東堂大学の女子寮は一階の食堂などの共有スペースの他に、各自の部屋でも
簡単な食事をつくることができる。今日はかれんが家から送られてきた
食材を使ってこまちに夕食を作っていた。

「どうかしら、こまち。少し味が濃いような気もするのだけれど……」
かれんはあまり料理をしないのでできについては自信がない。
こまちは一口つついて食べると、
「大丈夫よ、かれん。とってもおいしいわ」
とにっこり笑って答える。かれんはやっと強張っていた表情を緩めると、
「良かったわ、口に合って。少し味が濃すぎるかと思っていたけど」
「ご飯と一緒に食べるとちょうどいいわ」
「あ、そうね。なるほど」
自分の箸を手に取ると、かれんも料理を口に運び始めた。
「かれん、そういえば今日の授業はどうだったの? 何だか難しい
 課題が出たって言ってたじゃない」
「あ、あれは何とかなったわ。先生が出した問題の意味を取り違えて解釈してたから、
 難しくなってただけだったの」
そんな他愛のない会話をしながら、二人の食事は進む。話題は取り留めもなく
変わっていき、

「そういえば、ねえかれん」
こまちがこんなことを言い出した。
「食事に毒を入れる時って、味が濃いものの方がいいんですって。
 気づかれにくいから」
ぶっ、とかれんは飲みかけていた麦茶をコップに出してしまう。
「ここここまちっ!? 何言ってるの!?」
「どうしたのかれんそんなに慌てて……」
「ど、毒なんてこの料理に入ってないわよ!」
「ああ」
こまちは了解したように笑った。
「別にかれんの料理が濃い味付けだから言ってるんじゃなくて、
 今日読んだ本にそう書いてあったの」
「ああ……なんだ……」
かれんは疲れて立ち上がると、自分の席の背後にある流しで
コップを洗うともう一度麦茶を入れて席に着く。
「少しはTPOをわきまえてよ。今食事中なんだから」
「あら、ごめんなさい」
かれんの抗議が応えているのか応えていないのかよく分からない顔で
こまちは謝ると、
「でもね、かれん。名探偵はどんな些細なことからでも犯罪の匂いを嗅ぎつける
 ものなのよ」
また始まった、とかれんは思う。英文学科に進学したこまちが今凝っているのは
したいのはアーサー・コナン・ドイルの書いたシャーロック・ホームズものであり、
最近はよく原作や関連する文献を原文で読んでいる。
それ自体はよいことだが、話が何かというとサスペンス方面に
転がっていきがちなのはかれんにとっては少し困る状態である。

「たとえば、そこに紐が落ちていたなら当然それによって陰惨な犯罪が
 遂行されたと見なければならないわ」
「ふうん……」
気のない返事をしながら、次に料理を作るときは薄味にしようと
かれんは決心していた。

 * * *

東堂大学の女子寮には現在十七人の学生たちが暮らしている。今年は四年生が
いないので三年生のかれんが寮長をつとめている。寮長だからと言って
取り立てて大変な仕事があるわけではない。大きな問題を起こす学生もいない。
ただ、時折ちょっとした相談に乗ることはある。

ある日の昼、たまたま同じ時間に授業がなかったかれんとこまちが部屋で
のんびりとしていると――文学部のこまちと医学部のかれんのスケジュールがこんな風に
合うのは珍しい――躊躇いがちにノックの音がした。
「はい」「どうぞ」
かれんとこまちが同時に答えると、ゆっくりとドアが開く。
ドアの前には蒼乃美希が立っていた。
「美希さん」
「どうしたの、美希」
いつになく深刻そうな表情の美希を見てこまちとかれんも真面目な顔になると、
「あの……、ちょっと相談したいことがあるんですけどいいですか」
と言う美希を「もちろん」と部屋の中に迎え入れる。普段は二人で向かい合って使う
テーブルの片側に美希を座らせ、反対側にかれんが座る。
「じゃあ、私は」
気をきかせてこまちが部屋を出ようとすると、
「あ、あの。できればこまちさんにも聞いてもらいたいんですけど……」
と美希がおずおずと声をかける。
「そう? だったら」
こまちは自分の部屋から小さい椅子を持ってくるとかれんの椅子の隣に並べ、
かれんと二人で美希に向き合うように座った。
とにかくこれで、準備はOKである。

蒼乃美希はこまちとかれんの一学年下で、学業の傍らモデルのバイトもしている。
中学生の時からモデルをしていることもあって、読者モデルの世界では
もうかなり有名だそうだ。
そういうこともあってか、普段の美希の態度は自信に満ち溢れている様に見える。
だが、今の美希が不安を抱えていることは誰の目にも明らかだった。
こまちよりも更に背の高い美希が、今は少し小さく見える。
こまちは立ち上がって紅茶を淹れながら、「それで?」と相談を促すかれんに答える
美希の言葉に耳を傾けた。

「あの、ブッキーのことなんですけど」
「ブッキー? 彼女がどうかしたの?」
かれんとこまちが同室であるように、美希は山吹祈里――通称ブッキーと同室である。
彼女たち二人に桃園ラブ、東せつなを加えた三人は昔からの友達で
四人一緒に入寮してきた。それで美希と祈里、ラブとせつながそれぞれ
同じ部屋に入っている。
「最近何か……様子がおかしくありませんか?」
「え?」
祈里は獣医学科専攻だが、医学部とは建物が近くかれんとは授業の前後に
一緒になることも多い。
かれんはここ数日の祈里の様子を思い出してみたが、
「特に変わったところはないと思うけど……」
と率直に答える。
「そうですか……」
「美希さんには、祈里さんが最近少しおかしいように見えるの?」
こまちが紅茶を淹れたティーカップをそれぞれの前に並べる。
「ええ。そうなんです」
「具体的にはどんなこと?」
「……その、」
美希は言いよどんだが、思い切って口を開いた。
「最近、部屋に入れてくれないんです」
「……え?」
かれんとこまちは思わずぽかんと口を開けた。

「え? じゃあ、普段美希さんはどこで寝てるの?」
「違いますよ、部屋全体に入れてくれないわけじゃなくて」
誤解されていると思った美希が慌てて訂正する。
「寝室の方に入れてくれないんです」
前述のとおり、寮は二人一組で同室になるのが基本だ。廊下から部屋に入ると
二人の共有の部屋――かれんやこまちの場合、一緒に食事をとったり
下級生の相談を受けたりする部屋だ――に入るが、
その部屋の左右には寝室につながるドアが一つずつついている。
かれんとこまちの場合、廊下から見て右側の寝室がかれん、左側の寝室が
こまちの部屋だ。
寮生は二人一組で同室と言っても、寝るときなどは
最低限のプライバシーが保てるようになっているのである。

寝室につながるドアには鍵がかけられるようになっているが、
よほどの時でも鍵はかけない寮生が多い。同室になる寮生同士は
仲の良いパターンが多いので、お互いの寝室に自由に出入りできる
状態を選ぶことが多い。「ドアが完全に閉まっている時は入らないようにする」
といったルールを作っている場合もあるが、それはそれぞれの判断だ。

「入れてくれないって、鍵をかけてでもいるの?」
「ええ……寝るときはもちろん、ちょっと寝室に物を取りに行くときなんかでも
 鍵の開け閉めをしているんです。ドアも最低限しか開けないように
 しているみたいだし……」
こまちとかれんは顔を見合わせた。確かにおかしな状態だ。
「ブッキーはそのことについて何か言っているの?」
今度はかれんが尋ねると、美希は首を振った。
「何も言わないんです。そうするのが当然、みたいな雰囲気で」
「その他にブッキーの様子がおかしい点はないの? よそよそしいとか。
 たとえば、部屋の外で話したりしている時はどうなの?」
「それ以外に関しては特に、変化はないんです。ラブやせつなに聞いても、
 思い当たることは何もないみたいで」
「そう……どうしたのかしら」
かれんが首を傾げていたがこまちはそんなのんきなことをしている
場合ではないとでも言いたげに真剣な表情になると、

「これは由々しき問題よ、美希さん。放っておいたら大変なことになるわ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
「ええ……。理由もなく寝室に入れないというのは一つのサインの場合が多いの」
「サイン……ですか?」
「私たちが一年生で入寮したばかりの頃、四年生でやっぱりこの寮に
 入っている人たちがいたのね。すごく仲良かったんだけど、一人が
 もう一人に対してちょっと無神経なところがあったの。
 四年も一緒に暮らしてたんだから二人の中で何となくペースはできてたと
 思うんだけど、とうとう我慢できなくなったみたいで
 私たちが入寮してすぐの頃、自分の寝室に相手を入れなくなっちゃったのよね」
「あのね、こまち」
かれんがこまちを止めようとしたが美希は「それでどうなったんですか?」と
興味を持ったらしかったのでこまちは続けた。
「すごく仲は良かったのよ? その二人は。でも、結局うまくいかなかったみたいで
 卒業前に寮を出て一人暮らしになっちゃったのね。それからはほとんど、
 友達づきあいもしていないみたい」
「えっ……そんな……」
自分たちのことを予言されたかのように美希の顔から血の気が引いた。

「今の話、気にしないでいいから」
かれんは美希にそう言って落ち着かせてからきっとこまちを見る。
「こまち、よけいに心配させてどうするのよ。その時の二人は、男の人を巡って
 何か大変なことになってたそうじゃない。当時の私たちが知らなかっただけで。
 美希とブッキーには、そんなドロドロしたことはないんだから」
「本当にないの? 知らないうちに祈里さんを傷つけるようなことをしていたとか」
真顔でこまちは美希を見た。

「ない……と思います……」
消え入りそうな声で美希が答える。ないつもりだが、絶対にないとは
言いきれない。
「祈里さんがそういうことをし始めたきっかけは?」
「特に思い当たらないんですけど……」
「本当に? そうなったのはいつからなの?」
「春ごろからです」
「その時何か変わったことは?」
「ないと思うんですけど……」
「美希さん、良く考えて。それが一番大事なことよ。
 すぐに答えなくていいから、祈里さんが何を思ってそんなことをするようになったのか、
 そのきっかけは何なのか。祈里さんがそういう行動をとり始めた時期の
 出来事にそのヒントがあるはずだわ」
まあ紅茶でも飲みながら。と勧められて美希はかなり冷めてきた
紅茶を飲んでその頃のことを思い出そうと頑張る。

かれんは呆気にとられてこまちを見ていた。美希をからかっているのかと
思っていたが、今こまちの言っていることは正論だ。
――ちゃんと真面目に美希さんのことを考えていたのね。
親友が後輩のことをきちんと考えていたことに感心しながら、
かれんは美希が何かを思い出すのを待った。

「……そういえば……」
美希がようやく何かを思い出したのはお茶うけに出したクッキーを一缶
食べ終わろうかという頃だった。
「確か海に行った日に、初めてブッキーが鍵をかけていたような気がします」
「海に? 行っていたの?」
「私、春休みに合宿で免許取ったから嬉しくて……、」
かれんの質問に美希が答える。そういえば免許合宿の話は聞いたことがある、と
かれんは思った。
「レンタカー借りて、ブッキーと一緒に海に行ってみたことがあるんです。
 確かその日、帰ってきてから部屋に鍵をかけてて、それが初めてだったと思います」
「その日、海では何をしたの?」
「水着とか、いろいろ持って行ったんですけど結局何もしないで、海岸に座って
 おしゃべりして帰ってきました」
「水着って、泳ぐつもりだったの?」
かれんが首を傾げる。この辺りの海開きは七月だ。春に行ったのでは
早すぎることくらい美希だって分かっているだろうと
不思議そうな表情を浮かべると、
「泳げると思ってたわけじゃないんですけど、
 でももし泳げることになったら勿体ないから持っていこうと思って。
 浮き輪とか、ライフジャケットとかいろいろ持って行ったんです」

そこまで色々持っていくのは浮かれ過ぎだろう。かれんはそう思ったが、
本題ではないところのようなのでそこには触れないことにする。

「その時何かしたんじゃない? 運転が乱暴だったとか」
こまちが尋ねると、美希は「そんなことないと思いますけど……」
と自信がなさそうに首を横に振った。
「海から帰るときは普通の様子だったの?」
こくんと美希が頷く。こまちは「うーん」と唸った。
「よく分からないわね。その時祈里さんに何があったのか……」
「ここは直接本人に聞いてみるのがいいんじゃない? 美希さんが聞きにくいなら
 私たちから」
かれんがそう提案すると美希はほっとしたような表情を浮かべる。
元々、そういう展開になることを期待してここに相談にきたのである。
自分からは聞けないからかれんやこまちから聞いてみてもらえないだろうか、と。
中々言い出せずにいたのだが、かれんから言ってもらえて助かったと美希は思っていた。

だが、
「だめよ、かれん。そんな安直なことじゃ」
「安直って……、一番確実じゃない」
「それじゃだめよ。やっぱり周りから証拠を固めていかないと。
 本人に聞くのは最後でしょう?」
「え? そうなの?」
「そうよ」
こまちはそう断言すると改めて美希を見る。
「ねえ、美希さん。良かったらちょっと部屋を見せてもらえないかしら」
「部屋ですか?」
「ええ。現場を見ることで分かることもあるから」
現場って、とかれんは思った。まるで何かの事件でも
起きているかのようだ。

「祈里さんは今は?」
「授業中なのでいません」
「ちょうどいいわね。ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
こまちが再度押すと、「ええ」と美希は答えて立ち上がる。
「あのね、美希。嫌だったらはっきりと断っていいのよ」
かれんが気になってそう言うと「いえ、」と美希は答え、
「私が分からないことでも別の人の目で見てもらえたら分かるかもしれないので」
ときっぱりと告げる。美希としては、今の訳のわからない状態から抜け出せるなら
大抵のことはするつもりでいるらしかった。

「そうね、じゃあ行きましょうか」
こまちが立ち上がり、三人のカップを流しに運んだ。


美希と祈里の部屋は一階にある。部屋の構造はどの部屋でも一緒だが、
カーテンの柄や小物などで部屋に入った印象はだいぶ変わる。
祈里の趣味なのか、美希と祈里が共有で使うスペースには動物グッズが多い。
入って左手が美希の部屋、右手が祈里の部屋だ。当然今は、祈里の部屋のドアは
固く閉ざされている。

こまちはきょろきょろと辺りを見回し、美希の部屋との間を隔てる壁の上の方を
見てはっと視線を止めた。
「これは……!」
こまちが目を止めたのは換気口らしき穴だ。美希の部屋と共有の部屋を
直接つないでいる。
「これは、どうしたの!? 最近この穴開けたんじゃない!? 祈里さんが!」
「……私たちがこの部屋に入った時から開いてましたけど……」
「じゃ、じゃあ最近この穴の近くに呼び鈴の紐でもぶら下げたとか!?」
興奮したこまちは美希の返事を聞かずに美希の部屋に飛び込んで換気口の
辺りを見るが、特にその近くに紐が下がっているということはなかった。

「変ね……」
「あのこまちさん、紐ってなんなんですか?」
「こういう風に部屋と部屋の間にある換気口には、そばに紐が下がっていて
 そこに陰惨な犯罪が起きるのがつきものなんだけど」
「い、陰惨な犯罪!?」
「だって部屋同士をつなぐ換気口なんて意味ないでしょう? どうしてそんなものが
 あるかといえば、その目的は犯罪しか」
サスペンスモードに入ってしまったこまちに慣れていない美希が
慌てるのを見てかれんはこれはまずいと思った。相談に来た下級生を
怯えさせてどうするのだ。

「あのね、こまち。この建物は増築に増築を重ねているから、今となっては
 意味不明なことになってしまっている部分も多々あるのよ」
「あの、それはそれで聞いてて不安なんですけど……」
美希の心配はいろいろな意味で拭えなかったが、
「そうなの」とこまちは答えると本題の祈里の部屋の方に行き
ドアノブに手をかけて回してみる。美希の言った通り、鍵がかかったままドアが
開くことはなかった。
「……」
一歩下がり、こまちはドアを見つめてみる。

――そういえば。
と、こまちは思った。
――ドアを閉めるという行為を、「美希さんの顔を見ない」という方向でしか
  考えていなかったけど……、中にある何かを美希さんに見せないために
  こうして鍵をかけているという可能性もあるわね……。

つまりこの中に、美希に見られてはまずい何かがある。こまちは横を向くと
ドアに耳をぴったりと押し当てた。
「こまち?」
しっと指を唇に当ててかれんを黙らせると、こまちは意識を耳に集中した。
何か聞きなれない音がする。
――何の音……水……?
正確には水の中に空気がぽこぽこと吐き出されているような音がする。
こまちは手招きしてかれんと美希にも同じように部屋の中の音を聞かせた。
かれんと美希は顔を見合わせるとこまちに視線を移し、
「何か聞こえますね」「聞こえるわね」
と口々に言う。
「水の音みたいな気がしたけれど……」
こまちがそう言ってみると、「そういえば」とかれんも美希も頷く。
しかし、寝室の中には洗面台やトイレのようなものはないはずである。
寝室から水の音らしき音が聞こえるという状況は明らかに何かがおかしい。

――この水の音の発生源を、祈里さんは隠しているんじゃないかしら。
  美希さんだけじゃなく、みんなから……
こまちはそう思った。そう思ったのはこまちだけではなく、かれんも美希も同じだった。

「仕方ないわね」
ため息をつくようにしてかれんは「ちょっと待ってて」と言い残すと、
部屋に戻って鍵の束を取ってくる。寮長である彼女は、緊急事態に備えて
すべての部屋の合鍵を管理しているのである。

祈里の寝室のドアの鍵穴に鍵を差し込むとき、かれんは一瞬躊躇した。
他人のプライバシーに踏み込むもいいところだ。
だが、祈里が何か重大な隠しごとをしているとしたら。
――早期に解決する方が、影響は小さくてすむわ。
そう確信を持って、かれんは祈里の寝室のドアを開け放った。

 * * *

ちょうど授業が終わって祈里は寮に帰ってきたところだった。
玄関先で靴を脱いでいると、
「キャーッ!」
という絹を裂くような美希の悲鳴が祈里に聞こえた。

「美希ちゃん!?」
脱いだ靴をそのままに散らかして祈里は自分たちの部屋へと走る。脱兎のごとく
美希が廊下を祈里とは逆方向に駆けていき、こまちがそれを追いかけていくのが見えた。
ドアを開けたままの自分たちの部屋を覗いて自分の寝室が開いているのを見て
「ああっ!?」
と祈里は叫ぶ。その声を聞いて部屋の中から激怒したかれんが飛び出してきた。
「ブッキー! これはどういうことなの!?」
「どどど、どういうことって……」
「この寮はペット禁止って言ってあるでしょう!
 どうしてあなたの部屋でタコを飼っているのよ!」
ああバレた、と祈里は思った。部屋に入ってみると、まだらの紐のように腕を
伸ばしている小さなタコの姿が水槽の中に良く見えた。

「どこで買ってきたの!?」
「買って来たんじゃなくて、拾ってきたんです……」
「拾って!? タコなんてどこで!?」
「この前海に行ったときに海岸に打ち上げられて弱っていたので……、
 美希ちゃんが持ってきてたクーラーボックスにこっそり入れて帰って来たんです。
 その、だからこれはペットと言うよりは野生動物の保護の一環として」
「だったら獣医学の教室で預かってもらいなさい」

祈里の話を聞いていてかれんもだんだん落ち着いてきた。だが祈里は、
「それを一番に考えたんですけど、教室の方も場所がなくてだからここで……
 でも美希ちゃんタコ嫌いだから美希ちゃんには絶対言えなくて……」
「美希があんなにタコ嫌いだったなんて……このタコ、もう元気なんじゃないの?
 だったら早く海に返しなさい」
「あ……はい。そろそろとは考えていたんですけど……」
祈里は口ごもりながらそう答えた。

 * * *

数日後、かれんとこまちの部屋に今度は祈里がやって来た。
「最近、美希ちゃんがほとんど部屋にいなくて。
 部屋にいる時は寝室に籠って出てきてくれません……」
そう言って俯く。タコなんか飼っているからよ、とかれんは冷たく突き放した。
「いい加減タコか美希かどっちかちゃんと選びなさい」
「それはもう決まってるんです。それで、元の海に返すためには車が必要なんですけど
 美希ちゃんに出してもらうわけにはいかなくて……」
「仕方ないわね。車は手配してあげるから日程を決めて」
ということでタコは海に返されることになった。


――あ〜、これで落ち着ける……
タコを海に返すと決まった日、美希は朝から自分たちの部屋を出て
みんなで使う食堂の方に移動していた。
万が一にもタコの姿を見ないようにだ。あと数時間我慢すれば
タコがこの寮からいなくなって前の通りの落ち着いた生活が帰ってくる。

食堂では九条ひかりが、雪城ほのかに勉強を教えてもらっていた。
美希はファッション雑誌を開いて今年の流行について研究しながらも
ぼんやりとその光景を見ていた。

「ひかりー!」
日向咲が楽しそうに声を上げて飛び込んでくる。手には発泡スチロールの
大きな箱を抱えて。
「どうしたんですか?」
「うん、あのね! これ今、うちから宅急便で届いたんだけど、」
咲はそう言うとひかりとほのかが勉強している机の上にどんと箱を置いて
蓋を開いた。わあすごいですね、とひかりが歓声を上げる。
「獲れたばかりのタコだって! これでタコ焼き作ってよ!」
「タ……タコ……?」
不吉な言葉に美希は思わず椅子から腰を浮かす。
咲もひかりも美希がタコ嫌いとはこの時はまだ知らなかったので、
「ほらほら美希も見て! こんなにおいしそうなタコが届いたんだよ!」
と咲は氷の中に埋まっていたタコを手でつかんで持ち上げて美希に見せた。……


――事件!?
美希の悲鳴は部屋で本を読んでいたこまちにも届いた。こまちはすぐに本を置くと、
悲鳴のした食堂方向へと駆けだしていった。


-完-

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