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「えっと……あれ……『山吹庵』?」
のぞみが家にかかっている看板を読み上げます。
「人間の家かしら?」
舞が首を傾げます。薫はじっと地面に鼻をおしつけ、
「イタチみたいな物の怪はここに入ったみたい」
と結論を出しました。舞は看板を見上げます。「病院かしら?」
「行ってみるしかないかしらね」
薫がまた人間の姿に戻ります。舞とのぞみにちらちらと目をやると、「大丈夫そうね」と
確認します。
「大丈夫って、何が?」
「咲はたまに人間になってるつもりで尻尾や耳が出てることがあるから」
顔に疑問符を浮かべているのぞみに舞が説明します。ぷっとのぞみは吹き出しました。
「それ、すごく可愛くなりそう」
「うん、可愛いんだけど」
化け方としてはちょっと……と舞が苦笑します。「行くわよ」と薫が声をかけました。
「あ、うん!」
のぞみはぴょんと薫の前に飛び出ると、
「こんにちはー、ごめんくださーい!」と大きな声をあげました。
「はーい?」
中から女の子の声がして、しばらくすると山吹色の髪をした女の子が中から出てきます。
「あの〜、こちらに咲ちゃんと満ちゃんいませんか?」
後ろで聞いていた舞と薫は、え? と思いました。咲と満はまだ狸や猫の姿をしている
可能性が高いでしょうから、名前を出して聞いても分からないだろうと思ったからですが。
「あ、咲ちゃんたちのお友達ですか?」
女の子はにっこりと笑います。
「ちょうど、どうしようかって満ちゃんたちが話してたところだったんですよ」
どうぞ、こちらへ。そんな様子で女の子は手を家の奥に向けました。

――ああ、この子が……
女の子とすれ違った時、薫には察しがつきました。彼女の匂いは前から気になっていた
「イタチに似ているけど少し違う匂い」そのものでした。彼女が人間の姿のままで
咲と満をここに連れてきたのでしょう。

「咲ちゃん満ちゃん、お友達」
咲と満は人間の姿で奥の部屋にいましたが、咲の足先には丁寧に包帯が巻かれていました。
「咲!」
舞が部屋に飛び込んでいきます。
「舞、薫、のぞみ!」
三人の姿を見て、脚を伸ばして座っていた咲が立ち上がりかけますが満に止められます。
「どうしたの、咲!?」
舞たち三人は咲のそばに座りこみました。どう見ても咲は怪我をして、
その治療をしてもらったように見えます。
「うーん、その、」
咲は恥ずかしそうに笑いました。
「崖から落ちて大けがはしなかったんだけどちょっと爪の方に怪我しちゃって。
 満が追いかけて来てくれたあと、すぐに祈里が来て……あ、祈里ってここの家の」
「お茶どうぞー」
ちょうど良く祈里――先ほどの女の子――が人数分のお茶を持って入ってきました。
「ここの家で、動物のお医者さんをしてるんだって。それで、手当てしてもらったんだ!」
「大したことはしてないけど……」
困ったように笑う祈里を、咲たち五人はしばらくお礼責めにしました。ひとしきりお礼と
自己紹介が終わると、
「ところで……」
と薫が呟きます。薫はじっと祈里を見つめました。
「?」
と祈里がきょとんとした表情で薫を見つめ返します。

「気になっていたのだけれど、あなたは何の物の怪なのかしら?
 イタチに似ているけれど少し匂いが違うようだし……」
「ああ」
と祈里はにっこり笑いました。
「フェレットなの、私」
「フェ……?」
聞き慣れない名前に五人とも目をぱちくりとさせました。
「イタチさん達とは親戚みたいなものなんだけど、少し種類が違ってて」
ぽん、という音と共に祈里がフェレットへと姿を変えます。その姿はイタチにそっくりで
咲たちには見分けがつきませんでした。
興味を覚えたように薫は山犬の姿になると、くんくんと匂いを嗅ぎました。
確かにこの匂いに間違いありませんでした。

「ねえ、物の怪なんだよね? 森には住まないの?」
薫の後ろからのぞみが声をかけると、お父さんもお母さんも動物の治療をするお仕事を
しているからこういうところに住む方が都合がいいみたい、と祈里は答えます。
「かと言って人間の町に住むのもちょっと、ってお父さんたちも思ってるみたいで」
「町から離れた場所って、盗賊とか野盗とかそんな怖い人たちが出るって聞いたことがあるけど……」
舞が心配そうに尋ねます。
そういった話は物の怪でも一度や二度は聞かされているものでした。
大丈夫、と祈里は答えます。
「街道沿いだと確かにあぶないみたいなんだけど、」
「ふうん……」
咲のそばで満は祈里の話を聞きながら、いろいろなやり方があるものなのねと思っていました。

満は昔、薫と一緒に狸の森からは少し離れた山に住んでいました。
その時にはお互いほとんど面識はありませんでしたが、二人とも山から一歩も出たことが
ない――出る必要がなかった――という点では共通していました。
そんな状態でしたから、いざ火事が起きて山から逃げ出した後は二人ともどうしたら
いいか途方にくれたものでした。狸の森に身を寄せることができたのでそれ以来ずっと
そこに住んでいますが、山や森といった場所から離れて暮らすこともできるというのは
満にとって意外なことでした。

「ところで、咲ちゃんたちって」
ぽんと祈里が人間の姿に戻ります。自分よりも背の低くなった薫の頭を撫でようと
しますが、薫が軽く頭をそらして逃げたのでそれ以上追いかけることはしませんでした。
「どこかに行くって言ってなかったっけ?」
「あっ! そうだ! ごめんのぞみ、時間取らせちゃって!」

咲がぱんと手を合わせてごめんと謝りました。のぞみは「ううん、大丈夫だよ」と
手を振ります。のぞみが住んでいる森まで行こうとしていたと舞は祈里に説明しました。
「ねえ、この怪我いつ治るかなあ?」
咲が祈里に視線を向けました。
「良く効く薬を使っているから、明日にはそんなに痛みなく歩けると思うわ。
 でも、今日は基本的に歩かない方がいいと思うの」
「そっかあ」
咲がうな垂れた拍子に、ぽんと狸の耳と尻尾が生えました。ぴくぴくと耳の先が震えます。
「どうしよう……のぞみ、みんなと一緒に先に行ってた方が早く着くね」
「え?」
のぞみは驚いて、
「えー、咲ちゃんも一緒に行こうよ。りんちゃんのご馳走、すっごくおいしいんだから!」
と主張します。
「でも明日にならないと動けないみたいだし……」
咲が言葉を重ねると、のぞみはくるっと祈里の方を見ました。
「明日になれば、もう歩いていいんだよね?」
「え、ええ。もちろん絶対とは言えないけど、多分……」
「じゃあやっぱり、明日一緒に行こうよ! ねっ?」
「……うん!」
咲は頷きました。けってーい、とのぞみがポーズを取りかかると祈里が
「一日休むなら、良かったら家に泊まっていって」
と誘います。いいの? と五人が一斉に祈里を見ました。
「うん、今日はお父さんたち牛のお産で帰らないから……美希ちゃんにも泊まりに来てもらう予定なんだけど」
少し話し合って、咲たちは一晩泊めてもらうことにしました。


「……それにしても、明日どういう道で行くかを考えないといけないわよね」
満が座り直して呟きました。目の前に置いてある湯飲みのお茶を最後の一滴まで飲み干します。
「今日の道は無理ね。あれ以上進むのは危ないわ」
薫の言葉に舞も頷きます。
「だったら別の道……だよね」
う〜んと咲が腕組みをします。座ってみんなの話を聞いていた祈里が、あの、と
口を挟みました。
「どこに行こうとしてるの?」
「私が住んでる森なんだけど……こっちに来たときは川に流されて来たから道が良く分からなくて」
「川?」
満がのぞみの言葉を引き取って説明します。
「ほら、咲が落ちた崖の上側には川が流れているんだけどその川に流されてのぞみは
 下流にある私たちの森に着いたの。のぞみが帰るためには川を遡るしかないと
 思ったんだけど、咲が途中で崖から落ちて……だから、別の道を取るしかないってことなんだけど」
「川……」
祈里が何かを思い出そうとするような表情を浮かべました。
「確か前、美希ちゃんがこの近くには綺麗な川があってその上流には大きな滝があるって
 ことを言ってたような……」
「それーっ!」
のぞみが大声をあげました。みんなが身体をびくっとさせます。
「それ、その川! その川の滝のもっと向こうに行く道を探してるんだけど、
 美希ちゃんって人なら道知ってるかな?」
「知ってるかもしれないし、知らなくても乗せてってくれるんじゃないかなあ」
「え? 美希ちゃんってイタ……フェレットじゃないの?」
「ううん、美希ちゃんはすごく綺麗な馬よ。翼が生えた」
祈里がどこか誇らしそうに答えました。

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