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単純な足し算の問題である。
セイレーンはそれに頭を悩ませていた。

トリオ・ザ・マイナーを指揮するリーダーの地位に返り咲いて数日。
音符を集めて成果をアピールしたいところだが、いつものようにプリキュアが
しゃしゃり出てきては邪魔をする。
アジトにした塔の中で、街の様子を見ながら猫の姿をしたセイレーンは頭を悩ませていた。

――ハミィ一人だったら話は早いのよね。
ハミィ一人が音符集めをしていたとしたら、負けるとは思えない。
ネガトーンを操って不幸のメロディを人々に聞かせるのも簡単だ。

問題はハミィのそばにプリキュアがいることだ。
プリキュアがいつもいつも音符集めやネガトーンの邪魔をする。
一方、セイレーンのそばにいるのはトリオ・ザ・マイナーであり、
はっきり言って……あまり頼りにならない。
セイレーン自身、あくまで歌姫である。戦闘力はあまりない。

――あ〜あ、誰かプリキュアと戦ってくれる人いないかしら。

音符を集めるのはそう難しくはない。ただ、プリキュアが邪魔してくるのを止めてくれる
誰かがいればいい。

音楽を愛する気持ちを持っていなくて、プリキュアと戦うだけの能力のある人。
そう条件を付けて道行く人を眺めてみるが、そうそうそんな人はいない

――本っ当にあの時の二人をなんで逃がしちゃったのかしら!
セイレーンは自分にいら立ってガシガシと頭を掻く。
この前、林の中で見た二人。突然空から降りてきた。それだけで普通の人間ではないが、
音楽を愛する心もそれほどは持っているようではなかった。――憎んでいる、とまではいかないようだったけれど。

空を飛べる、普通ではない人間。おそらく音楽もさほど愛してはいない。
もしかするとセイレーンの言うことを聞いてくれるかもしれない。
もしかするとプリキュアと戦えるかもしれない。
もしかするとプリキュアを倒してくれるかもしれない。

いくつもの都合の良い「かもしれない」が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
セイレーンは妄想を抱きながら町を見ていたが、突然ぴんとしっぽを立てた。

 * * *

夕凪町から電車とモノレールを乗り継ぎ、満と薫は加音町の最寄り駅に降り立っていた。
二人が持っているのはクラシックコンサートのチケット。ここ加音町の町はずれにある
コンサートホールで開催される。

このチケットは、もとはと言えば咲のお父さんが貰ったものだった。
お店を休むわけにはいかないからという理由で咲に回ってきたのだが、咲も今日は
部活がある。舞は舞で家の用事があって――ということで、満と薫の二人に回ってきたのだ。
満と薫は、音楽にさほど興味はない。音楽の授業で歌ったり、曲を鑑賞したり
することはあるが積極的に歌いたいと思ったことはない。
もちろん咲も舞もそのことは知っていたが、舞は
「薫さん、良かったら行ってみたら? 絵画とは違う芸術作品に触れることも
 絵の表現を豊かにするためには大切って前に美術の先生が言ってたわ」
と薫に勧め、満と一緒に来てみることになったのだ。

加音町ということで、コンサートが終わった後はラッキースプーンに寄ってみることに
なっている。満と薫の二人は響と奏とは面識がないのだが、これも咲と舞が勧めたのだ。
満と薫も、咲たちがブラックホールとの戦いの時に
新しく知り合ったプリキュアに会ってみることに興味があった。


「で……」
モノレールの駅を降り立った満は地図を見ながら方向を見定める。
「駅がこっちで、今来た方向がこっちで……あの塔が、」
と満は町の中心に立つ大きな塔を見た。
「地図のこれよね。ということは、ホールは……」
「あっちね」と薫が指をさす。
「そうね、それでラッキースプーンってお店はこっちね」
と満は先ほどの薫とは逆の方を指さした。
「もし早めに着いたらホールに行く前にラッキースプーンを覗いてみようかと思ったけど」
満はちらりと駅の時計を見やる。
「コンサートホールに行った方が良さそうだわ」
と薫が答え、満も頷いた。

 * * *

満と薫がラッキースプーンに寄らずに直接コンサートホールに行くという決断を下したのは
奏にとって幸運だった。

「奏〜」
ラッキースプーンの厨房で鬼気迫る顔つきでカップケーキを作っている奏に、
響が調理台の下からひょいと顔をのぞかせる。
「何作ってんの?」
「何って、決まってるでしょ。今日来る二人のためのカップケーキよ」
奏は響に目を向けずに答えた。
「満と薫――だよね。でも奏、なんでそんなに必死になって」
響は立ち上がると奏の横に寄り添った。
「響。咲の家は何のお店か覚えてる?」
「もちろん! パン屋さんでしょ。パンパカパーンって」
響がおどけて見せると奏はやっとそちらに目を向けたがその表情は真剣だ。
「正確にはパンとケーキのお店」
「そうだっけ。それで、それがどうしたの?」
「ってことは、今日来る二人だってきっとケーキをいっぱい食べて舌が肥えているはずよ。
 咲と舞に渡してもらうお土産の分も作るつもりだけど、咲たちだって。
 だから、舌が肥えている人にもしっかり美味しいと思ってもらえるケーキにしないと。
 気合のレシピ、見せてあげるわ!」
ぐっと、奏はこぶしを握る。ん〜? と響はテンション低く言い返した。

「咲と一緒にお菓子食べたことあるけど、そんなに舌が肥えてるって感じしなかったけどなあ」
「響には分からないだけじゃない?」
「ちょっと、何その言い方」
「響、これとこれ食べてみて」
奏は突っかかってきた響には乗らずにケーキを2種類響の前に出す。ぱっと笑顔になると
響はぱくぱくと両方のケーキを食べた。

「どっちがいいと思う?」
「どっちも!」
「やっぱり」
参考にならない、と奏は肩を落とした。
「二人来るんだから両方出せば?」
「候補はこれだけじゃないのよ。まだいくつかあるの」
「それも全部出せば?」
「あのねえ」
奏は真面目な顔で響に向き直る。
「世の中の人は響みたいに沢山食べるわけじゃないんだから」
「う〜ん、どうだろ」
響はふっと天井を見上げ、
「今日来る二人って、もともとは咲と舞が戦ってた敵方の戦士だったって話だし……」
奏は響のその言葉を聞いてふっと窓の外を見た。
その窓からハミィがつい先ほど、「音符探してくるニャ」と言って出かけて行った。
もうその姿は見えない。

「沢山食べるんじゃないかな?」
奏は響の顔をまじまじと見る。
「どういう理屈でそうなるのかよく分からないんだけど……」
オーブンの音が二人の会話を中断した。


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