「え〜と、乗り換えどこだっけ……」
電光掲示板の表示を見ながらなぎさが悩む。何本もの路線が乗り入れている
この大きな駅では目的の電車が探しにくい。
「十二番線じゃなかった? ほら、あそこに」
ほのかが指さした先には確かに今日乗る予定の路線の名前が表示されている。
「あっちだね! 行こう!」
なぎさはほのかとひかりの先頭に立って十二番線に向けて歩き始めた。十二番線は
この駅の中でも一番端に位置している。元々別々の駅だったのではと思わせるほどの
距離を歩き、階段を上ったり下りたりを繰り返して三人はようやく十二番線――
夕凪町方面行の電車が行き来するホームに立った。

横浜でのフュージョンとの戦いを経て、これまで互いの存在を知らなかった
プリキュアたちは初めて出会い、友達になった。
今日は夕凪町にある咲の家、PANPAKAパンにみんなで集まろうということになっている。
なぎさ達はちょうどあの日に夕凪町を訪れていたので今回は二回目だ。
ターミナル駅のはずれの小さなホームには、五分後くらいに発車する予定の列車が
止まっていた。この駅に止まるどの路線の列車よりも短く、どこかレトロな雰囲気の車体は
これから向かう町の雰囲気によくマッチしている。

なぎさ達三人が真ん中あたりの車両に乗ると、
「あ、なぎささんほのかさんひかりちゃん!」
という元気な声が三人を出迎えた。三人がそちらを見ると、先に乗り込んでいた
ラブ、美希、祈里の三人が周りの人の迷惑にならないように気をつけながら小走りに駆けてくる。
「こんにちはー、お久しぶりです」
「久しぶり! ラブたちも一緒の電車だったんだ」
「夕凪町は大体この電車が便利だって美希たんが」
ラブはなぎさにそう答えてちらっと美希を見る。美希は、うーんと呟いた。
「便利っていうか、電車使おうとしたらこれしかないですよね」
「のぞみさん達はこの電車じゃないのかしら? 結構本数が少ないからみんなと
 一緒になるかもしれないと思っていたのだけれど……」
ほのかは首を巡らして自分たちのいる車両と両隣の車両を眺める。のぞみ達六人がいれば嫌でも目立つだろうが、この電車に乗っている様子はなかった。
「あ、のぞみちゃん達はバスで行くって昨日電話で言ってましたよ! その方が便利だからって」
「へえ、そうなんだ……」
なぎさがラブの言葉にうなずいたところで発車を知らせるベルが鳴った。
夕凪町には咲と舞がいる。――それと、もう二人。霧生満と霧生薫がいるはずである。
二人は咲と舞の友達であり、咲と舞がプリキュアだと知っている。それどころか、咲と舞に
協力してこの世界を守ろうとして闘った二人である。横浜での戦いに直接参加することは
なかったが、その後のダンスコンテストの時に咲と舞は二人をみんなに紹介した。
二人が滅びの国ダークフォール生まれの戦士であること、元々プリキュアの敵だったことはその時に分かった。
 ――満さんと、薫さん。
一度会ったきりの二人の顔を思い浮かべて、ひかりはきゅっと吊革を握る。
二人に負けず劣らず複雑な経緯の末に今の場所にいるひかりは、今日二人に聞いてみたいことがあった。

電車が夕凪町の駅のホームに滑り込む。なぎさ達六人がホームに降り立つと、
「なぎささーん、ほのかさーん、ひかりー! ラブ美希ブッキー!」
と大きな声がしたと思ったらホームからも見える道路に咲が舞と二人で立って大きく手を振っていた。
「おっ! 咲、久しぶり!」
なぎさもホーム端に立って大きく手を振りかえす。
「こっちの改札から出てきてくださーい!」
「オッケー! 待ってて!」
六人は人気のないホームを駈け下り、改札前に回っていた咲と舞に再会した。
「のぞみちゃん達は? もう来ているの?」
「のぞみ達先にパン食べちゃったりしてない?」
ラブとなぎさが口々に聞いてくるのに咲は、
「今、席選んだりしてもらってるんです。みんなで一緒に食べ始めるからって
 かれんさんに言ってきたから待ってる……はず……」
答えながらだんだん声が小さくなっていく。ラブもなぎさも、近くにいた美希もそんな
咲の様子を見て笑った。

「随分待たせちゃったんじゃない?」
舞の周りにはほのかと祈里、それにひかりが何となく集まる。ほのかが舞を気遣うと舞は
いいえと首を振った。
「大体この時間だと思ってましたから。あの電車逃がすと、結構間が空いちゃうんです」
「のぞみちゃん達はいつ来たの?」
祈里が口を挟む。
「十分くらい前だと思うわ。のぞみさん達を咲の家に案内して、すぐ来たらちょうど
 電車が来るところだったの」
「あの、」
ひかりは舞たちから一歩遅れていたが思い切って声をかける。
「どうしたの、ひかりさん?」
舞が振り返った。
「満さんと薫さんはいないんですか?」
「もちろん、二人もいるわ」
舞はその質問に嬉しそうに笑って見せた。
「今はPANPAKAパンに残ってもらってるの。満さんはパンに詳しいし――、
 のぞみさん達が何か分からないことがあったらすぐに対応できるから」
「そうなんですか」
ひかりは頑張って二人に声をかけようと決意を新たにした。

PANPAKAパンに着いてみると、彼女たちの人数分の席が予約席として確保されていた。
のぞみ達はパンに手こそつけていなかったもののすでにパンを選び始めており――ただ一般の
お客さんの迷惑にならないようにとそれだけは気をつけていた。
「あ、なぎささんとラブちゃん!」
真っ先に入っていったなぎさとラブにのぞみが気づく。のぞみはうららと一緒に満の
説明を聞いているようだ。まずどこに荷物を置こうかとひかりは店内を見回す。
「ひかりー、こっちこっち!」

大人数が来ると言うのでテーブル席がいくつも用意され、以前訪れた時とは少し雰囲気が
変わっているのにひかりが戸惑っていると彼女を呼ぶ声がした。声の主は美々野くるみ。
パルミエ王国のお世話役である。職業柄、誰かの面倒を見るのはお手のものだ。ひかりが
頼りなく見えるからだろうか、横浜で知り合ってからというものひかりに会うと何くれと
なく世話を焼いてくれている。
ひかり本人としてはそのことに忸怩たる思いがないわけではないのだが、
現実問題として色々と助かるのは間違いないので何かと彼女に頼ってしまってもいた。

「ほら、ここのトレイとトング使って。それでパンを取るんだって」
テーブル席に荷物を置いたのを見て、くるみがそんな風に説明してくれた。
満はと見ればこの店のロゴの入ったエプロンを着けて、のぞみとうららを横に
カレーパンの中身のカレーについて解説中だ。かれんがどのパンを食べようかと
唸っている横では、りんがちゃっちゃと自分のパンを選んでいた。

「チョココロネ、チョココロネっと……」
なぎさは歌うようにそう呟きながらトレイとトングを持ってチョココロネが置いてある
一角を目指す。彼女にとっては、今日はあの日食べ損ねたチョココロネを
やっと食べられるリベンジの日なのである。
 ――薫さんは?

ひかりはひょうたんパンの列に並んでから視線を巡らして薫の姿を探した。
満は店内をあちこち跳び回っては如才なく色々な人の話に加わってはパンの説明をしている。
よく薫と一緒にいる咲の妹のみのりはラブ相手にお話し中だ。
だが薫の姿が先ほどからずっと見当たらない。店の外まで見てみて、やっと見つけた。
こまちと二人、人のいないところで何ごとか話している。

こまちがメモ帳とペンを手にしているところを見ると、単に話をしているというよりも
小説のネタにしようと思って薫からこれまでのことを詳しく聞いているのかもしれない。
いずれにしても、満や薫のどちらとも今はゆっくり話せそうな状態ではないので後で声を
かけようと考えながらひかりは列を進み、近づいてきたひょうたんパンに手を伸ばした。

 * * *

みんなが一通りパンを食べ終わった後、海岸に行って遊ぼうという話になった。それぞれ
にごみを片づけ、売り場にいる咲のお母さんに「ごちそうさまでした」と言って三々五々
店の外に出ていく。
「あの、薫さん」

満と薫は咲、舞と一緒にみんなからごみを受け取って集める役をしていたが、いつ見ても
誰かと話している満よりは「燃えないごみはこっち」といった必要なことしか
話していない――むしろ傍にくっついているみのりの方が良く喋っている――薫の方が
話しかけやすかったので薫にごみを渡してひかりはそう声をかけた。
「……何かしら?」
薫は青い瞳をひかりに向けた。決して愛想の良いとは言えないその表情にひかりは
やや気おくれしながらも、

「お話したいことがあって……後で、いいですか?」
「いいけど……」
 どういうことなのかと戸惑ったように薫は答える。「後で」とだけ言い残してひかりは
一旦その場から離れた。

片づけが終わるころにはみんな海岸の方に出て行っていたが、ひかりは薫に
「みんなと少し離れた場所の方がいいんです」
と言ってトネリコの森の方に連れて行ってもらった。トネリコの森の奥、大空の樹は
あの日と同じように静かにひかりを迎え入れた。

「あの……」
大空の樹の張り出した根に二人は並んで座ると、ひかりがまず口を開く。
「弟のことなんですけど……」
「弟?」
自分の方に顔を向けてきたひかりを薫はきょとんとした表情で見つめ返す。
「あの、私の弟のこと何か聞いていますか?」
「いいえ。……兄弟がいることも今初めて聞いたわ。あなたの色々ないきさつは
 聞いているけれど」
「そうなんですか。……えっと、その、私は光の園のクイーンの生命だったんですが」
薫は無言でうなずく。それはなぎさ達からすでに聞いている。
「ひかるは闇の世界ドツクゾーンの主、ジャアクキングの生命だったんです」
薫は目を見開き、無言のままひかりの言葉とその意味を頭の中で反芻した。
「……今は、ひかるはジャアクキングとは関係がありません。私の弟として、人間として、
 アカネさんのところで一緒に暮らしています」
「そう」
それは良かった。薫はそう思いながら次にどういう話が出てくるのかと内心緊張を高めていた。
「でも、時折……本当に時折なんですが」
ひかりは探るような目つきで薫の目を見た。
「向こうにいた頃、闇の世界の人たちと一緒に暮らしていた頃のことを懐かしそうにして
 いることがあるんです」
「……」
薫は何も言わなかった。何と言えばいいのか分からないと、そういう表情でいた。
「ひかるは決して、闇の世界の人たちにひどいことをされていたわけではないんです。
 ジャアクキングの復活のために必要な存在ですから、そういう意味ですごく大事に
 されていたと思います」
「……そう」
「……薫さんや満さんは、元の世界のことが懐かしくなることがありますか?」
しばし、薫は考えた。その沈黙はひかりにはひどく長く感じられた。気まぐれな風が
大空の樹の葉を大きくざわめかせた後、薫はようやく口を開いた。

「私たちは、あなたの弟さんとは状況が違うわ。……そこまで大事にされていたわけでも
 ないし。私たちは自分でこの緑の郷に来て、この世界の美しさに触れて、それで守りたいと
 思って、アクダイカーン様のお怒りに触れて……、光も風もない、花も鳥も
 いないダークフォールを懐かしく思うことはないわ」
「そうですか……」
ひかりは、少しがっかりしたように見えた。
「……でも、」
薫は言葉を続ける。ひかりは耳をそばだてた。
「別の未来があったかもしれないとは思うけれど」
「別の未来……ですか?」
「ええ。アクダイカーン様は私と満にとってはお父さんみたいな存在だから……、
 アクダイカーン様と分かり合えたんじゃないかと思うことは何度もあるわ。
 心残りと言ってもいいわね。あなたの弟さんにも、もしかしたら何かあるかもしれない」
 薫は自分の左手を開くと、それに目を落とした。
「プリキュアの、咲と舞の手はすべてを守る手。アクダイカーン様の手は、
 すべてを滅ぼす手。私と満はこの手で緑の郷を守る方を選んだけれど、
 アクダイカーン様のことだけは……」
ひかりは自分の右手を伸ばすと、薫の左手に手を合わせた。薫の手の方が少し指が長く
大きく、少し冷たい。薫はひかりの手から伝わってくる暖かい体温を感じて目を閉じた。

ひかりはひかりで、目を閉じて別のことを感じていた。滅びの力によって生み出された
薫の身体が、精霊の力による命を得て複雑に構成されているのが彼女の手に触れていると伝わってくる。

薫から伝わってくるものにわずかに連続していない部分があるのに気づいてひかりは目を開けた。
「……消えかけたこと、ありますか?」
「え? ……ええ。二回ほど」
唐突な言葉に薫は驚いて目を開けて答える。
「そんなに」
「一度は、アクダイカーン様に逆らって咲と舞を逃がした時。もう一回は、滅びの力が消えた時」
淡々と話す薫に、ひかりは自分の時のことを思い出していた。
「その時、周りのみなさんは……みのりちゃんはどうしたんですか?」
「どうした、って? どういう意味かしら」
「突然満さんと薫さんがいなくなってしまって……すごく驚いたんじゃ……」
「ああ、それは大丈夫だったみたい。一回目の時はかなり長い間こちらに戻って
 来られなかったけれど、咲と舞に聞いたら、その間私たちの記憶はみのりちゃんや
 みんなからは消えていたみたいだって。忘れてしまって良かったと思うの、
 みのりちゃんが悲しまないですんだから」
そう答えて、薫はひかりの表情を見て慌てた。ひかりは口を真一文字に結んでいたが、
その眼から二、三滴、涙が零れ落ちてきた。
「え、ちょっと、その」
「……そんなこと言わないでください」
手を離すと、涙に濡れた、しかし凛とした目つきでひかりは薫のことを見据えた。
「私も消えかけたことがあるんです。その時アカネさんは私のことを探してくれていた
 みたいなんです。結果的には記憶が薄れていってしまったんですけど、
 でも私、なぎささんとほのかさんからそう聞いたとき嬉しいと思いました。
 アカネさんが私のことを探してくれていて。忘れてしまった方がいいなんてことないと思います」
「そ、そうね」
一気に言い切ったひかりに、薫は動転しながら答える。
「それはその……私だって。私が消えてしまっても、みのりちゃんが忘れずにいて
 くれたら嬉しいと今は思うわ。ひどいことを望んでいるようだけれど」
「そんなことありません」
「その、」
薫は何とか体勢を立て直し話を元に戻そうとした。
「あなたの弟さんは、今はあなたともそのアカネさんとも家族なんでしょう?
 そんな風に今の家族に囲まれているのなら、家族のことを考えずに闇の世界に戻ろうと
 することはないと思うわ。……たぶん」
「ええ……」
やっと話がそれなりに落ち着いた。薫は内心で安堵の息を漏らした。

「薫! 咲と舞が薫たちを探してて……」
木の枝が揺れる音がして、近くの木陰から満が姿を現した。満は二人の様子を一瞥して
すぐに顔色を変えると、
「何泣かせてるのよ薫!」
「ち、違……」
「言い訳しないのっ!」
変身していないひかりの目にも止まらない速さで満は急接近してきたかと思うと薫の顔
めがけて回し蹴りを繰り出す。勿論、黙って攻撃されているばかりの薫ではない。
即座に後ろに跳んで躱すと低木の陰に身を隠した。
「ああああ、あの満さん、本当に違うんです。私が勝手に泣いてしまっただけで、薫さん
 にいじめられたわけじゃないんです!」
ひかりが慌てて立ち上がって満に訴えると、満はその様子を見てにやっと笑った。
え、とひかりは思う。まるでひかりがこう言うことが分かっていたような、とひかりは思った。
「良かったわね、薫。ちゃんと庇ってもらえて」
満が薫の姿が消えた方にこう声をかけると、薫は不愉快そうな顔で低木の後ろから姿を現す。
「咲たちが呼んでるんでしょ。行くわよ」
むっとした声でそういうと、薫は先頭に立ってさっさと歩き始めた。
「ああ、あの……」
はいはいと言いながら薫の後ろを歩く満の更に後方からひかりはおろおろしながらついていく。
「何?」
満が振り返った。
「お、お二人とも喧嘩はやめてください」
「喧嘩? してないわよ」
「で、でも、薫さんすごい速さで山を下っているんですが」
薫の後ろ姿は、確かにどんどんと小さくなっていっていた。
「いいのよ。放っておけば。そのうち機嫌直すから」
「あの、私本当に勝手に泣いただけで、薫さんのせいじゃなくて……」
「分かってるわよ。最初から」
満はそう答えて笑った。
「薫は無意味な意地悪はしないもの。ちょっと薫をからかってみただけ」
「は、はあ……」
満はまるで完全に薫を掌の上で転がしているかのようで、なんだか不思議な関係の
二人だとひかりは思った。産まれてからずっと一緒にいる姉妹だから、お互いのことも
よく分かっているということなのだろうか……、ひかりは自分の「弟」を思った。

弟のことは、まだよく分からないことも多い。いつかなぎさと亮太のように、
あるいは満と薫のように、お互いに相手のことを知り尽くしたかのような関係になることが
あるのだろうかとひかりは思った。


-完-

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