次へ

「う〜ん、美希ちゃん、やっぱりちょっと違うんだなあ」
ファインダーを覗いていたカメラマンが美希のポーズを見て
首を捻る。
「もっとこう、はしゃいだ感じに……右手、頭の上に挙げてみて」
「こ、こうですか?」
「坂田、美希ちゃんの顔もっと明るく。そうそう」
カメラマンはファインダーを見ながらレフ板を持つ助手に指示を出す。
美希の顔が光を受けて画面の中で明るく輝いた。

「はい、じゃあ行きまーす!」
立て続けにシャッターが切られる。美希は何度もフラッシュを浴びた。
すっかり慣れた景色だ。
「じゃあ次、ちょっとポーズ変えようか。元気な感じがいいんだけどな」
「はい!」
美希はいくつかポーズを取ってみる。


「お疲れさまでしたー」
撮影終了。予定より少し時間がかかった。衣装から私服に着替えた美希が
スタッフに挨拶をして帰ろうとすると、「こっちこっち」と写真の様子を見ていた
カメラマンに手招きされる。

「どうかしました?」
「うん、これいい写真だから美希ちゃんにあげるよ」
ノートパソコンには美希の写真が大きく表示されている。カメラマンはそのファイルを
メモリーカードにコピーするとはい、と美希に渡した。
「いいんですか? ありがとうございます。」
「うん、いいのいいの。雑誌には載せられないし、勿体無いからね」
「え? ……どういうことですか?」
美希の顔に影が落ちる。「載せられない」とは不思議な話だ。
写真のできが悪いならともかくも、写真自体は良いのだから。

「うーん、やっぱりちょっと大人っぽ過ぎるんだよね、美希ちゃん。
 この写真なら高校生で通るよ。下手すると大学生かも。
 小学生向けの雑誌だと、モデルは大人っぽいお姉さんがいいんだけど、
 あんまり小学生から離れすぎちゃっても駄目なんだよね」
カメラマンはボールペンの尻で画面の美希の顔をなぞる。
画像の中の美希は涼しげな視線をこちらに向けて送っている。――確かに、女子大生
といっても信じる人はいるかもしれない。

「そうですか……」
美希は少しがっかりしながら答えた。そういうことなら仕方がない。
「美希ちゃん、そろそろこの雑誌は卒業かもね」
「え」
寝耳に水、といった表情で美希が固まる。
「ほら、大人の魅力って奴? 美希ちゃん最近出てきたからさあ」
「そうですか?」
軽い口調のカメラマンの言葉に笑い声を立ててから、美希は失礼しますと
スタジオを出る。


「『卒業』、かあ……」
美希の右手に提げたバッグには今日撮影のあった雑誌のバックナンバー。
お洒落な小学生の女の子が好んで読むファッション雑誌で、美希も
昔は夢中になって読んだものだ。
美希が読者モデルとして登録しているファッション誌と同じ出版社が
出しているという縁で、今までにも何度か出してもらっている。
たまに小学生の女の子からファンレターらしきものも届くことがあって、
楽しい仕事だった。

「もう、この仕事はこないのかな……」
モデルの選定をするのは編集部だ。今日、カメラマンに言われたことで「卒業」が
決まったわけではない。
だが、美希がそろそろこの雑誌に向かなくなってきているというのは
恐らく事実なのだろう。
この雑誌の仕事は良くてあと1、2回しかできないかもしれない。
似合わないため息を一つついて、美希はクローバータウンストリートに戻った。
ビルの陰から南瞬ことサウラーがじっと美希の様子を見ていたのにも気づかずに。

美希が戻ってみると、今日もラブたちは公園に居た。といっても、ミユキさんのレッスンではなく、
カオルちゃんの店の前に集まって何か話している。
「あー、美希たん! 撮影終ったの?」
風に吹かれながら近づいてくる美希を、ラブが目ざとく見つけた。
美希は小走りに、一同が座っているテーブルに近づき、開いている椅子に座る。

「やっぱりこれがいいと思う? 咲たちへのおみやげ」
ラブはカオルちゃんのドーナツのメニュー一覧――簡単に手書きしたもの――を
開いていて、座った美希にもそれを見せた。

「うーん、やっぱりイチオシはこれやで!」
タルトが推しているのは最近新しく売り出した味のドーナツだ。
タルトいわく、「若くてきれいなお姉さんに大人気なんやで」ということらしい。

「えー。やっぱりオーソドックスなこっちだよ」
「いやいや、こっちやで!」
「あのね、ラブ、タルト。両方持っていけばいいんじゃないの?」
見かねて美希が口をはさむと、違う違うと祈里が手を振った。

「一応、全種類2つずつ持っていくことにはなってるの」
「え? だったらそれでいいじゃない」
「2つずつだと、合計10でしょう? 私たち4人と、夕凪町の4人。それにシフォンとタルト。
 向こうの精霊たちはこういうものは食べないらしいから、それでちょうどなんだけど……」
「だったらなおさら、それでいいじゃない」
せつなの言葉に美希は不思議そうに問い返す。せつなはラブとタルトを横目で見ながら
苦笑いを浮かべた。

「一人一個じゃ寂しいから、もう少し持っていこうってことになって。
 じゃあ一番おいしいのをたくさん持っていこうってことになったんだけど、
 どれにするかで話が決まってないのよ」
「ふうん……」
美希はちらっとラブとタルトを見た。どちらも一歩も退きそうにない。

「せつなは何が一番好きなの?」
「え?」
突然話を振られてせつなは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに「これ」と、
第3のドーナツを指差した。

「じゃ、決まりね。明日はこれをたくさん買っていきましょ」
「えー!」
ラブの大声が美希とせつなの間に割り込んだ。
「ちょっと、美希たん!? なんでここでせつなの選んだクッキーなの!?」
「せやで! なんでパッションはんなんや!?」
タルトも美希に飛び掛らんばかりの勢いで抗議する。
が、美希は冷静にその言葉を受け流した。

「二人で決めようとしても決まらないんでしょ。
 カオルちゃんのドーナツはどれもおいしいんだし……、だったらせつなに
 選んでもらえばいいかなって」
「ええ〜」
ラブはちょっと残念そうな表情を浮かべたが、せつなの選んだドーナツを見て
「あ、でもこれなら」と気を取りなおす。
「咲たち喜んでくれるかなあ」
「ん〜、まあこれなら、喜んでくれるやろうな」
せつなの選んだクッキーはタルトとしても妥協の範囲内だったらしい。
「じゃあお土産はこれで決まりっと! 夕凪町、久しぶりだな〜」
ラブはすっかり夕凪町に行っている気分になっているかのように
目を閉じてうっとりとする。
「きっと、今は紅葉が綺麗ね」
祈里の言葉に「プリプ〜!」とシフォンが嬉しそうにはしゃいでいる。
「シフォンちゃん、いっしょに紅葉見に行こうね」
「もみじもみじ〜!」
シフォンはテーブルに落ちている葉っぱを拾うと振り回して浮かび上がった。


夕凪町には咲と舞、満と薫が住んでいる。ラブたち三人が横浜のダンス大会に出場した時に
出会った、プリキュアの先輩だ。その後もみんなで集まったりしているが、
今回はラブたち四人だけで夕凪町に行ってみようということになっていた。
四人の中で、美希だけは独りで何度か夕凪町を訪ねたことがある。

訪問の理由は、舞に会うためだ。絵を描くのが好きな舞のために
美希は何度かモデルになっている。
とはいえ公園などの場所でモデルになるのは少し恥ずかしいので、
舞の家に行ってモデルになるのが通例だった。

明日も美希は舞のモデルになる約束をしている。ラブたちはそれを聞いて、
「だったら私たちも久しぶりに夕凪町に行きたい!」と言い出したのだ。
明日は美希が舞のモデルになっている間はラブたちは咲たちとまったりトーク。
舞が絵を描き終えたら合流して一緒に夕凪町の散策でも、ということになっている。
海あり山ありの夕凪町は、ラブたちからするとそれだけで魅力的な町だ。


明日の待ち合わせ時間を決めて、ラブたち四人はそれぞれに家路についた。
せつなとラブ、タルトとシフォンが桃園家に入った後祈里と美希は二人きりで
もう少し歩く。
「美希ちゃん、舞ちゃんに描いてもらった絵ってもう何枚になるの?」
「そうね……5、6枚かしら」
「絵は舞ちゃんが持ってるの?」
「うん、そう」
「じゃあ明日、見せてもらおうっと」
祈里は楽しそうに、スキップするかのように飛び跳ねた。

「絵の中の美希ちゃん、きっと大人っぽいんだろうね」
「え? どうして、そう思うの?」
「絵って写真より、大人っぽくなるイメージがない?」
「そう……かしら」
「そうそう。舞ちゃんも前、美希ちゃんのことお姉さんみたいって言ってたし」
「そうなんだ」
美希の声が若干沈んだのに祈里は敏感に気づき、「美希ちゃん?」
と下から美希の顔を覗き込んだ。

「どうかした?」
「ううん、どうもしてない」
美希は慌てて手を振ってごまかす。その手は白魚のようにひらひらと宙を待った。
「そう? じゃあ、また明日ね」
いつの間にか動物病院前に着いていた。祈里が病院に入るのを見届けてから
美希も美容院へと足を向け、吸い込まれるようにしてその中に入る。
もう美容院は閉店していて、母も家の奥にいるようだ。

美希が奥に入ると、母の陽気な笑い声が聞こえてきた。友達が来ているらしい。
「ただいま」と声だけかけて、美希はまず自室に戻る。
ベッドの上にやや乱暴に鞄を投げ出し、美希は鏡台の前に座って自分の顔を眺める。

――大人っぽい、かあ……
祈里が誉め言葉として言ってくれたのは分かる。
普段だったら、言われても構わない――むしろ嬉しい言葉だ。
だが今日だけは、言われてもあまり嬉しくなかった。

鏡の中の自分に営業スマイルでウインクしてみる。自分でしていても
いかにも嘘っぽい。

「そうそう、あの頃マミちゃんったら3つもサバ読んでたのよね〜」
無性に明るい母の声が下から聞こえてくる。アイドル時代の友達らしい。
そうそう、それで週刊誌に書かれちゃってという笑い声がした。
――そういえば、昔……

まだ美希が小さかった頃、母が話してくれたことがある。
母がアイドルをやめた直接の理由は「大人になり過ぎたからだ」と。冗談めかして
言っていたからどこまで本当なのかは分からない。
だが今の美希にはいかにもありそうなことのように思えた。

――次の仕事が早く来るといいけど。
美希は前向きに考えようとしてベッドに寝転がる。そのまますぐに眠りに落ちてしまった。

次へ

コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る