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「こういう時はね、秘密の呪文を唱えるんだよ」
「秘密の呪文?」
咲たちが目を点にします。
「うん! 開けー米ー!!」
「ああっ! その呪文はのぞみさん!」
みんなの前に突然灰色の壁が現れました。その壁はみるみる小さくなったかと
おもうと、黄色の髪の女の子の姿になりました。女の子はのぞみに抱きつかんばかりの勢いで
「のぞみさんお帰りなさい!」
「ただいま、うらら。ここ、見ててくれたの?」
「ええ、のぞみさんの留守はしっかり守らないといけませんからっ!」
「ありがとう、ごめんね突然いなくなっちゃって」
「あの、ところでこちらの皆さんは……」
うららがやっと気がついたように咲たちに目をやりました。
「あ、えーとね。私が川に落ちて流れていった先で会った咲ちゃんと満ちゃんと
 美希ちゃん! ここまで送ってきてくれたんだよ」
「はじめまして。のぞみさんのこと、ありがとうございます!」
女の子は礼儀正しくお辞儀をしました。うららだよ、とのぞみが紹介しました。
「うららは塗り壁なんだよ」
「塗り壁!?」
咲と満、美希の声が重なりました。そうなんです、とうららが答えます。咲たち三人にとって塗り壁という物の怪を見るのは初めてのことです。

「それでね、みんなと……あと、後から来るはずの舞ちゃんと薫ちゃんと祈里ちゃんと
 合わせて六人みんなにごちそうしたいと思ってるんだけど、……りんちゃんは?」
「りんさんはのぞみさんのこと探しに出かけてますよ」
うららの言葉を聞いてのぞみはまずい、と言いそうな表情を浮かべます。
「ひょっとして、私がいなくなってからずっと?」
「ええ、のぞみさんがいなくなってから毎日森の外にのぞみさんを探しに」
――怒られそうだなあ……
りんのしてくれていることは嬉しいのですが、きっと物凄い勢いで怒られるだろうと
思うとのぞみは少し気落ちしました。
「あの、それで皆さんをご案内した方が……?」
先ほどから話に加われないでいる咲たちをうららが気遣います。
「あ、そうだね、ごめん! 私の家に案内するからこっち来て!」
みんなはのぞみの後についていきました。

そこは不思議な場所でした。欝蒼と茂る森の木々の間に忽然と木でできた人間の家の
ような家が建っています。数段の階段を上って家に入ると、いくつもの畳敷きの部屋に
分かれていました。
「へええ……」
家の中に入って咲がきょろきょろと壁や天井を見上げます。咲が住んでいる「家」は、
――咲が狸の妖術で作ったものですから――咲がこれまでに見た数少ない人間の家を
元にしていました。こういう雰囲気の家もいいかもと咲が思っていると、
「もっと奥へどうぞ」
と客間らしきところに通されます。うららがすぐにお茶を淹れてくれて、みんなは座って
一服しました。
「あの、それで皆さんはどういった物の怪なんですか?」
「うん、咲ちゃんは狸さんでね……」
のぞみが改めてみんなを紹介し始めた時、不思議なことが起りました。
みんなのいる客間では襖をぴっちりと閉め切っていたのですが、それが開くこともなく
襖をすうっと通り抜けて赤茶色の髪の女の子が姿を現します。見ていた咲は手に
していた湯飲みを取り落としそうになりました。
「なーっ!? 何!?」
「あ、りんちゃんお帰りなさ〜い」
驚いている咲をよそにのぞみが振り返ります。りんと呼ばれた女の子はのぞみを
見て一瞬呆気に取られた顔をしましたが、
「のぞみーっ!!」
と大きな声で怒鳴ったので反射的にその場にいた全員が両手で耳を塞いでしまいました。
「あんたね、ずっとどこ行ってたのよ!? どんだけ探したと思ってんの!?」
「ごめん、りんちゃん。川に入ったら足滑らせて……」
「川ぁ!?」
りんはまた大声を上げます。
「だから独りでは川に入るなってあれだけ言ったでしょ!」
「ごめんなさ〜い……」
のぞみが謝ると、まったくもうと言いながらりんは怒鳴るのを止めました。
そして初めて部屋の中を見回し、咲たちに気がつきます。
「……で、こちらは?」
「あ、うーんとね、私が流れていった先で川から引き上げてくれてここまで送ってきて
 くれた咲ちゃんと満ちゃんと美希ちゃん」
「そうなんだ」
りんは急に改まった口調になりました。
「今回はのぞみがお世話かけてすみません」
「え、ううん、そんなこと気にしなくていいよ。それより――」
咲の目は先ほどからりんの足に釘付けでした。いえ、本来足があるはずの場所といった
ほうがいいでしょうか。
りんの姿は頭の先から胸、おなか辺りまでははっきり見えるのですが
その下からはだんだん薄くなって、足は全く見えなくなっています。
のぞみは咲が何を見ているのかすぐに気がつきました。

「えーっとね、りんちゃんはお化けだから足がないんだよ」
「お化け!?」
行儀良く座っていた咲たち三人はひっくり返りそうになりました。
「あのさ、そんなに驚くようなもんじゃないから」
三人の大げさな反応にりんが思わず突っ込みます。
「え、だってお化けって幽霊ってことでしょう!?」
興奮気味な美希の言葉にりんは笑って、
「違うって。お化けと幽霊は別物だから、幽霊は怖いけどお化けは怖くないよ」
と答えます。そうなの? と三人はきょとんとした表情を浮かべました。
初めて聞く話でした。

「え、でも……死んだ人……なんだよね?」
咲が尋ねると、違う違うとりんはまた否定します。
「幽霊はそうだけど、お化けは生まれたときからお化けなの。
 物の怪の一種みたいなもので、透明になれたり壁を通り抜けたりすることができるだけ。
 足を生やすことだってできるんだから」
そう答えてりんはすっと足を生やして畳の上に立ちました。その姿はどこからどう見ても
普通の人間の女の子で、咲たちが人間に化けている姿と変わりませんでした。
「でもりんちゃん、黄泉の国に行けたりもするんでしょ?」
のぞみは少しだけ得意そうでした。りんが他の物の怪にはできないことでもできると
みんなに紹介したいようでした。黄泉の国という言葉を聞いて満が眉根を僅かに上げました。
「……行けるけど、あそこは本当に幽霊ばっかりで怖いから……」
「行ったことあるの?」
ん、とりんは意外そうな目を満に向けました。これまであまり興味なさそうに聞いていた
満が急に関心を示したように見えました。
「一度だけ行きかけたことはあるけど……でもいかにも怖そうな場所だったから」
「そうなの」
満は少しがっかりしました。
「興味あるの?」
「……そういう訳じゃないけど」
満が話している隣で、咲はじっと満の顔を見ていました。満がその視線に気づいて
くるりと咲の方を振り返ると咲は慌てて話を変えました。
「えーっと、そういえば何かりんちゃんがご馳走してくれるって」
「へ?」
りんはきょとんとした表情を浮かべます。
「あ、そうそう! いろいろお世話になったからみんなにご馳走したくって。
 あとから三人くるんだけど、まず咲ちゃんたちにご馳走つくってくれない?」
のぞみが説明するとりんは「はいはい」と答えました。
――咲には、気づかれないようにしないと……
みんなの会話を聞きながら満は改めて自分に言い聞かせていました。

「ところで、この森にも川は流れているのよね?」
唐突にそう言うとみんなが一斉に満の方を見ます。
「ありますよ。のぞみさんが流された川が」
「ちょっとうらら〜……」
「じゃあ咲、魚釣りに行きましょ」
「魚?」
咲が不思議そうな顔をします。
「ええ。私たちも魚釣って、そのお団子を作らない? 咲がつくってくれるのすごく
 美味しいもの」
「あ、それいい!」
咲は満の話を聞いて喜びました。喜んだ拍子に狸の耳がぴょこんと飛び出しましたが
本人はそれに気づいていないようでした。

「じゃあ、川まで案内するからついてきて」
りんがそう言ってふわりと浮かび上がると部屋の外に出て行きます。咲たちは襖を
開けながらりんのことを追いかけました。

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