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同じころ、東せつなは桃園家のベランダから雲の向こうの月を眺めていた。
半年の間住まわせてもらったこの家に、こんなにも早く戻ってくることになるとは
せつな自身思ってもいなかった。

メビウスがいなくなったラビリンスに帰還したせつなは、ウエスター、サウラーと共に
ラビリンスの立て直しを急いでいた。まだ年の若いせつなにできることは
限られるが、短い間とはいえ人間界を見た者として一番大切な仕事を――、
小さい子供たちの教育を担当していた。
小さい子供と触れあうのが好きな人たちを教師候補として集めて、
せつなが人間界で学んだことをベースに子供たちと接しながら
教育カリキュラムを固めようとしている段階である。

ウエスターやサウラーは最近暇を見つけてはちょくちょく人間界に来ているらしいが、
せつながこちらに戻ってきたのはフェアリーパーク開園日の前後と、
今回のファッションショーの時だけだ。

”お前、たまには四つ葉町行って来いよ!
 他の先生たちにもだいぶ考え方が伝わったんなら、数日間あけていても大丈夫だろ?”
ウエスターはカオルちゃんのドーナツを買ってきてはせつなにこんなことを勧めたし、

”……君の為にも将来のラビリンスの為にも、君が人間界にしばらく留学するという
 プランを考えてみてもいいと思うんだ。半年間じゃ経験として短すぎるだろう。
 ラビリンスの子どもたちが何を学ぶべきか、じっくり腰を据えて考えた方が
 いいんじゃないかと思う”
サウラーにこんな風に言われたこともあった。

だがせつなは、ウエスターには「数日もあけていられないわよ」と答えたし、
サウラーには「もう少し目途が立つまで待って」と答えていた。

こちらに戻りたくないわけでは、もちろんない。

だが、せつなは何となく四つ葉町に戻ってきてはいけないような気がした。
ラビリンスでやれることをやって、成果を上げるまでラブの所には
帰ってきてはいけないような気がしていた。

フェアリーパークやファッションショーの誘いの手紙をシロップが持ってきたときも、
だからせつなはとても悩んだのだが「特別なイベントだから」ということで
こちらに来ることにした。

今日もショーが終わればウエスターたちと一緒にラビリンスに帰る予定だったのだが……、
なぜか自分だけはこちらの世界に残されてしまった。
ウエスターやサウラーはおそらくラビリンスに帰還しただろう。妖精たちが
それぞれの故郷に戻っていったように。

「せつな……夜はまだ、寒いよ」
ラブが自分の部屋からベランダに出てきて手にしていたカーディガンをせつなにかけた。
「ありがとう、ラブ」
「せつな、全然遠慮なんかしなくていいんだからね! お父さんだってお母さんだって、
 せつなが帰ってきてすっごく喜んでるんだから!」
「ありがと……ラブ……」
せつなはベランダの手すりにもたれて目を閉じた。正直言って、妖精たちが消えた後も
自分がこちらの世界に残っていることに気づいてせつなは戸惑った。
てっきり自分もラビリンスに戻されるものと思っていたからだ。
アカルンもいなくなった今、ラビリンスには戻れない。
どうしようかと思っていたせつなに、ラブは当然のように、
「せつな、うちに来るよね!」
と言ってきた。

「ねえ、ラブ」
「ん?」
自分の隣でベランダの手すりにもたれているラブにせつなは声をかける。
「……私、どうしてこっちに残ったのかしら」
「タルトたちが言ってたよ、みんなそれぞれの故郷に帰るんだって……」
ラブはせつなの目を真っ直ぐに見た。
「せつなの故郷は、ここなんだよ」
「私の故郷……? でも……、」
「せつなっ」
突然ラブに抱きしめられて、せつなは思わず息を飲んだ。
「ラ……ラブ……?」
「せつなの故郷はこっちだよ……。ごめんね、せつな」
唐突に謝られてせつなは首をわずかに傾げた。そんなせつなの表情を見て
ラブは少しだけ悲しそうな光を目に浮かべると、
「私ね、少し寂しかったんだ。せつながラビリンスに帰ってから……
 ウエスターやサウラーはたまにこっちに来るけど、せつなは全然戻ってこないし」
「ラブ」
「うん、せつなの夢……応援したいと思ってるよ。でも、やっぱり寂しくて……
 ごめんね、せつな。私今日、せつながラビリンスじゃなくてこっちに残ったのを
 見てちょっとほっとしちゃったんだ」
懺悔するようにそう言うと、ラブはせつなを抱いていた腕をほどいた。
「ラブ……」
せつなはラブの右手を取ると、自分の両手でそっと包み込む。
「ごめんなさい、ラブ。私、自分で自分の仕事に納得がいくまでラブには
 会いに行っちゃいけないような気がしてたの……」
「うん。せつなのそういう所、分かってるよ」
せつなが今だってラビリンスのことを気にしていることも分かってる、と
ラブは思った。口には出さなかったけれど。

「今日はまず、昔みたいに一緒の部屋で寝ない? ほら、せつなが初めて来た日は
 まだ部屋の準備ができてなかったから私の部屋で寝たじゃない」
せつなの部屋はせつながラビリンスに戻った日のまま残してあるので
そちらで寝ることもできるのだが、ラブは敢えてこんなことを言ってみた。
せつなをちゃんと捕まえておかないと明日の朝目を覚ましたらまたいなくなってしまいそうな
気もするのだ。
「昔ってそんなに昔じゃないじゃない」
せつなは苦笑して、ラブと手をつないだまま部屋の中に戻った。

 * * *

「おいっ! サウラー!」
苛立ちを隠しきれない様子でウエスターがホホエミーナを連れて
大股にサウラーの部屋に入ってくる。
自分の机の上にあるコンピューターの画面を食い入るように見つめていた
サウラーだったが、ウエスターを見てちょうどいい息抜きだというように電源を落とした。

「イースどこ行ったんだよ! どこ探してもいないぞ!」
「学校にいるんじゃないかい。彼女の職場は学校だからね」
「真っ先に探したに決まってるだろ! 子どもたち泣いてんぞ!」
「……彼女の姿が見えないって子どもたちに言ったのかい?」
そのことは伏せてさりげなく探すくらいの知恵はないんだろうかと
サウラーは思ったがウエスターは
「ああ! みんなで探すのが一番手っ取り早いからな!」
と当然と言った様子だ。ホホエミーナにも手伝ってもらった、と自分の背後にいる
ホホエミーナの頭を撫でる。
「泣いた子はどうしたんだ。泣かせっぱなしかい?」
「まさか。すぐに連れて帰ってくると約束した。あんまり泣き止まないから
 ミラクルライトを渡してやったら、ようやく泣き止んだけどな」

「……ふうん。当てにならない約束をしたもんだね」
サウラーは手を組んで椅子の背もたれに身体を預けた。
「どういう意味だよサウラー! イース探さなきゃまずいだろ! イースがどんな目に
 遭ってるかも分かんないんだぞ!」
「……そう言う意味なら、心配はいらないよ」
「ああ!? 何でそう言える!?」
「多分彼女は四つ葉町にいるだろう。プリキュアたちと一緒にね」
「……どういうことだよ」
じっくり話を聞こうじゃないか、そう言いたげにウエスターは手近なところにある椅子に
どっかりと腰を下ろした。

「僕たちはプリキュアたちの世界にいたはずだ。でもプリキュアと、なんだかよく分からないが
 巨大な敵との戦いが始まって、プリキュアが勝ったと思ったら
 なぜかラビリンスに戻ってきていたわけだ」
「ああ、そうだ。だからイースも一緒に帰って来てなきゃおかしいじゃないか」
「……おそらく戦闘の結果、あの辺にいた人たちをそれぞれの国に帰すような
 力が働いたんだろう」
「だから、イースも」
「イースはもう死んだんだよ。今の彼女はプリキュアだ。
 プリキュアならプリキュアの世界に留まっているんだろう。ほかのプリキュアたちと
 一緒にね」
「えええっ!?」
「そんなに驚くようなことかい」
「いや……だって、イースはここにいたじゃないか! あっちから帰ってきてずっと!」
「彼女の本来いる場所はあくまであっちなんだろうよ」
「いや……まて、だったら呼びに行けばいいじゃないか。ホホエミーナ、いくぞ」
「……いけると思うのかい?」
「どういうことだ?」
「観測データが入ってきているんだが、どうもおかしいんだ」
サウラーは改めてコンピューターの電源を入れてウエスターに「ほら」と画面を見せたが、
「見ても分からん。どういうことなんだ」
と聞き返されて大げさにため息をつく。
「どうも他のパラレルワールドとの連絡が全く取れない状態にあるようでね。
 よく分からないが太古の力が各パラレルワールドとの間を満たしているようなんだ」
「……何?」
「このままだとラビリンスはまずいことになる」
「イースがいないから?」
「彼女の問題じゃないさ。君も知ってるだろ。ラビリンスはメビウス時代に
 食物を他のパラレルワールドからの輸入に頼ってた。この国よりも食物を育てるのに
 ずっと効率がいい地域はたくさんあるからね」
「ああ」
サウラーは淡々と話を続ける。
「今だって、ラビリンスだけじゃあ国民みんなの分の食料は到底賄えない。
 スイーツ王国をはじめとするパラレルワールドと提携して食料を輸入させて
 もらっているわけだが」
「うん」
察しの悪いウエスターにサウラーは「まだ気が付かないのか」と思いつつも
結論を出した。
「だから、このままじゃラビリンスの食料は尽きてしまう」
「え……えーっと……!? やばいじゃないか、それ!!」
ウエスターは椅子を蹴って立ち上がった。
「だろう?」
「座ってる場合じゃないぞサウラー!」
「落ち着きたまえ。慌てたって何か解決するわけじゃない」
「だ、だけどどうすりゃいいんだ」
熊のようにうろうろと歩き回るウエスターを横目に見ながらサウラーは
物思いにふけった。

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