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第一話 竹取物語

昔々、あるところに。お祖母ちゃまと二人で暮らしている女の子がいました。
女の子の名前は雪城ほのか。お父さんとお母さんは仕事で家に帰らないことが
多かったのですけれども、ほとんど何も不自由することなく育ちました。ただ一つを除いては。
もう十五になろうという年頃でしたが、彼女にはまだ心を許せるような友達が一人も
いませんでした。本人もそのことを気にかけてはいませんでした。

「お祖母ちゃま、出かけてきます」
「気をつけていくんですよ」
この日、ほのかはいつものようにお気に入りの白い着物を着て町へと出かけました。
今日の用事は物知りの先生のところに行って先日借りてきた本を返すことでした。
空に輝く星や月のことがたくさん書いてある本でした。先生のところに本を返して
用事のなくなったほのかは家に帰ろうかと来た道を一旦戻りかけましたが、
少し歩いたところでまた立ち止まりました。そよそよと吹く春の風は肌に心地よく、
ほのかはまだしばらく風に吹かれていたくなりました。

またくるりと身を反転させて歩き始める――と、このまままた先生の家に行って
しまいますから、ほのかは何歩か行ったところで右に曲がる道を選びました。
ほのかが初めて歩く道でした。土の道はどこまでも続いて行くように思えます。
ほのかの家や先生の家は、町の中心地からは大分はずれたところにあります。
道の両側に杉の並木が立ち並ぶこの道は中心部に向っていましたので、
ほのかが足を進めるに連れて賑やかな音が聞こえてくるようになりました。

普段ならほのかはこの時点で踵を返して家に帰ってしまったでしょう。
でも今日は、もう少し行ってみたい気持ちに駆られました。うるさく思えるはずの喧騒も、
今日はあまり気になりませんでした。
どんどんと、ほのかは歩き続けました。杉の梢にとまった烏がほのかを見て
驚いたように鳴き声を上げました。

道は急に広くなり、町の中心部の広場のようなところに出ます。大八車を引く人や
忙しく往来する人に混ざって、ほのかは物珍しげにあちこちを眺めながら町の中を
歩きました。ほのかのすぐ脇に立つ壁はずっと続いていて、誰かのお屋敷のようでした。
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
威勢のいい、良く通る声がほのかの耳を捕らえます。物売りにしては珍しい
女性の声にほのかがそちらに足を向けると、声の主はほのかよりも十くらい年上と
見える女性で焼き菓子のようなものを屋台に並べて売っていました。頭に手ぬぐいの
ようなものをまいて髪を抑えているという格好からか、勇ましくも見えます。
周りには主に女の子達の人だかりができていて、「かわい〜!」と声を上げています。
何がそんなに可愛いのかとほのかは背伸びをして女の子達の後ろから覗き込んでみました。

――何……?
そこにはほのかの見たことのない生き物がいました。本で見た、イタチという生き物に
似ているような木もしましたが少し様子が違っていて、何かの踊りを踊って芸をしている
ようでした。
ぴこぴこと飛び跳ねて尻尾を振る様が確かに可愛らしいのです。
生き物が踊っている台のすぐ傍にある木の札には「ブッキーの踊り芸」と書いてありました。
「ブッキー」というのがこの生き物の種類を表しているのか名前を表しているのか、
ほのかにはよく分かりませんでした。踊りはやがて静かなものになり、終わりを予感させました。
「はい、みんな! たこ焼きが焼けたよ!」
店主のお姉さんが踊りの終わりを見計らって声をかけると、
女の子達の視線はすぐにそちらの方に流れます。
「並んで並んで! 六つで○○文だよ!」
ほのかは慌てて持っているお金を確認しました。何とか買えそうです。
女の子達が礼儀正しく列を作っているので、その一番後ろに並びました。

「お待たせっ! これでちょうど最後だね」
最後のほのかまで順番が回ってくるのは少し時間がかかりました。最初は熱々だった
たこ焼きも少し温度が下がり始めていましたが、ほのかは初めて買ったたこ焼きの
熱さにびっくりしていました。座る場所はないかときょろきょろ見回してみましたが
これは立った状態で食べる物のようでほのかも周りの人たちに倣って
そのままで食べてみました。
「おいしい……」
初めての味でしたが、少し濃いたこ焼きの味はほのかには新鮮でおいしく思えました。
「さ〜て、今日の仕事はおしまい」
店主のお姉さんはというと、ブッキーという生き物を肩に乗せて店の片づけを始めています。

と、そこへ、
「なにぃっ! 今日はもう売り切れか!」
この場にそぐわない、大柄の男がどすどすと走ってきました。
「ああ、今日はもう売り切れ。また明日ね」
お姉さんにそう言われたもののその男は「うぬうううう……」と諦めきれない様子で
頭を抱えていましたが、ちらっとほのかがまだ持っているたこ焼きに目をやり、
「な、何で一見の客が買ってるんだよ!?」
と難癖をつけ始めます。
「はあ?」
とお姉さんはほのかと男の間に割り込むように立ちました。

「常連の俺が買えないのになんで一見の客が……!」
「あんた何か勘違いしてない? うちはそういう老舗料亭みたいなことはやってないの。
 早い者勝ちがうちの店の決まりよ」
「いや、それでもだな!」
まだ何かを言おうとしていた男に「ちょっとあなた!」とほのかの声が刺さります。へ?
と男もお姉さんもほのかを見ました。
「あなた、そんなに欲しいのなら早めに来てきちんと並んでおくべきでしょう!」
「何だと!? やる気かお前!?」
男がほのかに怒鳴ってみせますがほのかは怯むことなく「喧嘩したって何も
解決しないわ!」とお説教を続けます。
「んだとお〜!」
男が拳を握った瞬間にひゅっ、と何かが風を切る音がしました。
男の眉間に小石のような物がぶつかります。

「痛てっ! おい誰だ!」
すぐ近くの杉の樹から、するすると黒い影が猿のように降りて来て一同の傍に駆け寄ると、
「こっちだよ!」とほのかの手をとって駆け出します。
「え、ちょっと……」
突然のことでほのかは慌てましたがぐいぐいと手が引かれるのでそのまま走ってついて
行かざるを得ませんでした。
「おいこら、くそガキ!」
後ろで男の怒鳴る声がします。けれどもそれもどんどん小さくなっていきました。
ほのかの前を走る人は風のように駆けて行きます。景色が後ろに流れていきます。
左手に持ったたこ焼きを落とさないように走るのでほのかは一杯一杯でした。
どこをどう走っているのかもよく分かりませんでした。丘のようなところを登った所で、
二人はようやく止まりました。
「は、はは……あはは」

息を切らしながらほのかを引っ張ってきた女の子はいかにも楽しそうに笑います。
黒を基調にした着物に明るい茶色の髪をした姿は一見すると男の子のようにも見えましたが、
よく見てみれば確かに女の子でした。きっとほのかと同い年くらいでしょう。
「逃げ切ったね、見た? あいつの顔」
そう言ってほのかににっこりと笑って見せます。あいつ、というのはあの男の
ことでしょう。
「あいつ、しょっちゅうあんなことしてるんだ。その度にアカネさんに怒られてるんだけどさ」
そんなにたこ焼きが好きならさっさと来て並べば良いのにね、女の子に混ざって並ぶのは
恥ずかしいのかもしれないけどさ、彼女はそう言ってさも愉快そうに笑いました。

「今日は何かすっとしたよ。大丈夫、いきなり走らせちゃって?」
女の子が改めてほのかに尋ねます。ほのかはこれまで下げていた視線をあげ、
きっと女の子を睨みました。女の子は慌てます。
「え? ええ?」
「……あなた。そういう時は暴力ではなくきちんと話し合いをして止めさせるべきでしょう!」
「ご、ごめんなさい……」
反射的に謝ってしまいましたが、女の子は内心、一応助けてあげたつもりだったんだけど、
と思っていました。その思いは表情にも表れ、いかにもふてくされているような顔に
なります。
ほのかの方は、全くどの人もと思っていました。手に持ったたこ焼きをぱくぱくと食べて
しまうと、ほのかはこのまま帰ろうと歩き始めます。
「ねえ、道大丈夫?」
女の子がやや心配そうに尋ねてきましたが、ほのかは何も答えずに歩き続けます。
「まあ、分かるんならいいけど」
女の子の声が更に追いかけてきました。ほのかに道が分かるはずはありませんでした。
今日初めて町に出てきたのですし、後半は女の子に引きずられて走っているだけだったの
ですから。それでも、ほのかは女の子に聞くことなしにずんずんと歩き続けました。
――まあ、いいか。
女の子は初めはそう思って放っておこうかと考えたのですが、ほのかが明らかに
明後日の方向に突き進んでいくのを見てさすがに気が咎めました。
「え、えーとさ、どこに行こうとしているのか分かってる?」

もちろんほのかには分かっていませんでした。しかしそう答えるのも悔しいので、
「どこかには着きます」
と答えます。それはそうだろうけどさ、と女の子は思いました。
ほのかの足は竹林に向っていました。竹林ならまあいいや、と女の子は思いながら
ほのかの後を追います。竹林の途中でうまく曲がれば町への近道があります。
そちらに連れて行けばいいやと女の子は考えていました。この町で歩いていて
一番恐ろしいのは、うっかり森の中に迷い込んでしまうことです。

森の中には妖精だの妖怪だの精霊だの物の怪だの魑魅魍魎だのがたくさんいると言われていて、
女の子自身も森の中に入ったことはありませんでした。
ほのかの足が竹林に入ります。しんと静まり返ったその場所にほのかの足は
一瞬すくみましたが、それでも入って行きました。大きな竹が何本も立ち並ぶ竹林は、
慣れていないとどこも同じような場所に見えるものです。
ほのかもすぐに、同じ場所をぐるぐると歩き回っているような錯覚に囚われました。
しかし、後ろに女の子がついてきていることが分かっていましたのでそのまま歩き続けました。
何か目印があれば安心して歩けるのに、とほのかは思いました。

ほのかがそう思った時のことです。薄暗い緑色が広がる竹林の中にほのかは
点滅するように輝くものがあるのを認めました。明るい光がちかっちかっと
明滅しています。
やっと目印らしきものを見つけたのが嬉しくて、ほのかは吸い寄せられるようにして
近づいていきました。ほのかが自分の想定していた道からはずれましたので
、後ろを歩いていた女の子は少し慌てましたが、彼女も明滅する光を見て興味を覚えました。

近づいてみると、それは提灯や行灯の光ではなく竹そのものが光っているのでした。
他は周りの竹と変わらない様子なのに、節が一つだけ光っている竹があります。
その節から出る光が先ほどからみえていたのでした。ほのかは竹に近寄ると、
その節に触れてみました。明るく輝いているのに少しも熱くなくて、それがますます不思議でした。
「……?」

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