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 第四話 聞こえる声

――力が必要だ……
イースは決断を迫られていた。この前首尾よく「デート」はしたものの
結局リンクルンには拒絶され奪うことはできなかった。

リンクルンを奪えないとなれば別の方法を考えなくてはならない。
プリキュアに変身させないなどと生ぬるいことはやめる。
すなわち、プリキュアを倒す。しかしナケワメーケの力では現在のプリキュアには敵わない。

洋館の自室に独りになったイースはじっと新しいカードを見つめる。
メビウスより授けられたカードには眼を閉じたような模様が刻印されている。
このカードを使えば、間違いなく強力な力を手にすることができる。
『ただし、代償が必要だ……』

イースは総統メビウスの言葉を反芻した。
このカードを使えば、最悪の場合には命を縮める。少し、怖い。
「我が名はイース。ラビリンス総統、メビウス様がしもべ……」
スイッチオーバーしたわけでもないのにイースはこの言葉をぶつぶつと呟いていた。
自分に言い聞かせるために。
――メビウス様のためならば……この命など……!
ぐっと新しいカードを握り締め自分を奮い立たせる。このカードを使用することが、
選ばれた存在である自分の使命だ。決断したイースは椅子から立ち上がった。
――これでせいせいする……。
決めた途端にそんな言葉が胸の奥から湧いてきた。
これでもう、ラブに付き合う必要はない。親友の振りをしてあんな下らない遊びに
付き合わなくてもいい。イースは洋館を出て公園を目指した。

    * *

「満、薫! 今日は屋上でお昼食べよっ!」
四時間目の終了した夕凪中では咲と舞が満たちの席に近づいてきた。
この前満が咲たちに自分の思いを話してから既に数週間が経過し、満も表面的には
以前の状態に戻ったように見える。イースもあれ以来この町に来た様子はない。
今日も夕凪町では平和な時間が経過していた。
「いっただきま〜す」
大口を開けて咲はお弁当の玉子焼きにかぶりつく。今日の満のお弁当は薫と同じで鶏の
から揚げにおにぎりがメインだ。蓋を開けた満のお弁当を見て咲が少し羨ましそうな
表情を浮かべた。
「満のそれ、おいしそうだな〜」
「作ったのは薫だけどね。食べる?」
「いいの?」
「ええ」
箸でから揚げを一つつまむとぽいっと満は咲の弁当箱の中にそれを入れた。
「じゃあ、お返しね」
咲は代わりに玉子焼きを満の弁当箱の中に入れる。
「これは咲が作ったの?」
「ううん、お母さんが」
照れるように答える咲に満は「私と一緒ね」と返す。
「私も薫に作って貰ってばっかりだから……」
「そうね、たまには満が作ってもいいと思うわ」
薫がぼそっとこぼす。「いつもぎりぎりまで寝てるんだから」というその口調は明らかに
不服そうだ。ふふっと舞が笑った。
「満さんも休日に料理してみたら?」
「パンでもいいならいつでも作るわよ、薫」
「……一日中パンはやめて……」
強気の満に対して薫が弱々しく答える。この辺の事情で霧生家では薫が食事担当に
なっているのだろうと咲と舞には予想がついた。
「舞も自分でお弁当作ってるんだよね?」
咲が聞くと舞がええ、と頷く。
「じゃあさ、満。今度私と満、二人でお弁当作ろうよ。薫と舞の分も!」
「ああ……、それならいいわよ」
薫の表情が引きつった。が、隣に座っている舞がにこにこと笑っているので諦める。
「楽しみね、薫さん。二人のお弁当」
「そ……そうね……」
――パンと玉子焼きだけになりそうな気もするけど……
薫はその懸念をありありと表情に出していたが咲も舞もそれには気づいていなかった。
満は気づかない振りをしていた。

「そうそう、それでさ……」
咲がすっと話を変える。
「この前の話なんだけど」
「この前の?」
満が不思議そうな顔をする。対照的に舞の顔はきゅっと引き締まった。

「ほらこの前、満気持ちを伝えたいって言ってたじゃない」
「ああ……アクダイカーン様のこと」
満には正直意外だった。咲たちがまたその話題を出すとは思っていなかったからだ。
どうしようもないことなので、どうしようもないままに時間だけが過ぎて行くことだと思っていた。
「舞とも相談したんだけど、お手紙書いてみたらどうかな」
「手紙? アクダイカーン様に?」
「うん、そう」
「でも、そんなの書いても……」
届けようがない、と満は言いたそうだった。薫も無言で頷く。
「満さん、薫さん。シロップさんのこと覚えてない?」
「シロップ――?」
舞に言われて満と薫は一瞬考え込んだが、「ああ、あのアヒルみたいな子……」と
満がすぐに思い出した。

「満と薫は確かなぎささん達と話してたからその時いなかったと思うんだけど、
 みなとみらいで私と舞はのぞみとうららからシロップの話聞いたんだ」
「思いの詰まった手紙を届ける運び屋さんだそうなの」
「……運び屋?」
満に向って咲は、うんと答える。
「色々な世界の境界を越えて手紙を届けることができるんだって……
 だから、もしかしたら満が手紙を書いたら届くかもしれないって思うんだ」
「でも……無理よ」
満は小さな声で答えた。薫はそんな満の様子を無言のまま窺っている。
「アクダイカーン様はもういないし……」
その満の言葉はどこか言い訳めいて響いた。
「無理に書くことはないと思うわ」
何となく察した舞が満に助け舟を出す。

「でも、もし手紙を書いたら……もしかしたら満さんの気持ちを伝えられるかもしれない
 っていうことだけ、満さんに話しておきたかったの」
舞の言葉に咲も、
「うん、満。満が一番したいようにすればいいと思うよ」
と言いながら箸を伸ばすと満の弁当箱の中のから揚げをもう一つ摘まむ。
「咲!」
満はぱっと手を動かすとから揚げが持っていかれないようにしっかりとガードした。
「いいじゃん満〜」
「だめよ。私の食べる分がなくなっちゃうじゃない」
やれやれと薫がため息を一つつく。舞は苦笑いを浮かべていた。

    * *

「ねえ、薫?」
夕凪中からの帰り道。久しぶりに満と薫は二人きりだった。
橙色の夕陽が照らす中、満は海の見える通学路でゆっくりと立ち止まる。
「ちょっと付き合ってくれない?」
「どこに?」
「あそこよ」
満の指差した方を見て薫はええ勿論、と頷いた。辺りに人の気配がないことを
確認してから二人は自分たちの身体をふわりと浮かせる。
数秒後には二人はひょうたん岩に座っていた。
以前良くしていたのと同じように背中合わせだ。
「……変なものね」
しばらくして満が口火を切った。
「アクダイカーン様に気持ちを伝えたいと思っていても
 ……実際に伝えられるかもしれないと思うと、……怖くなるわ」
「怖い……?」
「ええ」
満は目を閉じる。
「……結局、理解はしてもらえないんじゃないかって」
「……そうね……」
薫は呟く。
「まさか、咲と舞があんな案を出してくるとは思わなかった……でしょう?」
「ええ……」
伏目がちになって満が答える。

「アクダイカーン様に気持ちを伝えるなんて、どう考え立って無理なんだから……
 諦めると思ってたわ」
「私もよ」
薫が口の端に微かな笑みを浮かべた。
「あの二人のこと、甘く見ていたみたいね」
「ええ……」
海面を見つめながら満も笑みを浮かべる。考えてみればあの二人はいつだってそうだ。
自分と薫のために精一杯になって色々なことを考えてくれる――。
「!?」 
悪寒のようなものを覚えて満は思わずひょうたん岩の上に立ち上がった。
海の向こうに眼を凝らす。
「薫……」
薫も同じ気配に気づいたようですでに立ち上がっていた。
海の向こうから聞こえてくるものは……、
「泣き声……?」
誰かがすすり泣く声が聞こえてくるように満と薫には思えた。
この声は恐らく現実のものではない。物理的な空気な振動ではない何かが
伝わってきている。満と薫にはそれが泣き声として知覚されているだけだ。
薫はそっと手を伸ばすと満の背後からその手を握った。満も薫の手を握り返した。

    * *

同時刻、若葉台。
タコカフェカーの停まっている公園の片隅でひかるはプラスチック製のおもちゃの車に
乗って遊んでいたが、ふと不思議そうに首を傾げると空を見上げた。
良く晴れた空には雲が一つだけ。だがその雲はどんよりと灰色に染まりどこか不吉な
印象を与えている。

「ひかり、さっきのお客さんからもらったお菓子ひかると一緒に食べといで」
客の列が一段落して息のつく暇のできたタコカフェでアカネが貰いもののプリンを
指してひかりに指示した。
「アカネさんは?」
ひかりの問いにアカネはいいのいいの、と答える。
「私は家に帰ってから食べるよ。ひかるがお腹すかせてたみたいだから、
 ひかりも一緒に食べてきといで」
「はーい」
ひかりはアカネからプリンの箱を受け取るとたったったと駆け出す。ひかるの近くにあるベンチに座って食べよう――とひかりは思った。
「ひかる、おやつ……?」
ひかるの背中から声をかけるが、彼の様子がおかしいことに気づいたひかりの声は
風に飲み込まれるようにして消えて行く。
「どうしたの?」
並んで立つと、ひかるは雲を見上げていた。一つだけ地上に影を投げている。

「お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
ひかりもその雲を見る。ごく普通の雲と変わりないように見えるが、
ひかるはじっとそれを見つめ続けている。
「誰か、泣いてるよ」
「ええ!?」
ひかりは慌ててあたりを見回した。泣いている人の姿は見当たらない。
それどころか、人の姿が見当たらない。だがひかるは姉をからかっている様子もなく、
ごく真面目な顔をしている。
「誰が泣いているの?」
ひかりはひかるの話を信じた。この『弟』には――自分と同じく、
普通の人間とは異なる生い立ちを持つこの弟には、確かに泣き声が聞こえているのに違いない。
「分かんない。お姉ちゃんと同じくらいの女の人だよ」
「……」
ひかりは、ひかるが昔「誰かが泣いている」と言っていた時のことを思い出した。
あの時も突然、「お姉ちゃんと同じくらいの女の人たちが泣いているよ」と言い始めたのだ。
二、三回言ってふっつり言わなくなってしまったので、結局誰のことを指していたのか
分からずじまいになっている。あの時はしきりに海の方……今から思えば、
夕凪町のある方を見ながらそう言っていた。

今見ている雲は四つ葉町の方角にかかっている。



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