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同時刻、ブンビーカンパニー。自分で淹れたお茶を飲みながら、社長のブンビーは
窓の向こうの空を眺めていた。エターナルでの一年間のキャリアで身につけたのは
お茶を淹れる技術ばかりだったが、それは今自分のために役立っていた。

こちらも青空が広がっているが、一点だけ空が曇っているのが見える。
ブンビーは一口お茶を啜るとため息をついた。
――誰だか知らないが、可哀想に。
遠くの町で、誰かが何かの組織のために命を削っているような気配がする。
ギリンマ、アラクネア、ガマオ、スコルプ……一緒に戦った部下や同僚のことを
思い出しながらブンビーは茶の苦味を味わった。

    * *

「この命に代えても!」
イースの右手の甲に涙を流した目の紋章が現れる。そこから伸びた触手はナキサケーベに
力を与えるため存分にイースの身体を蝕んだ。
――メビウス様……っ!
イースはラビリンス総統、自らの主と崇める存在を思い出しながらその苦痛に堪える。
自分はメビウス様に選ばれたのだ、という誇りが激痛に崩れそうになるイースを支えていた。
――メビウス様のため、どんな苦痛にだって耐えてみせる!
茨のように伸びる触手がイースの胸にまで這い伸びる。
息ができなくなるような痛みが胸の内に走った。
「ナキサケーベ! 早く、プリキュアをっ……!」
プリキュアも苦しめられている。途切れ途切れのイースの意識でもそのくらいは
観察できる。

――プリキュアを倒せば、終わる! メビウス様……っ!
イースは、自分のこの戦いが満や薫、ひかるやブンビーに気づかれていることに
気づいていなかった。まして、泣いていると認識されているなど思いもよらなかった。
はじけるようにイースの身体が激痛から解放される。はっと戦いの場を見やると、
プリキュアがナキサケーベを倒していた。
「くっ……」
口の中で声を漏らすとイースは痛みに疼く身体を抱えつつその場から撤退した。
顔を苦痛に歪めながらも、口元には引きつった笑いが浮かんでいる。
ナキサケーベの初戦ではあったが、手ごたえはあった。
ナキサケーベはプリキュアと互角、いやそれ以上の力で戦っていた。
――あとは……私がナキサケーベに力を供給することさえできれば……!
プリキュアに勝つ見込みはある。これでやっと、何もかも終わりにすることができる。
プリキュアを倒しさえすれば、この虫唾が走るような世界もラビリンスの管理下におかれるのだ。
――私に力を……。
イースはここにはいないメビウスに祈った。
プリキュアを倒すだけの力が自分の身体からナキサケーベに与えられるようにと。

    * *

数日後の朝。満は夢の中で泣き声を聞いて目を覚ました。
枕元に置いてある時計を見ると、起きるにはまだ早い。
また眠ろうと身体の向きを直したところで、隣のベッドから薫が自分を見ているのに気がついた。
「薫も起きてたの」
囁きかけると、
「ええ」
と薫も囁き返す。
「聞こえる? あの声」
「ええ……」
満は薫から目をそらし布団に潜るように身を丸めた。
「誰の声かしら」
「さあ」
「誰だと思う? 泣いてるの」
布団の中から聞こえてくる満の声に薫は
「あの子じゃないかしら……イースって言う」
と答える。
「やっぱりそう思う?」
「ええ……」
憂いを帯びた薫の声は満の耳に悲しく響いた。
「あの子、どうなっているのかしら」
「さあ……」
満はせつなと呼ばれる時の彼女の姿を思い出していた。薫はせつなのことを語る
ラブの姿を思い出していた。泣いている声はイースのものだが、
ラブもまた必死になって彼女と対峙しているのに違いない。

「薫、そっちに行ってもいい?」
「え?」
言葉の意味が分からずに薫が戸惑っていると、満は枕を持って隣のベッドから
薫のベッドに移動してきた。布団の中に潜り込んで丸くなる。
「どうしたの、満?」
「どうもしてないわ、ただ……」
「ただ……?」
「薫と二人でいて良かったって思って」
「……」

薫は満に何も言わなかった。薫もこれまでに何度も、満と二人でよかったと思ったことが
ある。二人でよかったというのは言い換えれば、一人でなくてよかったという意味だ。
――あの子は一人だから……
自分たちよりずっと大変な思いを抱えてしまっているかもしれない。
ぎゅっと薫は手に力を込めて握った。今の自分にできるのは祈ることくらいだ。
彼女がどういう道を選ぶにせよ、せめて彼女が――あまり苦しまないように。

泣き声を聞きながら満も薫もじっと息を殺していた。

    * *

カードは残り一枚。イースの身体は苦痛に疼いている。
カードも残り一枚になってしまった。プリキュアは予想外にしぶとい。
ラブたちも一時は入院したものの現在は回復して退院している。
――あいつらのあのしぶとさはどこから来るのだ……

憔悴を覚える。プリキュアを倒すのが早いか、自分の身体が壊れるのが早いか。
どちらかの勝負だ。だが……、
――あいつらを倒しさえすれば、メビウス様のお役に立てる。
  メビウス様が私だけを見て下さる……

それがイースの望みだ。それが実現するならばたとえこの命に代えても惜しくはない。
トリニティのコンサートの日程は調べてある。あいつ……桃園ラブも会場に現れるだろう。
イースはスイッチオーバーしてせつなの姿になると、
首にラブから貰った幸せのクローバーをかけた。

この姿でいる時は、これを着けることが半ば癖になっている。
ナキサケーベのカードも忘れないようにポケットにねじこむ。
――メビウス様! 私は成し遂げて見せます、必ず……!
この道はメビウス様へと続いている。イースはそう思いながらスタジアムへの
道をたどった。かっと照りつける太陽が憎らしかった。

    * *

「……っ!」
PANPAKAパンで咲、舞と一緒にお手伝いをしていた満と薫がいきなり
両手を上げて耳を塞いだ。満はまだ良かったが、薫は洗い場に持っていこうとして手に持っていた使用済みのトングやトレイを纏めて落としてしまった。
吐き気がするかのように口を押さえてうずくまっている。
「薫ちゃん!? どうしたの!」
会計をしていた咲のお母さんがすぐに振り向いて駆け寄る。
「お母さん、薫、奥で休ませるよ!」
咲がすぐに店のドアの前から奥に戻ってくる。
「ええ、咲お願い」
お母さんは薫のことを咲に任せると「すみません」と待たせたお客さんに謝って
会計に戻る。咲はゆっくり薫を立たせると家のほうへ薫を連れて行った。
「薫さん、大丈夫かしら……」
舞は満を振り返って驚いた。満の顔色が悪い。普段から色白だが、真っ青になっている。

よく見れば服から伸びる腕には鳥肌が立っていた。舞は店の中にいても暑いくらいだというのに。
「満さん?」
満は額に冷や汗を浮かべている。咲のお母さんが舞と満に目をやり、
満の体調がおかしいことを見て取った。
「舞ちゃん。満ちゃんも休ませてあげて。薫ちゃんと一緒に」
「はい」
舞はほっと安心して「行きましょう、満さん」と満を奥へと連れて行く。
「大丈夫かねえ……」
一部始終を見ていたお客さんも心配そうだ。ええ、と咲のお母さんも答える。
「急に暑くなったから体調を崩したのかもしれんよ。少し休んでも調子がおかしかったら
 病院連れて行ったほうがいいよ」
お客さんのアドバイスに「そうですね、少し様子を見ておかしかったら連れて行きます」と咲のお母さんも心配そうだ。

「薫、大丈夫?」
先に部屋に戻った咲は薫を自分のベッドに座らせる。相変わらず薫の顔色は悪い。
「大丈夫よ、ちょっと気分が悪くなっただけだから」
「ここ数日、何か体調悪くなるようなことあった?」
「いいえ」
咲が薫に聞いている間に舞が満を連れてやってきた。
「満さんも顔色が悪いから……」
「本当だ」
咲が改めて満と薫の顔を見比べる。ベッドに並んで座る二人の顔は共に青白い。
「お水持って来るね。スポーツドリンクの方がいいかな」
「スポーツドリンクの方が、多分……」
分かったと咲は答えると「すぐ持ってくるからね」と階下に降りて行く。満は薫とそっと
目を合わせた。絶叫に近い悲鳴のような泣き声が聞こえてきた。




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