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第二話 河童の川流れ

なぎさとほのか、ひかりが住む町のそばには大きな森があります。人間があまり立ち入る
ことのないその森には、確かに物の怪と呼ばれる者たちが住んでいました。
「釣れた!」
夕方頃、森を流れる川の傍に仔狸と仔猫が一匹ずつ並んで居間h下。仔狸の方は川に
垂らしていた尻尾に魚がかかったので喜んで引き上げましたが、赤毛の仔猫のほうは
それを見て少し不満そうでした。
「私の尻尾、あまり魅力ないのかしら……」
仔猫はそういって、川につけていた尻尾を引き上げます。冷たい水につけていた尻尾は
もう随分冷えて感覚もなくなっていて、仔猫は尻尾をごしごしとこすって温めました。
「そんなことないよ、満だってちゃんと釣れるよ!」
仔狸はそういってまた尻尾をちゃぷんと川に下ろしました。

猫と狸が仲良く並んで魚釣りをしている光景はそう見られるものではありません。
この森は、狸の森と呼ばれています。その名の通り、狸の姿をしている物の怪たちが
この森には沢山いました。今釣りをしている仔狸の名前は咲、この森で生まれ育った
子どもでした。隣にいる猫の名前は満といいます。この森で猫の姿を取る物の怪は満一人でした。
満は少し前にこの森にやってきて、ここに居つくようになったのでした。

「こう、さ。じっとしていたらその内魚が尻尾のことを餌だって勘違いして食いついてくるから、
 そうしたらえいって持ち上げればいいんだよ!」
「そもそも食いついてこないのよね……」
釣りのやり方を教える咲に満はぶつぶつ言いながら、また尻尾を下ろしました。

「ああーっ!?」
川の上流から悲鳴のような声が聞こえてきます。咲と満は思わず顔を見合わせました。
水の流れに乗って緑色のものが見え隠れしながら大変な速さでこちらに近づいてきました。
ぐっと咲は自分の尻尾が魚よりもずっと強い力でつかまれるのを感じました。
「え、ちょ、ちょっと!?」
咲はそのまま盛大に水しぶきを上げて川の中に落ちて緑色の物体と一緒に流されて
いきます。満は慌てて立ち上がると、先を追いかけて川べりを必死に走ります。
「満!」
水の中の咲が手を伸ばしました。満は猫の姿から十三、四くらいの人間の少女の姿へと
形を変えるとその手を掴みます。
「咲!」
満は何とか引っ張りあげようとしますが、その場に堪えているのが精一杯で、
咲と繋いだ満の腕は今にもちぎれそうでした。
「薫! 舞! 助けて!」
木々を仰いで叫んだ満の声が森の中に響きます。
「どうしたの!?」
応えるように、木々の向こうから山犬と狐が姿を現しました。
「何とかして! 咲が川に落ちたの!」
山犬の方は満の言葉とその様子から状況を判断すると、
「舞! 満の手助けをお願い!」
とそばにいた狐にいい残してざんぶと川に飛び込み咲の身体を咥えて陸に押し上げようとします。
舞と呼ばれた狐の方はこれも人間の姿へと変化すると――満の腕に手をそえ、
咲を引っ張りあげようとします。
「せえ……の!」
三人が同時に力を入れると、咲の身体が岸に乗り上げました。
同時に、咲の尻尾を引っ張っていた緑色の生き物も岸へと打ち上げられました。
咲と、一歩遅れて岸に上がった薫がぶるぶると大きく身体を震わせて水滴を飛ばしている間、
満の目はぐったりとした緑色の生き物の方に注がれていました。
「河童……?」
緑色の身体といい、蛙のように水かきのついた手足といい、皿と甲羅をかぶった姿と
いい、どう見ても河童のように思えます。咲と薫も人間の少女の姿になると――、
河童に近づいて目を凝らしました。
「初めて見た……」
咲の呟きに、舞も満も薫もうんうんと頷きます。
「う……ん?」
じっと四人の視線が注がれていることに気づいたのかどうか、河童が桃色の瞳をゆっくりと
開きました。一瞬四人の顔を見回したかと思うと、
「え……ここどこ?」
と呟き、自分が河童の姿であることに気づくと、
「え!? 人間にばれちゃった!?」
と後ずさりしてそのまま川の中に落ちそうになります。
「待って!」
と咲が河童の腕をつかみました。
「人間じゃないよ、安心して」
河童はえ? という顔で咲を見た後、くんくんと匂いを嗅ぎ、
「あー! 狸さん! それに猫さんと犬さんと狐さん!」
と嬉しそうな声を上げました。そしてふわりとその姿を変えて、桃色の髪の女の子になると、
「初めまして、のぞみと言います!」
と挨拶をしました。咲たち四人が名前を名乗ると、
「助けてくれたんだね、ありがとう!」
とのぞみはぺこりとお辞儀をしました。

「ああでも、人間に捕まっちゃったのかと思っちゃった。みんな人間に化けるのうまいんだね!」
あなたもね、と満は答えます。実際、のぞみの姿は人間の女の子にしか見えませんでした。
「でも、どうして河童がおぼれていたの?」
咲が不思議そうに尋ねると、えへへ、とのぞみは頭をかきました。
「この川ね、私がいた森の方までつながっているみたいなんだけど」
そう言って背後の川を振り返ります。
「川の中に入っていたら足滑らせて、それでここまで流されちゃったみたい」
「文字通りの河童の川流れね」
薫がぼそりと呟きました。ん? と咲が聞き返します。
「何かがすごく得意な人でも失敗することがあるって言うものの例えよね」
と舞が言うのを聞いて、「うーん、泳ぐの得意じゃないんだけどね」とのぞみが笑います。
え? と他の四人は固まりました。
「得意じゃないの? 河童なのに?」
満が怪訝そうな表情を浮かべて聞くと、うん、とのぞみは答えました。
「河童でも、泳ぐの苦手なこともあるんだよ。だから、あんまり川には入らないように
 りんちゃんに言われてたんだけど、身体が乾きかけてたから入ったら、
 流されちゃったんだ」
帰ったらまたりんちゃんに怒られちゃうなあ、とのぞみはぼやくように言います。
そういえば、と舞はその言葉を聞いて思い出したように、
「あの、のぞみさん――どうやって帰るの?」
と尋ねました。え? とのぞみはきょとんとした表情を浮かべました。
「どうやってって、来た道を戻れば……あ、そうか、川に入ったらおぼれちゃうからダメだね。
 えーと、そしたら……」
「薫、送っていってあげたら? 泳ぐのは得意なんでしょ?」
満が薫を見上げます。薫はしかし、首を振りました。
「誰かを乗せて流れに逆らって泳ぎ続けるのはきついわ。
 あなたのいた森は相当遠くなんでしょう? この辺りで河童をみかけたことはないもの」
多分ね、とのぞみは答えます。
「丸一日流されていたから、結構遠いと思うんだ」
「そう、丸一日……えっ?」
薫は「丸一日?」と聞き返しました。
「うん、丸一日! 流されている間に夜になって、また明るくなったもん!」
「丸一日も流されてたら、その……息ができなくなったり、身体が冷え切ったり、しないの?」
薫は重ねて尋ねます。「ぜーんぜん!」とのぞみは元気良く首を振りました。
「水の中に入ってても、そんな風にはならないよ」
「……そうなの」
河童だからかしら、と薫は思いました。それにしても、息ができるのなら落ち着いて
泳げそうな気もしましたが、どうして泳げないのだろうと不思議に思いました。



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