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第一話

初めに無があった。無より他には何もなく、世界は静寂に満たされていた。
やがてそこに光の粒が産まれた。粒はすぐに砕け散り、その欠片は
光を埋め合わせるように産まれた闇の中に消えて行った。

それは幾度も繰り返された。やがて、産まれた光を闇が飲み込む流れが
常態になった。無の中に産まれた光と闇は互いに求め合いぐるぐると回り続けた。

 * * *

「お姉さんたち、綺麗だったね〜」
プリキュアたちが集まり、ブラックホールとの戦いが起きたショッピングモール。
咲や舞の友達がファッションショーをするというのでついてきて満や薫と一緒にいた
みのりだったが、戦いを終えた後ファッションショーが恙なく終わったのに
満足したらしく今は満や薫と一緒にモール内にある店のウインドーショッピングをしていた。
買う当てがあるわけではないのだが。

「そ、そうね」
みのりに相槌を打ちながら薫は
――みのりちゃん、さっきのことどう思ってるのかしら……
と思っていた。
突然異世界の生き物たちが降って来て、様子が一変して辺りが邪悪な気配に
包まれ、プリキュアたちがいなくなって戻ってきたと思ったら大変な戦いが
始まり、……色々なことが起こりすぎである。
昨年のフェアリーパークの時には「ふしぎの力のせい」ということですべて
誤魔化したのだけれど、今はどう思っているのか良く分からない。
戦闘の後に再開されたファッションショーを見て、それ以前のことは
気にしなくなったのだろうか。まさか。

「でも、さっきのすごかったよね」
「さっきのって?」
ぎくりとして黙った薫に代わって満が会話を引き取ると、うん、とみのりは頷いて、
「なんか去年遊園地に行ったときみたいに、突然変なことが起きて
 ライトまでばらばらーって降って来たよね」
そう言いながらみのりは手に持ったミラクルライトを見せる。これは満と薫も
持っていた。これを使って、プリキュアたちに力を託したのだ。

「そ、そうね……すごいアトラクションだったわね」
「あとらくしょん?」
みのりはきょとんとした表情で満を見上げる。
「ええ。ファッションショーを盛り上げるアトラクションだったんじゃない?
 ふしぎの力か何か、そういうのでやったのよ、きっと。去年の遊園地みたいに」
「え? あれ、そうだったんだ」
「……ええ。たぶん」
薫は感心しながら満の話を聞いていた。薫ではとてもこんな誤魔化し方はできない。

「じゃあ、最初に振ってきたぬいぐるみみたいな生き物って遊園地にいたのと同じなのかなあ」
「そうかもしれないわね」
「みのりもうちょっとそばで見たかったな〜、あれに似たようなのもいたよね!」
ちょうど三人が立っている目の前のショーウインドーには女性のマネキンのそばに
クマのようなぬいぐるみが置いてある。
「そうね、あんまり近くでは見られなかったわね」
薫はそんなみのりを見てくすりと笑いながらそう相槌を打った。
――精霊みたいな生き物があんなにいっぱいいるのを見たのは初めてだけど……、
ムープやフープは別格としても、どの生き物たちも可愛らしかった。
みのりがあの中に入って遊んでいたら、きっととても可愛かっただろう。

そんな情景を想像して思わず笑みを浮かべながら、
――ムープとフープ、今日は泊まっていくかしら。
と薫は思った。

精霊たちはダークフォールとの戦いが終わってから故郷である泉の郷へと
帰って行った。しかし今は、緑の郷と泉の郷の間の行き来は自由だ。
ムープとフープは時折満と薫のところに遊びに来て、大抵その夜は泊まっていく。
そういう時はムープが満のベッドの中で、フープが薫のベッドの中で眠ると
決まっている。
まだ眠りの訪れない時間に、隣にいるフープの耳の辺りを撫でるのが薫は好きだ。

――きっと今は咲たちと一緒にいるだろうから……。
みのりの前ではフープ達は大っぴらに姿を現すことはできない。一緒に夕凪町に
帰ってから、こっそり家にやって来るだろうと薫は思った。

 * * *

「ね、咲。満さんと薫さん……」
「うん。何て言おう……」
同じころ、咲と舞もショッピングモールの中を歩き回っていた。
こちらはウインドーショッピングという様子ではなく、浮かない表情で
話し込んでいる。

「ムープとフープにもう会えないって聞いたら、二人ともすごく悲しむわよね……」
「うん……」
容易に想像はつく。満も薫も、咲と舞を責めることは絶対にない。
ただムープ達に会えなくなったことをひどく悲しむだけだ。
その様子を見ることになるのが咲も舞も辛かった。

ブラックホールとの戦いは壮絶だった。
プリキュア21人の力を合わせても、変身が解けるところまで追いつめられてしまった。
変身するためにはプリズムフラワーの力を使わなければいけない。
だが力を使ってしまえば精霊たちや妖精たちはそれぞれの故郷に帰ってしまって
咲たちの住む世界、緑の郷には戻ってこられなくなってしまう。

「会えなくても心は繋がっている」
これがプリキュアと妖精たちの出した結論だった。
だからたとえ会えなくなったとしてもプリズムフラワーの最後の力で
ブラックホールを倒す。
それ以外の手は選びようがなかったと、咲と舞はそう思っている。
ただ、満と薫のことだけは後悔が残る。
もちろん、満と薫もムープやフープと心が繋がっている。たとえ会えなくなったとしても。
それは確かなことだ。

だが、満と薫に何も話すことなくムープやフープと引き離してしまうことになったのは
どうしても後ろめたさがあった。

「ちゃんと話せば、満と薫も分かってくれると思うんだけど……」
「ええ……、でも」
舞は、満と薫がダークフォールから緑の郷に帰ってきたときに
嬉しそうに二人の周りを飛び回っていたムープとフープのことを思い出していた。

自分たちが寂しい思いをするのはともかく、満と薫に寂しい思いをさせて
しかも事後承諾になるのが辛い。しかし黙っているわけにもいかない。
歩いている道のすぐ脇にある店にディスプレイしてある丸いぬいぐるみを見ながら、
舞はため息をついた。

 * * *

「……薫、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
その夕方、咲と舞、満と薫の四人とみのりはショッピングモールから夕凪町へと
帰ってきた。ほかのプリキュアのみんなもそれぞれの町へと帰っている。
みのりは電車の中で眠ってしまったので薫が背中におんぶしていた。
咲は電車を降りる前にみのりを起こそうとしたのだが、薫がそれを止めたのだ。
みのりは薫の背中の上ですうすうと静かな寝息を立てていた。

「ごめんね、薫」
「構わないわ」
一同が駅から外に出ると、空は厚い雲に覆われていた。月のあるであろう場所には
うっすらと光が見えるが、灰色の雲は中々月の姿を見せようとはしない。
咲の家でみのりをベッドに寝かせると、満と薫、それに舞はそのまま家に帰ることにした。
もう遅い時間だ。

「あ、みんなのこと送ってくよ!」
みのりに布団をちゃんとかけてから咲も家を飛び出すようにして出てくる。
「いいのに」
と満と薫は驚いたような表情をしたが咲は、
「送ってく」
と譲らず、結局道路まで出てきた。
「また家に帰らなくちゃいけないのよ? もう暗いのに」
満が諭すようにそう言うが、
「うん……その、」
咲はゆっくりと言葉を繋いだ。
「満と薫に話があるんだ」
「話?」「何?」
咲の様子がいつもと少し違うのに気づいて満と薫はやや警戒し始めた。
「うん、実は……」
咲はちらりと舞に視線を送る。うん、と舞が頷いたのを見て勇気づけられると、
「今日ムープ達来てたんだけどね」
と本題に入った。
「うん」
「泉の郷に帰ったの?」
満と薫はムープ達が今いないことには薄々気が付いていた。もしムープ達がいたら、
四人だけになったらすぐに飛び出してくることが多いからだ。
「うん……それでね」
咲はいつもに似合わず歯切れが悪い。満は不思議そうに首を捻った。
「その……ムープとフープ、もうこっちには来られないんだ」
「……えっ?」
満は咲の言葉を反芻してから、言っている意味が分からないというように咲の
目を見返した。
「どういうこと?」
薫も意味が理解できなかったようで舞の方へと視線を流す。
「あのね、満さん、薫さん。今日の、ブラックホールっていう敵のことなんだけど……、」
小さな声で舞は説明を始めた。

「……それで、変身するにはどうしてもプリズムフラワーの力が必要になったの。
 でもプリズムフラワーの力を最後まで使ってしまうと泉の郷とこの世界の行き来が
 できなくなってしまうの……でも、どうしてもそれ以外に方法がなくて……
 だから、精霊たちとはもう会えないの。ごめんなさい……!」
舞の声は消え入りそうだった。
「満、薫、ごめん!」
と咲も顔の前でぱしんと手を合わせる。
「……大丈夫よ」
満はわずかに笑みを浮かべると、ショックで何も言えないでいるらしい薫の手を取り、
咲や舞に分かったと頷いて見せた。

「咲や舞だって、もうフラッピとチョッピに会えないんでしょう? さびしいのは
 私たちだけじゃないわ。それに……、そうしなければ緑の郷が守れなかったんだもの」

ね、薫、そう言って満が薫に視線を向けると「え、ええ」と薫はまだ動揺を隠しきれない
ながらも頷いた。

「ありがとう、満も薫も」
「本当に……」
「もういいわよ」
満はそう答える。少し歩くと、満と薫の家の前に出た。
「じゃあね、咲、舞。また明日」
満はそう言って咲と舞に手を振る。「うん、また明日ね」と咲も手を振りかえすと、
舞と一緒にまた夜道を歩いていった。


家に戻ってしばらくしてから、満と薫は二人でひょうたん岩を訪れた。
いつものように背中合わせに座る。今日は薫との距離がいつもより少しだけ
遠いように満は感じた。
「何も言わないのね?」
背後の薫に声をかけると、深いため息だけが返ってきた。
「明日、咲と舞に会った時はいつもみたいにしていないと駄目よ」
「……分かってるわ」
やっと薫が言葉を発した。
「二人の方が辛いんだから」
「分かってる」
薫はまた深く息を吐いた。満の言うことはよく分かっている。
そうするべきだということも。しかし、どうしても寂しさの方が先に立つ。
月は相変わらず雲の後ろに隠れていた。風も今日はほとんどなく、雲を追い払うことはなかった。

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