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翌朝、ダークアクアは特にいつもとあまり変わりない様子を見せていた。
ダークドリームを投げ飛ばしてたたき起し、着替えて会社に行く。
会社の様子もいつもとそれほどは変わらない――ただ口数は極端に少なく、
必要な言葉しか発することはなかった。
隣の席に座っているダークミントが時々ちらちらとダークアクアの顔色をうかがっているが、
気付いていないふりをしていた。

「ねえ、ダークアクア今日何か不機嫌なの?」
そんな二人の様子に気づいたか、ダークドリームが向かいの席から
声を上げる。
「別に。そんなことないわ」
ダークアクアは数字を打ち込みながらパソコンの画面から目を離さずに答える。
「そうかなあ」
「そうよ」
短くそう答えると、ダークアクアはもうダークドリームが何を言ってきても答えなかった。
仕事をしながら、彼女が考えていたことは唯一つ。
――鏡の国に戻りたい……
ということだけだった。

鏡の国は彼女の故郷といえる場所ではあったが、しかしそこで生活したことがあるわけではない。
鏡の国に住む住人達は彼女に好意は抱いていないだろうし、
そもそも鏡の国の思い出といえばプリキュアと戦ったことしかない。
だがそれでも、彼女は無性に鏡の国に戻りたかった。
どこか別の場所に行きたかっただけかもしれない。別の場所として、鏡の国しか
思いつかなかったというだけで。

――でも、鏡の国には戻れない。
鏡の国には簡単に行き来することはできない。ミラクルライトがなければ……、
ダークアクアの思考はそこで止まった。


「……ダークアクアは?」
ブンビーカンパニーでの仕事を終えて家に帰ってくると、食事当番の人以外は
自由時間になる。仕事の時に出てきた難しい漢字の意味をダークアクアに教えてもらう
つもりだったんだ、と思いだしたダークドリームは狭い家の中を捜したがダークアクアの姿は
どこにも見つからなかった。
「ダークルージュ、ダークアクアどこかに出かけたの?」
「知らないけど。散歩か何かじゃないの?」
「そっか」
何となく腑に落ちないものを感じながら、ダークドリームはダークアクアを待った。

「……どう思う?」
ダークルージュとダークレモネードが作った夕食が食卓に並ぶ。
四人はすでに着席しているのに、一つだけ席が空いている。
ダークアクアの席だ。夕食だというのに戻ってこない。
さすがに四人は顔を見合わせた。
「時間……かかってるのかな。何の用事で出かけたのか知らないけど」
ダークルージュは時計を見上げる。いつからダークアクアの姿が見えなくなったのか
正確なところは解らないが、少なくともダークドリームが気づいてから一時間は経過していた。
「ダークアクアが出かけなくちゃいけない用事って何ですか? しかも誰にも
 出かけるって言わないで」
ダークレモネードはどこか不安そうだ。確かに、ダークプリキュア5の面々は
出かけるときには誰かに一言言ってからというのが常になっている。
「何かの事件……でしょうか」
職場にあったテレビで見たあれこれの事件を思い出しながらレモネードがそういうと、
ダークルージュは笑って手を振った。
「ないない。そんな、普通の人間が遭うような事件にダークアクアが巻き込まれてたら
 犯人たちのほうが危ないって」
「それはそうですけど」
「……会社に電話してみるわ」
思いつめたような表情でずっと黙っていたダークミントが立ち上がる。
電話をかけるダークミントを一同は黙って見守っていた。……だが、
ダークミントは一言も発することなく受話器を戻した。
「誰もいなかったんですか?」
ええ、誰も出なかったわとダークミントは答えた。
「会社でもなし……か。会社に用事も特にないはずですしね」
「……」
私のせい……? とダークミントは逡巡した。
昨夜のできごとを考えると、そうであるように思える。しかし昨夜のできごとは
あまりにも突然だった。それ以前に何かきっかけのようなものがなかったかと思い返して
みるが、思い出せない。
「なんか、ダークアクア変だったけどね最近」
誰にともなくダークルージュがつぶやく。ダークミントはあわててそちらに目を向けた。
「変って?」
「何か、脳味噌が水に溶けるとか言ってて」
「え?」
わけ分からないですよね、とダークルージュは困ったようにダークミントに答える。
「昨日、ダークアクアと会社で二人きりになった時があったんですけど、あんまり
 ぼんやりしてるから熱で脳が溶けたんじゃないんですかって言ったら
 『溶けたのは水よ』とか言ってて良く分らなかったんですよね」
「それは昨日の昼?」
「そう」
「その前に何か特別なことでもあったんですか?」
ダークレモネードが口を挟む。
「ナッツハウスに原稿取りに行ってたらしいよ。みんな外に出ちゃってたんで、
 ダークアクアしかいける人がいなかったらしいんだけど」
「じゃあその時に何か?」
「さあ……ねえ」
ダークミントはレモネードとルージュの会話に耳を傾けていたが、
またがたりと椅子から立ち上がった。無言で電話の前に立つと
ナッツハウスの番号をダイヤルする。

「はい、ナッツハウスです」
くるみがすぐに出てきた。ダークミントは名前を名乗ると、ダークアクアが
そちらにいないかとだけ尋ねる。
「ダークアクア? 来てないわよ」
「そう……ありがとう」
聞くだけ聞いて電話を切る。
「いなかったんですか?」
ダークルージュが小さな声で尋ねると「ええ」とダークミントは頷いた。

「と、とにかく一度食事食べようよ! ダークアクアよく食べるし、みんなで食事してたら
 帰ってくるかも! ほらダークミントも座って座って!」
ダークドリームはダークミントを無理やり席につかせると、
「いただきまーす!」
とわざと大きな声で言って食事を始めた。他の三人も食べ始める。
だがいつもと違って、ほとんど誰も言葉を発することはなかった。
「塩を取って」といった程度だ。中でもダークミントはひときわ深刻だった。
うつむいた姿勢のまま料理をつついてはいるものの、ダークルージュやダークドリームが
何か言ってもほとんど反応することがない。ダークミント以外の三人は目を合わせた。

食事が終わっても、ダークアクアが戻ってくることはなかった。ダークルージュとダーク
レモネードは黙って皿を片付け始める。
「……私、ダークアクアを探してくる」
皿を下げると、ダークミントはふらふらとした足取りで玄関に向かっていった。
「待って! 私も!」
ダークドリームが慌てて後を追いかけた。
「ここ終わったら、私達も探すから!」
ダークルージュが二人の背中に向かって叫ぶ。ドアを閉める音がそれに答えた。



しばらくは四人で探し回っていたが、成果を上げることのできないまま時間だけは
過ぎ去っていった。ダークアクアの行きそうな場所――主に会社周辺――を重点的に
探し回ってみたがその姿は見つからない。
ナッツハウスの周りももちろん探したが、ダークアクアはいなかった。次第に四人の
焦燥の色が濃くなっていった。プリキュア5に連絡をとって一緒に探してもらうにも、
もう時間があまりにも遅い。早いうちにこまちに相談しておかなかったことをダークミントは悔やんだ。
「とにかく……」
公園に決めた待ち合わせ場所にいったん集まると、ダークドリームが口を開く。
街灯の光が四人を頭の上から照らしていた。もうほとんどの生き物は眠りにつき、
蛾ばかりが街灯の周りに集まってきている。たまに蛾が街灯にぶつかる音を立てた。
「このままだとみんな徹夜になりそうだから、休憩とったほうがいいんじゃないかなあ」
「休憩? 私たちにそんなもの」
不要だ――とダークルージュは言いたげだった。ダークプリキュア5は疲れるということがない。
だがダークドリームは首を振る。
「のぞみたちが前に言ってたんだけど、ずっと同じことしてるより
 少し休んでからまた再開した方がうまくいくこともあるんだって。
 だから、交代で少し休んだ方が……」
ダークドリームはダークミントにちらりと目をやった。思いつめたような表情が
固まってしまったかのように見える。
「ダークミントはダークレモネードと一度帰って睡眠とってください。
 私とダークルージュで二、三時間探したら戻りますから、そしたら交代しましょう」
「でも、私も」
ダークミントは徹夜も辞さないつもりだった。眠るなんて考えられない……、だが、
ダークドリームは頑強にダークミントの意見を退けた。誰の目から見ても、
一番憔悴しているのはダークミントだ。精神的なものが大きいのだろうが、
この数時間でやつれたように見える。

「大丈夫ですよ、ダークアクア絶対帰ってきますから!」
なかなか家に戻ろうとしないダークミントの手をダークドリームがぎゅっと握り締める。
「ダークアクアが帰ってきても、ダークミントが倒れてたら心配しちゃうから
 少し休んでてください」
ダークレモネードもね、そう付け加えてダークドリームはダークミントの手を
ダークレモネードに預けるとダークルージュと一緒にその場から駆け出した。
「帰りましょう」
ダークレモネードにそういわれてダークミントはとぼとぼと家路をたどる。
その足取りはひどく重かった。


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