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翌日、美希たちは予定通りに夕凪町に向った。電車を何本か乗り継いで、
最後は小さな電車に乗る。交通の便が決して良いとはいえないところが
風光明媚な夕凪町の最大の弱点だと美希たちは思っていた。

駅まで迎えに来てもらって、ラブたち三人は咲と一緒にPANPAKAパンへ。
美希は舞と連れ立って、舞の家に向った。美希にとっては慣れた道だ。
簡単な世間話をしながら、二人は道を進む。
「あ、美希さん」
舞がふと何かに気づいたように足を止めた。
「あの花が……」
舞が指しているのは、一軒の家の庭木だ。この前美希が見たときには
緑の葉しかついていなかったその木が、今は橙色の小さな花を一面につけている。
少し気をつければ香りさえも漂ってきそうだ。
逆にこの前見たときに花を満開に咲かせていた庭木は今すっかり花を散らしていた。
「ここのお家、本当にお花が好きみたいなの。一年通してみていると、色々見ることができて」
「そうね……、」
そういえばこの前来た時そんなことを教えてもらった、と美希は思い出した。
ひとしきり花を見た後、二人はまた連れ立って歩き始めた。
「そういえば、薫さんも今度美希さんをモデルに絵を描いてみたいって」
「え? そうなの?」
「ええ。構わない?」
「構わないわ。……今日は? 今日も来ればいいのに」
美希は不思議そうに後ろを振り返った。
「今日はみのりちゃんがどうしても薫さんのこと離さなくて。
 ラブさんに見せたい物があるからって」
舞は苦笑に似た笑いを浮かべた。へえ、と美希は呟く。薫とみのりの仲がいいのは
話には聞いて知っていたが、いつ考えてみても不思議なコンビだ。

しばらくすると舞の家に着く。「お邪魔します」と美希は家の中に入り――、
一階の光景を見て驚いた。いつも綺麗に片付けられているのだが、
今日は部屋一面に新聞紙が敷き詰められ、その上に白い液体を入れたバケツのような物と
何かの土器のような物が置いてあった。

舞は慌てて「あ、ごめんなさい。今日は私の部屋で」と美希を二階の自分の部屋に連れて行く。
「どうしたの?」
「お母さんが作業中で。石膏を使って土器の複製を作るそうなの」
「へええ〜……」
感心しながら美希は舞の部屋に入った。こちらはいつもと同じように整頓されている。
ベッドの上にある大判の本が目に入った。「西洋美術総覧」とタイトルのついた、カラー刷りの
本だ。サンクルミエール学園の図書館のシールが表紙に貼ってある。

「あ、これこの前の?」
「そうそう。こまちさんが貸してくれて……」
プリキュア一同は二週間ほど前にサンクルミエール学園の図書室を尋ねた。
表向きは、咲とのぞみが勉強するため。
実際には二人とも勉強を始めてすぐに熟睡してしまったので、その目的はあまり
果たせなかったが。
図書委員のこまちに特別に許可を貰って、舞はこの本を借り出してきたのだ。
「もうすぐ期限だから、返しにいくつもりなの。こまちさんは郵送でいいって
 言ってくれてるんだけど……咲たちと一緒に行こうって」
本当はもうちょっと見ていたいんだけど、と言って舞は笑いながらスケッチブックと
鉛筆を支度する。
美希はぱらぱらと本をめくってみる。古代の壁画から現代美術まで載っているようだったが、
中でもページ数が割かれているのはルネサンスを中心とした時代の絵画だ。
ある絵が美希の目に止まった。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」――、
15世紀のフィレンツェ派の画家ボッティチェリの代表作であり……美の女神である
ヴィーナスのもつ永遠の美を描いた云々、という解説がついている。

――永遠の美、ね……。
仰々しいフレーズだが今の美希には引っ掛かる。舞はというとすっかり準備が
できて、美希のことを待っている状態だ。
いつも美希が適当にポーズをとってそれを舞がスケッチすることになっている。

「この人――人じゃないか――生まれた時から大人なのね」
 ん? と舞は美希の見ている本を覗き込んだ。
「そうね……言われてみれば、確かに」
「このまま年はとらないのかな」
「良く知らないけど……美の女神様だし、生まれた時から一番美しい姿で
 そのまま変わらないんじゃないかしら」
「一番美しい姿、ね」
 私はもう、通り過ぎちゃったかな。美希が呟いた言葉が舞には聞こえた気がしたが、
聞き返すよりも早く美希は目を閉じてこの前の撮影の時のポーズをとる。
「これでいい?」
「ええ」
舞の声が小さくなった。もう集中し始めているのだと美希には分かった。


「おい、こっちの道であってるんだろうな?」
「僕は知らないよ。運転は君の仕事じゃないか」
その頃。四つ葉町から夕凪町に向けてひた走る一台の軽トラックがあった。
ハンドルを握るのは西隼人ことウエスター。助手席に座るのは南瞬ことサウラーである。

「今度はどんな作戦なのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」
「んー、まあ、喜んでもらえると思うよ。キュアベリーにはね」
「なにいっ!?」
西が急にブレーキを踏んだので南はそのまま前につんのめりそうになりながら
ぐっと身体を元に戻す。

「お前、不幸を集めようっていうのに喜ばせてどうするんだよ!」
「それは心配するなウエスター。プリキュアがいなくなれば町の住民から
 いくらでも不幸をかき集められるさ」
「住人から……?」
後ろの車からクラクションを鳴らされ、西は再び軽トラックを発進させた。
「どういう意味だ」
「プリキュアを排除すればいいってことさ。とにかく早くプリキュアのところに連れて行ってくれ」
「だが、こっちには別のプリキュアもいるぞ」
「知ってるさ。この前横浜に現れたプリキュアだろう? あいつらの弱点は分かってる。
 大した脅威にはならない」
南はシートにもたれると目を閉じる。西はぶつぶつ言いながらもアクセルを踏み込み、
夕凪町を目指した。


――本当に集中してるのね……
美希はつくづく、舞の集中力に感心した。絵を描いている時はいつでも、深い集中に
入った舞は多少美希が声をかけても気づくことはない。
最初は驚いたが今は美希もだいぶ慣れている。
階下の方から物音が聞こえてきても……、物音? と美希は不思議に思った。
風の音ではない、何かがいるような音だ。

――ど、泥棒……?
どうしようと美希は焦った。警察を呼ぼうかと携帯に手を伸ばしかけるが、
――で、でも一応泥棒かどうか確認しなくちゃ……猫だったりしたら困るし……
と思い直す。
ちっとも物音に気づいていない舞を残して、美希は舞の部屋のドアを開けて
下の様子を窺おうとして、……良く知った顔をそこに見た。

「ちょ、ちょっとあなた!? 人の家に入って何してるのよ!?」
「鍵を開けておくのは無用心だと思うよ。いくらこの辺が田舎でも。
 おかげでいい材料も見つかった」
美希に見咎められたサウラーは平然と答える。
「材料!? なんのことよ!?」
「こいつのことさ」
くいっと後ろを指差すサウラーの背後には、バケツに筒がついたような形の
真っ白なナケワメーケが控えている。
「やれ、ナケワメーケ!」
「ナケワメーケ、カタ、カタ!」
石膏ナケワメーケは白い筒状の腕を美希に向けた。はっと美希がよけるも、
腕から放たれた白い液体の一部は美希の左腕にかかり、その手の動きを止めた。

――固まった……?
「面白いナケワメーケだろう? 君を永遠に美しく固めてあげるよ」
サウラーが余裕綽々といった様子で階段を上がってくる。美希は舞の部屋のドアを閉めると、
――とにかく、舞を逃がす!
リンクルンを右手に構え変身し、まだ絵を描いている舞を右腕に抱きかかえると窓に
向って走りより、大きく開いた窓から外に飛び出した。

「えええ、キュアベリー!?」
こうなると流石に舞も事態に気づく。
「ラビリンスが来たわ。私が食い止める! 逃げて!」
道路に降り立ったベリーは舞を路上に下ろすときっと美翔家を見た。
二人が飛び出してきたのと同じ窓からサウラーとナケワメーケが飛び出してくる。
ベリーの左腕は肘から下の部分がまだ石膏に固められたまま、自由に動かすことが
できないでいた。

「まとめて片付けろ! ナケワメーケ!」
「させないっ!」
ナケワメーケの主砲が舞とベリーに向いた。キュアベリーは咄嗟に腕を大きく開いて
ナケワメーケの前に立ちはだかった。
「カタ、カタ!」
思わず目を閉じてしまった舞が目を開けると、そこには真っ白に固まったキュアベリーの
姿があった。
「キュアベリー、美しいよ君は。その姿はきっとずっと語り伝えられるさ」
舞は思わずベリーに縋ろうとしたが今のベリーからは冷たい石膏像の手触りしか
感じられない。


「プリプ〜!」
咲の部屋に居たシフォンが突然泣き始めた。
「ど、どないしたんやシフォン!?」
「どうしたムプ?」
タルトやムープ、フープが慌てて集まってくる。ラブも駆け寄るとシフォンをきゅっと
抱きしめた。
さっきまで居たみのりがちょうど友達に誘われて出かけていて幸運だった。

「ラブ、あれ!」
せつながクローバーボックスを指差す。
箱の上にかすかに浮かんでいた影のような物がしだいにはっきりとした形をとり、
「……キュアベリー!?」
石膏に固められたベリーの姿、それにサウラーとナケワメーケが浮かび上がった。

「み、美希ちゃん綺麗……」
白一色に染め上げられることにより整った美希のプロポーションが強調されている……、
「って、感心してる場合じゃないよ! 早く行こう!」
ラブの声で咲と満、薫、それに祈里とせつなが弾かれたように立ち上がった。
「たぶん、舞の家の近くだと思う! こっちだよ!」
咲が先頭に立って六人は道をひた走る。


「さて、次のプリキュアだな……」
キュアベリーの姿を満足したように眺めていたサウラーはそう呟くとその場から
立ち去ろうとする。
だが背後からマントをつかまれて驚いたように立ち止まり振り返った。
「美希さんを、元に戻して!」
舞は震えながら、それでもしっかりとサウラーのマントを掴んでいる。
「嫌だね。彼女もそれを望んじゃいないさ。ずっと老いることもない今の姿のままの方が
 彼女にとってもいいはずだ」
「そんなことない!」
「君は確か、きれいなものを絵に描くのが好きなんだろ? こんなことをしてる場合じゃない、
 彼女を描いたらどうなんだ」
紫の瞳がきっとサウラーを睨みつける。
「私が描きたいのは時間の止まった美希さんじゃないわ!
 これからも、ずっと変わり続ける美希さんを見たいから!」
「嫌だね。諦めろ。……君は一人じゃプリキュアに変身することだって
 できないんだろ?」
ばさりとマントを翻してサウラーは舞を突き飛ばす。
「待ち……なさ……」
ん、とサウラーは振り返った。聞こえてくる声は舞のものではない。
「美希さん?」
石膏像と化したキュアベリーの姿がかたかたと揺れた。

「待ちなさいっ!」
刺すような怒鳴り声と共にベリーを覆っていた石膏が砕け散る。
「貴様……」
サウラーは睨みつけるベリーの姿に息を飲んだ。ベリーの身体にはそこかしこに石膏の破片が残りお世辞にも綺麗とはいえない。
「なぜそんなことをした?」
「決まってるじゃない、友達を守れないあたしなんかちっとも完璧じゃないからよ!」
小さく舌打ちするとサウラーは「ナケワメーケ、やれ!」と短く命じる。
「美希たん!」
その声にサウラーがぱっと後ろを向くと、ピーチにパインにパッション、それに咲と満、薫が
もうそこまで迫っていた。

「ナケワメーケ、後は任せた!」
多勢に無勢。石膏ナケワメーケを後に残してサウラーはその場を離脱する。
「カタ、カタ!」
主に捨てられたナケワメーケはベリーに迫るも、その姿は一瞬にして
ベリースティックの露と消えた。


舞が美希のスケッチを完成させたのはそれからしばらく後のことだ。
咲の部屋までスケッチブックを持って行き、みんなの前で改めて
「美希さんスケッチすると、こんな風になって」
と見せる。

「わあ……」
舞の絵を初めて見るラブとせつな、祈里は口をぽっかりと開けてその絵に見入った。

「何かこの絵の美希たん美人!」
「うん、ちょっと憂いがある感じ?」
「こんな表情することあるのね、美希」
きゃあきゃあと嬉しそうに舞の絵を見ている三人のそばで、
美希は祈里の膝の上に乗ったコロネを撫でていた。

「みんなー、ジュース持って来たよー!」
咲がお盆に八人分のジュースを持ってきたので、舞と満、薫が手分けしてそれを配る。
舞は美希にオレンジジュースを手渡した。

「……通り過ぎてなんていないと思うわ、美希さん」
「え……?」
美希が聞き返すも、舞はくすりと笑うとそのまま自分のジュースを取りに
咲のところへ戻る。
手が止まった美希を催促するようにコロネが一つ鳴いた。


-完-

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