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満と薫はコンサートホールでオーケストラの演奏を聴くのは初めてだった。
このコンサートに来るまでは、音楽室で聞くのと同じようなものだろう――と漠然と
思っていたのだが、いざ聞いてみると全然違っていた。

「違えば違うものなのね」
コンサートが終わり、会場からラッキースプーンに向けて歩きながら満が言う。
「そうね。聞いたことのある曲もあったけど。……こんなに色々な音が
 聞こえてくると思わなかったわ」
「きっと音楽室で聞くと、小さい音は聞き逃しているのね」
そうね、と薫は頷く。
考えてみればいろいろな楽器の実物を見るのも初めてだ。
今日の経験が絵にすぐに生かせるとは思わないけれど、来てよかった。そう、薫は思っていた。


ラッキースプーンはちょうどおやつを買いに来たお客さんでにぎわっていた。
PANPAKAパンみたいと思いながら満と薫は店に入る。とは言っても、あくまでパンが
主力商品のPANPAKAパンと比較するとおやつ時ならではの賑わいは
こちらの方が大きかった。

「いらっしゃいませ」
カウンターの後ろでにこやかに笑う奏のお母さんに、
「奏さんいますか」
と満が聞くとお母さんは「ああ!」と満面の笑みを浮かべた。
「聞いてるわ。奏のお友達ね。テラス席の一番奥があなた達の席だから――、ああ、
 今響ちゃんが座ってるあそこよ」
テラス席にはほとんど人がいなかった。
お母さんに示された席に向かうと、そこには茶色の長い髪を二つに結び、活発そうな
大きな目をした少女が座っていた。
満と薫が近づくのを見て、もしかして――と立ち上がる。

「もしかして、あなた達が満と薫?」
「ええ、そうよ」
満が答え、薫はわずかな微笑を浮かべる。
「いらっしゃい! すぐ奏のカップケーキ持ってくるからね!」
響は二人を座らせると厨房に走り、すぐに奏とハミィと、いくつもの
カップケーキと一緒に戻ってきた。

舌が肥えているかも――という奏の心配は杞憂だった。
満も薫もカップケーキを食べるのは初めてで、最初は物珍しそうに、途中からは
いかにもおいしそうに食べていた。その様子に奏は胸をなでおろす。
「咲、ソフト部どうなってんの?」
「最近は他校との練習試合が多いみたいね。いろいろ戦術を試してるって言ってたわ」
「うちの学校のソフト部もそのうち夕凪中と試合しないかなあ」
「あなたもソフト部なの?」
満の質問に、響はもう10個目になるカップケーキを食べながら「ううん」と手を振る。
「私は運動部入ってないよ。でも助っ人であちこちの部活に参加してるんだ」
「へえ、そうなの」

響と満がそんな会話を交わしている横で、奏は薫に、
「ねえ、今食べたカップケーキとさっき食べたイチゴのカップケーキ、どっちが美味しかった?」
と話しかけていた。
「さっきのもおいしかったけど――私は今食べた方が好きだわ」
「ハミィはイチゴ味が好きだニャ!」
テラス席に他の人がいなくなったのをいいことに、ハミィも元気よく喋る。
「そう? 今のベリー味のも美味しかったわよ」
奏はふんふんと頷いて聞いている。その様子を見て薫は、
「もしかしてこれ、あなたが作ったの?」
と尋ねる。
「ええ、そう」
「こんなに沢山――」
ありがとう、と言おうとしたところで響の声が割って入った。
「そうだよ! 奏、今日すっごい気合入ってたんだから!」
「ちょ、ちょっと響!」
奏が慌てて止めようとする。
「もう、私がちょっとつまみ食いしようもんならすごい剣幕で」
「ひーびーきー!」
いつものように奏が怒る。満と薫は笑ってその様子を見ていた。
咲と舞以外のプリキュアに何人か会ってきて、一口にプリキュアと言っても
そこにはたくさんの個性があることを満も薫も知っている。
だが、チームの中で心が通い合っていること。それだけはどのプリキュアも変わらない。

「――そうそう、」
話が一段落したところで満は口を開くと響と奏、ハミィを見た。何てことのない
話をするかのように。
「この町で、変な黒猫に会ったんだけど」
「変な――」「黒猫?」
響と奏の表情が一瞬で緊張する。ハミィだけが、「黒猫ニャ?」と呑気な声を上げていた。

「そう。人の言葉を話す黒猫。痩せてて、首の周りにふさふさした飾りをつけて」
「それはセイレーン……」
響が表情を暗くする。「何かされなかった?」と奏が心配そうな表情で尋ねた。

「勧誘されたわ」
「……勧誘?」「何の?」
響と奏が口々に尋ねる。
「プリキュアを倒さないかって。倒したら、何かの歌を一緒に歌う権利をくれるとか何とか」
響と奏はまさかと思った。咲と舞から、満と薫の話は聞いている。
ダークフォールの戦いでピンチに陥った時に、二人が助けてくれたと。
二人がいなかったらダークフォールの幹部たちを倒すことはできなかったし、
この世界を守ることもできなかったそうである。
その二人がもし自分たちの敵に回るようなことがあったら……と
想像するだけでぞっとする。

「……それで、どうしたの?」
低い声で奏は尋ねる。
「断ったわよ。もう二度と『プリキュア』と戦うのはごめんだわ」
満の答えに、響も奏もほっと安堵の息を漏らした。

「ニャプ〜。セイレーンはきっと一緒に歌う人を探してるんだニャ!」
ハミィが呑気な声を上げる。え? と一同はハミィを見た。

「あなたはあの黒猫を知ってるの?」
薫が聞くと、「そうニャ!」とハミィは胸を張る。
「セイレーンとハミィはメイジャーランドに居た頃からの友達ニャ。
 セイレーンと一緒に幸せのメロディを歌うのがハミィの夢だニャ!」
「友達」
と、満と薫の声が揃う。響は満と薫が不思議がっているのかと思って、
「それが何でこうなってるのか、私たちにもよく分かんないんだけどね……」
と言葉を付け加えた。

「そう」
薫はテーブルの上に手を伸ばして、ハミィを両手で抱きかかえる。
「『友達』のために、頑張ってあげてね」
そう言って、頭を撫でた。
「大丈夫ニャ!」
ハミィは元気よく請け合った。

日がだいぶ傾いて来た頃。満と薫の二人は、咲と舞に渡すカップケーキを持って
ラッキースプーンを後にした。
今度は、きっと夕凪町で。そう再会の約束をして、満と薫は響と奏に別れを告げた。
夕日は道に長い影を作っている。

「元々は敵……か」
満と薫が帰っていった道を見ながら響が呟く。同じことを考えていた奏も、
「そうね……」
と答えた。
敵と友達になるようなことが、果たして自分たちにはあるのだろうか。
響と奏のそんな思いをよそに、お腹いっぱいになったハミィはテーブルの上で
仰向けになってすやすやと眠っていた。

-完-


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