! お母さん、豆大福買って来たよ!」
家に帰ってすぐ、ラブはみんなが食事をする部屋に豆大福を四つ、紙を敷いて
その上に置くと残りの二つは抱えて自分の部屋に持っていきました。それと、白い人形と。

ラブはせつな――ラブと同年代の女の子――と部屋を共有しています。
せつなはラブの姉妹ではありませんでしたが、この家で暮らしていました。
行き場をなくして途方にくれていたらしいせつなをこの家に引き取ったのが始まりでした。

部屋の片隅においてある兎の人形の横に今日拾ってきた人形を置いて、
小さな卓の上に後でこっそり食べようと豆大福を二つ置くと、また部屋を出て行きます。

「お母さん、せつなどこー?」
「せっちゃんはお父さんの忘れ物届けにいってもらったわ。
 そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」
お母さんが手仕事をしながら答えます。
「あ、本当? 迎えにいこうっと」
ラブは再び家を出ました。ラブのお父さんは家から少し離れた所で仕事をしています。
幸い家からは一本道なのでラブはぶらぶらと歩き始めました。せつなとはどこかですれ違うはずでした。
――せつな甘いもの好きだし、喜ぶだろうな〜
ラブは早くその顔が見たくなって、小走りに走り始めました。曲がり角を曲がろうとしたところで、
「きゃっ!?」
向こうから来た女の子とぶつかりそうになります。
「ご、ごめんなさい……、あ、せつな!」
「あ、ラブ!?」
ぶつかりそうになった女の子はせつなでした。ごめん、ちゃんと前見てなくて、
とラブは頭をかきます。
「もう、ラブ。気をつけてよ」
「ごめ〜ん。せつな、お父さんの届け物はもうすんだの?」
「ええ。お仕事にも間に合ったみたい」
「じゃあ、早く家帰ろっ!」
ラブはせつなの手を取りました。「え、ええ」とせつなは驚いたように頷きます。
「どうしたの、ラブ。今日はすごくご機嫌なのね」
「せつな、前に和菓子屋小町の豆大福の話したでしょ?」
「え、ええ……すごくおいしいんだっけ」
「そうそう、それでね。その話だけして中々買う機会がなかったんだけど、
 今日お母さんから頼まれて豆大福買って来たんだ。家にあるから早く食べようよ」
「本当に!?」
せつなの顔がぱっと明るくなりました。せつなも、話だけ聞いたことがあるものの
食べたことのない豆大福というものの存在が気になっていたのでした。
二人が少しだけ急いで家に帰ると、お母さんがちょうど手仕事に一区切りつけたところでした。
「ただいま、お母さん!」
「お帰りなさい。それじゃあ豆大福にしましょうか」
「あ、私お茶淹れます」
せつなは台所に立つとお茶の支度を始めました。ラブは四つ置いていた豆大福のうちの
三つを小さなお皿にそれぞれ載せます。お父さんはまだまだ帰ってこないので、
一つは脇によけておきました。三人分のお茶が入れば、おやつの時間です。

「いただきま〜す」
せつなとラブ、お母さんは声を合わせて豆大福にぱくりとかぶりつきました。
「う〜ん、おいしい……」
もちもちとした触感がせつなの心を捉えます。抑えた上品な甘さもせつなには答えられませんでした。
――幸せ……
うっとりとせつなは目を閉じて、それからお茶に手を伸ばします。まったりとした
味わいはもうこのままずっとこの安らぎが続くとせつなに思わせるのに十分でした。

「せつな、やっぱり気に入った?」
先に食べ終えたラブが笑顔でせつなを覗き込んできます。口に豆大福を入れたままで
せつなは頷きました。えへっとラブが笑います。
「実はね、もう二つだけ余分があるんだよ」
「あら、ラブ。そうだったの?」
お母さんが話に入ってきました。お母さんも楽しそうでした。
「うん、せつなと二人で後でもう一つずつ食べようと思って……」
「でも、ラブ。おじ様やおば様は?」
「私たちはいいのよ」
ラブの代わりにお母さんが答えます。
「せっちゃんは育ち盛りなんだから、一杯食べて、ね?」
はい、とせつなは嬉しそうに答えました。


「おいしかったねー」
「ええ、本当」
食べ終えるとせつなとラブは自分たちの部屋に戻ってきました。ここは元々ラブの
部屋でしたが、せつなが居候する形になっていました。
最初の頃はせつなの荷物はほとんどなかったのですが、今では部屋の三分の一ほどを
せつなの荷物が占めるようになっています。
「まだもう一つあるのよね」
「うん! せつな本当に気に入ったんだね」
ラブはせつなが喜んでいるのが本当に嬉しくてたまらないのでした。
こんなに喜ぶなら早く豆大福を食べさせてあげればよかったと思っていました。
「これは、でも今食べたら勿体無いから夜に……って、ええええ!?」
ラブは思わず大声を上げました。自分の着物を片付けていたせつなが何事かと
ラブを見ます。
「な、何で!? 豆大福がない!?」
「ええっ!?」
ラブが豆大福を置いていた場所には、大福を包んでいた風呂敷はあっても中身はありませんでした。


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