猫には月光が良く似合う。――ということを知ってか知らずか、セイレーンは
夜空に浮かぶ大きな月を一人でじっと見上げていた。
響たちが幼稚園で音楽の先生をしたのはこの数日前だ。ニセ親友作戦から今までというもの、
セイレーンの気持ちはどうも落ち着かない。

簡単にハミィを出し抜いて音符を手に入れられるはずがうまくいかないことも多いし、
部下のはずのトリオ・ザ・マイナーも最近は妙に反抗的だ。

小さな林の中でセイレーンは座り込むと、月を見上げてにゃあと鳴いた。

 * * *
 
――今夜も、綺麗なお月様……。
同じ頃、夕凪町。満は電気を消した部屋の窓から月を見上げていた。
満月から数日が過ぎ、今の月は少し欠けている。それでも月は十分に明るく、
柔らかい光を地球に向けて投げかけていた。

ダークフォールとの戦いを終え、満と薫は夕凪町で暮らしている。
二人で過ごす家は決して狭くはないが、満と薫は咲とみのりの姉妹の真似をして
二人で同じ寝室で寝ていた。

もう寝ようと言って、部屋の電気を消したのが先ほど。薫はもうしずかな寝息を立てて
いるようだ。
「こんな月を見ないで寝るなんて、勿体ないわよ」
そう呟いてみたものの、薫を起こすことはしなかった。一度眠いという薫を
退屈だからという理由で無理に起こして、散々に怒られたことがある。

かといってこのままベッドに入って素直に眠る気にもなれず、満はパジャマから普段着に
着替える。明日の朝ご飯用に沢山買っておいたメロンパンの一つを袋に入れると
それを持って、窓からふわりと外に出た。

ダークフォールは消滅したものの、満と薫には未だに不思議な力が宿っている。
空を飛んだり、滅びの力を操って何かを消したり。
日頃その能力を使うことはほとんどないが、こうして夜中に空中散歩に出ることは
たまにあった。夜風と月光を浴びながら空を飛ぶのは殊の外気持ちがいい。
他の人に見られることもまずないので、満も薫も夜は安心して空を飛んでいた。


少し飛んで海岸に行く。お気に入りのひょうたん岩が波の向こうに見えるが、満は
そこに着陸しようとはしなかった。
力を抜いて風に身を任せてみる。風は海岸線に沿う形で満の身体を運んでいった。

初めのうちは月を見ながら風に流されていたが、やがて思いついて地上を見ながら
飛ぶように向きを変えてみる。満の身体は夕凪町からどんどん離れ、知らない街を
眼下に見ていた。いくつもの町が海岸線に現れては消える。夕凪町によく似た町もあれば、
何かの工場が一帯を占めている場所もあった。

ひとしきり飛んだあと、西洋風の家が建ち並ぶ街並みが満の目に入ってきた。
そろそろいいか、と満は着陸する場所を探す。これまで満が一度も来たことのない街だ。
電車やバスで夕凪町から来たなら、一時間ほどもかかる距離だろうか。

――あ、あそこの樹……。
海岸からは少し離れた林の中に一つ大きな樹が見えた。満はその樹の太い枝に
音もなく着陸した。

 * * *

セイレーンは驚いた。月を見上げていたその視界に、いきなり人の姿が映ったからだ。
この世界の人間は飛べない。はずである。プリキュアなら大ジャンプもできるが、
今、樹の枝に着陸した人物はプリキュアではないだろう――多分。
プリキュアにしては格好が地味過ぎる。

枝の上の満はセイレーンのそんな思いも知らず、さて、とメロンパンを食べようとする。
上空の月にメロンパンを重ねるように持ち上げ、それから一口食べようと口を開いた時、

――ん?
と何かの視線に気づいた。満が地面に目を向けると、黒猫が一匹樹の下から満を見上げている。

「猫?」
満は思わず声に出していた。姿かたちは猫なのだが、ただの猫とは少し違う気配がある。
何かの精霊とか――何かの手下とか。
ふわりと満は宙に飛び出すと、すとんと地面に降り黒猫の背後に立つ。
「ハーイ、猫ちゃん」
そう声をかけると、黒猫はにゃっと鳴いたがぐるりと回って満の方を見ただけで逃げは
しなかった。

「あなた、随分痩せてるわね……」
満が日頃見ている猫と言えばコロネなので大抵の猫は痩せて見える。
……ということを差し引いても、この黒猫は痩せていて元気もないように見えた。
満は手にしたメロンパンを見る。
人間の食べ物を猫にあげるのは良くないと咲が言っていたけれど、と満は考える。

――でも精霊か何かだったら問題ないわよね……いや、でも何かの手下だったら……
先ほどからさりげなく気配を探っているのだがどうもよく分からないのだ。

満が困惑しているのと同様にセイレーンも困惑していた。
満が近づいてきたのをいいことに気配を探っているのだが、プリキュアともつかず、
ただの人間でもなく。
もちろんメイジャーランドやマイナーランドの住人でもなく。
一言で言って、訳が分からない存在だった。

「……食べる?」
思い切って満が声をかけると、セイレーンはぷいと横を向いた。
「そう」
ならば遠慮なく、一人で食べることにしよう。満は草の上に体育座りになると、
もぐもぐとメロンパンを食べ始める。
セイレーンはつかず離れずの距離を保って草の上に座った。

「今夜もきれいな月ね……」
満の言葉につられてセイレーンも月を見上げた。少し欠けた月は、セイレーンの姿も
照らしていた。

 * * *

夜風を感じて、薫は目を覚ました。
――満?
部屋の中に満の気配がない。電気をつけて見てみると、窓は開け放したままで
満のパジャマが脱ぎ捨てられている。
――またどこかに行ったのね。
満がこうして夜中に家を出ていることは珍しいことではない。窓が開いているのは、
気づいたら薫も来てという意味だ。
「全く」
声に出して、薫はため息をついた。こうした満の夜の散歩のお誘いを
断ることも多々あった。――が、窓の外の月を見て今日は考えを変えた。

――これだけ綺麗な月だもの。満が散歩に出ても不思議はないわ。
そんな気持ちになって、薫もふわりと窓から満の後を追う。
夕凪海岸のひょうたん岩を見て、満がいないことに気づきしばらく悩んだものの
風に乗って満のことを探すことにした。

 * * *

「――見つけた」
薫がすとんと空から林の中に降り立つ。セイレーンはジャンプして一歩飛びのいた。
あら薫、と満は間の抜けた声を出した。
「今日はずいぶん長いお散歩だったのね」
「ええ、そうね。風が気持ちよかったから」
「そうね――」
薫はそう答えると、月を見上げた。
「今夜の月は光が柔らかいわ」
「薫もそう思う? 私も、そう思うの」
それから満はセイレーンの方を振り返る。セイレーンはじりじりと後退していった。

「あなたもしかして一人? だったら、私たちと一緒に来る?」
セイレーンは一瞬ふらふらと満の方に近づきそうになったが、
すぐに背中を丸めて全身の毛を逆立てると、荒い息を立てて全力で威嚇する。
あらあら、と満は苦笑した。

「満、行くわよ」
「そうね。じゃあね、黒猫ちゃん」
二人は大地を蹴って再び空へと跳んだ。


「……満、あの猫みたいなのは何?」
「さあ……よく分からないのよね。邪悪な意思があるようなないような……」
「咲や舞に伝えておく?」
「まだ、いいと思うわ。何をしたいのかもよく分からないし」
満と薫は夕凪町へと空を飛びながらそんな会話を交わしていた。

 * * *

――全く何だったのかしらあいつら。
セイレーンは頭の中を疑問符でいっぱいにしながら木陰へと隠れた。
一人で身体を丸めて休むことにする。ここには変な奴らも来るまい。
眠りに落ちたセイレーンに、もう月光が届くことはなかった。

-完-

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