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第三話

――ん……。
喉の渇きを覚えてダークアクアは目を覚ました。
電気を消した寝室のベッドの中だ。すぐ横ではダークミントが眠りに落ちている。
床に敷いた布団の上ではダークドリームとダークルージュ、ダークレモネードの三人が
眠っているのでダークアクアは誰のことも起こさないように気をつけて
そっとベッドから降り、寝室を抜け出した。
寝室は狭い。もともと一人用の部屋に五人で住んでいるのだから無理はあるのだ。
ベッドは一つしかないので、二人がベッドの上、残りの三人は布団で眠ることになっている。
平等になるようにということで、五人は順番を決めてベッドの上に眠る二人を決めていた。
今夜はたまたまダークアクアとダークミントだったということだ。

コップに水を注ぐとダークアクアはそれを静かに飲み干した。コップを洗って再び棚に戻す。
それから足音を立てないように気をつけてまた部屋に戻った。
起きなければいけない時間までにはまだ間がある。
「……アクア」
ベッドにもぐりこむとダークミントの囁く声が聞こえてきた。ダークアクアは
びくりと身を硬くする。
「ごめんなさい、起こした?」
「いいえ……」
そう答えながらダークミントはその腕をダークアクアに絡めてくる。
彼女とベッドを使うときにはいつものことなので、
少しくすぐったいがダークアクアはされるがままになっていた。
やがてダークミントはまた安心したように眠りに落ちた。

 * * *

「起きなさい、ほら! ダークドリーム!」
ベッドで寝る二人は翌日の朝食その他の支度の担当ということになっている。
今日は当然、ダークアクアとダークミントの担当だ。作り方はダークドリームに習った。
朝食作りより何より手を焼くのは、ダークドリームを起こすことである。
ダークルージュとダークレモネードはとっくに起きてダークミントの手伝いをしていたが、
ダークアクアはダークドリームを起こすべく奮闘していた。
布団を引き剥がそうとしても布団から離れようとしない。
「起きなさいっ!」
業を煮やしたダークアクアは布団ごとダークドリームをベッドの上へと投げ飛ばした。
「痛ったあ〜……」
ようやくもぞもぞと起き上がったダークドリームの腕を引っつかむと
ダークアクアは床の上に引きずり降ろした。
うう、とダークドリームが情けない声を上げる。
「目、覚めた?」
「覚めました〜」
ふわあとあくびをしながらダークドリームが立ち上がった。
「それでよく一人暮らしができてたわね」
毎度毎度のことに呆れながら、ダークアクアはダークドリームの背中を
食卓の方に押していった。
「ん〜よく遅刻して……」
「はいはい」
無理やりにダークドリームを席に座らせる。食卓も元々二人用くらいのものなので
小さいが、五人は狭くても一応全員が座ってご飯を食べられるように椅子を配置していた。
ダークドリームが席に着き、朝食の時間となる。話は今日の仕事の予定の話や
昨日見たTV番組の話である。

食事が終ると、着替え。全員が黒のスーツ姿になる。
それから出勤だ。ブンビーカンパニーまでは歩いて十分くらい。
ダークルージュたち一同が一緒に住むようになってからがダークドリームが
遅刻することもなくなったが、よく遅刻していた当時は
「あの距離に住んでいてなんで遅刻するか分からん」
と言われていたものである。

「おはようございま〜す」
ダークドリームを先頭にしてぞろぞろと入っていくと、いつも
朝一番に来ているはずのブンビーは席に居なかった。
「あれ? 社長……」
自分の席に向かいながらダークドリームはきょろきょろと辺りを見回す。
ブンビーはどこにもいない。
「社長なら出かけましたよ。契約が取れるかもしれないって朝一に」
椅子にだらしなく腰掛けて書類を読んでいた社員がそう説明し、
「ダークルージュ君。30分後くらいに出かけるので準備しておいてくださいね」
とダークルージュににこやかに笑いかける。
「あ……はい」
ダークルージュは必要な物を確認すると自分の鞄の中にぽんぽんと放り込んだ。
今日は広告を出してくれるという商店のところに、広告のデザインの相談に
行く予定だ。ナッツハウスのように自前で広告を作って原稿だけを
渡してくるところもあるが、広告デザインからブンビーカンパニーに任せたい
というところもある。ダークルージュは主にそういったデザインの
担当をしていた。
「ねえねえダークルージュ。だったら帰りに今日の分のおやつ買って来てよ〜」
「ええ〜……」
ダークルージュはダークドリームに向って明らかに面倒くさそうな顔をした。
ダークミントがその話に乗ってくる。
「和菓子屋小町で羊羹というものを買って来てもらえないかしら? 
 すごくおいしいそうなの」
「へいへい」
いかにも面倒くさそうにダークミントの言っていることをメモに取ると、
ダークルージュはそれをかばんの中に投げ入れた。
「その話、誰に聞いたの?」
「こまちからよ」
当然、というようにダークミントはダークアクアに答えた。やっぱりと
ダークアクアは思う。以前プリキュアの誰かから「こまちは何にでも羊羹を
入れてくるので困る」――といった話を聞いたような気がする。

プリキュア5とダークプリキュア5は微妙な関係を保っていた。
ダークドリームは仕事でもプライベートでもよくナッツハウスに遊びに行く。
それに他のメンバーが同行することも多い。
そうした場合にダークミントはこまちと話していることが多いようだ。
しかし、ダークアクアが水無月かれんと話すかというと……なんとなく、
そういう気分にはなれなかった。
だからダークアクアは碌にかれんと話したことがない。
プリキュアやダークプリキュアのほかのメンバーがそれに気づいているか
どうかは分からないが。

ダークミントが何にでも羊羹というものを入れるようになったら確かに困るわねと
思いつつ、それはその時に考えようとダークアクアは
パソコンを立ち上げて昨日までの仕事をチェックする。
しばらくの間彼女は無言で画面を睨めながらカタカタとキーボードを叩いていた。
他の皆も静かに自分の仕事に取り組み、ブンビーカンパニーは静寂に包まれた。
やがてダークルージュが皆の邪魔をしないようにこそこそと会社を出る。
「……ダークミント」
ダークルージュたちが出て行ってからしばらくしてダークアクアが初めて声を上げた。
「何かしら?」
「ダークレモネードの写真を入れた取材記事をレイアウトしてみたけど、どうしても
 スペースが余るの。何か適当に書いてくれないかしら」
「どのくらい?」
このくらい。とダークアクアがパソコンの画面を見せながら説明すると、分かったわと
ダークミントは頷いた。
「ああそれと。この前の取材で経費がかかったなら領収書」
「あ、忘れてたわ」
ダークミントは領収書を二、三枚引っ張りだすとはいとダークアクアに渡す。
ダークアクアはまず領収書の処理を始めた。

「ダークドリーム、今度行くのここなんか面白そうだと思いません?」
ダークアクアとダークミントが座っている机の向こう側にはダークドリームとダークレモネード、
それにダークルージュの席がある。
ダークルージュはもう外に出かけていないので、今この列にいるのは二人だけだ。
「なになに? えーっと……『今噂の怪奇スポット』?」
「なんか、誰も居ないはずの路地裏で誰かの泣き声が聞こえてくるんだそうです」
「え、何で何で?」
「だから不思議なんですよ! 面白そうじゃありませんか?」
「そうだねー、社長に言ってみようよ」
「ええ」
この二人は遊んでいるのではない。ブンビータウンインフォメーションでは、
読者から町の面白いスポットの情報を募集している。
ダークレモネードは愛読者からのメールを一通一通読んでいたのだ。
そしてこの怪奇スポット情報に目が留まったわけである。
ダークドリームとダークレモネードはこういった面白そうな場所の取材や、
広告原稿の受け取りに外に出ていることが多いので、こうして社内に
べったりといることは珍しい。
「そういえば夏はこういう不思議現象を扱う季節なんだって
 昨日テレビで言ってました」
「へえ、じゃあ他にもそういう場所を探して不思議現象特集にしてもいいかもね!
 夏にはちょっと早いけど」
「ですね……他にもこういう情報ないかな……」
ダークレモネードは再びパソコンに向った。パソコンの向こう側では
ダークミントがダークアクアに「こんな感じでどう?」とささっと書いた
文章を見せている。
「うーんと、そうね。本文の方がケーキ特集だから、和菓子について書くのは
 少し違うかも……」
「そう? 量はこんなものでいい?」
「レイアウトしてみるからデータ送ってもらえる?」
「分かったわ、ちょっと待ってて」
「あー、お腹すいた!」
突然ダークドリームの声が二人の間に割り込むように飛び込んできた。
「何なの、ダークドリーム?」
「そろそろお昼ですよ……今日はどうするんですか?」
ダークミントはちらりと時計を見た。確かにそういう時間だ。
「どこかに食べにいく?」
「それだと戸締りしていかないといけないから面倒ね……店屋物じゃだめかしら?」
ダークアクアがパソコン越しに視線をダークレモネードに向けた。
「任せてください!」
ダークレモネードは胸を張ると引き出しの中から店屋物のメニューをいくつか
取り出す。
「ただいまー、あれ、これからお昼?」
タイミングよくダークルージュが帰ってきた。
「あれ、ダークルージュ一人?」
「うん、何かもう一つ別のお得意先回って帰ってくるって……どこで頼むの?」
「私はやっぱりこの店がいいと思うんですけど」
ダークレモネードが手に持っているのは唯一カレーも持ってきてくれる店のメニューだ。
はいはい、とダークアクアは独り言のように呟いた。
「あ〜、その店だったら私カツ丼ね」
「私は親子丼で……アクアとミントはどうしますか?」
伸ばしてきたダークアクアの手の上にダークドリームはメニューを載せた。
ダークアクアとダークミントの二人はまるで相談するかのように
メニューを一緒に見ていたが、やがて決まったらしくダークアクアが机の上の
電話の受話器を取り上げた。
「……ダークレモネードは何にするの?」
「もちろんカレーで!」
その即答を聞きながら、ダークアクアは確認するだけ無駄だったと思いつつ
電話番号を押す。

こちらで過ごすようになって分かってきたことがある。
ダークプリキュア5は自分たちで思っていたよりもずっとプリキュア5に似た
部分があるということだ。
ダークレモネードのカレー好きはその一例だ。
変なところでプリキュア5の……オリジナルの、癖を受けついでいる部分がある。
とはいってもその受け継ぎ方は中途半端なものだ。
春日野うららのカレー好きはお母さんの思い出と密接につながっているが、
ダークレモネードにはもちろん母への思慕はない。
ただカレーが好きなだけである。

こうしたプリキュア5の過去のこともダークプリキュア5は何となく知っていた。
本人達から聞いたのではない。ただ……自分の記憶を探ると、
何故かオリジナルのプリキュアの記憶が出てくることがある。
たとえばダークアクアは、水無月かれんの両親がかれんを置いて仕事に出て行く姿を
「思い出す」ことができた。といって、その時幼いかれんが感じたであろう「寂しい」
とか「しっかりしなくちゃ」とかいった気持ちを持つことはない――、
ただTVの1シーンを見るように、他人事としてその経験を眺めることができた。
このあたりもまた中途半端だった。

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