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今まで見たこともない竹の姿に、ほのかは考え込んでしまいました。
女の子が後ろから近づいてきます。
「何だろう、これ?」
「……分からないわ」
女の子の声に、ほのかは思わず素直に答えていました。女の子も竹の節に触れて様子を見ます。
「中に何か影みたいな物が見えるけど……」
「節の中に何か入っているのかしら?」
「よーし」
女の子は懐から小刀を取り出すと、輝いている節の一つ上の節との境目に刃を当てます。
ほのかが黙ってみていると、女の子は竹に刃を入れあれよあれよという間に輝く節と
すぐ上の節とを切り離しました。切り離された上の部分は倒れてきましたけれど、
他の竹に支えられて地面まで落ちてくることはありませんでした。
女の子は次に、下の節との境目を切り離します。すぐに輝く節だけを切り出すことができました。
「どうなってるんだろうね?」
口笛でも吹きそうな様子で女の子は輝く節を手に収めると、器用に小刀を動かして
節の上部を薄く切り取り始めます。蓋のように節の部分を切り離して竹筒の中を見たとき、
女の子は思わず息を飲んでしまいました。
「あ、ありえない……どうしよう……」
「何が入っていたの?」
女の子の震える声にほのかも緊張して尋ねます。気のせいか、風も止まったように感じられます。
女の子はほのかの前に無言で竹筒を差し出しました。

「……ええっ!?」
ほのかはそれを見たとき思わず声を上げてしまいました。
光る竹の中には、可愛らしい赤ちゃんが眠っています。しかしその大きさはほのかの手に
すっぽりと収まってしまいそうなほどで普通の赤ちゃんよりもずっとずっと小さいのでした。
ほのかは思わず女の子の顔を見ました。女の子も困った顔でほのかを見ています。
「と、とにかく……」
ほのかはそう言うと深呼吸を一つして覚悟を決めると竹筒を逆さまにして赤ちゃんを
自分の掌の上に受けました。
「だ、出すの……?」
「だって放っておけないでしょう?」
布にくるまれた赤ちゃんがほのかの手の上に転がり落ちると、
辺りが一瞬暗くなったような気がしましたがすぐに元に戻りました。
竹筒はというと光を失って今はもう普通の竹のように見えます。
赤ちゃんはほのかの掌の上ですやすやと眠り続けていました。
「か〜わいい。良く寝てるね」
女の子は赤ちゃんの頬を指でちょんちょんとつつきますが、赤ちゃんは全く起きる様子が
ありませんでした。
「……あの、」
ほのかは躊躇いがちに女の子に話しかけます。
「ん?」
「ここから町のほうに出るにはどう行けば一番早いのかしら?
 この子を早く温かいところに連れて行かないと……」
「あなたの家に連れて行くの?」
「そのつもりよ」
「えーと、町のどの辺なのかな」
「どの辺といったらいいかしら……、町の中心部からは少し外れた雪城という家なんだけど」
「え!? あのお屋敷の!?」
女の子はほのかの家のことを知っているようでした。
「え……ええ」
「じゃあ、ひょっとして雪城ほのか?」
「どうして私のことを?」
ほのかは驚いて尋ねました。
「うーん、あのお屋敷に色んなことを何でも知ってる女の子がいるって噂は
 聞いてたんだけど。まさかこんな風に会うなんて思ってなかったけど……」
それならこっちが近いよ、と女の子はほのかの先に立って歩き始めます。
「……あなたの名前は?」
ほのかが尋ねると「ああ、ごめん。美墨なぎさ」と女の子は答えて、また歩き出しました。
なぎさが歩く道は狭く、一見して道とは分からない場所もありましたがとにかくほのかが
ついて行くと、
「ほら、あそこでしょ?」
となぎさが腕を伸ばして指差します。立ち並ぶ竹の向こうにほのかの家が見えました。
「ええ、ありがとう」
ほのかはなぎさの一歩前に出ると、家に向ってすたすたと歩いていきます。
何しろ家は見えますから、もう迷う心配はありません。
なぎさは帰ろうかどうしようか迷いましたが、結局ほのかについていくことにしました。

「お祖母ちゃま、ただいま」
「お帰りなさい、今日はたくさん遊んできたんですね……あら、お友達?」
ほのかのお祖母ちゃまはなぎさを見て驚いた、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべて
「初めまして」
と挨拶をします。初めまして、と返事をしながらなぎさはほのかのお祖母ちゃまの上品さに
ただならぬ緊張を覚えていました。
「お祖母ちゃま、それでね、大変なの。この子が」
ほのかはそれよりも、というように急いで家の中に上がります。
お祖母ちゃまはほのかの掌の中の小さな赤ちゃんを見てまあと一瞬息を飲みましたが、
赤ちゃんの頬っぺたに触ると、
「あらあら。大分身体が冷えているようね。赤ちゃんは温かくしてあげないと」
とほのかから赤ちゃんを受け取って家の奥に入って行きます。ほのかもそれについていきました。
なぎさはお祖母ちゃまがあまりに普通に赤ちゃんを受け容れたことが意外で
しばらく動けませんでしたが、「お邪魔します」と呟いて家の中に入りました。

いくつもある部屋のひとつが「赤ちゃんの部屋」ということになったらしく、
ほのかのお祖母ちゃまとほのかが赤ちゃんを温かい布団に包んでいます。
とはいえ、布団は大人用のもの。ただでさえ小さい赤ちゃんはますます小さく、
頼りなく見えました。
「後のことは、赤ちゃんが起きてからですね」
一通りのことを終えるとお祖母ちゃまはなぎさとほのかだけを赤ちゃんの部屋に残して
別の部屋に行ってしまいました。じっと様子を見ていたなぎさがふう、と息をついた後
ちらりと横目でほのかを窺います。
「……すごいお祖母さんだね。こんなに簡単に受け容れてくれるなんて……」
ほのかのお祖母ちゃまの頭の中ではこの子がどういう風に理解されているのだろうと
なぎさは不思議に思いました。
「お祖母ちゃまは何でもお見通しだから……」
ほのかが答えます。そのとき、今まですやすやと眠っていた赤ちゃんが緑の目を
ぱっちりと開きました。
「あっ、起きた!」
なぎさの声に驚いたのか、赤ちゃんはふえええんと泣き出してしまいます。
ほのかが慌てて赤ちゃんを抱っこしました。
「いい子いい子……泣かないで……」
ほのかも赤ちゃんをあやすのは初めてのようでどこかぎこちなく、
なぎさもどうしようかと困って助けを求めるように辺りを見回しましたが、
お祖母ちゃまにこの声は届いていないのか来てくれる気配がありません。
――そ、そうだ……
なぎさは昔、弟の亮太がまだ小さかった頃のことを思い出した。
――亮太が泣いた時は確かこうやって……
「あ〜かちゃん」
なぎさは両手で顔を隠すと、
「べろべろべろべろ……ばあ〜」
赤ちゃんは一瞬きょとんとなぎさを見ると泣くのを止めてにっこりしたかと思うと……
またすやすやと眠ってしまいました。ほのかとなぎさはほっと安心してまた赤ちゃんを
布団に戻します。
「美墨さん、赤ちゃんあやすの得意なの?」
「得意ってわけじゃないけど」
ほのかとなぎさは眠っている赤ちゃんを見ながら言葉を交わしていました。
「弟がいるから昔ちょっとしたことはあって……」
「そうだったの」
ほのかはじっと赤ちゃんを見つめています。なぎさはその横顔を見ながら、
やっぱり聞かないとね、と気になっていたことを口にしました。
「この子……これからどうする?」
ほのかは黙ってなぎさの顔を見上げます。
「……その、竹の中に入ってた赤ちゃんって……普通じゃないよ」
「そうね……」
ほのかは憂いを帯びた表情で赤ちゃんに目を落としました。
「確かにこの子は普通じゃないわ。でも……、だからって放っておけないでしょう?」
「それは、もちろん……」
くるっとほのかが振り返ります。その瞳に籠められた力になぎさは思わず腰を浮かしかけました。
「私はこの子を育てるわ。お祖母ちゃまにも助けてもらって。美墨さんはどうするの?」
なぎさはほのかの表情と眠っている赤ちゃんを見比べました。そして……、
「私も育てる……よ」
そう言うと、堅かったほのかの表情が和らぎました。ほのかがなぎさに
柔らかい笑顔を向けたのは初めてのことでした。
「……良かった」
「え?」
「一人で、って不安だったから」
「そうだったんだ」
なぎさには少し意外でした。ほのかは赤ちゃんを見つけてからというもの、
育てると決めてそれに迷いも不安も感じていないかのようになぎさには見えていましたから。
ほのかも不安に感じていたことになぎさは少し、安心しました。
「……どうする? この子の名前」
なぎさは赤ちゃんの頭を軽く撫でながら尋ねます。
「美墨さんは何かもう案があるの?」
「……ひかり、かな」
「いい名前ね」
ほのかも赤ちゃんを見て目を細めました。
「何か由来が?」
「光ってたから、ひかり」
「……それだけ?」
呆れたようなほのかに、「えー……いいでしょ」となぎさはふてくされて答えました。
くすりとほのかが笑います。
「いい名前だと思うわ……ひかりさん」
なぎさが撫でているあかちゃんの頭はまだふわふわとした産毛に覆われていました。
なぎさとほのかに見つめられながら、赤ちゃんは静かな寝息を立てて幸せそうに
眠り続けていました。

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