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第三話 動物のお医者さん

翌朝、五人は早くに森を出発しました。咲も舞も満も薫も森を出ることは滅多に
ありませんでしたから、緊張して森からの一歩を踏み出しました。
川は森を出ると町の方へは行かずに草原のような場所を進んでいました。
五人は人間の姿をしていましたが――動物の姿で進むにはあまりにも奇妙な一団でしたから――、
周りに他の人間は見当たらず五人はするすると進むことができました。
最初は人間に見つかってしまうのではないかとはらはらしていた五人でしたが、
こうなってしまえばもう慣れたもので川岸に咲く花を眺めながら歩くようなゆとりも
できました。

川は真っ直ぐに草原を流れています。やがてゆっくりと道は上り坂になりました。
滝が近づいているのかもしれませんでした。川沿いの道から草が消え、ごつごつとした岩が
露出してきます。川の傍の道は次第に細くなり、片側は崖のように切り立ってきていました。
足元も悪く、気をつけていないと転びそうでした。
「私、元の姿に戻るわね」
満がぽんと猫に姿を変えます。平衡を保つために尻尾をぴんと立てて四足で歩く姿は
いかにも安全そうでした。
「あ〜、私もそうしよっかな」
満を見ていて羨ましくなったらしく、咲も狸に姿を変えます。舞と薫は、元の姿での
体格がやや大きめであることもあってか人間のままで居たほうが楽だと思っているようでした。
「満、先頭に立って。満が通れない道なら誰も通れないから」
薫が一番後ろから声をかけると、「はいはい」と満がこれまで先頭に立っていた
咲の脇をすり抜けて一番前に進みました。

「咲ちゃんもその格好の方が歩きやすいの?」
三番手――みんなの真ん中を歩くのぞみが二番手を歩く咲に話しかけます。
咲は尻尾を振りふり、
「うん、何か四本足の方がしっかり地面をつかめる気がして……わああっ!?」
言ったそばから咲が左足を置いていた岩が崩れます。右に体重をかけて立て直そうと
するも間に合わず、咲はそのまま崖の下に落ちていってしまいました。
「咲!?」「咲!」
みんなが一斉に下を見ます。咲の姿は何度か岩壁で跳ね返ったかと思うと
そのまま落ちていってしまいました。
「咲!」
満がそのまま崖を飛び降りて下っていこうと一瞬身構えましたが、猫であっても
この崖をそのまま下っていくのは躊躇われました。薫や舞と顔を見合わせると、
「先に行くわ!」
と満は一目散に元の道を戻ります。元の道には、川沿いの道――今歩いている道――と、
崖下の道とが分岐している場所がありました。
そこまで戻って崖下の道を進めば咲が落ちた地点に着くはずです。
「私も!」
舞も慌てて駆け下りようとします、が、舞の乗っている岩もごろりと崩れて舞は足をすくませました。
「落ち着いて。舞まで落ちたら大変だわ」
と、薫が舞を振り返ります。
「あなたは大丈夫なの?」
薫は一番後ろののぞみを見ました。
「う、うん。大丈夫」
そう答えるものの、のぞみの足元はどこか頼りなく見えました。この二人は
落とさないようにしないと、と薫は考え「怖かったら四つんばいで歩いてもいいと思うわ。
ゆっくり行きましょう」と二人に言ってまた歩き始めます。

満は他の三人を置いてとにかく駆けていました。ぽんぽんぽんと岩の上を飛ぶように
跳ねていくと坂道を下り、分岐点まで来るときゅっと止まって向きを変え、
崖下の道を急ぎます。
――咲、咲、咲!
満はそればかりを考えながら走り続けていました。
「……咲!」
もうどのくらい走った頃でしょうか、満は走っている道の先に茶色い影を見ました。
すぐに満はそこに駆け寄ります。
「咲、大丈夫!?」
「満ぅ」
咲は狸の格好のままで泣きそうな顔をしていました。
「どこが痛いの?」
「足……」
「見せて」
咲は満にはいと足を見せました。一目見て満は眉を顰めます。足の先からは血が
流れ出していていかにも痛そうでした。

「とにかく……」
言いかけて満は口を噤みました。誰かの気配がします。くるりと後ろを振り返ると
岩陰から山吹色の髪をした人間の女の子が姿を現しました。
「どうしたの? 狸さんに猫さん」
女の子は咲と満の姿を見て嬉しくて仕方がないような様子でした。そして咲の怪我に気づくと、
「怪我してるの!?」
と咲の身体を抱き上げます。連れて行かれてしまってはたまらないと、満は思わず
女の子の顔を見上げてにゃあにゃあと鳴きました。
「お友達なの?」
女の子にそう聞かれて、咲は真顔でこくこくと頷きます。女の子は
「じゃあ一緒に行こうね」
と満のことも抱き上げ、すたすたと歩き始めました。

薫たち三人がその場所に着いたのはずいぶん時間が経ってからのことです。
「この辺りだと思うんだけど……」
薫は崖の方を見上げました。どの場所で咲が落ちたのか、下から見ているだけではよく分かりません。
距離から行ってこの辺りだと思うのですが、咲の姿はどこにもありませんでした。
「満ちゃんもいないね」
辺りを探していたのぞみが呟きます。ええ、と薫は頷きました。
「舞、見つかった?」
少し遠くまで足を延ばして戻ってきた舞は心配そうに首を振ります。
「満さんまで……どうしたのかしら」
「ちょっと待ってて」

薫はすっと息を止めると犬の姿になりました。すぐに辺りの地面を嗅ぎまわります。
しばらくあちらに行ったりこちらに来たりとうろうろしていましたが、
ある場所でぴたりと止まりました。
「満の匂いが残ってるわ」
地面からは顔を上げないまま舞とのぞみに伝えると、くんくんと嗅ぎまわり
咲の匂いを見つけます。
「咲と満はここで合流してるわね……」
薫の言葉を聞いて舞とのぞみは安心したような表情を浮かべましたが、
続く言葉にまたえっと表情を引き締めます。
「それともう一人……」
不審そうな声で薫はそこの匂いを丹念に嗅いでいます。
「もう一人って?」
舞は恐る恐る尋ねました。
「イタチ……かしら? 少し違うような気がするけど……咲と満の匂いはここで
 途切れてるわね。もう一人の匂いはここから続いてるけど……」
「じゃあ、その人追いかけてみようよ!」
ええ、と薫はのぞみに頷くと匂いを追って歩き始めます。のぞみと舞はその後についていきました。

薫の足はある家の前でぴたりと止まりました。どうしてこんなところに家があるのかと
不思議になるほどこの家はぽつんと立っていました。あたりは一面草の原っぱが
広がっていますが、町からも森からも人間が使う道からも離れているこの家はいかにも
唐突な印象を与えていました。



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