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「ラッキー!」
セイレーンはアジトから猫の姿でぴょんと飛び出した。
先ほど、道を歩いている二人組が見えた。この町の人間ではない人間。
もしかすると人間ではないかもしれない存在。
一人は赤い短い髪で、もう一人は青い長い髪で。あの気配はこの前会った二人に間違いない。
こんな機会、もうないだろう。今、あの二人を対プリキュア要員として
スカウトできれば状況は大きく変わる。セイレーンは道を駆け抜け、
大通りを歩く二人の背後に着くとぴったりとその後をつけ始めた。

「薫」
赤い髪の方――満が、つと狭い路地を指さす。
「ええ」
と答えて薫は路地に入っていったが、満は大通りをそのまま進む。
ターゲットが二手に分かれたことでセイレーンは焦ったが、大通りを行く満の方に
ついていく。路地を通り過ぎて少しするとぴたりと満が立ち止まったので
セイレーンもその足を止めた。

「私たちに何か用?」
くるりと満が振り返る。その目はまっすぐに、セイレーンを見て。
セイレーンの背後に足音がした。後ろを振り返ると、薫がそこに立っていた。

――挟まれた!?
セイレーンは首を左右に振って満と薫を見る。薫は厳しい表情で、満は微笑を浮かべて
セイレーンを見つめていた。微笑と言っても、獲物を捕らえたとでもいいたそうな表情で。

「あっちに行きましょうか」
満の言葉が合図になって、満と薫の二人は静かに路地裏へと移動する。
間にセイレーンを挟んだまま。
しかし、こうして人目につかない路地に入ったことはセイレーンにとっては
当初の目的を果たすいい機会でもあった。

「それで? 私たちに何の用かしら。あなたこの前の黒猫よね?
 ただの猫じゃ、ないわよね」
日の当たらない路地裏で満が屈んでセイレーンに視線を合わせる。
セイレーンはふんと一つ息をつくと、ぬうっとその姿を人間のそれへと変貌させて
屈んだ満を上から見下ろした。
「あなた達もただの人間じゃないでしょ」

満がすっと立ち上がる。二人に挟まれたまま、セイレーンは腕組みをして
壁に寄りかかった。

「私と取引をしない?」
「取引?」
薫が固い表情のままオウム返しに尋ねる。ええそうよ、とセイレーンは頷いた。

「あなた達にしてほしいことは一つ。プリキュアっていう二人組の変な女の子がいるんだけど、
 その二人を排除してくれればいいわ。――私の邪魔をしないように足止めとか、その程度でもいい。
 あなた達にはその力があるんじゃない?」
「……あなたの言っている『プリキュア』は多分私たちの友達の友達。
 そんなことはできないわ」
と拒絶した薫を、「待ちなさいよ。そんな簡単に決めるもんじゃないわ」と満が止める。

「満」
薫は何を言い出すのかという顔をしていた。だが、満には何か考えがありそうだったので
口を噤んで様子を見る。

満はセイレーンを見て面白そうに目を細めると、
「取引というからには、あなたが私たちにしてくれることも何かあるのよね。
 何をするのかしら?」

「もちろん、そのつもりよ」
話に乗ってきた――そう思って、セイレーンは内心舌なめずりする。
「具体的にはどういうことかしら」
セイレーンは、ここが勝負とばかりに満を見た。

「不幸のメロディが完成した時、その一部を私と一緒に歌う権利をあげる」
はっきりとそう言って、得意げに今度は薫を見る。
セイレーンは元々音楽の国メイジャーランドの出身である。
歌を歌わせると言えばたいていの人はその名誉を欲しがるものだと当然のように思い込んでいた。
だが、満と薫はそうではなかった。

「どうでもいいわ」
満と薫の声がユニゾンする。
はい? とセイレーンが呆気にとられている間に、
「行きましょ、満」
「そうね、薫」
と二人は口々に言い交してセイレーンをそこに残して元の大通りに戻ろうとした。
もうセイレーンには何の興味もないかのように。

「ままま、待ちなさいよ!」
猫の姿に戻るとセイレーンは走って二人の前に回り込んだ。
「何」
満は立ち止まってうんざりした顔をする。
「だったら、さらに特典よ! この世界の住人は、猫のお腹の所の柔らかい毛が
 大好きなんでしょ! プリキュアを排除したら、特別に撫でさせてあげる!」
セイレーンは猫のままでぐっと二人の顔を見た。

猫のお腹の毛を触るのが好きな人は確かに多い。
だが薫はセイレーンから目を逸らすとそのまま通り過ぎたし、満は
「友達の猫がたまに撫でさせてくれるから」
とだけ言って通り過ぎた。
二人は薄暗い路地から明るい大通りへと出ていく。
きいいい、とセイレーンは二人の背中を見て歯ぎしりした。
いつの間にか来ていたトリオ・ザ・マイナーが、「振られた〜♪」とコーラスする。

「やっかましいわ!」
セイレーンは叫ぶと、大通りに走り出て満と薫を背後から睨む。
並木の一つに音符がついているのを認めると、

「出でよ! ネガトー……」
とネガトーンを召喚しようとしたが、満と薫が振り返ったのを見て口をつぐんだ。

「あなた、本当に」
「私たちと戦うつもり?」
満の赤い瞳と薫の青い瞳は、先ほどまではなかった殺気に彩られていた。
抜き身の刀のような、手を出した瞬間に真二つに斬られてしまいそうな。
その目を見た時セイレーンの尻尾は反射的に下りる。
足と足の間に尻尾を挟んだままじりじりと後退していくセイレーンを見て、
満と薫はふんと前を見るとまたコンサートホールに向けて歩き始めた。

二人の姿が十分小さくなってから、セイレーンは音符をこそこそと回収した。
この一件でセイレーンのリーダーとしての権威が更に落ちたのは言うまでもない。


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