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第二話

ダークドリームがこちらの世界で住むようになってから一月が過ぎた。
今の彼女の生活は、ブンビーカンパニーと一人で住むマンションを中心に回っている。
仕事はお茶汲みや簡単なお使いだが、まだ会社の戦力になっているとは言い難い。
ブンビーカンパニーの雰囲気がナイトメアやエターナルと大分違うのは
彼女にとって幸いだった。
毎朝遅刻しないように頑張って出勤し、昼ごろには一休みする。
この日もそうだった。

「ダークドリーム君、お茶」
「は〜い」
昼過ぎのブンビーカンパニーには南向きの窓から暖かい陽光が差し込んでくる。
お昼を終え最初の仕事が一段落して、おやつやお茶が欲しくなる頃合である。
ダークドリームは部屋の片隅においてあるポットの台につつと歩み寄ると、
急須に茶葉と湯を入れ少し待ってからブンビーの湯飲みに注ぐ。
黄緑色に程よく色づいたお茶を見て「うん、今日はばっちり!」と彼女は思うと、
「お茶が入りましたよ〜」
とブンビーの席までお盆に載せて持っていく。だが二歩、三歩と進んだところで、
「ああっ!?」
つるっと足を滑らせて彼女は見事にすっ転んだ。盛大な音がフロアに響く。
「ダークドリーム君!?」
ブンビーが慌てて椅子を蹴るようにして立ち上がった。
カンパニーのもう一人の男性社員は「あ〜あ」とわざとらしくため息をついている。

「大丈夫かね!?」
「痛ったあ〜」
床にぶつけた腕をさすりながらダークドリームは身を起こす。それから自分の周りに飛び散った
お茶と湯飲みを見た。プラスチックの湯飲みは割れていないが、
お茶は随分遠くまで飛び散っている。
「あ〜あ」
状況を確認するとダークドリームは改めてため息をついた。
ブンビーは掃除用具入れから雑巾を出すと彼女にぽんと投げて渡す。
「すみません」
「いや……、お茶は私が淹れるから掃除だけしておいてくれ」
「は〜い」
ダークドリームは素直に答えると掃除を始める。
「ああ、それが済んだらちょっとお使いに行って来てくれないか。ナッツハウスに」
「はい!」
自分で淹れたお茶をおいしそうに飲んでいるブンビーにダークドリームは
元気良く答えた。


掃除を終えると、ダークドリームはブンビーの「お使い」の内容を確認して
ビルの外へと飛び出して行く。
ブンビーカンパニーからナッツハウスまでは歩いて20分ほどだ。
春めいてきたうららかな日差しの中で、ダークドリームはスキップするようにして
道を急いだ。

「こんにちはー、お邪魔します」
こうやってナッツハウスに入るのも慣れたもの。
「あ、ダークドリーム」
店の中にいたりんがぴょこっと顔を出した。
「ブンビーカンパニーのお使いで……」
「あ、はいはいいつものアレね、ちょっと待ってて」
ブンビーカンパニーが発行している情報誌にナッツハウスはほぼ毎回広告を載せている。
ダークドリームのお使いはその広告原稿を貰ってくることだ。

「ダークドリームーッ!」
奥に引っ込んだりんと入れ替わるようにしてのぞみの声が響いた。
「のぞみ!」
とダークドリームの表情がぱっと明るくなる。
「ダークドリーム、これっ!」
階段を駆け下りてきたのぞみは彼女の前にどん、と封筒を差し出した。
「何、これ?」
「招待状だよ、遊園地の!」
「遊園地?」
「ココやナッツや妖精のみんなが遊園地やるんだって、その招待状!」
のぞみは興奮気味だ。
「えっと……私に?」
うんうんとのぞみは頷いた。
「ダークドリームやブンビーカンパニーのみんな用だって! シロップが持ってきたんだ!」
「そうなんだ」
ダークドリームはぐいぐいと招待状を押し付けてくるのぞみの手から
それを受け取るとバッグの中にしまいこんだ。
「遊園地、すっごく楽しいんだよ! でも一日しかオープンしないって言ってたから、
 当日は目一杯楽しもうね!」
「うん!」
のぞみに釣られて、ダークドリームも笑顔になった。
「でね、満ちゃんと薫ちゃんもくるんだよ。だから会ったらお礼言おうよ」
「あ、そうなんだ!」
「うん。咲ちゃんと舞ちゃんももちろん一緒だし……、」
ダークドリームがこの町に来てしばらくしてから、誰が彼女をこの町に
送ってくれたのかとりんとかれんが不思議がったことがある。
名前は聞かなかったけど空を飛べる赤い髪と青い髪の女の子に連れてきてもらった
というダークドリームの言葉が決定打となり、
満と薫が彼女をこの町に連れてきたことが明らかになった。
のぞみ達は何度か、ダークドリームと一緒にお礼を言いに行こうと
夕凪町に行く計画を立てようとしたのだが中々みんなの予定が合わず
現在に至る。フェアリーパークで満と薫に会えるなら、その時お礼が言えるはずだ。
「一週間後だから、絶対風邪なんかひかないようにしようね!」
「うん!」
二人が指切りをしていると、りんが原稿を持って出てきた。
ダークドリームはそれを受け取ると丁寧にしまいこんでナッツハウスを出た。

――遊園地、ね……
当日のことを思うと胸が躍るような心地がする。また楽しそうなのぞみを見ることができる。
穏やかな春の空気を吸って、ダークドリームは招待状と原稿の入ったバッグをぎゅっと胸に抱えながら
ブンビーカンパニーへと戻っていった。

 * * *

当日、ダークドリームはブンビーカンパニーの営業車に乗って遊園地に向った。
「あ〜、困ったな」
運転しているブンビーが何度もハンドルを叩く。
「別の抜け道探しますか」
助手席で地図を持っているのはいつぞやの新入社員である。
「いやでも、これすでに三つ目の抜け道ルートだぞ」
「三つで駄目なら四つ目の道を探すべきですよ」
「そうかあ……?」
最初に決めていたルートから大分離れ、すでにかなり遠回りになっているはずである。
「ほら、あそこのラーメン屋ととんかつ屋の間の道。あそこが抜け道になってますよ」
「う〜ん……」
「まあ、このまま渋滞に巻き込まれていくのも社長の判断ですけどね」
「……」
やけになったようにブンビーはウィンカーを出し左折した。車一台がやっと通れるような細い路地を恐る恐る進んでいく。
「この道いつまで続くんだ……?」
「もうちょっとで別の道とぶつかるはずですよ」
 彼の言葉どおり、しばらくいくと少し広めの道路と交差した。ブンビーはほっと安心して右折する。
今度の道は少し混んではいるものの流れてはいた。予定時間よりは遅れるが、
このままだったら目的地には無事たどり着けそうだとブンビーは内心安堵した。
今日は遊園地で楽しむというのも目的の一つだったが、四つ葉町ドーナツカフェの
店主の取材というのも目的に入っているのだ。
遅刻は避けられないにしても、大遅刻ではなくせめて小遅刻に留めたい。

後部座席に座っているダークドリームは先ほどからうとうとと
舟を漕ぎはじめていた。渋滞はどうしても退屈だ。助手席に座っている社員が
ちらりとそんなダークドリームを見るとまた視線を前に戻す。
「社長」
「ん? 何だ?」
「以前から気になっていたのですが、どうして彼女を雇っているんです?」
ダークドリームを起こさないようにひそひそと話しかける。
「どういう意味だ?」
「あまり仕事に向いていないのではないかと……」
「そういう意味か」
ハンドルを握るブンビーは「まあな」と苦笑した。
「確かに、仕事にはまだ慣れていないが……まあそのうち慣れるだろう」
「何故彼女をそこまで?」
「……まあ、」
ブンビーは苦笑した。
「私の同郷みたいなものだからな」
「そうなんですか?」
「ああ。こっちに来て色々苦労することもあるだろうし、本人がやりたいと言っている
 うちは面倒を見たいと思っているんだ」
――まあ、ここまでドジだとは予想外だったが……
そう考えブンビーは苦笑した。彼女が戦力になるのはもう少し時間がかかりそうだ。
「社長、次の信号左折です」
「おおっと忘れてた!」
目前に迫る信号を前にブンビーは慌ててウインカーを出し車を左に寄せた。


営業車は予定より1時間ほど遅れてフェアリーパークに到着した。駐車場内に
無事に車を停めたブンビーはやれやれといった表情で車から降りる。
ダークドリームも目をこすりながら車から降りた。のぞみたちとの待ち合わせ時間は
もう一時間も前に過ぎている。
「私たちは園内を回りながらドーナツ店店主を探すが、ダークドリーム君は
 どうする?」
「私はのぞみ達を探します」
「そうか、じゃあパーク内では別行動にしよう。閉園時間になったら車に集合だな」
「分かりました」
ブンビーに預けていた招待状を受け取ると、ダークドリームはブンビーたちより一足先に
園内に入場した。
彼女の服はもちろん、いつかプリンセスランドで着ていた服だ。
見るもの聞くもの、すべてが目新しい。……

「おうお前、ミラクルライト持ってないのか?」
え? とダークドリームが下を見ると、ウサギとカメのような妖精が
籠に入れたミラクルライトを配っている。ダークドリームに声をかけてきたのは
カメの方だ。
「うん、貰ってないけど」
「じゃあ、はいこれ」
ウサギの方が自分の籠からミラクルライトを出してダークドリームに手渡した。
「ここいらの人には大体配っちまったな」
「じゃあ、ちょっと別のところに行ってみよう」
ウサギとカメは「じゃあね」「じゃあな」とダークドリームに手を振って、
手を繋いで別の場所へと歩いていった。ダークドリームはそれを見送って
何か引っ掛かる物を覚えた。

「あっ薫お姉さん! お姫さまみたいな人がいるよ!」
「え……?」
自分に言われた言葉のような気がして子どもの声がしたほうを振り返ると、
小学生くらいの女の子が果たしてこちらを見ていた。
女の子の両脇には中学生くらいの、青い髪の少女と赤い髪の少女が立っている。
「あーっ!」
ダークドリームはその二人を見て思わず大声を上げてしまった。
この世界に舞い戻ってきた時にのぞみのところまで送ってきてくれた少女たち――
つまり、満と薫だ。
満と薫もダークドリームの顔を見て彼女のことを思い出したらしく、駆け寄る
ダークドリームを特に警戒することもなく待つ。みのりは、あれ? という表情で
ダークドリームと満、薫を見比べていた。
「久しぶり!」
「ええ」「久しぶりね」
ダークドリームにそう答える満と薫を見てみのりは、
「薫お姉さんたちのお友だち?」
と薫を見あげた。
「ええ、まあ……」
薫がそう答えている間に満が
「のぞみとは一緒じゃないの?」
と尋ねる。
「うん、待ち合わせしてたんだけど私遅刻しちゃったから……今探して回ってるところなの。
 のぞみ達がどこにいるか知らない?」
「私たちも遅刻しちゃったから会えてないわ。咲と舞が探しているけど……」
「あ、そうなんだ」
そっか、とダークドリームは呟いた。
みのりは不思議そうな顔でダークドリームを見上げている。
「うーんと、のぞみ達と一緒に言うつもりだったんだけど……」
「?」
きょとんとした表情で満と薫はダークドリームの言葉を待っていた。
「ちゃんとお礼言ってなかったから……この前はどうもありがとう!」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「この前?」
と満と薫は顔を見合わせた。
「ほら、この前のぞみのところに連れて行ってくれたじゃない」
「ああ」
「別に大したことじゃないし」
素っ気無いとも思える口調で満と薫は答えた。
「ん〜、でも二人に会えなかったら私すごく困ってたと思うし」
みのりは三人の話を聞きながら、満お姉さんと薫お姉さんがこのお姉さんを何か
助けてあげたらしいということがわかってだんだん誇らしい気持ちになってきた。

「薫お姉さん、何したの?」
ひそひそと薫に尋ねるが、その声はダークドリームにもはっきりと聞こえていた。
「私のこと、のぞみのところまで連れて行ってくれたんだよ」
薫が答える前にダークドリームがしゃがみ込んでみのりに答える。
「お姉さん、のぞみお姉ちゃんとはぐれちゃってたの?」
「うん、そう。それで満と薫が空を飛――」
「そ、そうそう! 送っていったのよね」
満が突然言葉を挟んでダークドリームの言葉を打ち消す。
ダークドリームは「そういうことなの」
とみのりへの説明を終えた。
「だから満と薫にはちゃんとありがとうって言いたかったんだけど……」
みのりは満と薫がそんな風に言われるのが嬉しくてたまらないように笑みを浮かべている。

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