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第三話 満とせつなとメロンパン

――この町か。
みなとみらいの事件があってから数日後、一人の少女が夕凪町に降り立った。
時間は昼時、小学校の子どもたちのほとんどは教室で給食を食べているが、
早めに食べ終わった子どもたちは校庭で遊んでいる。
――人間たちはどの町に行っても笑顔ばかり……
虫唾が走る。東せつなはそう思い、その表情をわずかに歪めた。
この校庭にナケワメーケを放てばすっとするかもしれないとも思ったが、
今日はそんなことが目的で来たのではないと自分を戒める。
彼女は小学校から離れると海の近くへと向かった。

    * *

夕凪中の場合には給食がないので、生徒たちは毎日お弁当を持って通っている。
親に作ってもらう生徒も居れば自分で作って持ってくる生徒も居て様々だ。
満と薫の場合には、薫が作ったお弁当を二人で持ってくる日と
満はパン、薫はお弁当の日に分かれている。

みなとみらいで他のプリキュアたちに会ってから数日後のこの日、
満のお弁当はパンだった。
PANPAKAパンで今朝買って来たばかりのクリームパンを満は無言で頬張る。
いつものように教室の一番後ろ、窓側にある咲と舞の席に四人は集まっていた。

「それで昨日のぞみから電話があったんだけど、うららが今度、バトルレンジャーに
 出るんだって!」
話の中心は基本的に咲だ。
「へえ、すごい。何の役で出るの?」
舞の質問に咲はえーっと、と電話の内容を思い出し、
「バトルイエローがカレーのお店を新装開店するんだけど、そこに初めてくる
 お客さんの役なんだって。すごくおいしそうに食べて、
 バトルイエローに自信を持たせる役らしいよ」
「へえ、大事な役なのね」
舞は感心したように頷く。
「その番組は有名な番組なの?」
薫が不思議そうに尋ねると咲は「うんっ!」と大きく頷いた。
「小さな子どもなら大体観てるんだよ。私も小さい頃見てたもん」
「小さな子?」
みのりちゃんは観ていないけど、と言いたそうな薫に舞が「幼稚園くらいの頃観てることが多いのよ」と説明を加える。
「そうそう、みのりも二、三年前までは観てたんだけど最近は観なくなっちゃって、でも
 今も幼稚園の子にはやっぱり人気あるみたい」
「へえ。みのりちゃんも」
薫は納得したように呟いた。
「なんか、友達がテレビに出るのって不思議な感じだよね〜」
「そうね、でもうららさんが大女優になったらどんどん色々な番組に出るんじゃないかしら」
「今のうちにサイン沢山貰っちゃおうかな」
「咲ったら」
咲と舞は顔を見合わせて笑い――咲はふっと満に眼をやった。手の中のクリームパンは
まだあまり小さくなっていない。咲たちの話はほとんど彼女の耳に入っていないようで、
ぼんやりと窓の外を眺めている。

「……ねえ、満?」
咲が話しかけても反応はない。
「満」
袖を引っ張ると「あ、ああ……何の話だったかしら」とやっと咲の方を向いた。
「どうかしたの?」
「別にどうもしてないわよ」
「なんか最近、満いつも何か考えこんでない?」
「そんなこと……」
「あるよ」
そんなことないと言いたそうな満に咲が言葉を被せた。
「ねえ、満。悩みか何かあるんじゃないの? それだったら私たちに話してよ」
「……そんなこと、ないわ」
満は再び窓の外に目をやった。咲たちと満たちはそれなりに長い付き合いなので、
今の満の言葉をそのままに受け取る訳にはいかないということは分かっている。
――どうすれば、満が話してくれるんだろう……?

咲が考え始めるとチャイムが鳴った。満は食べかけのクリームパンを
PANPAKAパンの袋にしまい直すと、そのまますぐに立ち上がって自分の席に戻った。
薫はちらっと舞と眼を合わせてから満の後を追う。

五時間目と六時間目は咲が良く寝る数学と地理の時間だ。授業が始まってからも
難しい顔をして考え込んでいた咲がぽかぽかとした午後の日差しの中で気持ちよく
眠り始めるまでに約二十分。机に突っ伏した咲の背中を見て、仕方ないわねと思いながら
舞は教室の反対側、廊下側の席に座っている満と薫の方に目をやった。

満は真面目に授業を聞いているように見える。薫の方はといえば、咲の背中を見て呆れた
ような表情を浮かべている。ふと、舞と薫の目が合った。

「じゃあ、今説明した例題のやり方にしたがって問一から問三までを解いて。
 当たった人は解き方を黒板に書くこと。美翔、問一」
「は、はいっ!」
突然先生から自分の名前を呼ばれて舞は思わず立ち上がった。
「……解けてから黒板に書けばいいぞ。武藤、問二。森、問三」

舞は慌てて座り、教科書に書いてある例題の解き方を読みながら問一の解法を導き出そう
と頭をフル回転させる。


「薫、今日の放課後は舞と一緒に美術部でしょ?」
六時間目の授業が終ると満が顔だけを後ろに向けて薫に話しかける。
「ええ、そう。満はどうするの?」
「咲も部活だって言ってたし……」
咲はまだすやすやと眠っている。教科書を立てているからといって先生達に
見つからなかったはずはないのだが、あまり気持ち良さそうにしているので
見逃してくれていたのかもしれない。
「私は咲の家に行って、帰ってるわ。メロンパンも食べたいし」
「……そう。メロンパンなら食べるの?」
「どういう意味?」
「お昼のパン、結局ほとんど食べていないでしょう。昨日の夕食もあんまり食べなかったし」
「メロンパンと一緒に食べるわよ」
「それなら、いいけど」
満は教科書やノートをさっさと鞄にしまうとがたりと立ち上がった。咲の席のそばでは
「ほら、咲起きてよ〜」と優子が咲をつついている。
そのすぐ後ろの席で舞も鞄に荷物を詰めていたが、満が教室を出て行く前に
すっと二人の席に近づく。

「満さん」
「じゃあね、舞。薫のことよろしく」
猫のように足音を立てずに満は教室を滑り出た。薫も鞄を持って立ち上がる。
「ね、薫さん……」
立った薫は舞よりも少し背が高い。舞は下から薫の目をじっと見上げる。
舞の真っ直ぐな視線を受け止めた青い瞳が困惑の色に染まった。
「……満のこと?」
「ええ」
薫の言葉に舞はほっと安心したように答える。

「満さん、最近本当にどうしたの?」
「……正確なことは知らないわ。でも、多分……」
「たぶん……?」
「美翔さん霧生さん、行こっ!」
隣のクラスの竹内彩乃がひょっこりとドアから顔を覗かせた。
満の話は部活の後まで持ち越された。

「咲、起きてってば〜」
優子が寝ている咲の身体を揺する。
「満っ!」
がばりと咲はいきなり身体を起こした。
「あ……れ?」
きょろきょろと辺りを見回す。
「授業は?」
机の傍らに立っている仁美と優子はそんな咲に呆れ顔だ。
「あのね咲。マジ、もう六時間目終ったから」
「もうみんな部活行ったり帰ったりしてるよ」
「ええーっ!? み、満は!?」
咲は大慌てで満たちの席のほうを見るが、もう満の姿はどこにもない。
「霧生さんなら帰ったんじゃない?」
「さっき教室から出て行ったような気がするよ」
「あ〜、何で寝ちゃったんだろう」
自己嫌悪にかられて咲は自分の頭をグーでこんこんと叩く。
「霧生さんに何か用事だったの?」
咲は優子にうんと答えた。
「満にいろいろ話してもらう方法考えてて、やっと分かったと思ったのになあ」
「話してもらうって、何を?」
「満、最近なにか考え事してることが多いから……、でもなかなか素直には話してくれそうにないし」
「満さんってマジ、ミステリアスで神秘的だもんね。咲ぐらい色んなことが単純に表情に出たら分かりやすいのに」
「そうそう……って仁美!?」
仁美は軽く笑って咲の言葉を受け流した。
「それで話してもらう方法は見つかったの?」
大きく頷くと咲は、
「とにかく何度も聞いてみようと思って」

その言葉に仁美はわざとらしくずっこけて見せる。
「咲、それってそんなに考え込んで出すようなアイディアじゃないって」
「そう? でも、満が逃げても逃げてもひたすら聞けばそのうち話して
 くれるんじゃないかな、って思ったんだ」
「咲って本当に直球派だよね」
「優子なら咲の直球も受けられるけどね……」
仁美は、変化球も試してみたほうがいいんじゃない? と言いたそうだ。
「満だって、絶対受けてくれるよ! あんなに運動神経いいんだから!」

たとえ話のはずだったものがいつの間にか実際の運動の話になっている。
「はいはい、とにかくまず部活ね」
と仁美は咲の背中を押し始めた。


その頃、当の満は大空の樹でしばらく時間を潰してからPANPAKAパンへの
坂道をゆっくりと下っていた。鞄の中にはまだ昼のクリームパンが残っている。
メロンパンならきっと食べられると満は思った。最近はなんだか胸が苦しいことが多い。
少し食べると、もういいやと思えてしまう。薫の作った料理でもそうだ。
でも、メロンパンならきっと違うはずだ。
――メロンパン、メロンパン……
歌うように胸の内で呟きながら満は坂を駆け始める。
PANPAKAパンの屋根が見えると満の足取りもいっそう軽くなる。
一旦満は足を止め、呼吸を整えてから店に入った。
「こんにちは」
「あら満ちゃんいらっしゃい」
咲のお母さんが優しい声で迎えてくれる。その声を聞いて満は無性にほっとした。
――そういえば今朝はお客さんがたくさんいたからほとんどお話しなかったんだっけ……。

満は咲の友人である――咲のお母さんから見れば可愛い娘の可愛い友達なので、
店が忙しくさえなければ何かと話をしてくれたり気にかけてくれたりする。
だが、お客さんがたくさんいる時にはなかなかそういうわけにもいかない。
お客さんがいない店内を満は斜めに突っ切り、メロンパンをおいてある棚の前に来た。
「あ……れ? メロンパン……」
メロンパンの値札が置いてある籠の中はからっぽだ。
「ああごめんなさいね、さっき来たお客さんがメロンパン全部買って行っちゃったのよ」
「そうなんですか……」
がっかりとして満は肩を落としていた。期待していただけに失望もひとしおだ。

――普段なら、この時間に売り切れたりしないのに……
未練がましくそんなことを思ってしまうが、ないものは仕方ない。諦めようとした満に
「ちょっと待ってて」と咲のお母さんが声をかけ、奥へと引っ込む。
「これ、失敗したから商品にはできなかったんだけどもし良かったら」
咲のお母さんがトレイに乗せて持ってきたのは、少しつぶれかけたメロンパンだ。
確かに商品にはできないが、
「いいんですか!?」
満は思わず歓喜の声を上げた。
「ええ。ちょっと形悪いけど」
「そんなのいいです! 頂きます!」
財布を出しかけた満を咲のお母さんは「いいわ」と制する。
「商品じゃないから」
「ありがとうございます」
PANPAKAパンの袋に入れてもらったメロンパンを持ち、満は少し幸せな気持ちで
店の外に出た。メロンパンの袋を抱えているとなんだか安心する。
このパンならきっとおいしく食べられそうな気がする――、
だがその感覚は店を出て少ししたところで吹き飛んだ。
満の肌がぴくんと震える。寒いのではない。嫌な予感がする。

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