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第四話

夕凪町から戻ってきて数日後。ダークプリキュア5の面々はいつもどおりに
ブンビーカンパニーの仕事に戻っていた。
――今日は静かね……、

気がつけば会社の中にはダークアクアしかいない。ダークドリームはブンビーたちと
一緒に営業、ダークレモネードとダークアクアは取材、ダークルージュは広告の
打ち合わせに出かけている。やれやれ、とダークアクアは作業を進めた。
一人になるとはかどる。特に数字を扱う作業は。

ダークアクアはいつの間にか経理関係の仕事まで任されるようになっていた。
最初はブンビーの手伝い程度に収入・支出の管理をしていただけだったが、いつのまにか
経理を一手に握るようになってしまっている。
その分、彼女にはブンビーカンパニーの内情がよくわかっていた。
ダークルージュやダークレモネードは給料がもう少し上がればいいのにと思っているが、
現在のブンビーカンパニーの状況ではこれ以上給料を上げるのは無理だ。
どうしてもというのであれば営業をがんばってきてもらうしかない。
二人がちょっと愚痴をこぼすたびにダークアクアはそう説明していた。
……ある意味では、ダークアクアに経理を任せたのはブンビーの作戦勝ちかもしれない。

「これは……必要経費?」
ダークドリームから渡された領収書を見てダークアクアは首をひねった。
領収書に記載されているケーキ店の住所は、普段ダークドリームが営業して回る
範囲からはだいぶ外れている。
――仕事と関係なく行ったんじゃないのかしら、この店……。

どうもダークドリームは仕事と関係ない店での支払いもこちらに領収書を
回してくる傾向がある。より正確に言うと、
「何か買い物をしたら、レシートを出せば後はダークアクアが何とかしてくれる」
と思っている節がある。
―― 一度ちゃんと経理の仕組みについて教えないと……、
そう思いながらダークドリームの領収書を保留のファイルに挟んだとき、電話がなった。
この会社の電話はひとつしかない。ブンビーの机の上でけたたましく鳴っている。
やれやれと立ち上がるとダークアクアは受話器を手に取った。

「はい、ブンビーカンパニー……」
「ああ、ダークアクア君かね!?」
「社長、どうかしましたか」
切羽詰ったブンビーの声が受話器の向こうから聞こえてくる。
車が走るような音が小さく入っていることからすると、屋外からかけてきているようだ。
「じ、実はだね今移動中なんだが、今日予定になかったお客さんから緊急の連絡があって
 そちらに回らなければいけないんだ」
「はあ」
「それで、今日行く予定だったナッツハウスに行けなくなりそうなんだ。
 代わりに行ってきてもらえないかい? 広告原稿をもらってくるだけでいいから」
「私が出ると社内に誰もいなくなりますが、いいんですか?」
ナッツハウスの広告原稿だったら、頼み込めば逆にこちらに持ってきてもらうことも
できるのではないかとダークアクアは考えたがそれは口には出さなかった。
ブンビーにはブンビーなりの、客への応対の基本というものがあるのかもしれない。

「そうか、今日みんないないのか……ああでも、構わない。今日取りに行くって
 約束してあるからな。できるだけ早めに戻るようにしてくれ」
「分かりました」
やれやれと思いながらダークアクアは電話を切った。
彼女は基本的には内勤なので、仕事で外に出るということがない。
窓の外を見ると日差しが強い。上着を着ていったものかどうか
ダークアクアは悩んだが、一応着ていくことにした。
今日ナッツハウスに行く目的は仕事なのだから。
外に出ると、太陽の光がかっとダークアクアを照らした。にじみ出る
汗を感じながらダークアクアはナッツハウスを目指した。


客が入っている気配のないナッツハウスに入ってみると、
客どころか店員もいなかった。不思議に思いながら「すみません」と声を上げてみると
とんとんと階段を下りてくる音がする。
「すみません、お待たせして。今日は店長は――」
あ、と階段を降りてきたかれんはダークアクアを見て三段目のところで立ち止まった。

「……買い物、なの?」
「違うわ。広告の原稿を引き取りにきただけ」
「ああ……」
そういえばそんな話を聞いていた。たしか原稿は二階にしまってあったはずだ。
ちょっと待ってて、と言い残してかれんは階段を駆け上がる。それにしても……、
とかれんは思っていた。

――なんで今日、ダークアクアが来たのかしら……
今日はたまたま、ナッツハウスにいるのはかれん一人だ。
のぞみとダークドリームがしているように、何かダークアクアに話してみた方が
いいのだろうか。といって、ダークアクアに話すことも思いつかない。
しかし珍しく二人きりという状況で必要な事項以外何も話さないというのも
どうだろう。
仮にも、ダークアクアはかれんのコピーである。……

こまちに言われた通りの場所に原稿があるのを見つけると、かれんは一瞬ためらった後
手に取った。これをダークアクアに渡せばいい。しなければいけないこととしては
これだけだ。他にも、何か話でもしたほうがいいのか。迷いながらかれんは階段を降りる。

「見つけたわ」
手持ち無沙汰だったらしく、かれんが戻ってみるとダークアクアは店内にディスプレイされた
ネックレスを見ていた。翡翠に似た深緑色がアクセントになっている。
話題の糸口が見つかったような気がしてかれんはほっと安心した。
「それ、ダークミントに似合いそうよね」
「ええ。……え?」
ダークアクアは視線をネックレスからかれんに移した。
「こまちに似合うと思ってたの、それ」
と、かれんは付け加える。
自分とかれんが同じことを――自分はダークミントに、かれんはこまちに
このネックレスが似合いそうだと思っていたことに気付かされて
ダークアクアの背筋に一瞬寒気が走った。
かれんはそれには気付かずに、書類を渡しながら言葉を続ける。

「ダークミントには仲良くしてもらってるの?」
かれんは何の気なしに尋ねた。別に聞かねばならない質問というわけでもない。
これまでの会話の、単純な続きだ。
「……」
ダークアクアは黙ってかれんの手から書類を受け取った。書類の方に
流れていた視線を再びかれんに向ける。その目はかれんを威嚇しているかのようで、
えっとかれんはたじろいだ。

「……『こまちは甘いのよ。優柔不断だわ』」
「えっ? ……」
かれんは困惑した。今の言葉は、自分がこまちに言ってしまったものだ。
悪夢に屈したあの時に。
かれんのそんな困惑をよそに、ダークアクアはふふっと笑みを浮かべる。
「あなたこそ。キュアミントには仲良くしてもらってるの?」
「そんなこと、あなたに聞かれるようなことじゃ」
「確かに原稿は受け取ったわ」
ダークアクアは突然仕事の話に戻ると、では、と挨拶をしてそのまま
ナッツハウスから出て行った。取り残されたかれんはため息をひとつ漏らすと、
ダークアクアが見ていたネックレスのディスプレイ――手にとっていたらしく少し動いていた――を元に戻した。

「……」
外に出ると、灼熱の光がダークアクアに照りつけた。日陰を探すようにして
歩きながら、ダークアクアは眉間に皺を寄せていた。汗がだらだらと首筋に伝う。
溶ける、とダークアクアは思った。彼女を溶かすのは太陽ではない。
彼女を溶かすのはキュアアクア、水無月かれんだ。

他のダークプリキュアたちがどう思っているかは知らないが、
ダークアクアは水無月かれんの前に出ると自分が溶けていくような気もちになる。
かれんは、いわば大海である。
そのコピーであるダークアクアは海のそばにある小さな水たまりのようなものだ。
何かのはずみで海に飲み込まれれば消えてしまう。
シャドウ様の命令どおり、キュアアクアを倒すために行動していたときには
そんなことを感じることはなかった。だが、キュアアクアを倒す必要が
なくなった今になって、彼女の存在に怯えていた。
意地悪なことを言い返すのなどつまらない抵抗だ。それで怯えが消えるわけではない。

”ダークミントには仲良くしてもらってるの?”とかれんは尋ねた。
もちろん、仲良くしてもらっている。だからそう答えても良かった。
だが、ダークミントと仲良くしているのが――、いつの間にかダークミントが
大切な存在になっているのが、真に自分の気持ちなのかそれともかれんとこまちの
関係を受け継いだ結果そうなっているだけなのかダークアクアには解らない。

「昔の私」と、かつてキュアアクアはダークアクアのことをそう呼んだ。
そう言われた時は何も思わなかった。だが今になってみると、
自分の全てがかれんからの借り物でしかないように思えてくる。
実際、コピーであるという出自を考えればダークアクアのすべては彼女からの
借り物であると言って全く差支えはないのだ。彼女はホンモノである。
しかし、自分はニセモノである。……

ダークアクアは、もう考えるのはやめようと思った。
軽く頭を振ると、きっと前を見る。道はまっすぐに続いていた。
この道を歩くしかないようにダークアクアには思えた。

 * * *

「……ダークアクア?」
手が止まっていたダークアクアはダークルージュに呼びかけられて
はっと気付いた。ブンビーカンパニーには帰ってきたダークアクアとダークルージュの
二人だけだ。
「今日打ち合わせ行ってきた会社で、もうちょっと広告料安くならないかって
 さりげなく聞かれたんだけど」
「広告料? ……」
「端数だけでも引いてくれないかって」
「……」
「ダークアクア?」
しばらく待ってみても返事がない。ダークルージュはダークアクアの目を覗き込むように顔を
近づけた。
「わっ!? 何、ダークルージュ!?」
「何って……広告料どうすんですか」
「広告料?」
「人の話聞いてないし」
わざとらしくダークルージュはため息をついた。
何だったかしら、とダークアクアは聞き返す。
「広告料安くならないかって聞かれたんですよ。どうにかなるんですか?」
「あ、ああ……」
どうにもならないと思うわ。社長への相談しだいだけど。ダークアクアはそう答える。
そうだろうと思いました、とダークルージュは肩をすくめた。

「ぼんやりしちゃって。たまに昼間に外出たりするから、熱で脳が溶けたんじゃないですか?」
自分の席に戻りながらダークルージュは憎まれ口をたたく。
「そうね」
ダークアクアの返答にダークルージュは思わず「へっ?」と聞き返した。
絶対言い返してくると思っていたのに素直にそんなことを言うとは、
今日のダークアクアは何かがおかしい。 
「溶けたのは熱のせいじゃなくて水のせいだけど」
「水?」
ダークルージュにはダークアクアの行っていることの意味が良く分らなかった。

 * * *

その夜はダークミントとダークアクアがベッドに寝る番だった。
布団の中で騒いでいたダークドリームとダークレモネードを黙らせ、ダークルージュが
部屋の電気を消すとすぐに真っ暗になる。
ダークアクアは目を閉じた。――いつものように、ダークミントの白い腕が
伸びてくるのを感じる。
手を伸ばすと、ダークアクアは彼女の細い手首を掴んで止めた。
「アクア?」
ダークミントが驚いてささやく。こんな風にされたのは初めてだ。
「……」
ダークアクアは黙って彼女の手を降ろした。
「アクア? ……」
何があったのだろう。ダークミントにはダークアクアの行動の意味が解らなかった。
「……誰でもいいんでしょう? 私じゃなくても」
たとえば、キュアアクアでも。そう思いながらダークアクアは尋ねる。
ダークミントは躊躇した。なぜダークアクアがこんなことを聞いてくるのか解らない。
だが、確かにダークアクア以外の人にも……たとえばダークレモネードの隣で
眠る時にも、その体に触れて眠っている。
だからダークアクアの質問には、肯定の返事を返すほかにはなかった。
それを聞いてダークアクアは寝返りを打つと、ダークミントに背を向けた。
――ダークアクア? どうして……突然?
ダークミントは聞きたかったが聞ける雰囲気ではなかった。その夜はひどく
冷たく感じられた。

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