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「りんちゃん、うららー! くるみー! 早く早く!」
この日、サンクルミエール学園は午前中で授業が終わりだった。
靴を履き替えると、待ちきれないようにのぞみは校舎の外へと飛び出して行く。
「はいはい」
苦笑しながらりん達はのぞみの後を追いかけた。このところ、毎日こうだ。
学校が終るとのぞみは大急ぎでナッツハウスへと向っていく。
もちろん、ダークドリームに会いに行くためである。
「りんちゃん早くー!」
同級生に話しかけられて少し遅れたりんを、のぞみはじれったそうに足踏みしながら
校門のところで待っていた。


「こまち、こちらの書類に目を通してくれる?」
「ええ」
一方、こちらは生徒会室。午後の授業がないこの日、かれんとこまちは
たまっている作業を片付けようと二人で生徒会室に篭っていた。
二人は黙ったまま、書類に目を通し必要なところに適宜付箋を貼っていく。
かれんから渡された書類を三分の一ほど読み、切りのいいところまで来たこまちは
一つ伸びをすると立ち上がり、窓の外を眺める。生徒はもうほとんど校内に残っていないようだ。
「のぞみさん、今日も一番に帰ったのかしらね」
「そうなんじゃない?」
最近のぞみが大急ぎで帰っていく姿は、もちろんかれんとこまちも見かけたことがあった。
「ダークドリームと話をするのが楽しくてたまらないみたいだもの」
そう答え、かれんもひと段落ついたようで手に持っている鉛筆をカランと机の上に置いた。
「……ねえ、かれん?」
「何?」
こまちの声音から重要な話であるのを感じ取り、かれんはこまちに目を向けた。
こまちはかれんの正面に座り直す。
「ダークドリームさんを見ていると思い出す人、いない?」
「思い出す人? ……」
そう言ったきりかれんが答えないでいると、こまちは自分から答えを出した。
「私はダークミントを思い出すの」
「ああ……」
ダークミントはキュアミントのコピーだ。当時は防御に特化していたキュアミントとは
対照的に、「守る力は何の役にも立たない」と言い放ち
キュアミントを倒さんとしてきた。
こまちは、彼女を倒すことには抵抗があった。自分に良く似ているということもあったが、
彼女には自分の気持ちが理解してもらえるのではないかと思ったのだ。
結局彼女は消滅したのだが、「あなたのことだって守りたかった」と伝えた時に
彼女が流した涙の感触は今でもはっきりと覚えている。
「ダークミントもダークドリームさんみたいになれたんじゃないかって思ってしまうの。
 かれんはそういうの、ない?」
「無理ね」
かれんは即答した。こまちはその様子にわずかに首を傾げる。
「ダークアクアがダークドリームみたいになるのは無理よ。
 正直言って、どうしようもないと思うわ」
「でも……ダークアクアは昔のかれんみたいだったって、前言ってたじゃない?」
「そうよ。だからダークアクアは愚かなの」
「そんな」
「単なる事実よ」
かれんはちらりと窓に目をやった。日の光が差し込んできている。かれんは青い瞳に
その光を映すと、再び目を閉じた。
「ねえ、かれん」
「何?」
「私は昔のかれんも好きよ。ただ昔は、かれん本人が辛そうだったけど……
 今から思えば」
「あのこまち、いきなり何を」
「単なる事実だけど、伝えておいた方がいいかと思って」
「……そう」
かれんは再び書類に目を落とすと、作業を再開する前にもう一度口を開いた。
「訂正するわ、こまち。こまちやのぞみだったらダークアクアに考え方を
 変えさせることができるかもしれないけど、私には無理ね」

* *

「ここだ」
シロップはオフィス街に程近い町にダークドリームを連れてきた。
オフィス街と住宅街が混在しているかのようなこの町には、マンションや一軒家と
オフィスビルとが並んで建っている。シロップはその中の一つのオフィスビルに入っていく。
表に出ている看板は「ブンビーカンパニー」。ナイトメア、エターナルと転職を重ね
苦労していたブンビーがようやく手に入れた自分の城である。
将来的には多角的な経営を目指していきたいようだが、現在は情報誌「ブンビータウン
インフォメーション」の発行が主な業務だ。

「おおっ! シロップ!」
遠慮なく入っていくと、部屋の奥の社長席に座っていたブンビーが立ち上がった。
「今月号は?」
「ほら、ここだ」
ブンビーが机の上においてある箱を見せる。中には刷り上ったばかりの「ブンビータウン
インフォメーション――パルミエ王国版――」が一杯に入っている。
「じゃあいつもみたいに王国まで」
「ああ、頼むよ――って、のぞみさん!?」
ブンビーがやっとダークドリームに気づいた。彼女を見て驚いたように目をぱちぱちさせている。
「ああ、違うよのぞみじゃない。ダークドリームと言って……」
「初めまして、ダークドリームです」
「あ、ああ……」
ぺこりとお辞儀をするダークドリームにブンビーは生返事を返したが、どういうことなんだと
困惑してシロップを見る。
「まあ簡単に言えば、プリキュアの敵だったけどのぞみを見て考えを変えたんだ」
「なるほど……」
ブンビーは顎に手を当てた。しかし今の説明には腑に落ちないところがあった。
「しかし、そういう話は聞いたことがないが。のぞみさんにそっくりの少女が
 現れたなんていうことは」
彼はナイトメア、エターナルと対プリキュアの最前線にいたのである。
ある意味プリキュア5の情報に最も詳しい一人だった。
「あの……私最近まで消えてたんです。最近になって出てきたから、だから……」
「ああ、なるほど」
納得したようにうなずくと、ブンビーはちらっと時計をみやった。
「シロップ、まだ時間あるかい?」
「ああ、あるけど……」
「そっちに座っていてくれ」
ブンビーは窓際にある古ぼけた応接セットを指差すとその場を離れた。
二人が座って待っていると、
「お茶が入りましたよ〜」
とにこやかに現れる。
「はい、どうぞどうぞ」
と愛想よくお茶を二人の前におくブンビーに、シロップは怪訝な表情を浮かべていた。
ブンビーは二人の向いのソファに腰を下ろすと、
「それで、いつ頃からこっちに出てきたんだい?」
とダークドリームを見やる。
「えっと……数日前に」
ふむふむ、とブンビーは頷く。学校には通っていないんだね、と確認すると
ダークドリームはこくりと頷いた。
「何なんだ? 何でダークドリームにそんなこと……」
シロップがきつめの口調でそう言うと、ブンビーは「いやこれは申し訳ない」と
芝居がかった口調で言った。
「実はうちの会社で人を探していてね」
「人? 社員ってことか?」
「ああ。最近軌道に乗ってきたこともあって、二人だけだと仕事がさばききれなくなってきたんだよ。
 求人の募集を出すことも考えたが、一回や二回面接したところで信用できる人か
 なんて簡単には分からないし。その点のぞみさんたちの知り合いなら安心だと
 思ってね。この近くに安い一人用の部屋も確保してあるから、そこからも通えるし」
「あの私……こっちの世界に来たばっかりで、まだ何も良く分かってないんですけど」
「大丈夫」
ブンビーは満面の笑みを浮かべる。
「仕事のこともこの世界のことも一つ一つ指導するから、私に任せておきたまえ」
「そ、それにのぞみにも相談しないと……」
「もちろん。私がのぞみさんに説明しにいこうか?」
「い、いえ自分で……」
このままついていきそうなブンビーをダークドリームは断る。潮時と見てシロップは立ち上がった。
「じゃあこの箱持っていくぞ」
先ほどの段ボール箱を肩に担ぐ。
「ああ、よろしく頼むよシロップ。ダークドリームもな」
ブンビーの声に送られるようにして二人はブンビーカンパニーを後にした。

「今の話、どうするロプ?」
再びシロップの背中に乗ったダークドリームにシロップは尋ねる。
「……のぞみに話してみる」
ダークドリームは逡巡しながらもそう答えた。
「ブンビーのところに行ってみるつもりロプ?」
「うん、考えてみてもいいかなって……」
ナッツハウスの近くにダークドリームを降ろすと、シロップは得意先のところに
飛んでいったのでダークドリームは一人残された。
ナッツハウスには既にのぞみ達が帰ってきている。開いた二階の窓からのぞみたちの
笑い声が聞こえていた。
ダークドリームはくすりと笑うと、立ち止まって窓を見上げる。
のぞみの笑い声は好きだ。この笑い声を聞いていると、迷っていた何かが晴れるような
気がする――、きゅっと胸の前で手を握ると、ダークドリームはナッツハウスの中に入った。

「ダークドリーム! お帰りっ!」
二階に上ると、のぞみが飛び出してきてぴょんと抱きつく。
「た……ただいま」
「うららがお菓子持ってきたんだよ、仕事で一緒になった人から貰ったんだって! 
 食べよう!」
「うん!」
のぞみに手を引かれるようにしてダークドリームは部屋に入ると、
お菓子をぱくついている一同の輪の中に入って座った。
話はもっぱら、うららにお菓子をくれた新人タレントのことで――北海道から
最近こちらに出てきたらしく、初対面のうららにもこんな風にお菓子をくれたということで
そのタレントの株は急上昇していた。
「うららはそのドラマ、レギュラーなんでしょ? その子は?」
りんの問いにうららは、
「一回だけのゲストキャラなんですけど」
と答える。
「そっか、じゃあその回は見逃さないようにしなくちゃ!」
とりんはお菓子を飲み込む。それから話はこまちの小説のことになり、かれんの両親が
出演したコンサートのことになり……そしてふっと、話が途切れた。

「あ、あのね、のぞみ」
ダークドリームはその隙間に入り込むように口を開く。
「ん? ダークドリーム、どうしたの?」
「今日シロップに、ブンビーカンパニーっていうところに連れて行ってもらったの」
「ああそっか。それで今日出かけてたんだ」
「うん……。それでね」
「どうしたの?」
ダークドリームに話の先を促すようにのぞみは柔らかい微笑を浮かべた。
「そこの社長のブンビーさんに、会社で働かないかって言われて……」
「えっ!?」
予想外だったようで、のぞみは大きな声を上げる。他の皆も、
興味津々と言った様子でダークドリームの言葉に耳を傾けていた。
「駄目……かな?」
「え、えっと。……ダークドリームは働きたいの?」
「……うん。働くなんて初めてだけど、でもやってみたくて」
「そっか……」
のぞみとしては、ダークドリームがもう少しこちらの世界になれたら学校に通うことを
勧めるつもりでいた。
無理に勧める気はもちろんなかったが、しばらくしたら話してみようとは思っていた。
「ダークドリームがそう思うんだったらやってみたらいいんじゃないかな。
 ……あっでも、ブンビー変なことしないかなあ?」
「変なこと……?」
意味をはかりかねてダークドリームが尋ねると、
「ドリームコレットとか、貴重なコレクションを奪ってこいって言われても
 そんな仕事絶対駄目だからね!」
とのぞみが念を押す。聞いていたこまちがくすくすと笑った。
「大丈夫よ、のぞみさん。今のブンビーさんなら」
「だといいんですけど……」
そう答え、のぞみはまたダークドリームに向き直った。
「ダークドリームがしたいようにやってみたらいいと思うよ」
「ありがとう、のぞみ」
ダークドリームはにっこり笑ってもう一つの話を切り出した。
「それでね、ブンビーカンパニーの方で言えも用意してくれるらしいの。
 そっちに引っ越そうかと思うんだけど……」
「ええええええ!?」
のぞみは今度こそ顔色を変えた。
「え、でもだってそんな……ナッツハウスにいればいいのに!」
「ご、ごめんのぞみ。でも……」
「ダークドリームさんはそちらに行きたいの?」
こまちが助け舟を出すと、ダークドリームはこくんと頷いた。
「え、でも、だって……」
のぞみはまだ納得できていない様子だ。
「ここに住んでると、みんな優しくしてくれて……すごく嬉しいんだけど、でも」
ダークドリームはそこで一旦言葉を切った。
「でも何か……ふわふわしているみたいで」
「ふわふわ?」
「なんだか少し違うような気がしてたの」
その違和感の原因は、つい先ほどまでは分からなかった。だが今なら、言葉に
できそうな気がする。
「さっきね、のぞみたちの笑い声を部屋の外から聞いていて思ったんだけど……」
「うん」
話が核心に近づいてきたのを感じ取りながらのぞみは相槌を打った。
「私、もう一度みんなに会いたいんだと思う」
「みんな……って?」
「ダークルージュと、ダークレモネード。それにダークミントと、ダークアクア」
はっきりとその名を口にしたダークドリームに対し、のぞみとくるみ以外の四人は
思わず目を伏せる。
今ダークドリームが名前を挙げたのは彼女達四人のコピーであり、それを
消滅させたのもまた彼女たちなのである。
「ダークドリーム、その……」
りんが言いにくそうに口を開いた。ダークルージュはクリスタルに戻った、と
なるべく感情を交えないように淡々と告げる。ダークドリームはうん、と頷いた。
「でも私も一度はクリスタルに戻っていたんだし、だからみんなだって……」
「それでどうして引っ越すの?」
のぞみは再度尋ねた。今の話と引越しの話は中々繋がらない。

「みんなが来たら、私がこっちの世界のこと色々教えなくちゃいけないし。
 のぞみ達に頼りっぱなしじゃいけないって」
「自立したいの?」
かれんが尋ねる。ダークドリームは少し考えた。
「そういうこと……かな」
「そっかあ」
のぞみはいかにも残念そうだが、やがて気を取り直したように顔を上げた。
「じゃあさ、一度一緒にブンビーカンパニーに行こうよ!」
「えっ!?」
「だってダークドリームのことちゃんとお願いしないといけないし」
「そうね。それと釘も刺しておいた方がいいわ。変な仕事させないように」
くるみが横から口を挟む。そうね、みんなで行っておいた方がいいわね、とかれんも言葉を添えた。
「じゃあみんなでブンビーカンパニーに行くことけってーい!」
のぞみがびしっと人差し指を突き出した。

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