風薫る五月の初め――、県民ホールには「県内中学校生徒会活動報告会」と書いた
看板が立っていた。
「こまち、あれ」
ようやくここに辿りついたかれんが看板を指差す。
「ああ、間違いないわね」
県民ホールは最寄り駅からかなり離れている。この日の為に地図も貰ってきたのだが
目印となるはずの建物が改築中であったりとかなり分かりにくかったため
予定していた時間よりも大幅に遅れた到着となった。
早めに出て来てよかったとかれんは思う。

入り口近くにあった受付で学校名を言い、ホールの中に入ってみる。
体育館を三つくらいつなげたような大きなホールの奥には舞台、その前にずらりと椅子が
並んでいた。
座席はもう八割がた埋まっているようで――会が始まるまであと十分弱しかない――かれんと
こまちはとりあえず手ごろな席に座ることにした。会場全体は静かにざわめいている。
ほとんどの参加者は制服で――かれんとこまちも、もちろん制服だ――二人連れで何事かを
ひそひそと囁きあっていた。

「それで、結局この会は何なの?」
こまちも周りに倣うかのように声を潜めてかれんに尋ねた。受付でプログラムは貰ったのだが、
どうも良く分からない。
「つまり……県内の中学校の生徒会長や副会長をここに集めて、よりよい生徒会活動を
 するためのヒントにしてほしいってことらしいけど」
かれんもプログラムを広げて、「ほら」とこまちに指し示す。パンフレットには、
「○○中学生徒会の取り組み〜校内を明るい雰囲気にするために〜」といった
タイトルがいくつか並んでいる。県内で目立った活躍をした生徒会長が
自分たちの取り組みについて発表するらしい。かれんたち、発表者に選ばれていない
生徒会関係者はそれを聞くのが今日の仕事だ。

こうした行事は今回が初めてである。今年になって突然こんな行事が行われるようになった
経緯はかれん達には良く分からない。先生方にもよく分かっていないらしいのだが
県の主催行事となれば無視するわけにもいかず、
「良く分からないんだけど、水無月さん、生徒会の誰かと一緒に二人で出席してきてもらえないかしら」
と先生から頼まれたので今日こまちと一緒にここに来たというわけだ。

ここに来ているのは中学生だけではなく、先生たちもいた。県内全校の先生が、一人ずつ
呼ばれているはずだ。
やがて報告会が始まり、壇上に上ったどこかの学校の生徒会長が自分たちの生徒会活動について
話し始める。
今日この場で話すということも随分突然言われたものらしく、壇上の生徒は
原稿を見ながらたどたどしく話している。見ていてかれんは少し気の毒になった。
どこの学校であれ、生徒会長になった人なら壇上や人前で話すことには
それなりに慣れているはずである。突然こんな話になったからこそ、
何箇所ものところでつまづいたりとちったりしているのだろう。
午前中の三人の生徒会長はみなこんな感じだった。
お昼の時間ということになり、かれんはようやく椅子の上で大きく伸びをした。
午後もこういった状況が続くとなると、正直辛いが仕方がない。

「かれん、どこでご飯食べる?」
お弁当片手にこまちが尋ねる。会場内は飲食禁止らしく、このホール外の部屋や
外に用意してあるベンチで食事を取るようにというアナウンスがあったばかりだ。
「ちょっと待っててもらえる? お手洗いに行ってきたいから」
かれんはそう答えるとこまちをそこに置いて会場から出た。

一番近くのトイレはやけに混み合っていたので、かれんは少し離れたトイレに向った。
トイレの辺りから聞こえてくる男子生徒の声にかれんは新鮮な驚きを覚えた。
サンクルミエール学園にいるとついつい忘れがちだが、共学の学校では
男子が生徒会長になることも良くあるのだ。

そんなことを思いながらトイレに向う。
ここまで来る人は滅多にいないらしく、トイレはすいていた。
個室が一つ使われていたが、別に何の問題もない。かれんは空いている
個室に入ろうとして、――閉まっていた個室の戸が開いた。かれんはその中にいた人の顔を
見た途端思わず悲鳴を上げた。

「こっちまでくればさすがにすいているわね」
「そうだね〜」
かれんの悲鳴が届いたのは、かれんと同じようにトイレを探してこちらまで
来ていた安藤加代と宮迫学の二人組。生徒会長でもなんでもないこの二人が夕凪中の
代表として来ているのは、突然のことだったので生徒会関係者が誰も出席できなかった
という事情があったのだが、悲鳴を聞いた二人にはそれどころではなかった。
一瞬顔を見合わせた二人はすぐに悲鳴の聞こえた方に急行する。
だが、
「じょ、女子トイレ!?」
と宮迫は怯んだ。ここに入るわけにはいかない。
「私が入るから!」
加代は宮迫を突き飛ばさんばかりの勢いでホールの方に押し戻す。
「誰でもいいから先生呼んで来て! 女の先生ね!」
「う、うん分かった!」
宮迫が駆け出したのを見てから加代は覚悟を決めて中に飛び込む。……と、
かれんが奥に居る誰かを指差したまま目を見開いて固まっていた。
「ど、どうかしましたか……?」
「あ、あの人……!」
加代がかれんの指差した方を見ると、明堂院いつきが困惑した顔で
立ちつくしている。
「お、男の人……?」
「そうよ! なんで男子生徒がここにいるの!?」
かれんが叫ぶ。
「あ、あの、だから僕は男子じゃなくて……」
いつきはほとほと困っていた。
「だってそれ制服じゃない! 私服ならともかく、制服で女子が男子のを着ることなんてないわ!」
「僕はちょっと特例で……」
「どうしたの!?」
宮迫に「女子トイレで悲鳴が聞こえた」と聞いて駆けつけた鶴崎先生がトイレの中に
飛び込んできた。その足はがくがく震えていたが、
かれんと加代、それに対峙しているいつきを見て震えが止まる。
「明堂院さん?」
「鶴崎先生……」
いつきは心底ほっとした表情を見せる。鶴崎先生はというと、かれんと加代の方に
不思議そうに目を向けた。
「明堂院さんがどうかしたの?」
「明堂院『さん』?」
加代が聞き返す。かれんも同じところにひっかかりを覚えていた。
「あの、この人は男子ではないんですか?」
ああ、と鶴崎先生は苦笑しながらかれんと加代を見る。
「明堂院さんはうちの学校の生徒会長で、れっきとした女子生徒よ。
 制服はちょっと特別なの。痴漢でも覗きでもないから安心して」
「女……子?」
かれんは信じられないといった表情でもう一度鶴崎先生を見上げた。
「ええ、そう」
鶴崎先生は大きく頷く。その目は確かに本当のことを言っていると
かれんには思えた。――そう思えた瞬間、かれんの頬がかあっと赤くなる。

「ご、ごめんなさい勘違いして」
「いや、僕のこの格好の問題だから……」
「すみません私も」
加代が続けて謝ると、いやいやといつきは手を振った。
「もういいって。鶴崎先生、ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
――ああ、良かった人間で……。
女子トイレから悲鳴がと宮迫から聞いたときはお化けかと思って内心びくびくしていた
鶴崎先生だったが、今はすっかり落ち着き、
「じゃあそういうことで、いいわね?」
とトイレから出て行った。

 * * *

こうやって会ったのも何かの縁、ということでかれんとこまち、いつき、それに加代と宮迫は
一緒に食事をとることにした。
5人が掛けられる丸テーブルが空いていたのでそこに座ることにする。

「明堂院さんのところは副会長は来ていないの?」
こまちが椅子をもう一つどこかから持ってこようかと思いながら尋ねると、
「ええ、生徒会のみんな今日は来れなかったんです。今日予定が空いていたのは僕だけで……」
「突然の話でしたもんね」
と加代が椅子を引いて座りながら答える。
「あ、でも君達は二人揃って来れたんだよね?」
「僕達は……」
宮迫は加代と目を合わせて苦笑した。
「生徒会長でもなんでもないんです。会長も副会長も他の生徒会の上級生もみんな時間がなくて、
 ただのクラス委員の僕達のところまで順番が回ってきたんです」
「え? そうなの?」
そこまで順番が回っていくことにいつきもさすがに驚いたようだったが、
「ゴールデンウィークの予定って早めに決めている場合が多いから、突然言われても
 出られない人の方が多いわよね」
かれんはそう言いながら弁当箱をどんとテーブルの上に置いた。加代と宮迫、いつきはそれを見て
目を丸くする。
かれんが置いた弁当箱のサイズはどう見ても大きすぎる。重箱と言った方が良さそうだ。
かれんの外見にはどう見てもそぐわない――、

"間違って持ってきちゃったのかな。普通サイズの弁当箱を全部壊しちゃったとか"
"あ、秋元さんと二人で一つなんじゃない? すごく仲良いみたいだし……"
"あ、そうか、そうだよねうん。一人であんなに沢山食べられるわけないよね"
宮迫と加代がひそひそとそんな会話をしている横で、こまちも自分の弁当箱をテーブルの
上に置いた。
「いただきます……食べないの?」
驚いて動きの止まっている加代たちにかれんとこまちが不思議そうな目を向ける。

「あ、ああ」
加代も宮迫も慌てて弁当箱を取り出した。いつきは落ち着いた様子で
やはり自分の弁当箱をテーブルの上に置く。かれんとこまちの平然とした様子に、
この二人はきっといつもこのくらいの量を食べているのだろうと他の三人は思った。

「……水無月さんや秋元さんって何か運動でもしてるんですか?」
「運動? 特になにも……」
プリキュアは運動ではないわよねと思いながらかれんがいつきに答えると、
「……すごくたくさん食べるんですね」
「そうかしら? 私たちの後輩で、同じくらいたくさん食べる子が何人もいるけど」
サンクルミエール学園というところはたくさん食べることが入学条件に入っているのかもしれない。
いつき達三人はなんとなくそう思った。
「……日向さんだったら同じくらい食べられるかなあ」
「ソフトボールの試合後だったらもっと食べられるかもしれないわね」
宮迫と加代が囁き合うのをこまちが耳に止めた。日向さん、ソフトボールという言葉に
よく知った人物のことを思い出す。
「その日向さんってひょっとして……?」
そういえばこの二人は夕凪中から来たと言っていたっけ、とこまちは思った。
「え、ひょっとしてご存じなんですか? 日向咲っていって、夕凪中のソフト部のエースなんですけど」
「ええ、」
かれんとこまちは一瞬目を見合わせてから笑みを浮かべる。
「良く知っているわ。美翔舞さんのことも」
「へえ、美翔さんまで!」
宮迫と一緒に加代も目を輝かせる。あ、そうだ、と加代は椅子の下においていた鞄に
手を伸ばした。
「日向さんたち二人から借りてる物があるんです」
そう言いながら加代がテーブルの上に置いたものを見て
かれんとこまちは思わず口の中のものを吹き出しそうになった。

――フ、フラッピとチョッピ!?
――ムープさんとフープさんも!?

加代が机の上に置いた人形はフラッピたち精霊の姿を模したもの――に見える。
「わ〜、可愛い……」
そんなことを知らないいつきは純粋にその可愛さに魅かれたようで思わず手を伸ばす。
「あ、これ手が入るんだ」
「そうなんです、図書館で人形劇やってるんですけど、そのとき使うんですよ」
「へえ」
興味津々と言った様子でいつきはフラッピ人形の中に手を入れると手や頭を
動かしてみた。
「へえ、すごい良くできてる」
「それを、今言った美翔さんが作ってくれたんです。美翔さんってすごく手先が
 器用で絵も上手くて……って、水無月さん、秋元さん?」
人形を見たまま固まってしまったように見えるかれんとこまちに加代は不思議そうな
目を向けた。かれんとこまちは、フラッピたちって他の人に知られてもいい存在だったかしらと
必死に記憶を掘り返していた。

――確か、ラブたちは町のみんなにプリキュアだって知られてるはずだけど……
――咲さん達はプリキュアの存在自体を秘密にしているはずじゃ……

それなのに、どうしてわざわざフラッピたちの人形を作ったのだろう。
何かまずいことにでもなっているのではないか……とかれんとこまちはぐるぐる
考えていた。

「名前はなんていうの?」
いつきに聞かれて宮迫が振り返る。
「ミミンガって呼んでます。ミミンガのお父さんとお母さんと男の子と女の子で」
「ミミンガ?」
「うちの町にミミンガっていう想像上の動物が出てくるお話が伝わってるんですよ、それで……」
「ミミンガ?」
かれんがようやく発した一言に加代が「ええ」とにっこり笑って答える。
――じゃあフラッピたちが見られたわけじゃなくて、そのミミンガの人形の
  モデルにフラッピたちを使っただけなのかしら……?

事情は不明なままだが、フラッピたちの存在が広く夕凪町にばれてしまった
わけではなさそうだ。かれんとこまちはほっと安心した。

「へえ……うちの学校に、これと良く似たぬいぐるみ持ってる子たちがいるんだけど」
「良く似てるんですか?」
「うん」
いつきは宮迫に頷いた。
「こっちの――お父さんミミンガに良く似てるかな。来海さんと、転校してきた
 花咲さんっていう子が」
「く、来海さんと花咲さん!?」
かれんの声が裏返った。
「あれ、水無月さんひょっとしてその二人も知ってるんですか?」
「え、ええその一応……この前遊園地で会って……」
かれんはどうしてこんなにプリキュアの知り合いばかりなのだろうと思いながら
焦って答える。自分たちや咲たち、それに多分つぼみ達も、プリキュアであると
知られるのはまずい。

「水無月さんってすごく顔が広いんですね!」
「え、ええまあ局所的に……」
宮迫の素直な感想にかれんは曖昧に答える。と、次の矢がいつきから飛んできた。
「どういうきっかけで来海さんたちと知り合ったんですか? ――あ、ひょっとして
 ぬいぐるみ同好会的な……」
左手にフラッピを被せたままのその質問に、
「い、いえ違うわよ。ちょっとね」
とかれんは答える。
「……あ。ひょっとして水無月さんや秋元さんも
 こういう可愛い人形を持っているんですか?」
いつきは自分で思いついたこの仮説が気に入ったらしく、興奮気味にかれんとこまちを見る。
――ココやナッツたちがここにいたら、きっとこの人はすごく喜ぶんだろうなあ……
とかれんとこまちは直観したが、さすがに今ここでその話をするのは危険だと二人とも判断できた。
「も、持っていないわ。残念だけど」
「そうですか」
いつきは少しがっかりした様子を見せると、「はい」とフラッピ人形を加代に返した。
――ココたち見せてあげたいけど。
「可愛い」と喜びそうな姿が容易に想像できるだけにかれんはそう思ったが、
それを言葉に出すのはぐっと堪えた。プリキュアの関係者以外に
迂闊に精霊の姿を見せるのは危険だ。

……数ヵ月後、明堂院いつきはポプリをパートナーにしてプリキュアになる。
しばらくした後、いつきはつぼみとえりかを介して各地のプリキュアたちと知り合いになり
精霊達を見て可愛い可愛いとはしゃぐことになるのだがそのことは
この時点では誰も知らなかったのである。

-完-

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