「くそっ! くそっ!」
どすどすという鈍い音が館の中に響き渡る。ウエスターがはあはあと息をつきながら
壁を殴るのをやめると、

「いい加減に止めてくれないか。落ち着いて本も読めない」
近くのソファで読書していたサウラーが本から顔を上げないまま冷たく呟いた。
「本なんか読んでる場合か!」
ウエスターの怒声にサウラーがうん? と顔を上げる。
「イースが! あいつが、プリキュアになっちまったんだぞ!」
「……またその話か」
サウラーは再び本に目を落とした。
「なあサウラー! 今考えついたんだが」
ウエスターが壁から大股にソファの方へ近づいてきた。
「やめておけ。君が何か考えてもろくなことにならない」
「いいから聞けよ! 俺たちで一度ラビリンスに戻ってイースのデータを書き直してもらおう」
「書き直す? どんな風に」
「今、データ上のイースは死んでることになってるんだろ。
 だったらデータを正しく書き直してもらうんだ。イースは生きてるって。
 そしたら、イースはラビリンスに戻ってくる」
「やめておいた方がいいな、それは」
 サウラーは次のページをめくる。
「何でだよ」
「データは間違ってない。イースはもう死んだんだ。今いるあいつはキュアパッションさ。
 本性は繋がっているとしてもね。そろそろ諦めろ、ウエスター。
 どうしてもって言うんなら君独りでラビリンスに行くんだね」
ウエスターはそれを聞いてがっくりと肩を落とした。
「……俺が独りで行ったってクラインがまともに話を聞いてくれるわけないだろ……」
サウラーはもう何も答えずに本の上の字を目で追いかけている。ウエスターはマントを翻してサウラーから離れた。
「出かける」
「どこに行くんだい?」
「どこでもいいだろ」
「迷子になるなよ」
「ならねえよ!」
サウラーに怒鳴り声を浴びせてウエスターはそのまま館を飛び出した。


――とはいったものの……
夏とはいえ、外に出てみるともうすっかり日も落ちて暗い。
いつもいくカオルちゃんのドーナツ店ももう公園にはないだろうし、
ウエスターはどこに行ったものか途方にくれた。
――すぐに戻るのも癪だしな……、
スイッチオーバーして西隼人の姿になるとウエスターは当てもなく街をさまよい始めた。
まだまだ気温は高い。歩き回っていると汗が滲んでくる。

「ん」
見慣れない店を見てウエスターは思わず足を止めた。
――ここにこんな店があったか……?
小さな店の前には「Bar Mizushita」という看板が派手な水色の電飾に囲まれて
存在感を主張している。
黒く塗られた木の扉を押すと、カランという音と共に扉は開いた。

「いらっしゃ〜い!」
中年ぐらいの、妙に気合の入った女の声。一瞬このまま帰ろうかとウエスターは思ったが、
他に行く場所もないのでそのまま入る。
「なんだ、この店……」
店の中は薄暗く、店主らしい女が立っている場所の前にはカウンター席が
設置されている。

「なんだって、バーよバー。私、ミズ・シタターレのバーにようこそ」
「バー?」
「そう。何を飲むのかしら?」
女店主にメニューを渡され、ウエスターはとりあえずカウンター席に座る。
メニューに並んでいる文字はよく読めない。

「え……と、じゃあこれ」
適当に目に付いた商品を指す。
「は〜い、すぐにお出しするわ!」
女は陽気に答えると水筒のような物をカチャカチャと振り回し始める。
「はい、どうぞ」
出された飲み物を一口飲んでウエスターは思わず吹き出しそうになった――が、
我慢して飲み込む。

「おい、なんだこれ」
「ええ? なんだってあんたが頼んだんじゃない。ギムレット」
「でも何か変だぜ……身体が熱くなってきた」
「……あんたひょっとして未成年?」
「みせいねん?」
「子供かって聞いてるのよ」
「違う! 俺は大人だ。イースみたいな子供じゃない!」
誰よイースって、とミズ・シタターレは思ったが特に聞き返しもせずに流した。
ウエスターは一気にギムレットを飲み干す。

「どうだ、俺は大人だ!」
空になったグラスをミズ・シタターレに返してよこす。
「はいはい」
とシタターレはそれを受け取る。
「他にも何か?」
「……いらないよ」
ぼろっとウエスターの目から涙が零れ落ちた。
「ちょっとあんた……」
泣き上戸かい面倒くさい、と思いながらシタターレはウエスターに水を出す。
ウエスターはそれには手をつけずにぼろぼろと泣いていた。

「あらあら。振られでもしたの?」
「そんなんじゃない……俺はイースがあんな奴らと一緒に居るのが……」
「イース?」
「俺の……仲間だ」
「ふうん、そう。女の子?」
「そうだよ」
何だ結局振られたんじゃない、とミズ・シタターレは思う。ひとしきりイースイースと
行っていたウエスターだったがやがて鼾をかいて眠ってしまった。

「しょうがないお客さんだね」
そう呟くシタターレの口調には棘がなかった。単純な馬鹿はそんなに嫌いではない。
「いいことを教えて差しあげようかしら」
眠っているウエスターに話しかける。もちろんウエスターは起きない。
「誰かに振られたんなら、その時にすることは一つだけ。思い切り、いい男になること。
 そして相手の女の子を見返すこと。……あんたにそれが、できればだけどね」
ウエスターはぐうぐうと平和な鼾をかいていた。


「……ん?」
目が覚めた時ウエスターは一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
「お目覚め?」
「うわっ!?」
いきなり話しかけられて驚いたものの、初めての店に入っていたことを思い出す。
「俺、もう行く」
そそくさと立ち上がると、「そう。じゃあお勘定」と値段を告げられる。
それを聞いたウエスターは絶句した。

「ちょっと待て! 飲み物一杯でそれはないだろう!」
「あら。大人の飲み物っていうのは高いのよ」
「いや、でもいくらなんでも」
「仕方ないわね。じゃあ特別に」
シタターレは手書きのカードをウエスターに握らせた。
「何だよ、これ」
「私が昼間やっているお店の割引券よ。特別サービス。海の近くに店、出してるから」
「……」
仕方ないというようにウエスターはしぶしぶ財布を開いて言われたとおりの金額を支払う。
「またお待ちしてるわ」
もう来ないよ、ウエスターは内心そう思っていたが黙って店を出た。

――ひどい目に遭ったな……
財布の中はほとんど空だ。とぼとぼと館への道を戻りながらウエスターは貰ったカードを
街灯の光で見ようとしたが、良く見えない。

――海の近くとか言ってたな……
「海」とやらについて少し調べてみるか。そんな気持ちがウエスターに湧き上がってきた。
調べてみたら、大量に不幸を手に入れる方法を思いつくかもしれない。
そうすればメビウス様に評価されて……
――……いい男!?

まるで天啓のように、ウエスターの脳裏に「いい男」という言葉が浮かんだ。

――そうだ、メビウス様に褒められて、そしたら俺は「いい男」だ!
  いい男になればきっと何とかなる!
  よし、まずは「海」だ! そこで不幸を山ほど集めてみせるぞ!

前向きになったウエスターがあらぬ方向に駆け始めるとはミズ・シタターレにも
予想できなかったのである。


-完-

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