東せつなはカオルちゃんの店で一番人気のドーナツセットをテイクアウトすると、
すぐに電車に飛び乗り夕凪町を目指した。電車の窓に流れる景色もほとんど
目に入らないほど気ばかりが焦る。
そんなに急ぐならアカルンを使えばいいようなものだが、せつなはそうは
しなかった。せつなの中には矛盾する二つの気持ちがある。
できるだけ早くいかなければと言う気持ちと、行くのはできるだけ
先延ばしにしたいという気持ちと。
二つの気持ちの両方に折り合いをつける形で、せつなは電車に乗って
とにかく急ぐという手段を選んだ。

いくつかの路線が乗り入れる大きな駅で電車は停まり、流れ込んできた
人々にせつなは押されて流れ流れ、ドアの方に押し付けられる。
ドーナツの箱とは反対側の手に提げた鞄をせつなはぎゅうっと握りしめた。
鞄の中には一冊の本が入っている。最近発売されたばかりの本だ。
普段暮らしているラビリンスからこちらの世界に来て、この本を読んだせつなはすぐに
夕凪町に行かなければいけないと判断した。
この本のことで、せつなはどうしても満と薫に会わなければいけない理由がある。
事前に二人に連絡していた訳ではないので会えるかどうかは分からない。

それならそれで、咲か舞に事情を説明してドーナツを渡しておこうと
せつなは思っていた。四人のうちの誰かにならたぶん会えるだろう。
乗り換えの駅に来た。開くドアはせつなが今いるのとは反対側だ。
せつなはぎゅうぎゅうの人波をかき分けてなんとか電車からホームに降りた。

 * * *

「……ねえ、薫?」
満と薫は春一番の吹いたばかりの夕凪町を学校から家に向かって歩いていた。
期末試験期間が終わったこの日、昼前には学校から家に帰ることになる。
咲はさっそく部活があるとかで駆け出して行ったし、舞はお母さんと買い物の約束が
あるそうで今日は珍しく二人だけでの帰宅になった。

二人の家に住むのは満と薫の二人だけではない。どういうわけか緑の郷に甦ってきた
カレハーンたち五人も同じ家に同居している。ゴーヤーンがいなくなった現在、
彼らが特に緑の郷を滅ぼそうとすることはない。
むしろこの世界で楽しくやっていると言った方が当たっている。
満と薫が二人だけで過ごしている時期も少しの間あったのだが、その頃と
比べて生活はだいぶ騒々しくなった。

「どうしたの、満?」
どこか気落ちした様子の満を薫が気遣う。もちろんこの二人のことだから、
試験の成績が悪かったというような悩みを抱くことはない。
「……今日、家に帰りたくないな……」
薫がぴたりと足を止めた。本音を呟いた満の方はというと、海の見えるガードレールに
寄りかかってひょうたん岩を眺める。
薫も満の隣に立った。
「私も」
そう漏らして、満と同時にため息をつく。
二人は思わず顔を見合わせた。気が重い。学校がいつものように六時間目まで
あればいいのに、と思わざるをえないほど今日は家に帰りたくなかった。
PANPAKAパンでお手伝いをして時間をつぶそうか、でもこんな状態で行ったら
咲のお母さんに気づかれて心配させてしまうかもしれないと満はぐるぐる考える。
ぐるぐる考えてしまって動けないでいた。


そんな二人の姿をせつなは遠目に見つけると、小走りに駆けて二人に近づいた。
「満、薫」
少し離れたところからかけた声に二人はすぐに気づくとせつなの方に目をやる。
「せつな」
せつなと満、薫は咲やラブたちを通じて以前からの知り合いである。お互いの
過去も知っているので、その辺りの遠慮はない。
「どうしたの、突然」
せつなは満と薫に向かって真っ直ぐにドーナツの箱を突き出す。
「……まずこれ、受け取って」
「どうして? 理由なく受け取るわけには」
いかないわ、と答えようとした薫の横で満がすっと腕を伸ばしてドーナツの
箱を受け取った。
「満」
ちらりと薫が目を動かす。
「いいじゃない、別に」
満は薫にそう答えると「せつな」とせつなと目を合わせた。
せつなは満に受け取ってもらえて一瞬ほっとしたが、笑顔のようで目が笑っていない
満を見て肝が冷えた。
「これ、どうして持ってきたの?」
と満は自分の手に持ったドーナツの箱を指さす。
「何か理由があるから持ってきたのよね?」
何をしたのか、満はそれを聞いていた。
「……その、」
いきなりドーナツを渡すのではなく最初に事情を説明して謝るべきだったかと思いながら
せつなは鞄の中から本を取り出した。
「これ、見たことないと思うけど……」
せつなが取り出した本は四つ葉町の「プリキュア記念会」が発行した
「全プリキュアのすべて」という本だ。
キュアピーチたちの存在は四つ葉町では広く知られている。
ラビリンスがパラレルワールドへの侵攻を止め、キュアピーチたちが
四つ葉町で活躍することがなくなった現在でも彼女たちのファンは根強いのだ。
最近はほかの町にもプリキュアらしき人たちがいることを突き止めたらしく、
そういったプリキュアの特集を組んだ本をたまに自費出版で発行していることがある。
発行部数は少ないので、それらの本は基本的に四つ葉町の外に出ることはない。
だからせつなも、満と薫はこの本のことは知らないだろうと思っていた。

「知ってるわ」
表紙を一目見て薫が答える。えっとせつなは意外そうに言葉を返した。
「どうして? これ、そんなにたくさん発行している本じゃないのに」
「カレハーンがその『プリキュア記念会』の本が好きで、発行されると
 すぐに手に入れるのよ。バイト先経由で注文してるみたい」
「そ、そうなの……じゃあ、中は読んだの?」
淡々と答える薫にそう尋ねると、二人はゆっくりと頷いた。
「その……、」
とせつなは気まずそうにつぶやく。
「今回は随分詳しいし、情報も正確なのね」
満はそうせつなに追い打ちをかけた。何となくだが、満はせつなが自分たちのところに
来た理由が分かってきたような気がしていた。
これまでの本は四つ葉町以外の町のプリキュアについて載せていると言っても
その情報は随分曖昧だった。だが今回の本はやけに正確な情報だ。

「あ、あの、実はこれ、ウエスターが……旧ラビリンスが持っていたデータベースで
 調べたことを プリキュア記念会に渡した、みたいで……」
ウエスターがプリキュア記念会と仲良くなっているとはせつなは知らなかったのだが、
いつの間にか彼らと親しくなっていたウエスターはラビリンスのデータベースで調べた
プリキュアたちのことを彼らに教えていたのである。
「ふうん」
一言、満は答えた。
「だ、だから! 私それに気が付いたから……、あなた達がもともとは
 プリキュアの敵だなんて万が一知れたら大変なことになるかもしれないから、
 印刷前にちょっと細工してせめてあなた達のデータをひっくり返したの。
 ほらこうすれば、あなたたちによく似てるけど
 違う人たちっていうことになると思って」
せつなが開いたページには満と薫の名前も載っていたが、説明は逆だ。満のところに
薫の、薫のところに満の説明が載っている。

「なるほど」
「そういうことだったのね」
薫と満はせつなの言葉を聞いて疑問に思っていたことが解消した――
というように顔を見合わせて頷く。
「どうしてこんな中途半端な間違いをしているのかと思っていたけど」
「あ、あの。二人のこと、これできっと他の人には分からないと思うから……多分」
せつなが最後の方は弱気に付け加えると満はそれを聞いてくくっと笑った。
「ここに書いてあることが私と薫で逆になっていなくたって、何とかなるわよ」
「何とかって?」
「誤魔化してみせるってこと。そのくらい、わけないわ」
満は自信に溢れた笑みを浮かべた。それを見てせつなは本当にそうかもしれないと
思った。自分の正体を隠してプリキュアに近づいた経験があるだけに、
そういうことには自信があるのかもしれない。とにかく、せつなはやっと
肩の荷を下ろしたような気持ちになった。この本が出ることで満と薫が
この世界にいられなくなるようなことになったら非常にまずい。
が、そんな事態は何とか避けられるようだ。

「……でも、どうにかしてほしいことが一つあるけど」
ぽつりと薫が呟く。満も顔を引き締めると、そうねと頷いた。
それを聞くとせつなは胃が締め付けられるような気がした。今度は一体何があるのだろう。

「この本のせいでちょっと厄介なことになってるのよ。来て」
「う……うん」
満にそう答えると、足取り重くせつなは二人についていく。


二人は自宅にせつなを連れて行った。
家からわあわあと声が聞こえてくるのを見てせつなは不思議そうな表情を浮かべる。
「二人暮らしじゃなかったっけ? 誰かいるの?」
「キントレスキー達よ」
「え!? ……甦ったの!?」
「ええ、まあ。理由は分からないけど」
家から50メートルほど離れたところで三人は立ち止まった。家の中からは
ガラスが割れるような音が聞こえてきてせつなは思わず首をすくめた。
「……喧嘩か何かしてるの?」
「そうね、盛大に」
満の言葉にせつなは顔を曇らせる。耳をすませると金切り声をあげている女性の声と
太い男性の声で、
「どうしてキンちゃんだけ『筋肉の戦士』なのさっ! だったら私は『美の戦士』でしょっ!!」
「そんなことは知らん! 文句があるならこの本を出した連中に行って来い!」
と言い争っている声が聞こえてくる。

「この本読んでからずっとああなのよ。何とかしてもらえないかしら」
薫がちらりとせつなに視線を送る。
「え、この本読んでからって……何で?」
「ほらここ」
薫はせつなが開いたページに掲載されているキントレスキーの紹介文を指さす。
「……これがどうかしたの?」
せつなは一旦読んだ後改めて顔を上げ、薫を見た。紹介文をどう読んでも、
喧嘩になる理由がわからない。
「ここよ。この文」
と薫が指定した部分には、「金の泉を支配する、筋肉の戦士」と書いてある。
「……だから、どうしてこれで喧嘩になるの?」
「これ間違っているじゃない」
「え? 間違ってるの?」
せつなは驚いた。何回読んでもどこが間違っているのか分からない。
昔イースとして活動していたころ読んだキントレスキーの説明そのままだ。
「……ひょっとして、これが正しいということになっていたの? キントレスキーは
 筋肉の戦士じゃないわ、彼は金の戦士よ」
「えっ」
せつなは驚いたあまり本を取り落しそうになった。
「違うの? だってあの人、すごい筋肉じゃない!」
これはラビリンスでは本当に間違って理解されていたらしい。満と薫はそう判断すると、
「違うわよ。キントレスキーの能力はあくまで金属を支配することよ」
「あんまりその力は使わないけど」
と口々に言う。
「えっ……じゃ、じゃあ、あの筋肉は何なの!?」
「あれはキントレスキーの個人的な趣味よ」
「そう、鍛えるのが趣味だから」
「趣味などではないぞっ!」
満と薫の声に被さるようにしてドアを開けたキントレスキーが一喝した。
思わず身をすくめた三人が視線をそちらに向けると、燃えるような目で少し遠くにいる三人を見ている。

「私が日々鍛錬を積んでいるのは、これこそが使命を果たすために必要な
 ことだからだ! それを趣味などと言うお前らは未熟にもほどがあるっ! 
 大体帰って来たならこそこそ話していないで一言帰ってきたと言わんかっ!」
「た……ただいま」
勢いに圧倒された満がそう答えると「うむ」とキントレスキーは少しだけ
満足したらしかった。

「あらあんた達、友達?」
ひょっこりとミズ・シタターレがキントレスキーの後ろから顔を出して
せつなに目を向ける。
「友達っていうか、」
満が説明しようとしたところで、「むっそれは!」とせつなの持つ本に
キントレスキーは目を付けた。ミズ・シタターレもすぐに気づき
三人のもとに駆け寄ってくる。
「その本を知っているのか?」
「あ、あの、これ作るのに私の知り合いがちょっと関係して」
「なんだと!」「なんですって!?」
しどろもどろで答えるせつなにキントレスキーとミズ・シタターレが両側から
かみつくように叫ぶ。

「あんた、じゃあその知り合いによく言っときなさい! キンちゃんが『筋肉の戦士』
 なのに、私が『美の戦士』じゃないっていうのはどういう理屈なのよ!?」
「ごご、ごめんなさい」
勢いに押されてついついせつなは謝ってしまっていた。
「だいたい、私の紹介に『ハナミズターレ』って書くなんてどういうつもり!?」
良く知らないんです、すみませんとひたすらにせつなは謝り――よく考えると
せつなが謝るところではないような気もするのだがそんなことを考える余裕はなく、
満と薫がいい加減にしたらと割って入ったところで
「じゃ、じゃあ私はこれで!」
と逃げ出した。角を曲がってすぐにアカルンを使うと、ラブの部屋に行く。
「せつな!? どうしたの!?」
突然現れたせつなにラブは驚くが、せつなは遠慮なくラブのベッドに倒れこんで休む。
「あの〜……せつな?」
ちょんちょんとラブがせつなの肩をつつくと、せつなは
「ダークフォール怖い……」
と言ってラブのベッドに突っ伏し、こんな事だったら元凶のウエスターに行かせれば
よかった、殴るくらいでは甘かったとぶつぶつと後悔の念を漏らすのだった。


-完-

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