次へ


「ダークドリーム君、お茶」
「は〜い」
昼過ぎのブンビーカンパニー。南向きの窓から暖かい陽光が差し込んでいる。
お昼を終え最初の仕事が一段落して、おやつやお茶が欲しくなる頃合である。
ダークドリームは部屋の片隅においてあるポットの台につつと歩み寄ると、
急須に茶葉と湯を入れ少し待ってからブンビーの湯飲みに注ぐ。
黄緑色に程よく色づいたお茶を見て「うん、今日はばっちり!」と彼女は思うと、
「お茶が入りましたよ〜」
とブンビーの席までお盆に載せて持っていく。だが二歩、三歩と進んだところで、
「ああっ!?」
つるっと足を滑らせて彼女は見事にすっ転んだ。盛大な音がフロアに響く。
「ダークドリーム君!?」
ブンビーが慌てて椅子を蹴るようにして立ち上がった。
カンパニーのもう一人の男性社員は「あ〜あ」とわざとらしくため息をついている。

「大丈夫かね!?」
「痛ったあ〜」
床にぶつけた腕をさすりながらダークドリームは身を起こす。それから自分の周りに飛び散った
お茶と湯飲みを見た。プラスチックの湯飲みは割れていないが、
お茶は随分遠くまで飛び散っている。
「あ〜あ」
状況を確認するとダークドリームは改めてため息をついた。
ブンビーは掃除用具入れから雑巾を出すと彼女にぽんと投げて渡す。
「すみません」
「いや……、お茶は私が淹れるから掃除だけしておいてくれ」
「は〜い」
ダークドリームは素直に答えると掃除を始める。
「ああ、それが済んだらちょっとお使いに行って来てくれないか。ナッツハウスに」
「はい!」
自分で淹れたお茶をおいしそうに飲んでいるブンビーにダークドリームは
元気良く答えた。


掃除を終えると、ダークドリームはブンビーの「お使い」の内容を確認して
ビルの外へと飛び出して行く。
ブンビーカンパニーからナッツハウスまでは歩いて20分ほどだ。
春めいてきたうららかな日差しの中で、ダークドリームはスキップするようにして
道を急いだ。

ダークドリームとは、一言で言えばキュアドリームのニセモノである。
ドリームコレットを手に入れ世界を支配することを狙ったシャドウが、プリキュア5を
倒すために作り出した存在。
キュアドリームの力と鏡の国のクリスタルの力を併せ持つのが彼女、ダークドリームである。
当然他の四人のプリキュア、キュアルージュ、キュアレモネード、キュアミント、キュアアクアに対応する
ダークルージュ、ダークレモネード、ダークミント、ダークアクアも存在していた。

鏡の国で、彼女達ダークプリキュア5はそれぞれ自分のコピー元となったプリキュアと
戦い、全員が敗北。ドリーム以外の全員が消滅した。
ダークドリームはキュアドリームと戦ううちに彼女の心に魅かれ、戦うのを止めるも
後にシャドウの攻撃を受けたキュアドリームを庇ってやはり消滅した。……筈だった。


「こんにちはー、お邪魔します」
ナッツハウスに入るのも慣れたもの。
「あ、ダークドリーム」
店の中にいたりんがぴょこっと顔を出した。
「ブンビーカンパニーのお使いで……」
「あ、はいはいいつものアレね、ちょっと待ってて」
ブンビーカンパニーが発行している情報誌「ブンビータウンインフォメーション」に
ナッツハウスはほぼ毎回広告を載せている。
ダークドリームのお使いはその広告原稿を貰ってくることだ。

「ダークドリームーッ!」
奥に引っ込んだりんと入れ替わるようにしてのぞみの声が響いた。
「のぞみ!」
とダークドリームの表情がぱっと明るくなる。
「ダークドリーム、これっ!」
階段を駆け下りてきたのぞみは彼女の前にどん、と封筒を差し出した。
「何、これ?」
「招待状だよ、遊園地の!」
「遊園地?」
「ココやナッツや妖精のみんなが遊園地やるんだって、その招待状!」
のぞみは興奮気味だ。
「えっと……私に?」
うんうんとのぞみは頷いた。
「ダークドリームやブンビーカンパニーのみんな用だって! シロップが持ってきたんだ!」
「そうなんだ」
ダークドリームはぐいぐいと招待状を押し付けてくるのぞみの手から
それを受け取るとバッグの中にしまいこんだ。
「遊園地、すっごく楽しいんだよ! でも一日しかオープンしないって言ってたから、
 当日は目一杯楽しもうね!」
「うん!」
のぞみに釣られて、ダークドリームも笑顔になった。


彼女が今この世界に存在できている理由は誰にも分からない。
鏡の国にあるピンク色のクリスタルの中で彼女が目を覚ましたのは、
のぞみ達とシャドウの戦いからだいぶ長い時間が経ってからのことだ。
初め、彼女は自分がどこにいるのか分からなかった。
きょろきょろと辺りの様子を伺い、誰も周りにいないのに気づくと
そのままそっとクリスタルを抜け出し、
一路友の所へ――のぞみの所へ、やって来た。
その後彼女は鏡の国ではなくのぞみ達と同じ世界に生きることを望み、
現在はブンビーカンパニーの世話になっている。
仕事はお茶汲みや簡単なお使いだが、まだ会社の戦力になっているとは言い難い。
ブンビーカンパニーの雰囲気がナイトメアやエターナルと大分違うのは
彼女にとって幸いだった。

――遊園地、ね……
当日のことを思うと胸が躍るような心地がする。また楽しそうなのぞみを見ることができる。
穏やかな春の空気を吸って、ダークドリームは招待状と原稿の入ったバッグをぎゅっと胸に抱えながら
ブンビーカンパニーへと戻っていった。

 * * *

当日、ダークドリームはブンビーカンパニーの営業車に乗って遊園地に向った。
のぞみ達5人とは行動を共にはせず、かといってブンビー達とも行動を
共にすることはなく、彼女は一人で園内を歩き回っていた。
服はもちろん、いつかプリンセスランドで着ていた服だ。
見るもの聞くもの、すべてが目新しい。……

「おうお前、ミラクルライト持ってないのか?」
え? とダークドリームが下を見ると、ウサギとカメのような妖精が
籠に入れたミラクルライトを配っている。ダークドリームに声をかけてきたのは
カメの方だ。
「うん、貰ってないけど」
「じゃあ、はいこれ」
ウサギの方が自分の籠からミラクルライトを出してダークドリームに手渡した。
「ここいらの人には大体配っちまったな」
「じゃあ、ちょっと別のところに行ってみよう」
ウサギとカメは「じゃあね」「じゃあな」とダークドリームに手を振って、
手を繋いで別の場所へと歩いていった。ダークドリームはそれを見送って
何か引っ掛かる物を覚えた。


「わー、このつり橋結構揺れるよー!!」
「本当ですねのぞみさん!」
「のぞみもうららもっ! 揺れるからって揺らさないの!」
賑やかな声が聞こえて来てダークドリームはそちらの方に顔を向けた。

のぞみ達5人が、道の上にかかったつり橋の上で何か騒いでいる。
それを見てダークドリームの顔には自然に笑みが浮かんだ。
彼女はのぞみが仲間たちとはしゃいでいるところを見るのが好きだ。
それは多分、プリンセスランドで初めてのぞみを見たときから。

仲間たちと一緒にいるのぞみがどうして笑っているのかあの時には分からなかったが、
今なら分かるような気がする。
――仲間、ね……
彼女の仲間はもういない。仲間たち4人はダークドリームのようにプリンセスランドを
歩き回ることも普段ののぞみたちを見ることもなく、それぞれのプリキュアとの戦いだけを
経験してこの世界から消えてしまっていた。


キンコンカンコーンと遊園地のあちこちに取り付けられたスピーカーからチャイムが鳴った。
ん、と顔を上げると可愛らしい声が流れてくる。

「ミニショータイムのお知らせですわ。噴水前広場で、幽体離脱ショーが行われます。
 皆さまぜひご覧くださいませですわ」
幽体離脱? と思いながらも水の音のする方に行ってみると、そこが噴水前広場だった。
集まってきた人たちに混ざって座ると、テケテンテンという陽気な音に乗って
ミギリンとヒダリンが噴水の両側から現れる。あ、とダークドリームは思った。
彼らに会うのも随分久しぶりのことだ。

「ありがとうございました〜」
盛大な拍手を浴びて幽体離脱とそれからの蘇生を見せたミギリンとヒダリンが噴水の後ろに
ひっこむと、ダークドリームは観客の波をかき分けるようにしてそこに走った。
ショーを終えてドリンク剤を飲んでいたミギリンたちがその姿を見てえっと目を丸くして飛びあがった。
「わわっ、ダークドリームさんっ!?」
「ミギリンヒダリン、久しぶりだね」
「ど、どうしてあなたがここに!?」
「招待状が来たから来たの」
「そうじゃなくて、ダークドリームさんは……鏡の国で」
あ〜、とダークドリームは思った。そういえばクリスタルの中で目覚めてからミギリン達に
会ったことはない。ダークドリームが消滅したままだと思っていても不思議はない。
「んー、私もなんか良く分からないんだけど、この前気が付いたらクリスタルの中に
 いたから出てきちゃった。それでこっちに来たんだけど」
「え。……そうだったんですか?」
ミギリンとヒダリンは顔を見合わせた。
「うん。私、どうしてまた目が覚めたのかな」
「さあ……」
ミギリンとヒダリンにもそれは分からないらしく二人はもじもじと手を合わせている。
「そっか」
腰をかがめて二人と話していたダークドリームが腰を伸ばすと、
「あの、」
とミギリン達がダークドリームを呼んだ。
「ん?」
彼女は再び腰をかがめる。
「実は、ここ最近4つのクリスタルの中の影が濃くなってるんです」
「え? 4つ?」
「はい……ダークドリームさんのピンクのクリスタル以外の4つのクリスタルです」
「それって」
その影はダークルージュ達のものではないだろうか。ダークドリームはそう思った。
もちろんミギリン達もそう思っていた。
「じゃあ……どうなるの?」
「分かりません……何かのきっかけがあれば出てくるかもしれません」
「きっかけって?」
ミギリンとヒダリンは顔を見合わせてから
「さあ……」
とだけ答える。
「ねえ、ひょっとして私もその、何かのきっかけがあったから
 目を覚ましたのかなあ」
「そうかもしれません。でも……分かりません」
「そっか」
ダークドリームは今度こそ本当に立ち上がった。
「ありがと、ミギリンヒダリン」
そう言ってまた遊園地を歩き回り始めるダークドリームを見て、
ミギリンはヒダリンと顔を見合わせる。
「ねえヒダリン、一度鏡の国に戻ってクリスタル見てこようよ」
「え、だってまだもう一回ショーがあるよ」
「うん、だからちょっとだけクリスタル見てそしたらすぐ帰ってこようよ。
 なんか心配なんだ、クリスタルのこと。
 プリキュアのニセモノたちが出てくるかもしれないし……」
ダークドリームがキュアドリームと分かり合えたことはミギリンヒダリンも知っている。
だから彼女が再びこの世界に現れたことには特に警戒を覚えなかったが、
他のダークプリキュアに関しては話が別だ。
うーんとヒダリンは腕組みをした。
「じゃあちょっとだけ帰ろうか」
「うん!」
ミギリンとヒダリンはすぐに手をつなぐと、てててと短い足で走り出した。
スタッフ用トイレに入って鏡に向う。
昔のミラクルライトではこちらの世界と鏡の国との行き来は深夜に限られていたが、
最近のものだといつでも出入りができるので便利だ。
「ちょっと! ちょっとちょっと!!」
ミラクルライトを鏡に照らして二人で唱えると、ミギリンとヒダリンはすぐに鏡の国に
移動していた。

「大丈夫かな……」
すぐに二人は、クリスタルが置いてある部屋に向う。
クリスタルは静かに光り輝いて二人を出迎えた。ピンクのクリスタル以外の
4つのクリスタルの中には相変わらず影が黒々と渦巻くように存在していた。
「朝と変わりはないみたいだね」
「うん」
たまに影がクリスタルの中でびくびくと動くので驚くが、
昨日もあったことだ。今日特に事態が変化したわけではない――、
「じゃあ戻ろうか」
「うん!」
安心した二人はくるりと身体の向きを変えると来た道を急いで戻った……戻ろうとした。
ドン! とどこかからか鈍い音が聞こえたかと思うと、背後にある4つのクリスタルが
はっきりと震動した。

「ああっ!」「あ〜っ!!」
ミギリンヒダリン、二人の見守る前で4つのクリスタルから影が飛び出す。
影はごうっと二人の上を飛び越えると、二人がフェアリーパークからここに
戻ってくる時に使った鏡に吸い込まれるようにして飛び込んでいく。
「まずいよミギリン! ダークプリキュアたちがフェアリーパークに!」
「うん、すぐ戻ろう!」
二人も影を追いかけるように鏡の中に飛び込もうとしたが、がんと音を立てて
ぶつかると跳ね返された。
「あ、あれ?」
ミラクルライトを使ってみても結果は同じ。ミギリンとヒダリンは途方にくれて
顔を見合わせた。


次へ


コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る