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第六話 妖怪の森

翌日もいい天気でした。美希は誰よりも早く起きて家の外に出、馬の姿になると
朝露がきらきら輝く草原の上を一走りして足の様子を確かめました。
祈里の家から少し行ったところには小さな池があります。
その池まで走ると美希は水面に自分の姿を映しました。
「うん、あたし完璧!」

快調な足にも自分の姿にも満足して祈里の家に戻るとみんなもようやく起きだした
ところでした。顔を洗ったりと身だしなみを整え、
三人ずつに別れて出かけることにします。美希は馬の姿で祈里の家から出たところに
腹ばいになります。のぞみも咲も満も馬に乗ったことはなさそうでしたから、
楽に乗らせるのが一番だと美希は考えていました。

咲はというと祈里の薬が効いたのか、すっかり痛みも取れたようで今日は元気満々でした。
用意ができてしまうと早く美希の背中に乗りたくてたまらなさそうな様子でした。
一番寝坊したのぞみが出て、最後に祈里が戸締りをして家から出てきました。
のぞみと咲が美希の傍らに立ちます。満はぼんやりと立っていましたが、
ぐいっと咲に手を引っ張られました。
「じゃあ、私たちは美希ちゃんに乗せていってもらうけど……」
のぞみが祈里と舞、薫に声をかけます。うん、と祈里は頷きました。
「私たちもすぐに追いかけるから。アカネさんに聞けば四つ葉町への道は分かると思うし……」
「ねえブッキー、今更だけど分からなかったらどうするの?」
美希が確認するように尋ねると祈里は
「そうしたらこの家に戻ってるわ。あんまり私たちが着かなかったら、
 美希ちゃんこの家を覗いてみて」
と手順を決めます。分かったわと美希は答えました。
「じゃあ、そろそろ……」
祈里が両隣にいる舞と薫に目を向けました。薫は何か考え込んでいるように
動かないままでしたが、舞はええ、と頷きました。

三人が草を踏み踏み若葉台の方に歩いていくのを見ながら美希は無言でした。
――やっぱり悪かったかなあ……
今になってみれば、怖いとはいっても我慢すれば何とかならないことはないという気も
してきていました。我慢すれば……しかし空を飛んでいるときに何かのきっかけで
集中力が途切れると落ちることにもなりかねないので、その意味で危険なのは確かでした。
――でも、頑張れば……
うろうろと考えをさまよわせている美希の思考は、しかし、
「ねえねえ、乗ってもいい!?」
という咲の声に遮られました。咲は目をきらきら輝かせて今にもまたがりたくて
たまらない様子でした。
「えーと、ちょっと待って。あなたたち乗馬の経験はあるの?」
咲とのぞみが元気よく首を振りました。「あなたは?」と聞かれて満は慌てて
「私もないわ」と答えます。

「そう、じゃあとにかくしっかり掴まっているように気をつけて。特に今回は空も
 飛ぶから。三人並んで座ってもらえればいいけど、一番前の人は私の首にしっかり
 掴まって。二番目、三番目の人はそれぞれ前の人のお腹でも抱いてとにかく落ちないようにしてね」
美希の話を咲とのぞみはうんうんと頷いて聞いていました。
「じゃあさ、誰が一番前に乗る?」
「一番前のほうが見晴らしがいいとか、そういうのあるの?」
のぞみの質問に美希はうーんと考えると、
「私は分からないけど、特にそういうことはないみたいね。ただ、一番前の人はできれば
 落ち着きがあって小さなことで動揺しないような人がいいと思うけど……」
ちょっと揺れるくらいで首にしがみつかれたら大変だから、と美希は思っていました。
咲とのぞみは顔を見合わせると、
「じゃあ、一番前は満だね!」
と結論を出します。満は心ここにあらずと言った様子で咲たちの言葉が聞こえて
いないようでしたが、一拍遅れて「え?」と咲とのぞみに目を向けました。
「満、どうかした?」
咲が少し心配そうな表情を浮かべます。こんなにぼうっとしているのは満には珍しいことでした。
「ううん、なんでもないわ」
取り繕うように満は笑うと美希の隣に立ち、咲には気づかれないようにしないとと思いながら
「またがって乗ればいいのよね?」
と確認します。
「そう。できるだけ脚もしっかり締めて、腿で私の胴体を挟むようにしてね」
満は言われた通りにして美希の首に腕を回しました。咲がそのうしろ、のぞみが一番
後ろに乗って脚を締めつつ前の人にしがみつきます。
「みんな乗ったわね」
美希は三人が乗ったのを確認すると立ち上がりました。三人の視点がいきなり高くなります。
ゆっくりと歩き始めた美希の背の上で咲とのぞみは歓声をあげました。
朝の空気を吸いながら馬に揺られていくのは初めての経験でしたが、大変気分の良いものでした。

「いくわよ、しっかり掴まって」
咲たちが美希の歩く速度に慣れてきた頃、美希が背中の三人に声をかけました。
三人とも腕にしっかりと力を込めます。
まず、美希は走り始めました。咲たちが走ったことのない速さで、
景色はごうごうと矢のように後ろに飛んでいきます。
咲は口の中にたまってきた唾を飲み込みました。心臓がいつもよりずっと強くどきどきと打っていました。
「飛ぶわよ!」
美希を覆うように白い翼が現れました。一瞬咲たちには翼の他には何も見えなくなりました。
ふわりと身体が浮くような感覚がしたと思うと、
「わーっ!」
咲とのぞみが下を見て歓声をあげました。昨日歩くのに苦労した川沿いの道が、
今は足の下に小さく見えています。どのくらいの高度なのでしょうか、祈里の家は
もう小さすぎて見えなくなってしまっていました。白い翼を大きく動かしながら美希は
川に沿うように上流に向って飛んでいきます。空から見ると、川は大きく蛇行しながら流れていました。
川沿いに進んでいったらずいぶん遠回りだったかもしれません。
「あ、あの滝! 虹が見えるよ!」
咲が進行方向前方の滝を指差しました。大きな滝の中腹には綺麗な虹がかかっています。
「あの滝を越えればいいのよね?」
「うん、きっとそう!」
のぞみが咲の横から顔を出すようにしながら美希に答えます。すうっと美希は滝の上を
越えました。少し先に森が見えます。
「のぞみ、あそこの森なの?」
のぞみは咲の後ろでややのびをしながら前の森を見ました。
「うん、そんな気がする」
「じゃあ降りるわよ」
美希はそう答えると森に入る手前のじめんにふわりと着地しました。
乗った時のように地面に腹ばいになると満と咲、のぞみが順番に降りてから人間の姿になって
立ち上がりました。
「あ〜……」
のぞみは少し先に見える森を見ながら懐かしそうに声をあげます。
「ここで間違いないみたい、みんなありがとう! 早くいこっ、りんちゃんとうらら紹介するね!」
のぞみが先頭に立って走りだしたのでみんなもそれを追いかけます。
すぐにみんなは追いついてのぞみが最後という形になったので、四人は並んで
歩き始めました。二本の樹が門のようになっているところから中に入ろうとします。……
と、一同は正面から何かにぶつかりました。
「え? 何これ?」
美希が驚いて目の前の空間を撫で回します。
透明な壁のようなものが森の入り口を塞ぐようにして立ちはだかっていました。
「壁?」
満と咲が息を合わせて思い切り押そうとしましたが、それはびくともしませんでした。
見ていたのぞみがえへへと笑いました。


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