「合わせ鏡には面白い話があるのよ。真夜中の2時に合わせ鏡をすると恐ろしいことが
 起きるの……危険なのは手前から数えて9番目の自分よ……
 本物に成り代わろうと鏡の中からヌーッと出てきて……」

――秋元こまち・談

* *

ドタドタという音が夢原家に響いたのは深夜のことだ。
「痛ったあ〜……」
熟睡していたのぞみがベッドから落ちた。さすがに目を覚ます。
後頭部をしたたかに打ったらしく、ずきずきと痛む。

「たんこぶできちゃったかなあ……」
泣きそうな顔をしながらのぞみは部屋を出ると、洗面所までごそごそと這うようにして
歩いていく。
洗面台の前に立って「これじゃ後ろは見えないや」としばし考えた末、
手鏡を持ってきた。手鏡と洗面台の鏡を使って自分の後頭部を映してみる。
頭は髪に隠れていてこぶができているかどうかは良く分からない。

――今日はうつ伏せで寝よっと。明日お母さんに見てもらおう……
ぼんやりとした頭でのぞみは考えてまた布団に戻ることにした。
布団にもぐりこむ前に時計を見ると、午前二時。
ごそごそと布団にうつ伏せで入り、数分後にはもう寝息が部屋に聞こえていた。

その頃鏡の国では、クリスタルの一つの中で影が蠢いていたが誰もそれに
気づく者はいなかった。

* *

「薫、今日は一時間目から体育だっけ?」
翌朝の夕凪町。満と薫は通学路になっている海沿いの道をのんびりと歩いていた。
「確かそうよ。マット運動だったかしら」
「マットね……」
マットより球技の方がいいなと思いながら満は道を歩く。と、海岸に黒っぽい
服を着た人の姿を見た。後ろ姿なので顔は良く分からないが、体型からすると
少女のようだ。
見慣れない人だと思いながらも、満は特に薫に言おうとは思わなかった。
ここの海を見にかなり遠くから訪れる人もいるのだ。


いつもの通り、満たちは学校が終るとPANPAKAパンに寄り夕方頃に自分たちの家に
戻ろうとまた海岸近くの道を朝とは逆方向に歩いていた。
と、満がまた黒っぽい服を着た少女が海岸にいるのに気づく。――朝とまったく同じ
場所に、ほとんど同じ姿勢でいるように見えた。

「……ねえ、薫。あの人」
気づかれないように声を潜めてそっとその人のほうを指し示す。薫は満が示した方を
見やり、
「あの人がどうかした?」
「あの人、朝も同じ場所にいたんだけど」
「え? ……」
薫は不思議そうな表情を浮かべて彼女の後ろ姿を見た――それからゆっくりと目を閉じて、
気持ちを集中する。満もそれを見て薫に倣った。
ごくわずかなものだが普通の人間とは異なる気配を感じ、二人は目を開ける。
お互いに頷きあうと二人は海岸を横切り少女の背後へと近づいた。

「……ちょっと」
かなりの距離まで近づいても少女は満たちに気づかない。仕方ないので満は声をかけて
後ろから肩に手を置いた。すると少女の身体がぐらりと揺れ、そのまま砂浜に倒れる。
「ちょ、ちょっと!?」
満は驚いてその場にしゃがむと少女の身体を抱き起こそうとした。
「満、何かしたの?」
「まだ何もしてないわよ! この子がいきなり……ちょっと、どうなってるの!?」
とにかく何か話してくれないものか。満はそう思って軽く彼女の頬を叩いた。
それが刺激になったのか少女が薄目を開ける。
「……お腹、すいた……」
「……え?」
少女はそのまままた目を閉じた。満は困惑しながら薫を見上げる。
やれやれ、と薫は立ち上がった。

「何か食べさせるしかないようね」
そう言って砂浜に投げ出された満の鞄を持つ。満が少女を抱き上げると
二人はそのまま空に浮かび上がり自分たちの家を目指した。


――良く食べるわね……。
彼女を家に連れて帰ってしばらくしての、それが満の感想だった。
とりあえずトーストを焼いて出してみたのだが、良く食べる。
床に置いてある小さなテーブルの前に座らせてテーブルにトーストを置いているが、
みるみるうちにそれはなくなっていく。
「お腹が減ってるのね」と最初は思っていたが、だんだん単なる大食いのような気もしてきた。
お腹をすかせている時の咲並みだ。
薫はと言えば、彼女の食事ペースに合わせるようにして黙々とトーストを焼いている。

「ちょっと」
と、次の1枚を渡そうとした薫を満は止めた。え、という表情で満の方を見てきた
彼女の方に満は眼を向けると、

「そろそろ十分なんじゃないかしら?」
「え、まだ全然」
少女がやっとまともに口を聞いた。
「薫、今まで何枚食べたの?」
「12枚ね」
「ほら、それだけ食べたらもういいじゃない」
「え〜」
まだ不満そうな彼女を無視して満は話を続けた。
このままだと家じゅうの食料が食べられてしまいかねない。
「あなたはどうしてここに来たの?」

「どうしてって……どうしてだっけ。あ、そうだ。『プリキュア』って知ってる?」
満は知っているとも知らないとも答えずに、表情も動かさないように気を付けた。
「その『プリキュア』がどうしたの」
「どこにいるか知ってる?」
「会いたいの?」
「う、うん」
「どうして?」
矢継ぎ早に満は質問を繰り出した。目の前の少女は無邪気なようでいて、どこか
得体のしれない空気も漂わせている。
危険な存在なら咲や舞にそのまま会わせるわけにはいかない。

「友達って、言ってくれたから」
「……そう」
パンを皿に置くと薫は無言で立ち上がった。
「薫?」
「行くわよ。『プリキュア』のところに」
少女が嘘をついているようには見えない。咲と舞が彼女のことを「友達」と呼んだのなら、
――詳しい経緯は良く分からないが――咲と舞に会わせない理由はない。
薫はそう考えた。

「知ってるの!? キュアドリームがいる場所!」
薫の言葉を聞いて少女も嬉しそうに立ち上がる。が、その言葉に今度は薫が動きを止めた。
「キュアドリーム?」
「うん、キュアドリーム! プリキュアっていえば、キュアドリームとキュアルージュと
 キュアレモネードとキュアミントとキュアアクアでしょ?」
「……ちょっと待って」
薫が床に座りなおした。
少女は早く行きたがっていたようだが、薫がぐいっと肩を引っ張って座らせる。
「あなたが会いたいプリキュアってキュアドリームなのね?」
「そう」
「つまりあなたのことを友達と言ったのも……」
「キュアドリームよ」
なるほど、と満と薫は思った。つまりこの少女はプリキュア5の面々と何かしら関わりがあって、
今ここにいるわけだ。

「キュアドリームならここから少し遠い町にいるわ」
「え、そうなの!? ここにプリキュアがいるって聞いたのに……」
誰に。と満が聞くと、「名前は知らないけど、しずくみたいな形の小さな生き物」
と彼女は答える。どこかの精霊だろうと満は思った。
「だからかなあ。昼、この町をずっと歩き回って探したんだけどキュアドリームたち見つからなくて」
「ここにも確かにプリキュアはいるけど、ここにいるのはキュアブルームとキュアイーグレットよ。
 プリキュア5じゃないわ」
「え、プリキュアってそんなにいるの!? そんなの習ってないよ……」
「習ってなくてもそうなのよ」
諭すように満は言うと窓の外を見た。もう夕方だ。
今からすぐのぞみ達のところに行くか、一晩待つか。
「……そういえば、あなた名前は?」
彼女は満の問いに一瞬躊躇ったような表情を見せたが
「ダークドリーム」
と答える。その名前に満と薫はぴくりと眉を動かした。少女は自嘲的な笑みを浮かべる。

「私、キュアドリームの……ニセモノ」
「……どういうこと?」
満は足を動かし彼女と正対するように座りなおした。ダークドリームは自分が知っているだけの
自分の生い立ち――キュアドリームの姿形と鏡の国のクリスタルの力を使って
シャドウがつくった存在であることを簡単に満と薫に話した。
それから、鏡の国でのキュアドリームとの戦い、その後のシャドウとの
戦いのことも。

「だから私、自分が消えちゃったんだと思ってたんだけど……、
 何が起きたのか良く分からないけど、気がついたら鏡の国のクリスタルの中にいたの」
「それでどうしたの?」
「どうしたらいいのか分からなかったから身体を動かしてみたら、
 すとんってクリスタルの外に出て。それで……どこ行ったらいいか分からないから、とにかく……」
「キュアドリームのところに行こうとしたの?」
「そう」
ダークドリームは大きく頷いた。
「キュアドリームは私のことニセモノじゃないって言ってくれたから……
 キュアドリームのそばに行けば何をどうしたらいいのか分かると思って」
でも、ここに居るんじゃなかったんだ。とダークドリームは俯いた。
薫が、今度は勢いよく立ち上がる。
「薫?」
「満、早く行こう。キュアドリームのところへ。……あなたは飛べるの?」
ダークドリームは「ううん」と首を振った。
「そう、じゃあ私と満が飛んで連れていくから」
「連れて行ってくれるの!?」
とダークドリームは驚いた声を上げた。先ほどの様子から、キュアドリームの居場所を
二人は正確には知らないのかなと思っていたのだが。
「ええ。こういうことは早くした方がいいから。
 キュアドリームは、あなたの大好きなプリキュアなんでしょう?」
うん、とダークドリームが答えるのと薫が彼女のことを抱き上げるのはほぼ同時だった。
「行くわよ、満!」
そういって窓からすぐに空へと飛び立つ。満も慌ててそれに続いた。

夕凪町からナッツハウスまで、満と薫が飛んでいくと30分弱ほどだ。
夕闇が黒さを増していた。一刻も早く、と薫と満は道を急ぐ。


ナッツハウスももうそろそろ閉店の時間だった。
「札、閉店の方にしておくねー」
のぞみが店から外に出て、ドアにかかっている札をclosedの方に回す。
「……ん?」
声が聞こえた気がして、のぞみは思わず空を見上げた。ナッツハウスのドアが
のぞみの背後で閉まる。

「キュアドリーム!」
「ダークドリーム……!?」
薫の腕から降り、自分の方へ向って走ってくる少女を、のぞみはしっかりと
その胸に受け止めた。満と薫はそれを見届けると、何も言わずに再び空へと
飛び上がり夕凪町に帰ることにした。


-完-

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