前へ 次へ

――何?
とじた瞼を通して、その暖かい光は流れ込んできた。流され続けていたダークアクアは
目を開く。どこかの世界への入り口が開いていた。手を伸ばせば届きそうな……でもきっと、
届かない。
ダークアクアはまた目を閉じようとした。もうあまり、何も考えたくない。

”それでいいんですか?”
――え? 何……?
誰かの声が聞こえたと思った。だがどこから聞こえてきたのか分からない。
”本当にそれでいいんですか?”
今度ははっきりと聞こえた。
「誰?」
声に出して言うと、謎の声は更に答える。
”そこから出たいのなら、いらっしゃい”
――出たい……?
ダークアクアは自問した。果たして自分は、出たいのかどうか。
出たいと願わなければきっとここからは出られない。
――出たい……?
そもそも何でこんなことになっているのかを考える。鏡の国に行こうとしたからだ。
では、なぜ鏡の国に行こうとしたか。いつもとは違う場所に行きたかったからだ。
ここも、いつもと違う場所には違いない。それなら、ここにいて問題はない。

――違う……
自分で考えたことに一瞬納得しかけたが、ダークアクアは違うと考え直した。
違う。いつもと違う場所に行きたかったのは、そこで少し落ち着いて考えてみたかったからだ。
今の状況では何も考えられない。何もできない。自分のことも、キュアアクアのことも
ダークミントのことも、何も考えられない。
――出なくちゃ……ここから……
柔らかい光がまだ見える。もうすぐ見えなくなってしまいそうだ……、
ダークアクアは手を伸ばした。掴みたい。あの光を掴みたい。そしてここから出たい。
ここから外へ……
ダークアクアの身体はどこかの世界へと放り出された。

「……ここは……?」
日差しがまぶしい。足元には柔らかな草が生えている。どこかで見たような場所だと思いながら
ダークアクアは辺りを歩き回る。おや、とダークアクアは立ち止まった。
湖が見える。綺麗な水は飲めそうだ。湖岸に膝をついてダークアクアは水を掬うと
喉を潤した。
普通の水とは少し違う味わいがその水にはあった。二口、三口と飲んで満足すると
空を仰ぐ。空はダークアクアがいつも見ている空の色とは少し違っていた。
――さっきの声の人、どこに……?
恐らくこの世界のどこかにいるはずだ。ダークアクアは立ち上がると歩き始めた。
少し向こうに大きな樹が見える。どこかで見たことのある樹のような気がして、
ダークアクアはそちらに向かって歩き始めた。

近づいてみると、その樹は思っていたよりもずっと巨大だった。
幹に触れてみる。鼓動のようなものを感じて、ダークアクアは思わず手を離した。
――なんだろう、ここは……
樹が生えている場所は小高い丘のようになっていて、この世界を見ることができた。
先ほどの湖の向こう岸は見えない。町の姿もない。
ただこの大きな樹と、いくつかある湖がこの世界の中核のようだ。

「自分の存在に悩んでいるのですね」
「……!?」
突然あの声が聞こえ、ダークアクアは驚いて声のしたほうを向いた。
巨大な樹とダークアクアの間にいつの間にか小さな女性――少女が立っていた。
彼女の目は閉じたまま、しかしダークアクアのことを全て見透かしているように思える。

フィーリア王女――世界樹の精霊にして、生きとし生けるものすべての命を司る泉の郷の王女。
ダークアクアは彼女のことを知らなかった。だが、只者でないことはすぐに分かった。

黙っているダークアクアに、フィーリア王女は悲しげに眉をひそめる。
「あなたはもう答えを手に入れているのに」
「え……?」
「それに気がついていないだけです」
「……私はどうすれば……?」
「緑の郷。そこが、あなたのいるべき場所です」
フィーリア王女の身体が薄れていく。世界樹と一体化していく。
はっと気づくと、ダークアクアは本当に知っている場所にきていた。
夕凪町にあるトネリコの森の上にある大空の樹。ダークアクアはその後ろに立っていた。

――どうして、ここに?
どうしてここにくることになったのかダークアクアには分からない。
鏡の国に行こうとしてからというもの、分からないことだらけだ。
とにかくここに来たことで、家に帰ることはできるようになったが。
「……」
ダークアクアは樹の根元に体育すわりになって座った。
吹き抜けていく風が気持ちいい。太陽の様子を見れば早朝だ。
もう早朝、と思うべきかまだ早朝、と思うべきかは分からなかった。

「あ〜!」
かわいらしい声にダークアクアは思わず振り返る。樹の向こう側に
日向みのりが立っていた。
「薫お姉さんに会いにきたの?」
みのりは人懐こい笑みを浮かべるとダークアクアに駆け寄ってくる。
「薫お姉さんね、この時間は大抵海辺でお絵かきしてるんだよ!」
わざわざ教えてくれているらしい。親切なのかおせっかいなのか、と
ダークアクアは思った。
みのりの方は、ダークアクアが薫に会いにきたものと決め付けているらしく
一緒に行こうと前のように手を伸ばす。
ダークアクアが立ち上がると、あ、とみのりは声を上げた。
姿勢を低くして地面を見ると、細い枝についた花が落ちているのを見て
取り上げる。
大空の樹のすぐそばにある木の花が今ちょうど満開だ。その木から落ちた枝らしい。
夜の間にでも落ちたものらしく、花もまだ瑞々しく綺麗である。

「今日は友達と約束があるんだけど、その前にこれ薫お姉さんに持っていってあげるんだ」
そう言ってえへへと笑う。ダークアクアはそれを見ているだけで
なんだか脱力した。この子と話しているといつもそうだとダークアクアは思った。
「……そんなに、薫が好き?」
「うん! 薫お姉さんって優しくてね、みのりに色んなこと教えてくれるんだよ!」
歩きながらみのりは、この前算数の問題の解き方を薫に教えてもらったことを
話し始めた。

――この子、薫のこと何にも知らないくせに……
掛け算のやり方について聞きながらダークアクアはそう思う。
ダークアクアは知っている。みのりが薫について、肝心のことを何も知らないことを。
ダークフォールからプリキュアを倒すためにやってきた刺客。
みのりはそのことを知らずに、普通の転校生だと思っている。

――もし、本当のことをこの子に教えたらどうなるのかしら?
ダークアクアの心にそんな考えが浮かんだ。



「薫お姉さーん!」
薫は砂浜に座って一心に絵を描いていたが、みのりの声にすぐに振り向く。
かけて来るみのりに薫の顔は一瞬ほころぶが、ダークアクアを見て驚く。
「薫お姉さーん!」
タックルをかけるようにみのりが薫に抱きつく。薫が立ち上がると、
「はい」
とみのりは薫に花を手渡した。
「あ……ありがとう」
どうしてダークアクアと一緒に来たの、という目で薫がダークアクアを見やると、
「あのね、薫お姉さんに用事があるみたいだったから一緒に来たんだ!」
とみのりは説明すると、「あ、じゃあお友達と約束があるからまたね、薫お姉さん!」
と言ってぱたぱたと駆け出していく。
薫はもらった花をそっとスケッチブックに挟むとぱたんと閉じ、
ダークアクアを見やった。

「用事って何かしら」
「別に何も。あの子が勘違いして私をここに連れてきただけよ」
「そう」
「お節介なほど親切な子ね」
「……」
薫は不躾なまでにじっとダークアクアを見る。
「……どうしてこの町に来たの? ダークドリームたちは?」
「私一人よ。ここに来たのは成り行き。すぐに帰るわ」
「……そう」
「ああ、それからあの子」
ダークアクアは薫に背を向けると何でもないことのように付け足す。
「薫お姉さんのこと知りたいっていってたから教えておいたわ」
「え?」
「ダークフォールから来たとか、そんなことをね。大事なことでしょう?」
「……え!?」
「じゃあ、また」
「……待ちなさいっ!」
薫はがっちりとダークアクアの肩を掴んだ。
「何?」
「みのりちゃんに何を言ったの!?」
「今言ったじゃない。あなたのことよ。
 嘘をついてたみたいだから本当のことを教えてあげただけ」
普段冷静な薫の目が怒りに染まる。こんなに怒っている人の顔を見たのは
鏡の国でキュアアクアと対峙した時以来だとダークアクアは思った。

「ふざけないでっ!」
吐き捨てるように叫ぶと薫の姿が変化する。身を纏っていた私服は
灰色に染まり、その胸に青いクリスタルが輝く。
ダークアクアの身体もまた薫の変化に呼応した。胸の奥のほうから何かの力がわきあがる。
変身していると気づいたのは変化が起きて数秒後だった。少女の身体が黒い戦闘服に
包まれる。キュアアクアをコピーし、シャドウの力を加えたその姿は今見ても禍々しい。
ダークアクアは久々に力を振るえることに背筋が震えるような興奮を覚えていた。血が騒ぐ。

その時、満は薫がいないのをいいことに二度寝をしていた。
「ん……?」
何か胸騒ぎを覚えベッドの中で赤い眼を見開く。
「……!」
満はすぐにベッドの上に上体を起こした。一遍に眼が覚めた。薫が誰かと戦っている。


「はあっ!」
拳が両者の中央でぶつかり合う。どちらも飛ばされることはなく睨み合ったまま。
ぱっと腕を引くと薫は宙に飛び上がった。
「ダークネスアロー!」
飛べないダークアクアは弓を構える。薫が両の手に光弾を握る。
勝った、とダークアクアは思った。ダークアクアの弓は一度に三本の矢を放つことができる。
二本の矢で光弾を落とす。残りの一本は薫を射ち落とす。
投げ捨てるように薫は光弾を放つと空を舞った。一つ、二つと赤い光弾は射落とされる。
三本目の矢は薫を追った。薫も矢に向かって真っ直ぐに飛び込んでいく。
衝突直前、身を翻すと薫は高速で矢の周りを巡る。大気が歪んだ。その衝撃で
矢が真ん中から砕け水しぶきがほとばしる。
「……ッ!?」
ダークアクアの真上で薫はミサイルのようにエネルギー弾を打ち出した。
避けようとするダークアクアをエネルギー弾は追尾する。爆炎があがった。
薫はダークアクアが爆炎に包まれるのを見た。
すとん、と浜辺に降り立つ。少し息が乱れていた。

前へ 次へ
コラボSS置き場へ戻る
indexへ戻る