「舞ー、手紙よ」
階下からお母さんの声がする。数学の宿題を進めていた舞は「はーい」と
返事をして舞はとんとんと階段を駆け下りた。

「手紙って?」
「来海さんと花咲さんですって」
はい、と手渡された手紙は花柄に彩られたかわいらしいものだった。それを見た
舞の表情が自然に柔らかくなる。
少し固めの封筒の端を切ると、中からは便箋と写真がたくさん出てくる。
「あっ、フェアリーパークの」
便箋に書かれた手紙を読むと、やはりそうだった。
フェアリーパークにみんなが集まった時――それはつぼみやえりかと初めて
会った時だが――に、二人が撮っていた写真を送ってきてくれたらしい。
集合写真を撮った時のことは覚えていたが、こんなところをいつの間に、と思える写真もあった。
咲が大口を開けていてまるでうららを食べそうになっているように見える写真や、
舞の頭の上にポルンとルルンが積み重なって乗っている写真まである。
「舞、見せて」
「うん」
お母さんに言われるままに、舞は見た写真を順番にお母さんに渡していった。
「あらあら」
と写真を見るたびに笑いながら、
「これが花咲さんなの?」
と一枚の写真を舞に見せた。
「ううん、そっちは来海えりかさん。花咲さんは、えーっと……」
二十枚近くある写真の中から舞はつぼみがよく写っている写真を選び出した。
舞やほのか、かれんや祈里と並んでシプレとコフレ、フラッピを抱いて映っている。
「このピンクの髪の」
「ああ、こっちの子なのね。……ん?」
何かに気がついたかのように舞のお母さんはその写真のつぼみを
穴の開くほど見つめだした。
「お母さん、どうかしたの?」
「花咲……花咲さんよね」
「うん、そうだけど?」
「お父さんの名前なんて分からないわよね」
「そこまでは……どうしたの?」
「うーん」
舞のお母さんは写真を持って腕組みをしながらTVの前のソファに腰掛けた。
「花咲先生……似てるんだけど」
「先生? 先生って、お母さんの先生?」
「ううん、私が習ったわけじゃないんだけど研究の時にお世話になった先生なの」
「つぼみさんのお家ってお花屋さんだって聞いてるけど」
「お花屋さんねえ……近いわ」
「近いの!?」
てっきり考古学関係の知り合いだろうと思っていた舞は驚いて目を見開いた。
「うん、植物学の先生だから……私とそんなに変わらない年齢に見えたし、
 舞と同い年の子どもがいてもおかしくはないのよね。
 花咲ってそんなにある苗字じゃないし……」
「美翔ほど珍しくはないと思うけど……」
ぶつぶつと呟いているお母さんの隣に舞はちょこんと腰をかけた。

「植物学の先生にどうしてお母さんがお世話になったの?」
「前、遺跡を発掘してた時にその一箇所から大量に花粉が見つかったことがあったのよ」
「花粉?」
「そう、花粉が沢山……花粉が出てくること自体はそんなに珍しくはないんだけど、
 あんなに沢山っていうのは珍しかったのよね。見たときは驚いたもの」
当時の情景を思い出しているかのように目を閉じた。
「それで、植物学の先生を?」
「そう。いつもお願いしていた先生にまずお願いしたんだけど、大抵そういうところに
 出てくる三種類くらいの花粉とは少し違うという結果だったから、詳しい人を
 探したら鎌倉の方の大学にいる花咲先生を紹介されたのよ」
――そういえばつぼみさんって最近引っ越したはずだけど……
以前住んでいた町は鎌倉だと言っていただろうか。舞はつぼみやえりかから聞いた話を
思い出そうとしたが、記憶は曖昧だった。

「初めて花咲先生の研究室に行ったときは驚いたわね〜。詳しいって言うから
 てっきりかなり年上の人が出てくると思ったのに私と同い年くらいで」
「花咲先生も考古学の鑑定をしている人だったの?」
「ううん、そういう話は初めてだったみたいですごく驚いてたわ。でも、結局
 鑑定してくれて……そうそう、」
お母さんはソファから立ち上がると部屋を出た。舞がしばらく待っていると、
うっすらと埃の被った雑誌を持って帰ってくる。
「これ、その当時の学会誌なんだけど確かこれに論文を発表したのよね……あ、」
目次を見ていたお母さんは目的の論文を見つけるとそのページを開いた。はい、と舞に見せる。
美翔可南子の名前で発表されたその論文をざっと眺めて見ると、
「……鑑定は○○大学の花咲陽一博士に依頼した」という一文が出てきた。

「へえ……」
「その花粉のことがこの論文の一番大きなテーマなのよ」
「え、そうなの?」
「そう」
お母さんは当時のことを思い出したかのように晴れがましそうな照れたような表情を
浮かべた。この論文は業界内でそれなりに話題になったものなのかもしれない――、
「最初は本当にね、花粉を残した花の正確な種類さえ分かればいいと思ってたの。
 それで花咲先生にお願いしたら、きちんと鑑定してくれて……これでOKだと
 思ってたら、しばらくしてからわざわざ連絡してきてくれたのよね」

 * * *

花咲先生の用事ってなんだろうと思いながら美翔可南子は大学の正門をくぐった。
鎌倉にあるこの大学は歴史こそ浅くキャンパスも小さいものの、よく手入れが行き届いていて
道にはゴミもほとんどない。どこかのサークルが配ったらしいチラシが一枚だけ落ちていたが、
そのくらいなら可愛いものだ。

花咲博士のいる理学部の建物の前には大きな温室があり、沢山の植物がその中で育てられている。
可南子が名前を知らないような植物も多かった。中で白衣を着た男子学生が
世話をしている。
「すみませーん」
半開きになっている温室の扉から可南子が声をかけると学生は振り返った。
「花咲先生にお会いしたいんですが」
「あ、今日は研究室の方にいると思いますよ」
「ありがとうございます」
場所分かりますか? と愛想よく聞く学生に大丈夫ですありがとうとお礼を言って、
可南子は理学部の建物内に向った。
最初にここに来た時はちょうど花咲先生が温室の方に出ていてすれ違ってしまい、
会うまでに時間をとったものだが今日はそんなことはなさそうだ。

「こんにちは、失礼します」
研究室の方に入って見ると、花咲先生は机に向って何か調べものをしていたが
入り口を振り返って、あ、もうそんな時間でしたかと声を上げた。
「すみません、こちらに」
と来客用のソファに可南子を案内すると、「今ちょっとみんな出払っていて」と言いながら
あまり慣れていない手つきでお茶を淹れた。

「お呼びたてしてすみません」
「いえ、元々私の研究を手伝ってくださってるんですから……それであの、今日は?」
「実はですね、ええと……この前鑑定した花粉なんですが、あれが採取された
 遺跡の正確な場所ってどちらでしたっけ?」
「あ、ええとですね……」
花咲陽一は可南子の前に少し大きめの地図を出した。
「ああ、ここですね」
遺跡の場所を指差すと、
「うーん、なるほど」
と陽一が呟く。
「この場所がどうかしたんですか?」
「いや、この前鑑定したあの花なんですけどね」
陽一は頭をかいた。
「ちょっと気になったんです。あの花は割と土壌を選ぶ花なので、生息地域が
 限られているんですよ。この辺り、」
陽一は可南子が指差した辺りに円を描いた。
「あの花は生えないはずなんです」
「……そうすると、どこか別の場所から運んできたということになりますか?」
可南子にもようやく陽一の言いたいことが理解できた。
「あ、ただ、この遺跡のあった時代にはこの辺りの土壌の性質が違っていたかもしれません。
 そこまでは僕には分かりかねますが、一応お伝えしておこうと思って」
「ありがとうございます、わざわざすみません」
可南子はぺこりと頭を下げた。この遺跡で見つかった他の出土品も、
この辺りではないほかの地域から運ばれてきた節がある。花も含め、当時この建設の為に
かなり広範囲にわたり協力が要請されたのかもしれない――、そんな仮説が
心の中に浮かぶ。
「いや〜、花のことになるとついつい気になっちゃって。この辺りであんまり見ない花ですしね」
そういって笑う陽一の顔を見ながら、可南子は「花咲先生に相談してみたら」と
言ってくれた人の気持ちが分かった。全く関係ない分野の研究のことでも、
花のこととなればここまで考えてくれる人なのだ。

 * * *

「それで、どうなったの?」
「今度はお父さんに地質学の先生を紹介してもらって、当時のその辺りの土壌の性質について
 推定してもらって。やっぱりその花の生えにくい土壌だということが分かったから、
 どこか別の場所から運んできた物だろうということになったの。この論文もそういう話よ」
「ふうん……」
舞は少し考え直していた。初めは「花咲先生」といったって同名の別人だろうと
思っていたが、それだけ花に熱心だとすると同一人物かもしれない。

「つぼみさんにお礼の電話するから、聞いてみるね」
「もし本当に花咲さんのお父さんだったら、母が感謝してましたって
 伝えておいてくれる?」
「うん!」
舞は写真を集めてとんとんと揃えると、電話機の方に向っていった。
ベルをしばらく鳴らしていると、
「はい、花咲ですが……」
と大人しそうな声がする。
「あの、つぼみさんのお友だちの美翔と申しますが……あっ、つぼみさん? 今写真が届いて、
 ……うん、すごく良く撮れてて本当にありがとう! ……うん、あ、えりかさんも!?
 へえ……」
しばらく話した後、そういえばという調子で舞はその話題を切り出す。
「ところで突然なんだけど、つぼみさんのお父さんって以前どこかの大学で
 植物学の先生だったの?」
「え?」
受話器の向こうのつぼみはきょとんとした声を出した。
「そうですけど、どうかしましたか?」
「うちのお母さんが、昔考古学の研究のことで花咲陽一先生にお世話になったことがあるって……」
「えーっ!?」
つぼみの声は興奮のあまり裏返った。
「花咲陽一ってうちのお父さんの名前です! じゃあ、舞さんのお母さんと会ってたことが
 あるんですね!」
「あ、本当にそうなの? もしかして同姓の別人かもしれないって思ってたんだけど!」
「父に確認してみます! でも、たぶんそうだと思います! また掛け直しますね!」
興奮した状態のままつぼみは電話を切った。すぐに階下の花売り場にいる父のところに向う。
幸いお客さんは誰もいなかった。

「お父さん! 昔、美翔先生って考古学の先生と話したこと……」
「美翔先生?」
陽一は少し考えると、
「ああ、あのおしとやかな感じの」
とすぐに思いだした。おしとやかな感じ、という言葉がつぼみの確信を更に深める。
「美翔先生がどうかしたのかい?」
この前フェアリーパークで会った美翔舞さんのお母さんかもしれないということを伝えると、
つぼみのお父さんもさすがに驚いた。

「あ〜……美翔って珍しい苗字だしそうなんだろうなあきっと……美翔先生は
 さっきも話したけど、髪が長くて上品でおしとやかな感じで」
お父さんの話を聞きながらつぼみはうんうんと頷いた。舞のイメージとも
ぴったり合っている。きっと舞さんはお母さん似なんですね、とつぼみは思った。
「ちょっとそそっかしくて、やって来ると物を壊すことが多くて」
え? とつぼみの思考が止まる。それはどうも、舞さんのイメージには合わない……、
「美翔舞さんもそんな感じなのかい?」
「えーと、半分くらい……」
「じゃあ後の半分はお父さんに似たのかな」
はっはっはっと笑っているお父さんを置いて、つぼみは首を捻り捻り
舞に確認するために電話の方に歩いていった。


-完-

 ←押していただけると嬉しいです。




コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る