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「……!?」
風が爆炎を散らす。ダークアクアは悠然とそこに立っていた。
息一つ乱れを見せない。
「これがあなたの力なの?」
「……馬鹿な……」
おかしい。何かがおかしい。あれだけの攻撃を受ければ、たとえ相手が
キントレスキーであってもそれなりの反応なり疲れなりはみせるものだ。
――まさか、幻影か何か……!?
本体は別のところにいるのか。それで、まったく攻撃が応えた様子がないのか。
「私は疲れるってことがないの。あなたとは違って」
ダークアクアは薫の心を見透かしたように言った。そして薫から目を離さず、
わずかにひざを曲げると海の中に右手を浸し……その中から大剣を引き抜く。
「第二ラウンドかしら?」
両手で剣を握ると、ダークアクアはその切っ先を薫に向けた。

「やめなさいっ!」
両者の間に響く満の声。満は剣のすぐ目の前に立った。
「満……」
「なにしてるのよ、薫!」
大きく腕を広げ薫を守りながら背後の薫に怒鳴る。
「だって、みのりちゃんが!」
「みのりちゃん?」
後ろから聞こえてくる薫の声は泣きそうだった。
「みのりちゃんが……みのりちゃんが!」
「あなたみのりちゃんに何したの?」
薫の言っていることがよく分からないのでダークアクアに尋ねる。
「別に何も。危害を加えるようなことはしていないわ」
ダークアクアは握っていた剣を元の水に戻した。剣は砕け、きらきらと光を浴びた
水の粒が浜辺に落ちる。
「薫。みのりちゃんの場所は分かるの?」
「え、ええ」
「だったら、みのりちゃんのところに行ってきなさい。早く。
 何があったかしらないけど、みのりちゃんのことが心配ならみのりちゃんのところに
 行きなさい!」
「え……でも……」
「早く!」
薫は一瞬満の背中を見つめ躊躇ったが、すぐにその場を離れた。
どうすればいいんだろう、と思いながら。それでも確かに、今大事なのは
みのりちゃんと話してみることだった。ダークアクアのことは
それから後のことだ。

「何があったの」
薫が行ったのを感じてから満はダークアクアに一歩歩み寄る。
「別に何もないわ」
ダークアクアはすうっと深呼吸をして変身を解いた。
「帰らせてもらうわね。駅はこっちだったかしら?」
「あっちよ」
「そう。ありがとう」
満が指差した方に向かってダークアクアは歩いていく。
ダークアクアは少しも疲労を感じていなかった。

ダークプリキュア5は疲れるということがない。
シャドウは彼女たちが疲れることを許さなかった。
彼女たちには「疲れる」という感覚がない。しかしそれは、攻撃されてもダメージを受けない、
あるいはダメージを受けてもすぐに回復する――ということではない。
薫から受けた攻撃の傷はダークアクアにがっちりと食い込んでいた。
しかし彼女には、それがどれだけ重大なものか認識できる感覚がなかった。

本来、ダークプリキュア5はそれぞれのオリジナルのプリキュアと一度だけ戦い、
倒すのが使命だった。
相討ちでもかまわない。プリキュアを倒すことさえできれば。
たった一戦のために持てるすべての力を注ぎ込むのがダークプリキュア5に
課せられた役割だ。
だからシャドウは、ダークプリキュア5から「疲れる」という感覚を奪った。
戦闘中に疲れを感じ、一時的に撤退する。それは敵を勢いづかせることにもなるが、
同時に自分の身を守るために必要なことだ。戦闘から生きて帰るためには、自分の状態を
きちんと感じ取り、必要な時には休むことが大切だ。

ダークプリキュア5は、必ずしも生きてシャドウの元に帰る必要はなかった。
それよりもプリキュアを確実に始末することの方が重要だった。

ダークアクアは何も異変を感じていなかった。
彼女はいつもどおりに歩いていた。浜辺を横切り、もうすぐ道路だ。
ぷつん。と耳元で音がしたような気がした――直後、ダークアクアの意識は途絶えた。

――え……?
満には何が起きたのか分からなかった。ついさっきまで普通に歩いていたダークアクアが突然
砂浜に倒れた。
「ちょっと……ダークアクア!?」
倒れたダークアクアは砂浜にうつぶせになったままぴくりともしない。
満は慌てて駆け寄った。ダークアクアの上半身を抱きかかえるが、
その顔は砂にまみれたままで目を開こうとしない。

――と、とにかく休ませないと……
どうしたらいいのか、満には分からない。できるのは彼女を安静にさせ、
ダークドリームたちに連絡することだけだ。
自分の家に連れて帰ろうと思って満はぴたりと立ち止まった。
――薫に会ったら危険よね……
意識をなくしている者に攻撃するような薫ではない、が、事の原因にみのりが
絡んでいるらしい以上薫がどういう行動にでるかは分からない。
咲の家、とも思ったがそこには今まさに薫とみのりがいる可能性がある。

――舞の家ね。
結論を出すと、満はダークアクアを抱いてふわりと飛び上がった。


「満さん!? どうしたの……って、ダークアクアさん!?」
満は窓を叩いて舞の部屋に入れてもらった。
「ベッド、使わせてもらってもいい?」
「ええ、もちろん」
舞がベッドの上の布団を畳み、満がシートの上にダークアクアの身体を横たえる。
「ダークアクアさん、どうしたの?」
「分からないわ。薫と戦っていたんだけど、いきなり倒れたの」
「薫さんと!? どうして!?」
「……それもよく分からないわ。でも原因はみのりちゃんのことみたい」
「みのりちゃん……」
舞の表情が沈んだ。他のことならともかく、みのりのことで薫と
揉めたとなれば話は相当こじれそうな気がする。
「それで、舞。ダークアクアの状態がどうなっているか分からないから
 ダークドリームに連絡を取りたいんだけど」
「そうね。今ナッツハウスに電話してくるわ」
「そういえば舞、今日おうちの人は?」
「お父さんとお母さんは留守よ。お兄ちゃんはもうすぐ出かけるって言ってたから、
 のぞみさんたちがここに来ても大丈夫」
舞はそう言うとぱたぱたと階段を降りる。満は窓を網戸にし、ダークアクアに
そよ風を当てた。

 * * *

「はい、シロップ」
かれんが書き終えた手紙を封筒に入れ、封をする。
「ああ」
シロップは手紙を受け取り、「ん?」と奇妙な表情を浮かべた。
――何か、すごく近くにいないか?
ダークアクアはどこともつかない異世界にいるものと一同は思っていた。
だがシロップの感覚では、彼女はこの世界、それも身近な場所にいるように思えた。
一階のナッツハウスの電話が鳴る。

「はい、ナッツハウス」
ナッツがすぐに受話器をとった。
「ああ、舞。どうした――えっ!? ダークアクアがそっちに!? うん……分かった、すぐ向かう」
だっとナッツは階段を駆け上がる。
「今、舞から電話があった。ダークアクアは舞の家にいるぞ!」
「えーっ!?」
思わず一同から叫びがあがる。シロップは一人だけ、やっぱりなと思っていた。
「倒れてるらしい。すぐ迎えに来てくれって」
「行こう!」
「うん!」
のぞみとダークドリームが口々に叫ぶ。シロップは外に出ると巨鳥の形態をとった。

 * * *

満と舞は、ベッドのそばの椅子に腰掛けダークアクアの様子を見守っていた。
だが、彼女に特に変化はない。満はここは舞に任せて薫の様子を見に行ったほうがいいかと
思い始めた。薫のところに行くのが少し怖くもあったのだが、そう言っていても仕方がない。
と、
「う……」
と顔を歪めたかと思うと身をよじり、目を開いた。
「ダークアクア」「ダークアクアさん?」
満と舞が同時に彼女の顔を覗き込む。ダークアクアは不思議そうに二人の顔を見比べた。
「ここは……?」
「私の家よ。ダークアクアさんが倒れていたから、満さんがあなたをここに
 連れてきてくれたの」
「倒れてた……?」
ダークアクアにはその記憶はなかった。満に駅の場所を聞いて、砂浜を歩いた――
彼女の記憶はそこで途切れていた。
「倒れた、の。私が」
「そうよ」
満は腕組みをしてダークアクアを見下ろしていた。
「薫と何があったの?」
「……」
答えたくない。そう言いたそうにダークアクアは満から目をそらす。
「でも、薫と何かあったんでしょう? みのりちゃんのことで」
玄関のチャイムが鳴った。和也が階段を降りていく音がする。

「舞? 霧生さんが来たよ」
その声に舞と満は思わずびくりとした。薫が来たのだ。
「あ、はーい」
舞は緊張しながら部屋から顔だけを出す。
「薫さん、あがって」
「ああ、舞。僕もう出かけるから」
階段を上がってくる薫を追いかけるように和也の声がする。
「分かってるわ。行ってらっしゃい」
薫が舞の部屋の前に着いた。舞はドアを半開きにしながら
薫を見る。
「……満はここにいる?」
「ええ。……ダークアクアさんもいるわ」
ぴくりと薫は眉を持ち上げた。ドアを大きく開くと、大股に部屋の中に入っていく。
「あ、あの、薫さん待って」
――薫……!
満は咄嗟に、薫を止めようとした。だが薫は満の手を振り払うとベッドのすぐ脇に立った。
「どういうこと」
薫はダークアクアしか見ていない。ダークアクアも薫しか見ていなかった。
「みのりちゃんは何も聞いていなかったわ、私のこと。みのりちゃんが一方的に
 あなたに喋って、あなたは聞いているだけだったそうじゃない。
 どうして、みのりちゃんに私のこと――私がダークフォールから来たとか、そんなことを
 教えたと言ったの!?」
――そういうことか……
満は大体事態を理解した。ダークアクアが薫に、「みのりに薫の正体を教えた」と言ったのだろう。
それで薫は怒っていたが、実際にはダークアクアはそんなことをみのりには伝えて
いなかったということだ。

「……別に。そう言ったらあなたがどんな顔するかと思っただけ」
「何ですって!?」
薫がいきり立つ。まあまあ、と満と舞が薫を抑えた。
「……嘘ばっかり」
ダークアクアは窓の外に視線を向ける。
「どういう意味!?」
「あなたも、あなたも」
ダークアクアは満と薫、二人を指した。
「さっきの子や咲のお母さんとずいぶん仲良くしているみたいだけど、
 それって結局嘘なんじゃない。あなた達は嘘の上にこの町の人たちと関係を築いて、
 それでこの町の人たちと繋がっている気分になっている。でも、そんなのは虚構よ。
 幻でしかないわ。あなた達とこの町の人たちとの関係は」
ぐっと満と薫は押し黙った。そう言われると言い返せない。

「……それは違うと思うわ」
小さな声で舞がつぶやく。ダークアクアは上体を起こすとそちらに目を向けた。
「何が違うの」
「満さん、薫さんと咲のお母さんやみのりちゃんとの関係は虚構でも幻でもないもの。
 みのりちゃんにとって薫さんは色んなことを教えてくれる優しいお姉さんで、
 咲のお母さんにとって満さんはパンが大好きでパンの作り方を
 熱心に教わりにくる咲の友達よ。満さんと薫さんがどこから来ていたって、それは揺らぐ
 ことはないわ。だって大事なのは、今の満さんと薫さんだもの!
 薫さんとみのりちゃん、満さんと咲のお母さんとの関係は本物よ!」
最後のほうは目を瞑って舞は一気に言った。
「本物?」
「ええ」
「そうね……」
ダークアクアは窓の外に目を向けた。
「あなた達はコピーじゃないものね……」
舞と満、薫ははっとした。ダークアクアの目尻に涙が一滴浮かんでいる。
私が話を聞くから……と、舞は満と薫に一階で待っていてもらうことにした。
二人が部屋から出て行くと、舞はダークアクアにハンカチを差し出し椅子に座った。
再びダークアクアは上体をベッドの上に倒す。

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