満と薫が二人で住む家に来る客は咲と舞、それに精霊たちであることが多い。
夕凪中の友人やみのりでさえ、二人の家を訪ねることはあまりなかった。
それは、満や薫自身が自分の家よりも外で友人達と会うことを好んでいるからという理由が
大きかった。だから予定外の客は大抵何かのセールスで、そのままお引取り頂くと決まっていた。


夏休みも終わりに近づいたある日の夕方近く、満が部屋で宿題、
薫がそんな満のスケッチをしていると呼び鈴が鳴った。二人の間に一瞬緊張が走る。
「薫、出て」
つとめて冷静な声で満が言うと、
「なんで私が」と薫が答える。満は机に向いたまま――薫に背を向けたまま、
「宿題が乗ってきたところなの。手を止めたくないわ」
と返した。
「……そう」
止むを得ないと言いたそうに薫が鉛筆を置いて立ち上がる。
「セールスだからってあんまり冷たく断っちゃだめよ。ほどほどに愛想よくね」
「……どうでもいいわ」
心底面倒そうに薫は言うと、玄関へと降りていった。

ドアを開けた瞬間に蝉の合唱が家の中にまで入り込んでくる。むっとした高温の空気も
それを照らす陽光も、一斉に薫へと向ってきた。
その空気の向こうに大きな白い帽子をかぶった少女が立っている。帽子につけた
真っ赤なワンポイントが印象的だ――、
「こんにちは。久しぶりね」
「え、ええ……そうね」
少女――東せつなはゆったりと微笑むと門を開け、ドアに立つ薫まで近づいてきた。
手に提げていた紙の箱をはい、と渡す。

「ドーナツよ。お土産」
「そう、ありがとう」
薫は素直にせつなからドーナツを受け取った。


満と薫、東せつなの関係は紆余曲折を辿っている。
せつながまだイースであったころ、四ツ葉町に出かけた満と薫が占い館の前でせつなに
出会ったり、夕凪町にやって来たイースと満が戦ったりしたこともあった。
その後、せつながイースであることをやめキュアパッションになった頃に
満とせつなも何だかんだとあって和解し、現在に至る。

一度和解してしまうと満はあっさりとせつなと友達づきあいをしているようだが、
薫は彼女のことが少し苦手だった。
満と少し似ているからではないかと薫自身は思っていた。

「満は?」
「上よ。宿題してるわ。呼んで来るわね」
「待って」
階段を登ろうとする薫をせつなが止める。
「……どうして?」
「上がらせてもらってもいい?」
「いい……けど」
せつなは帽子を取り「お邪魔します」と靴を揃えて上がった。
帽子に隠れて見えなかった赤い髪飾りが濃紺の髪に映えている。
こっちよ、という薫の後ろについてせつなもとんとんと階段を上がる。

「満」
夏休みが始まった頃の日記を書き散らすのに飽き始めていた満は「ん?」
と机から部屋のドア方向に目をやる。
「お客さんよ」
薫が貰ったドーナツの箱を高々と上げている後ろから「久しぶりね」とせつなが
顔を出した。
「せつな?」
久しぶり、と答えながら満は不思議そうな表情を浮かべた。
「今日はどうかしたの?」
「ちょっとお願いがあって」
薫の脇をすり抜けてせつなは部屋の中に入っていく。
「お願い?」
ユニゾンした満と薫の声に「ええ、」とせつなは答える。


「ちょっと泊めてもらいたいの。――ラブと喧嘩したから」
一瞬沈黙が流れたが「ええ!?」と満と薫は同時に聞き返した。
「そんなに驚かないで」とせつなは床にぺたんと横ずわりになる。

満と薫の部屋は基本的に咲とみのりの部屋と同じレイアウトになっているので――より正確には、
咲とみのりの部屋を参考に二人がベッドや机を置いたので、床に座る時はベッドの間に
座るのが基本である。今のせつなも二つのベッドの丁度真ん中に座っていた。

「喧嘩って、どうしたのよ」
満が夏休みの日記帳を閉じて自分のベッドに座る。
――任せた、満。
薫は満にそう目で合図してドーナツの箱を持って部屋の外に出た。
――ちょっと、薫……
ずるいわね、と思いながら満はとりあえずせつなに向き合う。

「で? 何があったの?」
「別に。ただ喧嘩しただけよ」
「ふうん。……あんなにラブラブって、ラブのこと追っかけてたのに」
軽くからかってみるがせつなはそれには乗ってこないで黙っていただけだった。

「とにかく、机……」
薫が小さな机を持って部屋に戻ってくる。ベッドの間に机を置くと、その上に皿を
並べてせつなが持ってきたドーナツを広げた。
「後は飲み物ね」
忘れてたわ、というように立ち上がり薫はまた部屋から出て行った。
よいしょと満はベッドの上を跳び、机を挟んでせつなの向かいに座る。

「で、家から追い出されたってわけ?」
「そんなことするわけないでしょ。ラブも、ラブのお父さんもお母さんも」
むっとしたようにせつなは言い返した。
「じゃあどうして出てきたのよ」
「帰りにくくて。何となく」
「ふうん?」
薫が麦茶をコップに入れて3つ運んできた。満とせつなの前に置き、自分はコップを持ってベッドに腰を下ろす。

「ここまで来なくても、美希やブッキーの家に行けばいいのに」
「二人に迷惑がかかるじゃない」
「私たちの迷惑は!?」
満が少し怒って見せるとせつなは「『先輩』みたいなものなんだから何か困ったら相談するようにって
言ってたじゃない」と答える。

「え? 言ったかしらそんなこと」
「言ったわよ。この前。……まあ冗談ぽかったけど?」
「ええと……」
「この前」のせつなとの会話を満は思い出そうとしたが記憶は定かではなかった。
割と気分が良かったのでそのくらいのことは言ったかもしれない……言わなかった、という
確証はない。
薫が「いただきます」と抹茶味ドーナツを手に取る。満はストロベリー味ドーナツを
口に咥えた。

「それで、泊めてもらえるかしら」
せつなもチョコレート味ドーナツを手にとって再度尋ねる。答えたのは満ではなく
薫のほうだった。
「いいんじゃないの、満。一晩くらい。相談するようにってあなたが言ったらしいし」
言った覚えないんだけど、と満は思ったが「仕方ないわね」と答える。
「じゃあ、せつな泊めるってラブに連絡しないと……」
立ち上がりかけた満をせつなが「待って」と慌てて止めた。
「ラブには言わないで欲しいの」
「どうして? ラブが心配するじゃない」
「どうしても。二人の家に行くってことは言ってあるから」
――家出する時に、目的地を言ってきたってことかしら……
満も薫も少し不思議に思ったが、黙っていることにした。
赤い髪飾りがせつなの髪できらきらと輝いている。

「じゃあ、泊まっていけばいいわ」
薫が最終的な結論を出す。「ありがとう」とせつなが答えると、
「泊まる代わりにちょっと手伝って」と満がドーナツを飲み込んで立ち上がった。
「手伝うって?」
「泊まるんだったら、料理くらいは手伝ってもらうわ。今日の夕食は私の担当だし。
 買い物からいくわよ。ついてきて」
「ええ……」
普段より大股で歩く満の後ろにせつながついていく。薫はドーナツの皿と麦茶のコップを
片付け始めた。


「商店街で買い物をするから」
満はそう言って、せつなを普段買い物に行く商店街に連れて行った。
スーパーに入ると、「はい」と籠を持たせる。
「何を買うの?」
「折角人手があるんだから」
と満はごく当然といった口調で、
「トイレットペーパーとかも買いだめしておきたいの」
「そ、そう……」
完全に労働力として見られていることに今更のようにせつなは気づいたが、
これは仕方ないと諦めた。
スーパーの籠を持って満にくっついて歩く。
「それで、今日の夕食は何なの?」
「スパゲッティーの予定よ。食べられる?」
「ええ、大丈夫よ……」
せつなは少し意外に思いながら答えた。満と薫は、――単にイメージの問題だが――
あまり凝った料理は作らない印象があったので、パンとサラダといったメニューなのだろうと
勝手に予想していたからだった。

「スパゲッティー好きなの?」
せつなの問いに、ええ、と満は答える。
「薫も私も、割と好きよ。凝りだせば色々な味にできるらしいけど」
今日はベーコンとほうれん草、と言いながら食材をぽんぽんと自分の籠に入れて行く。
「前からそうだったの?」
「前からって?」
「その……昔から」
せつなが言いにくそうにしているのを見て、ああと満は諒解した。
せつなが言っているのは、「ダークフォールに居た頃から」という意味だ。

「前はね」
満は特売品のトイレットペーパーの束をどんとせつなの籠に入れる。
「私も薫も、食事なんて必要なかったから……何か食べ物が好きなんてことは
 全然なかったわ。こっちにきて初めて、そういうことを知ったの」
「へえ……」
せつなは昔――ラビリンス時代に調べた事を思い出した。
ダークフォールの住人達は滅びの力によって産み出された存在である。
見かけは生物のように見えても、彼らは決して生物ではないとその資料には書いてあった。
満が今言っていたことはその記述に合致する。

「じゃあ、こっちで初めて食事をしたの?」
「ええ、そうよ。お握りを貰ったの。すごくおいしかったわ。
 私もだけど、薫もあれは感激してたんじゃないかしら」
あそこ、と満に指示されてせつなと満は二人してレジに並ぶ。初めてラブたちと一緒に
食事をした時みたいな感じかしら、とせつなは思った。
笑顔で食事をしてもいいことを初めて教えられた時のような。

買い物から帰ってくると満は早速夕食の支度に取り掛かった。せつなはサラダを作るように
言われたので料理をする時のラブの手さばきを思い出しながら
野菜を切った。
スパゲッティーとサラダが揃ったのは満が予想していたのよりも早く、
帰ってきてから一時間後。薫を呼ぶと、スケッチを手に持って降りてきた。

「何、薫。描けたの?」
「まだ下書きだけど」
そう答えて「勉強する満」のスケッチを満に見せる。せつなもついでに覗き込むと、
本物の満より大分柔らかく表現されているように感じられた。
「……もうちょっと可愛く描いてくれてもいいんじゃない?」
「これ以上どうしろって言うのよ……」
「それは薫が考えるところでしょ。スパゲッティー冷めちゃうわ。食べましょ。
 サラダはせつなに作ってもらったの」
満は別の部屋から普段は使っていない椅子を持ってきてテーブルの横に並べた。
これで三人で食事ができる。

いただきます、と三人揃って挨拶をして。形良く切られたキュウリを見て薫はへえ、
と感心したように声をあげた。
「ラブに教えてもらってるの?」
せつなは薫に照れたような笑いを浮かべる。
その表情を見ていて満はある確信を得た。

「ねえ、せつな?」
するするとスパゲッティーを吸い込んで飲み込むと、満は口の端に笑みを浮かべた。
「ラブと喧嘩したっていうの、嘘でしょう?」
「……!」
驚いたようにせつなは目を見開いた。薫はちらちらとせつなの様子を窺っている。
「ど、どうして……!?」
「喧嘩してたら、ラブの話題が出たときにそんな素直に嬉しそうな顔しないわ。
 その髪留めも、ラブに貰ったのよね。喧嘩した時に、相手から貰った物を顔につけて
 くるかしら。……ここに来たのは喧嘩したからじゃなくて、別の目的があったのよね?
 ラブは全部知ってるから、だから連絡する必要がないんでしょう?」
「やっぱりそういうことなの?」
薫も半ばこうなることを予想していたかのようだ。
「その……」
せつなはぼそぼそと答えた。
「少し、興味があって……二人の生活に。私はラブと――この世界の人と一緒に
 暮らしているけど、二人だけだったらどうなるのかなって」
「ふうん?」
満は少し興味を惹かれたように呟いた。
「だったら、初めからそう言えばいいのに」
薫が呆れたように呟く。
「そう言ったら、見せてくれないかと思って」
――まあ、ね。
満と薫は同時に思った。正直にそんな風に言われても、かえって意識してしまって
普通の生活はできないかもしれない。

「興味があるなら明日まで見ていけばいいけど……見てみて、どうだった?
 結構普通でしょう?」
満に言われてせつなはええと頷く。
「ラブたちとそんなに変わらないわ」
「咲と舞が教えてくれるから」
薫が、当たり前よというように呟く。
「あなたがラブに色々教えて貰ってるみたいにね」
「そうね……」
せつなは呟いた。

でも、少し違う。そう、せつなは思った。
満と薫は産まれた時から共に居る。姉妹のようなものだ。
それは二人のちょっとしたやり取りを見ていると良く分かる。
ずっと昔からの時間を共有している相手がいるというのは、せつなには少しだけ、羨ましかった。

「……温かいうちに食べた方が美味しいわよ」
薫に促されてせつなはまたスパゲッティーを食べ始める。
「そうそうせつな、パジャマ私のか薫のかどっちか貸すけどどっちがいい?」
「えっと……サイズは多分満の方が合ってるから」
「じゃ、私のね」
ベーコンとほうれん草のスパゲッティーは確かに美味しい。
明日作り方を聞いてラブの家にレシピを持って帰ろうとせつなは思った。

-完-

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