前へ 次へ

第二話

ナッツハウスは閉店する。のぞみ達はそう決めた。
のぞみ達がナッツハウスを片付けるために訪れたのはブラックホールとの戦いがあった
翌日のことだ。

突然主を失ったナッツハウスは、今日も昨日までと同じ日常が来るかのように静かに
たたずんでいた。のぞみ達五人は黙ってナッツハウスの中に入ると、
扉にかかった「Closed」の札はそのままに予め決めておいた分担に従って各部屋に分かれる。

のぞみがココの、こまちがナッツの、かれんがミルクの、うららがシロップの部屋を
片付けにいったのを見てからりんは自分の担当である一階の売り場をぐるりと見渡した。

――ナッツが片付けては行ったみたいだけど……

元々、ショッピングモールでのファッションショーの数日前からココやナッツたちは
パルミエ王国に帰国していたこともあって、店に陳列してある商品はいつもよりも
ずっと少なく、引き出しの中や所定の箱の中にしまってあった。それでもいくつかディスプレイしたままに残ってある商品を取り外すと
りんは一つ一つ、箱の中におさめていく。りんがデザインした商品もかなりある。

――これデザインした時、ナッツが「斬新だ」って誉めてくれたっけ。

そんなことを思って、りんは二階へとつながる階段を見やった。

――みんな、大丈夫かなあ……
それぞれ、一番仲の良かった妖精の部屋を掃除することになっている。
一通り終わってからみんなで集まってその他の共有スペースを掃除する予定なのだが、
各自の部屋に行けば色々と思い出の品もあるだろう。
もう一杯泣いたから、これ以上はココたちのことで泣かないようにしようと
のぞみが言いだしてみんな約束したのだが、

――今はみんな一人だし、泣いちゃってるかも……
そう、りんは思った。
それは責められない。むしろ今くらい思い切り泣いた方がいいような気がする。
現金の管理に無頓着なナッツが釣銭用の小銭を残して行っているのに気がついて
「どうしよう」とりんは思ったが、後でかれんに渡しておけばいいと思いついて
一か所にまとめておくことにした。


くるみの部屋に入ったかれんは、少しの間何もやる気が起きずにただ椅子の上に
座っていた。机の上には、いつかかれんと二人で撮った写真が飾ってある。
カメラマンはのぞみで、確か何度も失敗してその度にくるみはぷりぷりと怒っていたはずだ。
――何でこんなの置いておくのよっ……!
吐き気のように突然に身体の奥からのどの方に向けて嗚咽が込み上げてきた。
ひとしきり泣いた後、かれんははあはあと息をつきながらとにかく落ち着こうと思った。
こんなことではいつまで経っても掃除が終わらない。
無心になろう。もしくは、別のことを考えよう。
自分とくるみが映った写真を写真立てごとぱたんと倒して見えないようにすると、
かれんは手だけを動かしながら別のことを考えようと意識した。

――そういえば、ダークアクア達が引越しをしたいと言っていたっけ。
別のこととして、まずこの話題が思い浮かぶ。
ダークアクアたちダークプリキュア5は、鏡の国で戦ったプリキュア5のコピーである。
敗れた彼女たちは消滅していたはずだったが、フェアリーパークで多くの闇の者たちが
復活したのに呼応するようにして目覚め、再びプリキュア5の前に現れた。
だがのぞみと心を通わせ、先に甦っていたダークドリームの説得もあり、
彼女たちはプリキュア5を狙うのをやめてこの世界で暮らすことにしたのである。
現在はブンビーカンパニーで働いている。

ショッピングモールに行く数日前、ダークミントとダークアクアが連れだってかれんの
所にやってきた。ダークアクアがダークミントに引っ張られて、といった方が
より正確かもしれない。
何をしに来たのかと思えば、「引越しをしたいと思っているのでマンションか
いいところがあれば紹介してもらいたい」という話だった。
今彼女たち五人が住んでいるのは元々ダークドリームが一人ぐらしをしていた
マンションなので、どうしても手狭である。そこで引越しをしたいそうだが、
わざわざかれんに頼んでくるということは
当然「家賃は格安で」とか「礼金はなしで」とかいった含みがある。
ダークアクアにとってかれんは最も頭を下げたくない相手なので、
彼女が「お願い」と頼んできた時かれんは内心驚いた。
物件を選ぶためにも、具体的な希望を固めてきてほしいと言って帰したのだが。

―― 一軒家タイプだったら、ナッツハウスみたいなのがいいのかしら。
そう考え、自分がまたナッツやミルクたちのことを考えそうになったことに気付く。
かれんは頭を振ってそちら方向に進もうとする思考を止めた。


掃除が一段落ついて一度集まった時、みんなが赤い目をしていた。
部屋で泣いていたのがお互いにばればれだ。
誰も敢えてそれを指摘しようとはせずに恥ずかしそうに笑っただけで、
「じゃあ最後の仕上げだね」
というのぞみの言葉にみんなは頷き、共有スペースの方の掃除にかかる。
こちらは個人の部屋と比べて掃除をしていても比較的辛くなかった。
そんな中、こまちがテーブルに置いてあった書類を見て「あ」と声を上げる。
「どうしたんですか?」
「これ……」
こまちがりんに見せた書類は、広告の原稿用紙だった。
ブンビーカンパニーが発行する「ブンビータウンインフォメーション」に
載せる広告を描いて渡す予定だったのだ。

「……ブンビーさんに断らないと……」
こまちがぽつりとつぶやく。広告を載せてお客さんが来てしまうと困る。
むしろ閉店のお知らせを出してちょうどいいくらいだ。
ブンビーカンパニーはナッツハウスの広告費を当てにしていたようだったから、
ブンビーさんはさぞがっかりするだろうとこまちは思った。

「じゃあ、掃除終わったらみんなでブンビーカンパニーに行こうよ!」
会話を聞いていたのぞみがりんの方に目を向ける。
ブンビーカンパニーにはダークドリームがいる。のぞみは無性に
ダークドリームに会いたかった。ダークドリームはココたちに起きたことを多分知らない。
事情を知らない友達と会うと少し気が休まりそうな気がした。

少ししてから、一通りの掃除を終えたことにして五人はナッツハウスから
ブンビーカンパニーに向かった。

 * * *

「ここだよねっ!」
ナッツハウスからブンビーカンパニーまではバスで二十分ほどかかる。
のぞみ達は数えるほどしか来たことがないオフィスビルを見上げ、一階の案内表示に
「ブンビーカンパニー」の文字があるのを確認すると小走りに階段を上る。

「あれ?」
階段を上ったところに見えるブンビーカンパニーのオフィスは電気を消しているかのように
薄暗く見えた。
「今日お休みだっけ? 定休日?」
「そんなことないと思うけど……」
胸騒ぎを覚えながらこまちがのぞみの言葉に答える。
とにかく中に入ってみようとのぞみがドアのノブに手をかけると、
ドアはオフィスの内側から引っ張られて開いた。
「わっ!」とのぞみが前につんのめりそうになる。

「おや」
と中から出てきた河合は五人を見て意外そうな顔をした。
「あ、河合さん。あの、ブンビーさんやダークドリームは?」
「社長と彼女たちなら、いませんよ」
河合は顔に浮かべた微笑を崩さずに淡々と答える。
「いないって……今日はお休みなんですか?」
「さあねえ。どうだか」
河合は肩をすくめた。
「連絡がないんで分かりませんね。まあ、社長が無断欠勤するようじゃ
 この会社も長くなさそうですから私はこれから転職先を探しますので」
忙しいのでのぞみ達と話す時間はないと暗に言って河合はその場を足早に立ち去る。
彼が鍵をかけていってしまったのでオフィスの中に入ることは
できなかったが、外から様子を見ただけでも中に誰もいないようだとは
確認できた。

「……!」
のぞみは突然身を翻すと登ってきた階段を駆け下りる。
「のぞみ!」
りん達四人が慌ててのそみの後を追った。
「のぞみ! どこいくの!」
「ダークドリームのとこっ!」
嫌な予感があった。のぞみはとにかくダークドリームの顔を見たかった。
マンションで朝寝坊でもしているのかもしれない。顔さえ見れば安心できる。
ブンビーカンパニーとダークプリキュア5が住むマンションは歩いてすぐのところだ。
のぞみ達五人は団子のように一塊になってマンションに着くと、
ダークドリームたちの部屋がある階に向けてエレベーターに乗り、
エレベーターが着いた途端に飛び出す。

「ダークドリーム!!」
のぞみは部屋のチャイムを鳴らし、どんどんとドアを叩いた。これだけうるさくしていれば
中には聞こえているはずなのに部屋からは物音一つしない。のぞみ以外の四人も次第に
顔色が変わってきた。

「ダークドリーム!」
ドアノブに手をかけて回してみるとドアが開いた。
躊躇なくのぞみは部屋の中に飛び込む。玄関にはダークプリキュア5全員の靴が並んでいたので、
そこにのぞみ達の靴が並ぶと狭い玄関はすぐにいっぱいになる。

「ダークドリーム……」
元々、このマンションは単身者用なので狭い。隠れる場所と言って碌にはない。
入ってすぐ、のぞみはどこにもダークドリームがいないことを見て取った。
ダークプリキュア5が普段食事を取るのに使っていたらしいテーブルの上には
切ったまま放置されて茶色くなったりんごがある。使いかけらしい皿も並んでいた。

――りんごを食べかけて、それで……みんな突然、どこかに出かけたの?
こまちはそう考えてみたが、しかしもちろんそんなことではないとこまち自身が知っていた。
何か異変が起きたのだ。それで食べかけのりんごを放置してまで彼女たちは
姿を消したのだ。その異変はおそらくブラックホールとの戦いに関係している。

「……ダークアクア」
部屋の中を見回していたかれんが、テーブルと壁の間にうつぶせになって倒れている
彼女を見つけた。すぐに駆け寄って助け起こす。「う……」と彼女は息を吐き出した。
薄眼を開けてかれんの姿を見ると、
「キュアアクア……」とだけ言ってまた目を閉じる。

「とにかく、かれん。ダークアクアさんをこっちに」
こまちはベッドがある方へとかれんを誘導する。かれんは「立てる?」と
ダークアクアに聞いたが彼女が何も答えられなかったのでりんを目で呼んで、
テーブルを動かしてスペースをつくると二人でダークアクアをベッドまで運ぶ。
のぞみも一緒に三人が寝室についていく横で、こまちはダークアクアが倒れていた場所の
床の上に緑色のクリスタルが落ちているのを見つけた。
こまちはそれを拾い上げ、ダークミントの胸についていた
クリスタルと良く似ていることを確認した。
「……こまちさん、それは」
うららがこまちの様子に気づく。
「他のみんなの分もあるかもしれないわ」
鏡の国の戦いのときのことを考えれば、このクリスタルはダークプリキュア5の身体から
離れることはないはずのもののように思える。それがここに転がっているということは、
ダークミントの身に起きたことは……、

考えたくもないとこまちは思った。

前へ 次へ
コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る