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PANPAKAパンの店先を守るかのように眠っていたコロネは突然毛を逆立てて四つ足で
立ち上がった。空の一角に黒い雲がある。その雲を睨み付けるようにしてコロネは
ぐるぐると唸り声を上げた。
烏が群れでぎゃあぎゃあと鳴き交わしてどこかへと飛んでいく。みのりは庭で遊んでいたが、
その様子に何か嫌なものを感じて「お母さーん!」と店内へとすっとんで戻った。

「……舞」
「うん……」
トネリコの森の樹の下にいた咲と舞は二人そろって空を見上げた。何か異変が
起きているのを確かに感じる。
「満と薫が……」
「うん……」
何が起きているかは分からないが、二人に何か悪いことが起きているのは間違いがない。
咲はぐしゃっと自分の髪の毛を掴んだ。
「ああもう! どうしたらいいの!」
本当だったら、プリキュアに変身して駆けつけている。今はそれができないのが歯がゆくて
仕方がない。
「私たち、今できることは何も……?」
「いや、でも何かできるはずだよ、何か! 満と薫が頑張ってるんだから!」


異変が感じられるのは夕凪町だけではなかった。ナッツハウスでも、タコカフェでも、
カオルちゃんのドーナツ店の前でもそれぞれに集まったプリキュアたちが異変を感じていた。

 * * *

「満殿、薫殿。この世界をすべての無の状態に戻すことはこの世界に光などという
 ものが産まれてからの私の悲願……、あなた方の攻撃で身体は失いましたが
 機会があれば逃すわけにはいかないのです」
「咲と舞に聞いたわ。この前倒したブラックホールはあなたの邪悪なところも
 含んでいたって。でもそれもプリキュアたちに浄化されたはずじゃない!」
満が詰め寄ると、液体金属はぬらぬらとした不気味な色を見せながら形を変化させる。
先ほどの鎌首はつぶれて消えた。今は尻尾のようなものが突き出し始めていた。

「ブラックホールが含んでいたって? おかしなことを言いますなあ。
 私はブラックホールを利用させてもらっただけですよ」
「利用?」
「どういうこと?」
「プリキュアを倒すことができました。ブラックホールのおかげでね」
「プリキュアは倒されてなんかいないわ!」
満がいきり立つ。と、液体金属の尻尾のようなものがかっと鰐のように口を開いた。
満と薫は一瞬眼の前が真っ暗になったような気がしたかと思うと高圧な滅びの力の
直撃を受けて吹き飛ばされる。
「ああああっ!」
その場にいた六人全員が悲鳴を上げて床に転がった。何とか身を起こして見た時、
満と薫を除く四人は自分たちの変身が解けているのに気が付いた。満と薫の二人も、
変身こそ解けていなかったもののこれまでの戦闘の傷を癒しきれていない身体には
衝撃が大きかった。
「負けたんですよ。プリキュアは」
液体金属がずるずると床を這って近づいてくる。ガソリンか何かのように
それは一同の周りを取り巻いて薄く広がった。
負けてなんかいない、と薫が再度言い返すとゴーヤーンの声は
「負けたんですよ」
と繰り返す。
「ブラックホールはプリキュアが倒したのよ! 負けてなんかいないわ」
「プリキュアは負けています。あなた方も彼女たち自身もそれに気づいていないの
 でしょうがね」
「どういうこと!? のぞみ達が負けたって……」
「イースは負けてなんかいないはずだぞ……!」
ダークドリームとウエスターも口々に言い返したが液体金属は
「プリズムフラワーの力を使い果たすと、そういう決断をしなければならない
 状況に追い込まれた時点で負けていたんですよ。もうプリキュアはいない。
 私の目的を邪魔する伝説の戦士は、もういません」
「プリキュアがいなくても……」
歯ぎしりをしているような顔でキリヤが呟いた。
「別の戦士たちがここにいる。プリキュアたちも信じている戦士たちが……」
普通の中学生としての身体になってしまった自分が言ってもあまり説得力が
ないような気がしたが、満と薫の変身が解けていないのはキリヤにとって大きな
支えだった。くくくっ、と液体金属がくぐもった笑い声をあげる。

「もう各世界は分断されたのですよ。一番厄介な絆の力はもう届きません。
 いつかのように、あなた方に他の精霊の力などが外から届くことはない。
 あなた方だけであれば、倒すのも容易いことです」
一同を取り巻いた液体金属から火の手のように滅びの力が上がり、四方八方から襲いかかる。
「薫!」
満は薫と手を繋ぐと一同の両側に分かれ、
「はあああ!」
と全力を籠めてバリヤーを張った。二人の身体が滅びのものに似つかわしくない
白色に輝く。
「満殿、薫殿。またそれですか。しかしいつまで持ちますかな? 滅びの力は無限、
 あなた方の力はちっぽけなものです」
満と薫はそれには答えずに歯を食いしばって耐え続けた。

 * * *

「そうだ、舞!」
いいことを思いついたらしい咲が突然大声を上げる。
「咲、何か思いついたの!?」
「うん! 和也さん、確かミラクルライト持ってたよね? 私、みのりから
 ミラクルライト借りてくるから舞も借りてきて!」
「え? え?」
「ミラクルライトなら、満と薫にも力が届けられるんじゃないかな!
 いっつも私たちそうしてもらってるんだから、今度は私たちが満と薫に
 力を届けようよ!」
「……うん!」
既に空の半分ほどが黒い雲に支配され、この時期にしては吹いてくる風が
随分と冷たかった。咲と舞は一旦森を出るとそれぞれの家に向かい、ミラクルライトを探した。

同じことは、やはり各地で起きていた。
のぞみ達もそれぞれの家族からミラクルライトをかき集めてきていたし――寝込んでいた
かれんものぞみがミラクルライトのことを思いついたのを聞いて吹っ切れたように
ベッドから飛び出してきた――なぎさやほのか、ひかりも
ミラクルライトを手にしてタコカフェに再集合していた。ラブと美希、祈里にせつなも
ミラクルライトを手に持っていつもの公園に集まる。

「よし、点けよう!」
勢い込んで咲がミラクルライトのスイッチを押すが、
「あれ?」
ライトからはかすかな光しか出ない。豆電球より多少ましだろうか、
程度の光でしかない。
「いつもこんな感じなのかな、ミラクルライトって」
咲は舞と顔を見合わせる。
「いつも照らしてもらう方だからよく分からないけど……でも、もっと強い光が
 出ていたと思うんだけど」
今にも消えそうな光はいかにも頼りない。
「まさか、プリズムフラワーの力が消えたから?」
舞が恐ろしい可能性に気づく。
「でも、だってこれフェアリーパークに行ったときのミラクルライトだよ!」
咲がそう答えるが、
「プリズムフラワーの力がなくなったら駄目なのかも」
と舞は泣きそうだった。
「そんな! 何とかなってよ!」
咲は祈るような気持ちでスイッチをいじるが光の弱さは変わらない。
むしろだんだん弱くなっているような気がする。

 * * *

「満ちゃん、薫ちゃん……」
ダークドリームは満と薫が張ったバリヤーの中にぺたんと座って
二人の顔を見上げていた。二人はもう限界に近づいているように見える。
時折押し寄せる滅びの力にバリヤーが突き破られそうになることがあり、
必死に取り繕っている状態だ。
満と薫も顔をゆがめた。もう駄目かもしれない、そんな気さえした。
こうやって堪えることはできていても、相手の攻撃の手が休まるわけではない。
何か打開策がなければいずれはバリヤーを破られてしまう。
だが打開するような方法は何もない。
――私も、何か……!
ダークドリームは思わず胸を押さえる。変身が解けてしまった今
彼女の胸にクリスタルはない。だが胸の奥が熱くなっているような気がした。

『仕方ないな……』
『少しだけ、時間を稼いであげますよ』
『本当はもっと力を貸したいけど』
『今の私たちにはこれが限界だから』

「……!?」
四人の声が聞こえた、とダークドリームは思った。
突然彼女の胸がやけどするかのように熱くなったかと思うと、
ヤママユガのような形をした光の塊が四つそこから飛び出した。
「な、なんだこれは!?」
サウラー達が驚いている前で赤、黄、緑、青の四色の光にそれぞれ
彩られた蛾のような形のものたちは満と薫の張るバリヤーの弱そうな部分に飛びつくとぽうっと光って
バリヤーを支える。
――みんな……!
ダークドリームは、これは仲間たち四人だとはっきり確信した。
満と薫はそんな光の蛾たちを見ながら握り合う手に力を籠めると顔を見合わせ、
「まだいけそうね満」
「ええ、薫。私たちは、」
「絶対にあきらめない!」
同時に叫んで二人は自分たちを鼓舞した。


 * * *

「お願い、何とかなってよ……!」
ミラクルライトをがちゃがちゃといじりながら咲と舞はその場にへたり込んでいた。
雨が降ってくる。大粒の雨は二人の頭から足先まで濡らしていた。
「このままじゃ、二人が……!」
「満さんと薫さんのために、私たち何もできないの……!?」
泣きそうになった咲の手に地面が触れた。冷たい土が咲の手のひらに付く。
「あ……」
咲は土のかけらを自分の手に拾い上げてみた。
「まだ土がある……」
咲のその言葉に舞はびくんと反応して空を見上げた。空はすっかり暗くなってしまったが、
それでもまだ大空は残っている。
咲と舞は見つめあった。そしてこんな時なのに二人とも微笑み合った。

「いつものあれを言わないとね、舞」
「ええ、咲。満さんと薫さんも、きっとそう言ってるわ」
咲と舞はミラクルライトを片手に持って、もう一方の手を取り合って立ち上がる。
「私たちは、絶対に諦めない!!」
天を覆う黒雲に向かってそう吠えて、咲と舞はもう一度ミラクルライトを点灯する。
二人は手を繋いだまま前を見据え、自分たちの前へとミラクルライトを突き出した。
「満と薫に力を!」
「満さんと薫さんに力を! みんなに力を!」
初めて強く点灯したミラクルライトの光が降り注いだ。


「みんな、もう一回やろう!」
ナッツハウスの湖の前でのぞみがみんなを鼓舞した。壊れているかのように
点灯しないミラクルライトにみんな諦めかけていたが、「そうだね、もう一度」
とりんがのぞみに同調する。
他の三人もうんと頷いた。みんな右手にミラクルライトを持つと、
「みんな行くよ!」
というのぞみの声に合わせて
「ダークドリームに力を! 満ちゃんと薫ちゃんに力を! みんなに力を!」
と空に向かって声をあげる。初めは弱かった光も、徐々に強さを増していった。
一同はそれぞれに自分のコピーのダークプリキュア5の名前も呼び続けた。


カオルちゃんは土砂降りの雨の中でドーナツつくりの道具だけは片づけていたが、
店自体はそこに開いたままだった。ラブたち四人がいつもダンスの練習を
するところでミラクルライトを持ってどうにかしようと
頑張っているのが少し遠くに見えていたからだ。
「もう一回、もう一回やってみようよ」
うん、と美希と祈里、せつなが頷く。
「ラブちゃん、みんな、一回深呼吸して。気持ちを落ちつけてからやってみよう」
祈里のその言葉で四人はダンスで舞台に立つ前のように一度静かに
深呼吸をすると、ミラクルライトのボタンをくるんと回し、
「ウエスターとサウラーに力を! みんなに力を! 満と薫に力を!」
と両腕を大きく広げた。


強く降る雨の中、なぎさとほのかとひかりはほとんど光を出さないミラクルライトに
絶望しかけながらもなんとか大地を踏みしめてとどまっていた。雨が幾筋にも
なぎさとほのかの顔を伝っていた。
「……なぎさ」
もう一度。そう言わんばかりにほのかは雲を睨み付けたまま、なぎさの方へと手を
伸ばしてくる。
「うん」
なぎさもゆっくりとほのかに手を伸ばし、二人はがっちりと手を握り合った。
ひかりはそんな二人の様子を見て一歩後ろに下がる。
なぎさは手を繋いでいないほうの右手、ほのかは左手にミラクルライトを持って
真上に突き上げると、
「キリヤ君に力を! 満と薫に力を!」
と叫ぶ。ひかりも二人の後ろで天空を見上げ、真上にミラクルライトの光を照らした。
大地を踏みしめて立つほのかが持つ、キリヤにもらった光の欠片はミラクルライトの
光と混ざるようにして光の柱を地面から天まで伸ばした。


ミラクルライトの光をつけたのは彼女たちばかりではなかった。泉の郷でも、鏡の国でも、
ラビリンスでも、デザート王国でも、おもちゃの国でも。異変を感じた者たちが思い思いに
ミラクルライトを持って「満と薫に力を!」「ダークドリームに力を!」
「ウエスターとサウラーに力を!」と振っていた。

その光は、初めは各世界に閉じ込められたまま滅びの力によって隔絶された世界間の
溝を越えられないように見えた。だがミラクルライトの光はやがて奔流となって
滅びの力の流れと混ざり、満たちがいる場所へと向かっていた。


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