「ねえラブちゃん、美希ちゃん見なかった?」
「あれ、家にいるんじゃないの?」
「ううん、今行ってみたらいないみたいで……公園に一緒に行こうって
 誘おうと思ったんだけど」
「そっか……、今日は家にいるって言ってたけど」
ラブちゃんは美希ちゃんと同じクラスで、ほとんど毎日一緒に帰ってる。
私は二人の隣のクラスだから、朝は一緒だけど帰りは一緒にならないことも多い。

「じゃあ、あそこ……かな」
ラブちゃんが宙を見上げた。私も頷く。美希ちゃんがいるのは多分あそこだ。
「行ってみよっ」
「うん!」
私とラブちゃんは並んで駆け出した。

美希ちゃんは四つ葉小学校の有名人。私とラブちゃんの幼馴染。
同い年なんだけどすごくお姉さん。大人になったらきっとアイドルになるんだって
噂してる男子もいる。美希ちゃんのお母さんも有名なアイドルだったんだって。

私とラブちゃんは四つ葉町を見下ろせる丘に向かった。ここからは私たちの町が
一目で全部見える。
「……ブッキー」
ぱたぱたと走っていたラブちゃんが私を見た。私はうん、と頷く。
美希ちゃんはやっぱりここにいた。学校の美希ちゃんとは少し違う表情で。

美希ちゃんはいつだってみんなの真ん中で光っている。それは本当に、いつものこと。
美希ちゃんの名前が一条美希から蒼乃美希になるってクラスのみんなに
発表したときもそうだったってラブちゃんが言ってた。
先生だってクラスのみんなだって、それがどういう意味かなんて分かってる。
美希ちゃんがそう発表したとき、どういう風に反応したらいいのか教室の中が
静まり返っちゃったんだって。
先生が何か言おうとしたとき、美希ちゃんが突然、
「じゃ、蒼乃美希になっても完璧な私をよろしく!」
って言ったからみんな一瞬ぽかんとしてそれから大笑いだったみたい。
それからも今までと変わらずに教室では過ごしてるんだって。
それは隣のクラスの私にもなんとなく分かる。
美希ちゃんは今までとずっと同じように過ごしている。学校や教室の中では。

でも――、美希ちゃんが一人でこの丘にいる時はよくあんな表情をしているのに
私もラブちゃんも気がついていた。
最近、美希ちゃんはよくこの丘に一人で来ている。少しさびしそうな顔で。


「ラブ、ブッキー。何してるのよそんなところで」
見つかっちゃった。美希ちゃんの表情はもういつもの美希ちゃんだ。
「美希たん、公園行かない?」
「公園?」
「うん、みんなドッジボールするんだって今日は」
「う〜ん。やめとこっかな。ラブとブッキーは行かないの?」
「ん〜」
ラブちゃんはちょっと考えると、
「今日はこっちのほうが気持ちいいかも」
と草の上に寝転がった。
「美希たんもブッキーも寝てみたら? 空、青いよ」
私と美希ちゃんも寝転がってみた。
「本当、青いね……雲、ちょっとしかない」
「このまま毎日ずっと晴れてそうな気がするね」
美希ちゃんとラブちゃんがそんなことを話してる。

少し前に、お父さんに相談してみたことがあった。
「……ねえ、お父さん?」
「うん? どうしたんだい祈里?」
お父さんは診察室でいろいろな器具を片付けながら私の話を聞いてくれる。
「美希ちゃん、最近元気ないみたいなの」
「美希ちゃんが? そうか……」
お父さんはそんなに意外でもなさそうだった。
「美希ちゃんのお父さんとお母さんとのことがあってから、だと思うんだけど……」
「そんなに元気ないのかい?」
「普段は元気なんだけど、ちょっとした時にすごくさびしそうな顔をしている
 時があるの。美希ちゃんが一人でいる時とか」
「ふうん……」
「どうしたらいいのかなあ……」
「そばにいてあげなさい」
「……え?」
お父さんは今日来たワンちゃん達のカルテを整理して棚の中にしまう。
「そういう時は、美希ちゃんのそばにいてあげてごらん。
 美希ちゃんが何か話したくなったら、いつでも聞いてあげられるように
 耳をすませてるんだよ」
「耳を?」
「そう、耳を。美希ちゃんが祈里に何か話したくなった時に聞いてあげるのが
 一番大事なことだよ」
お父さんが「さあ終わった」と言ったので私はお父さんと一緒に診察室を出た。



「……君たち」
大人の男の人の声がして、私はびっくりして跳ね起きた。美希ちゃんとラブちゃんも
不思議そうな顔で起き上がった。
私たちの後ろにいつの間にか来ていた男の人は、これまでに見たことがなかった。
つばの大きなシルクハットをかぶって、まるでどこかのパーティーに参加するみたいに花を胸につけて、
タキシードみたいな服を着ている。
眼鏡の下の目は良く見えなかったけれど、声は少し怖い感じだった。

「何ですか?」
美希ちゃんが聞き返す。
「この辺りで古い時計がある場所は知らないかね?」
「古い時計? 時計屋さんは……とと、」
答えようとしてラブちゃんが詰まった。四つ葉町商店街には時計屋さんも
あったのだけれど、ちょうどこの前時計屋のおじさんが引っ越してしまったので
お店は閉まったままだ。

「時計だったら、デパートに行けば帰ると思います。電車で5駅くらい先なんですけど」
私がそう答えると、
「やれやれ」
と男の人は肩をすくめた。
「つまらない町だな。肝心なものがない」
「……どういう意味?」
美希ちゃんが突然低い声でそう言ったので私は驚いた。美希ちゃんは大人には
ちゃんと丁寧な言葉を使うし、こんな怒っているみたいな声を聞くのは久しぶりだ。

「言葉どおりの意味だよ。実につまらない町だ。大事なものがないんじゃ、使えないな」
「私の町は完璧よっ!」
美希ちゃんが突然立ち上がって怒鳴ったので私もラブちゃんもびっくりした。
「おやおや」
男の人は怒っている美希ちゃんを見て面白そうな顔をした。見ていたら
だんだん私も腹が立ってきた。
「完璧なんてそんな顔で口にする言葉じゃないね。すべてを自分の思いのままにして、
 それで初めて言うべき言葉だ。『パーフェクト!』……とね」
男の人は何かのお芝居みたいにわざとらしくポーズを決めた。
「まあ子供には分からないか」
男の人はそう言うと長いマントを翻して来たほうに戻っていった。

「嫌なおじさ〜ん。いーだ!」
ラブちゃんが男の人の背中に向けてあっかんべしている。
その横で美希ちゃんはまたどさりと横になって空を見た。

「……ラブ、ブッキー」
ぽつりと美希ちゃんが言葉を口に出す。
「どうしたの、美希たん」
男の人の後ろ姿に向かって延々と変な顔をしていたラブちゃんがまじめな顔をして座った。
「和希どこいったのかなあ……」
「え……美希たん、お母さんから聞いてないの?」
「聞けない」
美希ちゃんはため息をついた。

泣き虫和くんはお父さんと一緒に生活することになったので、
美希ちゃんやお母さんの家からこの前引越ししていった。
大人から聞いた話だけど、美希ちゃんや和くんはお父さんともお母さんとも
自由に会えるって話だった。
だから、美希ちゃんは和希君やお父さんが引っ越していった先について
お母さんからもう聞いて知っているものだと私たちは思っていた。

でも、話はそんなに簡単じゃないみたいだった。
美希ちゃんのお母さんは、美希ちゃんのお父さんの話はしたがらないみたい。
だから、お父さんと和希君がどこに引っ越して言ったか美希ちゃんからは聞きにくいんだって。
それに、美希ちゃんが和希君に会いたいといってもお母さんが
その町まで連れて行ってくれるかどうかも良く分からないって。
向こうの町には美希ちゃんのお父さんもいて、お母さんはお父さんには
会いたくないって思ってるみたいだから、って……。

「たぶん、電車で結構行ったところの町にいるみたいなんだけど。
 一人で行くって言っても、一人で電車にそんなに長い時間乗ったことないし……」
美希ちゃんは学年で一番大人だ。
でもその美希ちゃんでも、まだ一人で電車に乗って遠くの町まで行ったことはない。
私たちはまだ子ども。

「よしっ!」
ラブちゃんがいきなり立ち上がる。
「美希たん、ブッキー! 今から三人でデパートに行こうよ!」
「……え?」
「ラブちゃん、どうして?」
「練習だよ、練習! デパートだったら電車で5駅くらいでしょ?
 子供だけでもちゃんと電車に乗れるってお母さん達に見せようよ!
 そしたら美希たん、一人で和くんのところに会いに行ってもいいって
 言ってもらえるかもしれないもん!」
「え……ラブ?」
美希ちゃんは驚いているみたいだったけど、私は「そうだね!」と立ち上がった。
「美希ちゃん、行ってみよう!」
「え……え、うん」
私とラブちゃんは美希ちゃんを前と後ろから挟んで駅に向かった。


デパートまで行って、帰ってきたら三人ともお母さん達からすごく怒られちゃった。
子供だけで勝手に遠くまで行っちゃいけませんって。

……美希ちゃんが和希君に会いにいけたのは、それから少し経ってからのこと。

-完-

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