トリニティは忙しい。全国的に人気のあるダンスグループとして、TVに舞台にと
日々活躍している。

そんなわけで、ミユキは一日のほとんどの時間をナナとレイカと一緒に過ごしていた。
十七歳の女の子が三人揃うわけだが、彼女達の会話は基本的にダンスのことで
あまり華やかなものではない。

「ミユキ、そういえば面白い物借りたから回すわ」
今日もTV用の撮影を終え、「トリニティ様」と書かれた楽屋の中でナナがミユキに
「はい」とケースに入ったDVDを手渡した。
市販されている映画や何かではなく、誰かが自分で録画したDVDのようだ。
白い盤面上にマジックで最近の日付が書いてある。
「何これ? 自分で録ったの?」
「ううん、ダンス大会のスタッフの人から貰ったんだけど」
「ダンス大会って今度の?」
今度あるダンス大会は夏の大会のやり直しだ。夏にトラブルでできなくなった大会よ
もう一度、というわけでスタッフにも気合が入っている。
この大会がデビューのきっかけであり、審査員を務めるトリニティと大会運営スタッフは
必然的に何度も打ち合わせをすることが多くなっていった。
結果、ダンス大会についてのちょっとした情報が入ってくることが多くなった。
例えば、どこかの地区の予選には雪だるまの着ぐるみでダンスをするチームが出場したらしいとか、
そんな些細な情報である。

「そうそう、この前あった地区予選の様子を撮影した物らしいんだけど。その大会で
 落選した人の分だけを編集したんだって」
「え? 合格したチームじゃなくて?」
ダンス大会予選の模様は一応すべて記録されている。落選したチームの分は
その時点で破棄され、合格したチームの分だけが残る。
これは本大会前に審査員が残ってきたチームのこれまでのダンスを見て
どういうところが見どころか、どういうところが弱点のチームなのか、
予め分析しておくためである。その方が当日のダンスをより的確に見ることができる。

「ううん、落選した人。レイカと一緒に見たんだけど、これがすごいの」
「え、二人で見たの? ……ずるい」
「だってミユキ、ラブちゃんたちとレッスンの日だったし」
「そうそう、それにミユキ、弟も出るんでしょ?」
レイカはもう着替えをほとんど終えていた。

「そんなに色んなチームの指導してるんじゃ忙しいでしょ。だからわざわざ見る
 価値のあるものなのかどうか、二人で確認しておいてあげたのよ」
「? ……ありがとう」
釈然としないものを感じながらもミユキはお礼を言いながらDVDを受け取った。
「つまりこれはすごいダンスが映ってるDVDってことよね?」
「そうそう。すっごいから。……私たちが参考にするにはちょっと大変そうだけど」
ね、とレイカはナナと目を合わせて笑いあった。
何かずるいなあと思いながらミユキはDVDを鞄の隅に入れると、
がさごそと着替えを始めた。


自宅に戻って部屋に入ると、ミユキは借りてきたDVDをパソコンに突っ込んだ。
普段はメールのやり取りくらいにしか使用していないパソコンが張り切って動く
音が聞こえた。ボリュームを少し小さくなるように調整して、ミユキは
ノートパソコンの前に座る。
DVD再生ソフトの起動画面が終ってしばらくすると、小さな公民館か何かに設置されたらしい
舞台が映った。
やがて出場者が一人舞台上の真ん中に立つ。
ミユキの目はこの画面に吸い込まれるように釘付けになった。
――すごいわ、これ。


「はい、じゃあ今日の練習はここまでねー」
「ありがとうございましたー!」
翌日はクローバーと三色団子のレッスン日。予選も近くなってきた最近、
レッスンにも熱が入っている。
「ありがとうございましたぁ……」
特に三色団子の二人、御子柴と沢はへろへろだ。ダンスは野球などのほかのスポーツとは
違う筋肉も使うので余計に疲れるらしい。
大輔はミユキの弟だけあってダンスには多少慣れているが、
日ごろから練習しているラブたちとの差は大きかった。

「はい、また今度ね」
ミユキさんは三色団子の三人を返すと、帰り支度をしているラブに近づいて
そっと昨日のDVDを手渡した。
「ラブちゃん、これ」
「なんですか?」
美希と祈里、せつなもラブの周りに集まってきた。

「今回の大会の予選で落選した人のダンスを録ったDVDなんだけど」
「落選した人の? 予選ってもう始まってるんですか?」
「地区によってはもう始まってるわ。会場の予約の都合もあるし……四つ葉町は
 結構遅い方よ」
「そうなんですか……」
そういえば予選のことばかり考えていてその後のことを考えていなかったなと
ラブは初めて気がついた。全国で予選は行われていて、そこでもう参加者は
泣いたり笑ったりしているのだ。ラブはその事実に身の引き締まるような思いがした。

「刺激になると思うから見てみてね。じゃあ、また今度のレッスン日に」
ミユキさんはそれだけで多くを語ろうとしなかった。あれこれ説明するより見たほうが早い。
「はい、分かりました! ありがとうございました!」
四人揃ってミユキさんにお礼を言うと、ミユキさんはそのまま家のほうへと
帰っていった。

「ねえねえ、美希たんブッキー。今日まだ時間ある?」
ラブはきょろきょろと美希とブッキーを見る。空は若干暗くなり始めていたが、
日が沈むまでにはまだ時間がありそうだ。

「そうね。まだ大丈夫だけど?」
「私も大丈夫」
「じゃあ、うちでみんなで見てみようよこのDVD!」
ラブは高くミユキさんから渡されたDVDを掲げた。落選した人の、というのが少し不思議だが、
ミユキさんから渡された物なのだから意味がないはずがない。
「さんせ〜い」
「じゃあ、早くいこっ!」
疲れていたはずなのに四人は小走りに商店街にあるラブの家に向った。

「みんな麦茶でいい?」
いいわよ、とTVの前に陣取った美希が答える。せつながDVDデッキにミユキさんから
貰ったDVDを挿入した。TVはしばらくぶんぶん唸っていたが、やがてDVDを
読み込む音がした。

「はい麦茶お待たせー……」
『モエルンバ! It's show time!!』
お盆にコップを載せてきたラブがTVの音に「何っ!?」とびくりとした。
他三人は既に画面の方に釘付けだ。急ごしらえの舞台の上に真っ赤な衣装を
着たダンサーが一人立ち、音楽に合わせてダンスを……いや、

「これ、音楽ないよね……」
「うん。でもリズミカルに踊ってるし、何か聞こえるような気がしてきちゃう」
祈里の呟きに美希が答えていた。そう、音楽がない。たまにダンサーが本人で
「チャッ、チャッ、チャッ!」
という合いの手だけが聞こえてくる。それなのに寂しい感じがしない。それどころか
賑やかな感じさえする。そしてステップは激しさを増し、何種類もの
ステップが複雑に組み合わされて織り込まれていく。

『チャチャ!』
「えーっ!?」
ダンサーの手から橙色の炎のような燃え上がった。それは会場の天井にまで達するかと
思われたところで消えた。両手に現れた炎の玉をお手玉のように扱ったかと思うと、
『これでフィナーレだぜ!』
ダンサーの声と共にお手玉状の炎がすべて繋がってハートマークを描く。
DVDの画像はそこで消えた。
四人はしばらく画面の前で動けないでいた。やっとせつなが手を伸ばし、TVの電源を切る。
麦茶を飲むことも四人は忘れていた。

「ね、ねえ、今の人何で受からなかったのかな」
祈里が麦茶に手を伸ばしながらぼそりと呟く。
「……ね。すごくハイレベルなのに……」
美希はそう答えながら、
――あれで受からないなら私たちまずいんじゃないの。
と思っていた。それは四人に共通した思いでもあった。
「あ、そうだ。ミユキさんに聞いてみよっか。どうして落ちたのか」
ラブはポケットからリンクルンを取り出すとすぐにミユキさんの番号を呼び出した。
みんなははらはらしながらラブを見守る。もし単純に実力不足ということで落ちたなら
かなり絶望的だ――、

「あ、もしもしミユキさんですか? ラブです、DVD見ました。……あの、あの人、
 どうして落ちたんですか?」
電話口の向こうでミユキさんの笑っている声がした。
「心配になっちゃったんでしょう、ラブちゃん」
「え、ええ……」
「火を使ったからよ」
「火を?」
「ダンスをするような会場って基本的に火気厳禁だし。特別なショーで火を使った
 パフォーマンスをすることもあるけど、事前に消防署に届けておかないといけないの。
 ……大会本部としては、火を使わないダンスに切り替えてもらって次の予選にも出て
 欲しかったらしいんだけど、彼は火を使わないくらいなら大会に出場しないと言ったらしくて、
 それで予選落ちってことになったのね」
「そうだったんですか……」
「そう。でも、あのくらいハイレベルな参加者も出てくる大会だって思って頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」
電話を切ったラブを三人は取り囲むように見つめた。
ラブはしばらく電話を見ていたが、やがて顔を上げるとミユキさんの話を
繰り返して説明した。

「そうかあ、火」
聞き終えた美希がソファにもたれる。
「実力的には通るはずだったのね」
せつなはそう呟きながらTVの電源をいれ、DVDを出した。
「何か勿体無いよねえ……」
ラブはどこか不満そうだ。その不満をダンサーの方にぶつけるべきなのか、大会運営のほうに
ぶつけるべきなのかは自分でも良く分からなかった。
「でも、やっぱりみんなこのくらい凄いのかなあ」
祈里はまだ真っ黒なTV画面の方を見ていた。
「うん、頑張ってねって。ミユキさんが」
ラブの言葉に、三人は大きく――祈里だけは少し自信なさそうに――頷いた。


数日後、ラブたちは自主練のためにいつもの公園に集まっていた。
公園にはカオルちゃんも店を出している。
「へい、セニョール! ドーナツ5つ頼むぜ、チャチャ!」
「お、お兄ちゃん見ない顔だねえ」
なんだか赤い格好の人がいるとラブたちは思いながら練習を始めようとして、
あっと美希が気がついた。
「ね、ねえねえあの人!」
ラブとせつな、祈里のジャージを引っ張るようにしてみんなを自分の周りに集めると
カオルちゃんのドーナツ店を指差した。
「この前のDVDで火のダンス踊ってた人じゃない?」
「えっ!?」
せつなはじっと目を凝らした。カオルちゃんのドーナツが揚がったらしく、
ずっと店の方を向いていた男がくるりと華麗に一回転する。
「あ」
「そう見えない?」
「多分間違いないわ。あのダンスの人よ!」
男はドーナツの袋を受け取るとそのまま帰ろうとした。

「待って! 待ってください!」
ラブは思わず飛び出していた。気づいたらしく男がステップを踏みながら振り返る。
「なんだい、セニョリータ」
「せ、せにょりーた……?」
目を丸くしているラブに変わって美希が男の前に出た。

「あ、あの! この前のダンス大会に出てませんでした?」
「ダンス大会? あーあれか。セニョリータ、見てたのかい?」
「え、ええ」
うろたえながら美希が答えると、ラブが再び男に話しかけた。
「もう出ないんですか?」
「火が使えないって言われちゃったからなあ」
「でも火を使わないようにすれば出られるって……」
ラブが食い下がる。と、チッチッチと言いながら彼は人差し指を振った。

「そいつは違うぜセニョリータ。火を使うのは俺のスタイルさ。
 火を使えないような大会ならそんなのに出る意味はない」
「え……。そうなんですか……」
「そうさ。あのダンス大会は俺には小さすぎる。もっとでかい場所でのショーを目指すぜ」
言っていることが大きい。でもこの人ならできそうな気もするとラブたちは思った。
「じゃあな、セニョリータ。愛してるぜ」
「へっ!?」
驚いているラブたちの目の前で彼は炎でハートマークを作って見せるとその場を立ち去る。
ラブたちはぽかんとそれを見送っていた。

「なんか……良く分かんないけど凄い人だったね」
「スタイルね……私たちにはまだまだそんなものないけど」
祈里と美希が口々に言い交わしている。せつなはせつなで、じっと彼の去った方を見ていた。
――なんか、この世界の元々の住人じゃないような気配がしたけど……まさかね……

はふう、とラブが息を吐いて気を取り直した。
「練習しよ、みんな。あたしたちはミユキさんスタイルで!」
「うん!」「そうね」「始めましょう」
口々に言いあい、ラブたちはいつものスペースに戻ると準備体操から練習を始めた。
予選の日までもうあとわずかである。

-完-

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