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1000年に1度姿を現すというレインボージュエル。その光を受けることのできる
ミラクルライトは園内のあちこちで配られていた。
「ねえ、見てあれ!」
メリーゴーランドを降りたばかりのみのりが、少し先に並んでいる列を指差す。
列の先頭でミラクルライトを配っているのはシプレとコフレだ。

「ぬいぐるみが動いてるよ!」
「そ、そうね……」
満はその様子を見てどう事態を取り繕うかと必死に頭を回転させた。
「ねえ、みのりあれ欲しいな。並んでもいい?」
「ええ、もちろんよ」
薫が答えている隙に満はきょろきょろと辺りを見回す。
みのりはたったったと駆け出して列の最後尾に着いた。薫はみのりのそばについている。満はこの前ムープとフープが言っていた看板を見つけ出そうと、視線を廻らし、
それらしきものを見つけるとみのり達がまだかなり列の後ろの方にいるのを見て
満はたっと駆け出した。

二、三歩走ったところで満は足を一瞬止める。
――何……?
満の足の下には舗装された道。その遥か下は海であるはずだ。
夕凪町の海とも繋がっている。すべての命の源、世界樹に注ぐ暖かい太陽の泉。
その海から……何か嫌なものが上がってくるような気配がする。
だがその気配はほんの一瞬ですぐに消えてしまった。
――気のせい……ね。
満はまた看板を見に走り出す。看板に書かれている文字を読んだ満は、
――これ、何かの説明になっているのかしら……
と深く疑問に思ったが、薫とみのりの所に戻ることにした。

「満お姉さん見てみて〜! これ、ぴかって光るんだよ!」
元の場所に戻ってみると、ちょうどみのりはシプレからミラクルライトを貰ったところだった。

「へえ、そうなの」
満が見ている前でみのりは何度かスイッチを押してぴかぴかとライトを光らせて見せる。
満と薫は目を合わせた。
小さな光だが普通の光ではない――何故だか、ひどく暖かい。
きっとこれは、二人を生かしている精霊の力に近いものだ。
ムープが「ミラクルライトでレインボージュエルの光を受ければすごく幸せになれるムプ!」
と言っていたことを満は思い出した。きっとこれは、みんなに力を与えてくれるような……、

「満お姉さんと薫お姉さんも後で貰ったら?」
「それって小さな子ども向けとかそういうのじゃないのかしら? 小学生以下とか……」
「そんなことないよー、大人の人だって並んでるもん」
ほら、とみのりは自分が今まで並んでいた列を振り返った。
確かに、サラリーマン風のおじさんや二十代くらいの男の人も並んでいた。
「ちょっと何やってんのー?」
とおじさんが文句を言っているかと思うと、みのりにミラクルライトを渡したぬいぐるみは中学生くらいの女の子に何か絡まれていて、見かねた様子の別の女の子――くるみだ、
と満と薫は思った――が
「代わってあげるわよ」
とミルクの姿になった。

「えーっ!?」
はっきりと目撃したみのりが目を点にして大声を上げる。
「ねね、今くるみお姉ちゃんに似た人がぬいぐるみになったよ!」
「そ、そうね、みのりちゃんちょっとこっちへ!」
満はみのりの手を取ると先ほどの看板の方に走っていった。薫もそれについてくる。

「ほら、これを見て」
タルトの顔を描いた看板には大きな字に振り仮名を多用して、

「フェアリーパークにようこそ!
 
 フェアリーパークは1000年に1度現れるレインボージュエルの力でできているんだよ!
 だから今日、ここでだけ、すごく不思議なことがたくさん起きるんだ!
 ぜんぶレインボージュエルの不思議の力なんだよ!」
と書いてある。みのりは黙ってそれを読み、

「そっかあ、さっきのぬいぐるみやくるみお姉ちゃんに似た人も不思議の力で
 ああなってたんだ」
と納得したように呟いたので満と薫はほっと安心した。
今日一日なら何とか、「不思議の力」ということで押し通せそうだ。
みのりちゃんが素直な子で良かったと満はしみじみと思う。

「じゃあ、みのりちゃん。今度はお化け屋敷だったかしら?」
「うん!」
薫が地図を開き、三人はまたゆっくりと歩き始めた。お化け屋敷は一つ向こうの通りだ。
途中、みのりが何度かあっと声を上げる。そのたびに薫は同じ言葉を返した。
「今、格好いいお兄さんがリスみたいになったよ!」
「ふ、不思議の力よ」
「あ、今度はアヒルがお兄さんに!」
「不思議の力よ!」
「見てみて、フェレットが走ってる!」
「不思議の力よ!!」
「……待って、薫。フェレットが走るのは普通のことよ」
満が冷静に突っ込んだところでちょうどお化け屋敷に着いた。
お化け屋敷の前のぬいぐるみ――ポルンとルルン――に一つずつミラクルライトを貰って、
三人はお化け屋敷に入って行く。

出てきたときにはポルンとルルンの姿はなくミラクルライトだけが
小さな車に乗せて置かれていたが、それはそのままにしておいて次の目的地に向う。
「う〜ん、ちょっとお腹すいちゃったかも」
みのりが笑いながらお腹を抑えた。
「お昼にはちょっと早いけど……さっきのお化け屋敷でたくさん走ったものね」
薫が時計を見やる。満もそうね、と答えた。
「軽く何か食べましょうか。ポップコーンとか」
お化け屋敷のすぐ近くにショッピングモール的な通りがある。
そこにはポップコーンやチュロス、ホットドッグなどの店もたくさん出ていた。
どの店にもかなり列ができている。
「何食べる?」
「ん〜」
みのりは二つの店をきょろきょろと見比べた。
「ポップコーンとチュロス、ホットドッグも……って駄目?」
控えめにそう尋ねる様子に薫は笑顔で返した。
「もちろん、いいわよ」
「えっと、じゃあみのりはポップコーンの方に並ぶね」
「私はチュロスの方に並んでるわ。満はホットドッグね。
 買えたらあそこのベンチに集まりましょう」
「うん!」
薫が決めた待ち合わせ場所を確認するとみのりは飛び跳ねるようにポップコーンの列に
駆け出していった。
「じゃあ、私がホットドッグだっけ……」
満はそちらに足を向けようとしてびくりと立ち止まった。
先ほど感じたのと同じ嫌な気配が、ずっと大きく……、
「薫っ!」
満と薫が目を合わせたのと、ノーザたちの出現と共にパーク全体が揺れたのがほぼ同時。
逃げ出す人々の波に逆らって満と薫のところに戻ろうとしたみのりの手を掴むと、
「ここは危ないわ!」
と満と薫は遊園地の外へとみのりと一緒に走り始めた。

――何が起きているって言うの!?
満は走りながら意識を集中した。巨大な気配が一つ二つ三つ――四つ。
――とにかくみのりちゃんを安全な場所に避難させて……、
咲や舞、他のプリキュアたちも異変にはとうに気づいているだろう。
プリキュアが十五人も揃っているというのは不幸中の幸いだ。

――みのりちゃんを逃がしたらここに戻ってきて、それで……
そう胸のうちで呟きながら満は走り続けた。
遊園地から波が逆流するかのように出口へ、陸地へと殺到する人の群れの上に、しかし、
キントレスキーが放った巨大な岩が迫る。
先頭で逃げる人たちの前に岩は落下し、轟音と共に橋を、海の上に
存在するフェアリーパークの唯一の出口を打ち砕いた。
悲鳴のような声と共に人々の動きが止まる。この光景には止まらざるを得ない。
満と薫、みのりもストップした。満は内心でひどく苛立ち舌打ちする。
――どこの筋肉バカよ、岩なんて投げるのはっ!?

遊園地の中からは得体の知れない気配が漂ってくる。――それは満や
薫だけではなく、みのりのような普通の子どもにも感じられた。
「薫お姉さん、怖い……」
みのりが薫の足にしがみつく。薫はみのりを落ち着かせようとわざとゆっくりと
みのりに答えた。
「大丈夫よ、みのりちゃん。怖かったらミラクルライトをつけて。きっと守ってくれるから」
「うん……」
みのりがミラクルライトを点灯させる。小さな光は相変わらず暖かかった。
その光を見てみのりの顔が少しだけ柔らかくなる。……はっとみのりは顔を上げた。
「お姉ちゃんと舞お姉ちゃんは!?」
「咲と舞は……」
満と薫は顔を見合わせた。咲と舞がいるのは、恐らく遊園地の中――敵のところだ。
「ねえ、お姉ちゃんたちまだきっと遊園地だよ! お姉ちゃんたちどうしよう!?」
「みのりちゃん」
ぽん、と満がみのりの肩を叩いた。
「ここで薫と一緒にいてくれる?」
「え、……満お姉さんは?」
「ちょっと遊園地の様子を見てくるわ。この距離なら、きっと跳べるから……」
「え、そんな!?」
「私なら大丈夫。薫と一緒にいて、ね?」
みのりの返事は聞かずに、たっと満は駆け出した。
助走をつけて大きく壊れた橋の上を跳び越える。
ただの大きなジャンプのように軌道を描きながら満はふっと力を入れて
空中で身体を支えると、バシッ! と音を立てて遊園地側に着地した。
「えっ?」
満は思わず自分の体を見回す。いつのまにか今日着てきた服から全身が
灰色の――ダークフォールにいた頃に与えられていた服へと変化していた。
自分の意志と関係なく変身してしまったことにわずかに戸惑いを覚えながらも
満は遊園地の中心部へと歩みを進める。


薫とみのりのすぐ近くには二十代くらいの体格のいい男と細身の優男がいた。
思わず逃げてきた二人だったが、今の満の行動を見て何かを考え始めたらしい。
「サウラー、俺達も中に戻ってどうにかした方がいいんじゃないか。
 イース……せつな、中に残ってるぞ」
「ああ、そうだな」
ウエスターは大股にパークの方に駆け出すと満と同じように勢いをつけて穴を跳び越えようとした。
だが、結果は違っていた。ウエスターの巨体は何物かに阻まれ、
「どわっ!」
という叫びと共に地面に転がる。何回か試してみても結果は同じ。
「どうしたんだウエスター」
「分からん! なにか壁みたいな物がある感じだ」
「……どうやら、事態が何か動くまで待つしかないようだね」
ウエスターの実験を見ていたサウラーが結論を出した。
「うぬれ〜」
ウエスターが業を煮やした。ぐっと右と左の手を合わせてから腕を大きく開く。
「スイッチオーバー! 我が名はウエスター!」
腕を広く左右に広げたウエスターの服がラビリンスのそれに変化する。
しかし四ツ葉町住民の見なれた黒っぽいコスチュームではなく、
新たな力を得た白いコスチュームである。
避難してきた人の間にどよめきが起きた。
「ええい、今度こそ!」
ウエスターは大きくジャンプしたがやはりその身体は弾かれた。
「ちっくしょー! 何で行けないんだよ!」
ばんばんとその場で地団駄を踏む。サウラーはその様子を冷静に観察していた。
「僕たちがメビウス様に仕えていた頃の状態にでもなれれば行けるのかもしれないな」
「そっか、じゃあクラインにデータを書き換えてもらって……って今更無理だろ!」
「その通りさ」
サウラーは諦めたように答えた。ちらりと遊園地の方に目をやる。
――あの女の子があっちに行けたのは……多分……彼女の中に闇に近いものがあるから……
突然足元から突き上げられるような振動が起きた。

「薫お姉さん!」
みのりはぎゅっと薫の脚に抱きつく。薫の左手がみのりの背中に触れ、
「大丈夫よ」と優しく撫でた。

振動はすぐに納まった。だが薫が遊園地の方を見やると、
真っ黒な闇は一層その濃さを増し、邪悪な気配は刻一刻と強くなっていた。
――この状況じゃ、どこに逃げても安全じゃない……?
悪い予感に薫はわずかに唇を震わせた。かつての滅びの主に匹敵するような巨大なものが
この事件には関与しているような気がする。
それだけの気配が遊園地から流れてきているのだ。

子どもの一人がついに我慢しきれなくなったかのように泣き始める。
楽しい休日を過ごしに遊園地に来たはずなのに、現実にはどこまで逃げたとしても
追いかけて来そうな邪悪な闇。
ここにいる多くの人々にとってはどうしようもない状況だ。
これ以上遠くへと逃げる気力をなくした人々の空気が
どんよりと絶望に満ちて行くのも仕方がなかった。

「ちょ、ちょっと君!」
みのり達の近くで、相変わらず結界を破ろうと挑戦しているウエスターに会社員風の
男性、ブンビーが声をかける。
子どもが一人泣いたのをきっかけにしてあちこちですすり泣きが起きている。
「君いい身体してるね、手伝ってくれないか」
「いいですけど、何をです?」
「みなさんに落ち着いてもらいたいんだ。しゃがんでくれ」
「はあ」
ウエスターが素直にしゃがむと、ブンビーは彼の肩の上にまたがった。
「え!?」
「そのまま肩車して立って、みんなのほうを向いてくれ!」
言われたとおりにグルッと後ろを向くと、
「みなさん!」
とブンビーは声を張り上げた。ウエスターに肩車されたブンビーは
遠くからでも良く見える。


「私が、みなさんのリーダーですっ!」
いきなりこんなことを言い出したブンビーに、ええ〜という不満そうな声があちこちから上がる。
「いやその、皆さん、落ち着きましょう! 今遊園地では、恐らくプリキュアが戦っています!
 プリキュアが、絶対この状況を打開してくれます! プリキュアを信じて待ちましょう!」
ブンビーはそう言い終えるとウエスターから降りる。プリキュアという名前には聞き覚えの
ある人たちもいたらしい。主に四つ葉町の人たちだろうか、プリキュアという存在について
周りの人に教えている。
「薫お姉さん、プリキュアって何?」
みのりも薫を見上げた。
「プリキュアって言うのは……」
薫は屈みこんでみのりに視線を合わせると、少し考える。
「伝説の戦士で、……正義の味方よ。きっと咲や舞のことも守ってくれるわ」
「本当?」
「ええ、本当」
「満お姉さんも?」
「ええ……きっと。ね、みのりちゃん……もう少し遠くまで逃げることはできるけど……」
どこへ逃げても逃げ切れないかもしれない。
しかし遊園地からわずかでも離れれば、怖い思いは少しだけしなくていいかもしれない。
薫はそう考えたが、しかしみのりは首を振った。
「ううん、みのり……ここでお姉ちゃん達のこと待つ」
「でも……」
「お姉ちゃんと約束したんだもん。はぐれても絶対遊園地から出ないって。
 だから……『プリキュア』がお姉ちゃん達連れてきてくれるの、ここで待ってる!」
「……そう」
諦めたように薫は立ち上がった。みのりの固く握った手はぶるぶる震えている。
――本当は怖いくせに……、
薫はそう思ってそっとみのりの手を自分の手で包み込んだ。
今の自分がみのりにできるのはそのくらいだ。


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