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日向家の電話が鳴った。みのりはたっと走って受話器を取ると、
「お姉ちゃん、のぞみお姉ちゃんから電話だよ〜」
と自室にいる咲に声をかける。

「あ、みのりありがとう」
咲はそう言ってどんどんと階段を下りてくると、
「もしもし、のぞみ?」
と電話に出た。
『あ、咲ちゃん?』
「うん。どうしたの?」
受話器の向こうののぞみの声に元気がないような気がして咲は気にかかった。

『満ちゃんたち、どうなった?』
「あ……うん」
咲の声が曇る。咲たちはどたばたとかれんの家を後にして、それからは
「満と薫がダークフォールに向かっていった」ことだけをのぞみ達に伝えてあった。
それ以上伝えるべき情報が何かあるかというと、何もない。咲たちにも
それ以上のことは分からないのだ。

「その……まだ帰って来てないんだ。ダークアクアたちのことも、だからよく
 分からなくて……」
『そっかあ』
「のぞみ、そっちで何かあった? 何か声の感じがいつもと違うけど」
『……うん、実はね』
最初は躊躇っていたようだったが思い切ってのぞみは話し始めた。
『かれんさんが寝込んじゃって』
「え?」
『元々くるみがいなくなったから結構がっくりきてて……そんな時にダークアクアが
 目の前であんなことになっちゃったから……』
「あ、そうか……」
『今はこまちさんがかれんさんの部屋にずっとついてるんだけど。……何か分かったこと
 ないかなと思って、電話したんだ』
「……ごめん。何も分からないや」
『う、ううん! 全然謝ることなんてないよ!』
受話器の向こうののぞみは慌ててそう言うと、
『満ちゃんと薫ちゃん、早く戻ってきてくれるといいね』
と付け加える。
「うん、そうだね……戻ってきたらすぐのぞみ達に連絡するよ」
『うん、よろしくね』
咲とのぞみの電話は珍しく、しんみりとした調子で終わった。受話器を置いた
咲は、はあと一つため息をつく。
――舞、今時間あるかな……
自分のパートナーの顔を思い浮かべながら、咲はのろのろと靴を履いて家を出た。

のぞみものぞみで、切った電話を前にふうと息をついていた。
――満ちゃんも薫ちゃんもまだかあ。そうだよね、二人が帰ってきたら咲ちゃんたち
  たぶんすぐに連絡くれるよね……
一縷の望みをかけて咲に電話をしてみたのだが、あっさりとその望みが絶たれた
ことにのぞみはがっかりしていた。

「ラブちゃんたち、何か知ってるかなあ……」
四つ葉町にはせつながいる。ブラックホールとの戦闘後も彼女は
自分が住んでいた世界には戻らずにこちらに残っていた。
――もしかしたらラブちゃんたちも何か知ってるかも……
今まで気づかなかったが、せつなが何か異変に感づいているかもしれない。
のぞみはそう思ってラブの携帯電話をコールした。

 * * *

かれんは自分の部屋でベッドに横になっていた。具体的にどこが悪いと
いうわけでもないのだが、ただ起きる気力がわかない。
ベッドサイドではこまちが椅子に座ってかれんのことを見ている。

「……ねえ、こまち」
「どうかした、かれん?」
かれんは窓の向こうに見える曇り空に目をやっていた。
「私のしたことって何だったのかしら」
「え? ……」
「プリキュアになって、ナイトメアやエターナルと戦って。
 ブラックホールを倒して世界は守れたけれど大事な人たちとは
 二度と会えなくなってしまったし、それに……あんなに弱っていたダークアクアを
 守れなかった」
「ええ……」
こまちにはかれんの気持ちがよく分かった。かれんの気持ちを覆っているのは
無力感だ。それはこまちも強く感じていた。特に、ダークアクアが消滅する直前に
飛び出していこうとした咲や舞たちを止めてからはずっと。

――本当は、あの時……

本当は、こまちだってあの時飛び出していきたかった。あの怪物からみんなを守りたかった。
だが、自分にはもうそれはできない。その自覚が、こまちに咲たちを止めさせた。

プリキュアに変身できさえすれば、今起きている訳の分からない事態にも
自分たちの力で対応していける。だが、今の自分たちにはもうできない。
それは普通のことなのだけれど、一度世界の危機に立ち向かってしまうと何もできないという
今の状態はひどく歯がゆい。

 * * *

「舞、こっちこっち」
「咲、待ってー」
咲はトネリコの森でスケッチをしていた舞を見つけると、絵が一段落するのを待って
舞を大空の樹に誘った。のぞみから電話で聞いたことを道すがら舞に話すと、
舞は表情を曇らせる。
「かれんさんが……そう……」
「うん……目の前であれはきついよね……」
ぼそぼそとした声で話し合いながら二人は大空の樹にたどり着く。
いつものように大空の樹は青々と葉を茂らせて二人を歓迎していた。
どちらからともなく頷きあうと、咲と舞は腕を広げてぺたんと大空の樹に張り付いた。

――お願い、大空の樹……
――満さんと薫さんを助けて……!

少しだけ、咲と舞は期待していた。大空の樹の不思議な力でフラッピやチョッピが
こちらに来てくれるのではないかと。そうすれば自分たちも変身して
満や薫をきっと助けに行ける。
だがフラッピとチョッピは現れなかった。大空の樹は何ごともなかったかのように
風に葉をざわめかせていた。

しかし、咲と舞には分からなかったが、この世界には小さな変化が起きていた。
その変化は、ラブたちの住む四つ葉町に現れた。

 * * *

四つ葉町のはずれには小高い丘があり、そこから町全体を見渡すことができる。
商店街と住宅地を中心に発展した四つ葉町の街並みは遠目に見ていて可愛らしい。
ラブのお母さんと初めて話したところでもあり、せつなにとってはお気に入りの場所だ。

ラブのお母さんに頼まれた買い物を終えたせつなは家に帰る前にちょっと丘に
寄っていこうと足を伸ばした。
――あれ……
せつながいつも座るお気に入りのスペースに先客がいる。
別に予約をしているわけでもないのでせつなは今日のところはこのまま家に帰ろうかと
思ったが、彼の様子が気になって立ち止まった。この町では見たことのない人だ。
せつなと同い年くらいの男の子である。

「あの……」
丘に座って浮かない顔で町を見ていた彼はせつなを見て一瞬驚いた表情を浮かべた。
「何か、困ったことでも?」
そう尋ねると、
「いや別に……」
と彼は服についた草を払って立ち上がる。
「ごめんなさい、邪魔して。ここが好きなの?」
「……嫌いじゃない」
曖昧な彼の答えに
「私は好きよ。すごく綺麗で」
とせつなが自分の気持ちを言うと彼は顔を曇らせた。

「もうすぐ終わる」
ぼそりと呟いたその言葉にせつなはただならぬものを感じた。世を拗ねている
男子中学生が気持ちのままにいってみたというのではなく、
本当にそうなることが分かってしまっているというような。
「……どういう意味?」
「別に」
と彼はそのまま立ち去ろうとした。
「待って!」
せつなは彼を引き留める。
「あなた、何を知っているの!?」
「……」
「あなたは誰?」
「……入澤キリヤ」
「!」
その名前にせつなは目を見開いた。彼の名前は知っている。雪城ほのかから聞いた。
プリキュアになって初めて行ったプリキュア合宿の時に。
キリヤもそんなせつなの様子に気づいたようで、
「『君は』何を知ってるんだ」
と聞き返す。
「ほのかさんから――キュアホワイトからあなたのことを聞いたわ」
「キュアホワイト?」
そうか、この女の子はほのかさんがプリキュアだと知っているのか――とキリヤは思った。
「君の名前は?」
「東せつなよ」
「君もプリキュア?」
「ええ」
頷いたせつなを見て、ああとキリヤは思った。思い出した。彼女のことはフェアリーパークで
見かけたことがある。あの時たくさん出てきたプリキュアの中の一人が彼女だったわけだ。
「なるほどね。それでキュアホワイトがほのかさんだと知っているのか」
「ええ、そうよ。それで、さっきの話。あなたは何を知っているの?」
「……話したって無駄だよ。君たちに何ができるわけでもない」
キリヤはそう告げると再び立ち去ろうとした。だがせつなはまだまだ彼に
話たいことがあった。

「待って! だったらせめて、ほのかさんに会って!」
「……!」
キリヤが立ち止まる。
「ほのかさん、あなたのこと本当に心配しているの。あなたに会いたがっているの。
 だから……!」

 * * *

プリキュア合宿の夜、せつなが何となく眠れなくて一人で合宿所の外に出て
ベンチで涼んでいると、そこに雪城ほのかがやってきた。
その前に満と喧嘩してやりあっていたのをほのかに見られて怒られていたこともあり、
「もう怒っていない」と言われていてもせつなはやはりぎくりとした。

「きれいな星空ね」
そう言いながら、ほのかもベンチに座る。
「え、ええ……」
「ラブさん達は?」
「もう寝ちゃったみたいで……」
「そう。みんなはしゃいでたものね」
ほのかは静かに空を見上げた。天空に輝く明るい二つの星を指さす。
「あれが彦星で、あれが織姫。あの二つの星が一年に一度出会うのが七夕ね」
「は……はい……?」
突然そんな説明をしたほのかの真意を測りかねてせつなが聞き返すと、
「昔ね、七夕の頃にお別れをしたことがあるの」
とほのかはせつなの顔を見ずにぽつりぽつりと話し始めた。
「お別れ?」
「入澤キリヤ君って言ってね、うちの学校に来た転校生。一つ年下で。
 なぎさとは違うけど――でもなぎさみたいに、私に本気でぶつかってきてくれたの。
 でも、キリヤ君はドツクゾーンの人で私はプリキュアだったから、だから……」
「ほのかさん……」
ほのかは目じりに浮かんだ涙を拭うと、せつなにさびしそうな笑顔を見せた。
「でもね、キリヤ君ともう一度会ってるの。私たちのこと助けてくれて、
 『自分の生きる場所が見つかった』って言ってくれたから……、でもやっぱり、
 キリヤ君がこっちの世界でずっと生きられるようにできたんじゃないかってことも
 時々考えちゃうの」
ほのかはせつなが膝の上に乗せた手に自分の手を重ねた。

「せつなさん、こっちで過ごせるようになったんだから。
 ラブさんを悲しませるようなことはしちゃだめよ」
「……はい」
ほのかの言葉に重いものを感じて真剣な表情で頷いたせつなを見て
ほのかは黙って微笑を浮かべると、
「明日も晴れそうね」
とまた星空を見上げた。

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