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予感はすぐに的中した。
つばの広い帽子をかぶった濃紺の髪の少女がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。
この前四つ葉町で出会った彼女だ。
「久しぶりね。覚えているかしら」
少女は妙に愛想がいい。満は全身の毛が逆立つような緊張を感じていた。
緑の郷に何らかの害意を持った組織の幹部。彼女の存在はそんなところだろう。
大きく膨らんだPANPAKAパンの袋を抱えているのがどこか彼女の雰囲気には
ミスマッチだ。
「ええ、もちろん。四つ葉町で会ったわね。せつなさん」

観察を続けながらそ知らぬ顔で満は答える。
「嬉しいわ、名前まで覚えててくれてるなんて」
ちっとも嬉しくなさそうに少女は答えた。嬉しくないのは満だって同じことだ。
「そう、ありがとう。今日は何の用でここに?」
「このパン屋さんのメロンパン美味しいんですってね。だから買いに来たの」
満ははっと彼女の持つPANPAKAパンの袋を見た。
――さっき咲のお母さんが言ってた、メロンパンを買い占めていったお客さんって……この子!?
「そうよ。すごく美味しいわ」
「そう」
少女はにっこりと笑って続けた。
「あなたは食べられないみたいだけど」
「それを言うために、わざわざ私に?」
満は愛想笑いこそ崩していない。だが誰が聞いても満の言葉は不愉快そうだった。

「ええ、そうよ」
少女がPANPAKAパンの袋を投げ上げた。
はっと満がそちらに気を取られると彼女が両手を擦り合わせ、
「スイッチオーバー! 我が名はイース、ラビリンス総統メビウス様がしもべ!」
黒地をベースにした禍々しい装束へとその姿を変えると落ちてきたメロンパンの袋を何事もなかったかのように受け止める。
「それがあなたの本当の姿?」
「その通り」
「ちょっと、あっちへ……」
こんな目立つ格好で居られると人目が気になる。
くいっと顎を海岸に向け、満は場所を海岸に変えた。夕凪町の海岸の中でも比較的人に
見つかりにくい場所はある。少女と睨み合ったまま、満もダークフォールの戦闘服へと
姿を変えた。

    * *

薫は舞と一緒に部活を終えて帰路についていた。
「ね、それでさっきの満さんの話だけど……」
ためらいがちな舞の言葉に「ええ……」と薫は答える。
「満さんは最近、何を悩んでいるの?」
「……満は嘘をつくのがうまいから……」
え? と舞は薫の言葉を聞き返す。
「満はうまいから……自分を騙すのも他人を騙すのも。だから私たちはこの緑の郷で
 そんなに目立たずにやっていけるんだけど、その分、満は内心でいろいろなことを
 抱え込んでしまうところがあって……満自身も気がつかないうちに」
「ええ……」
舞は静かに答えた。薫の言っていることはよく分かる。満は社交的で、薫はあまり
社交的ではない。満と薫に初めて会った人なら大抵そう思うだろう。
だが、満は社交的なだけに表面だけ誰かに合わせたり愛想笑いをしたり、
そんなことが簡単にできる。それはちょっとした付き合いをする分にはいいのだが……
満の本当の気持ちが分かりにくいということでもある。

薫はその点、分かりやすい。薫が言うことは彼女の気持ちをそのまま素直に
表現していることがほとんどだ。

「今、満さんは何を抱え込んでいるの?」
薫はどう説明しようかと思いを巡らせる。――ぴたりと彼女の足が止まった。
背筋に走る嫌な感覚。満が変身したことを風が薫に告げていた。
「どうしたの、薫さん」
「満が……」
「満さん?」
「満が危ない……舞、私ちょっと!」
薫もただちに変身すると舞に自分の鞄を渡して空中に飛び満を探す。
――ど、どうしよう……
舞は一瞬どうしようかと躊躇したがすぐに咲を呼びに学校に戻った。

    * *

「私の名は霧生――」
満は相手に倣って名乗ろうとしたがイースがそれを遮った。
「知っている。お前の名はミチル、かつてのダークフォールの幹部。カオルと共に
 空の泉を支配していたが裏切ってプリキュアについたそうね。好物はメロンパン」
自分の経歴をずらずらと言われて満は鼻白んだ。
「調べたのかしら、私のこと」
「ラビリンスの力をもってすれば造作もない。ラビリンスはお前たちのような
 原始的な組織とは違う。恩を忘れた裏切り者を出さないという点でも」
「……恩を忘れたことはないわ」
「言い訳?」
「違うわ。あなたには分からないだけ」
「……まあ、いい」
理解できていないようだったがイースは話を進める。
「お前らのような者がちょろちょろしていると目障りだ。邪魔をするのはやめてもらう」
「それって命令? 私、命令されるの嫌いなの」
「……聞かないというなら……」
「どうするつもり?」
イースはPANPAKAパンの袋を近くにある岩の上に置いた。
「排除する」
「そう」
やってみるがいいわ、と満の目が赤く輝いた。
「あの町にいるなら手を出すつもりはなかったけど……」
あの町にはキュアピーチたちがいるし、と満が低く呟く。イースがぴくりと眉を動かした。
「緑の郷に害を加えようと言うのなら、私はあなたもラビリンスとかいう組織も許す気はないわ」

満もまた、PANPAKAパンの袋を岩の上に置く。
「お前たちのこんな世界など、すぐにラビリンスの支配下におかれる運命だ!」
叫びと共にイースは満との距離を詰め拳を繰り出す。紙一重のところで満は
それをよけると海上へと逃れ海面に立つ。代わりと言わんばかりにイースは
満の置いたメロンパンの袋を握ると中身のパンごと捻り潰した。
「何をするの!?」
「お前たちの幸せなど所詮こんなものだ!」
満の目が燃え上がる。身体の奥から滅びの力が彼女の両手に集まってくる。

「っ!?」
瞬時に間合いを詰めてきた満の目をイースは見てしまった。純粋に研ぎ澄まされた怒り。
その手に光る赤い光弾が至近距離からイースに襲いかかる。
「うわっ!?」
イースはよけるのがやっとだった。それでも燕尾服のように伸びるコートの
一部は持っていかれた。そこに満の拳がうなりをあげて迫る。
――しまっ……!
だがイースの覚悟した衝撃は訪れなかった。
思わず閉じてしまった目を開くと、いつの間にか現れていたもう独りの裏切り者、
薫が満の背後から腕を掴み彼女の拳を止めていた。満の腕はぶるぶると震えて今にも
薫の手から逃れそうだが、薫もまた彼女の腕をがっちりと捕らえている。
「な……何でそんなことを……」
「放して、薫っ!」
イースにも満にも薫は答えない。良く分からないがチャンスだ、とイースは思った。
薫に捕まえられてじたばたしている満を尻目にイースは体勢を立て直す。
一瞬遅れて満は薫の手を振りほどくとイースに飛び掛ろうとするがイースは
それを逃れ再び満から距離を取って両者は睨み合った。
――どうする……?
このまま満と戦い続けるか、一旦引くか。薫がどういう動きをするかが読めないが――、
「満っ! 薫っ!」
聞こえてきた声にイースはわずかに目を動かした。海岸脇の道路に日向咲と美翔舞が
立ってはあはあと息を切らしている。
「プリキュアか……」
ちっと舌打ちをするとイースはそのまま跳び上がり撤退した。

「何なの、あの子……?」
咲と舞は呆然として小さくなっていくイースの背中を見ている。
満はイースを追おうとしたが薫に再び腕を掴まれ、「もう!」と言いながら
追うのをやめた。薫が手を放すと満は、
「何で邪魔するのよ!?」
今度は薫に怒り始める。

「満。あの子のことはプリキュアに任せると言ったのは満よ」
諭すように薫は満に話しかけた。満はまだ怒りが収まらない様子で、
「それはそうだけど、でも!」
そんな二人の会話に咲と舞が割って入る。
「あの〜二人とも……?」
「一体何が起きてるのかしら?」
咲と舞が困った顔をして自分たちを見ているのに気づくと満の表情からすっと怒りが
消えた。
「メロンパンが……」
「え?」
「メロンパン、潰されちゃった」
「これのこと?」
薫はイースが岩の上に忘れて行ったメロンパンの袋を満に渡そうとするが、満は「それじゃないの」と答える。
「……メロンパン……咲のお母さんが私にくれたのに……」
イースの手で握りつぶされたPANPAKAパンの袋はもはや原型を留めていない。
ぐしゃぐしゃになったそれを拾い上げて満はしょんぼりと肩を落とす。
「え、えーと。さっきの子とはそのことで喧嘩してたの?」
舞が尋ねると満は「それだけじゃないわ」と答える。その声には明らかに元気がない。
「分かった、満! うちに行こう。もしかしたらメロンパンあるかもしれないし」
「今日はもう売り切れだって……」
「いいから、とにかく!」
咲は満の腕の後ろに回ると強引に背中を押し始めた。舞と薫もその後に続く。

いつもと違って、とぼとぼと形容するのが最も合っていそうな満を押して咲たちが
PANPAKAパンに着いたのはそれから数分後。
「あら、咲。お帰りなさい」
「お母さ〜ん、メロンパンない?」
レジの後ろにいた咲のお母さんは
「満ちゃんまた来てくれたのね、ちょうどよかったわ」と笑顔を見せる。
「え?」
満がきょとんとした表情を浮かべると、
「さっき満ちゃんに渡したのじゃあんまりだと思ってたら、お父さんが今日は多めに
 メロンパン焼いてたみたいで、店の奥に残ってたのよ。
 咲が帰ってきたら持っていってもらおうと思ってたんだけど。はい」
焼きたてメロンパンを三つ渡されて満の顔がみるみるほころんでいく。

「ありがとうございます!」
「どういたしまして。咲の部屋で食べていったら?」
咲も満に「そうだよ、みんなでおやつにしよう」と言うと満は嬉しそうに頷く。
「お母さん、お菓子とジュース持って行っていいよね」
「ええ。冷蔵庫にコーラも入ってるわ」
「じゃ、みんな行こっ!」
今度は咲が先頭に立ち、「お邪魔します」と舞、満、薫が続く。咲のお母さんは笑顔で
四人を見送った。
――これで元気になってくれるかしら……?

最近の満の様子を咲のお母さんは少し心配していた。一時的に元気になることもあるが、
また落ち込んでいるように見える状態に戻ってしまう。今度こそいつものように元気に
なって欲しいと思わずにはいられなかった。

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