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第七話 決戦

時計の郷には静寂が満ちている。かつてサーロインという者がこの郷に目をつけたことも
あったが、基本的にここについて知る者は少ない。
時計の郷は大昔からそうであったように静けさを取り戻し、確実に時を刻んでいる。

その郷の片隅に少女が一人。九条ひかり。光の園のクイーンの生命としてこの世に
誕生したが、現在はごく普通の中学生としての日々を過ごしている。
壷を抱えて座る姿は彼女が強い不安を抱いていることを感じさせるが、
見る人が見れば彼女がそれを守り通すという明確な意思を持っていることも明らかだった。

――本当に普通の女の子なんだな……
彼女の隣に人間の姿をして座るココはしみじみと思う。光の園がドツクゾーンからの
襲撃を受けていたとき、クイーンの意思・生命・心が分裂したとは聞いていた。
その生命を伝説の戦士プリキュアが守り通し、最終的に彼女は人間として生きることに
なったということも。その本人が今すぐ目の前に居る。
何度か会ってはいるが、こんな風にすぐ傍にいるのは初めてのことだ。確か光の園と
対になるドツクゾーンの主、ジャアクキングの生命も現在は彼女と一緒に暮らしていると
聞いているが……。

「ひかる君は元気ですか?」
ココの言葉にひかりは一瞬驚いた顔を浮かべたが「ええ」と微笑む。
「最近は亮……なぎささんの弟さんによく遊んでもらって。男の子の遊びも覚えたみたいで」
「そうですか、男の子には男の子の社会があるから……」
「ココさんやナッツさんもそうだったんですか?」
「ええ、まあ。悪さを一緒にしたりして」
ココの苦笑を見てひかりはまた少し微笑んだ。ココの顔を見上げ、ふっと話題を変える。
「……敬語なんて、使わないで下さい」
やんわりとココに釘を刺す。
「しかし、あなたは光の園の……」
「うららさんと同い年なんですよ、私」
「……失礼しました」
またついつい敬語を使ってしまったのに気づいてココは「あ」と頭に手をやる。
ひかりは声を上げてくすくすと笑った。
今ここにいるのはココとひかり、ポルンとルルンの四人だけだ。
ミルクはプリキュアたちの力が目覚めつつあるのを感じて壷の中に飛び込んでいったし、
ナッツはムープやタルト、シロップたちと一緒に新型のミラクルライトを開発するべくパルミエ王国に戻っている。
結果としてここには四人だけが残っているというわけだ。
プリキュアが出てくるまでこの壷を守り通すのが彼らの使命である。


一方の壷の中。水無月邸にみんなが集まりこの日の朝食兼昼食兼夕食をとっていた。
広い一室に集まり食事を取る姿は壮観である。
今回は羊羹入り味噌汁などを初めとするメニューが沢山あるので、部屋の中央に料理を
並べて好きな物を適当に取り分けるバイキング形式を取っている。
「満、それちょっと頂戴」
そんな中、満は一人メロンパンを抱えてもくもくと食べていた。
なぎさが一つ抜き取ろうとするとさっと横を向いてガードする。
「いいじゃん満〜! 一つくらい!」
「なぎさ、人の物をあまり欲しがるのは」
ほのかが見かねて窘める。
「でも〜……」
「……咲に焼いてもらえばいいわ」
満の答えになぎさは「今食べたいんだってば」と不満そうだ。
「じゃあ満、今度なぎささん達が来た時にメロンパン御馳走しようよ」
そんな会話に気づいて咲が割って入る。
「満も一緒に焼こう、ね?」
「えっ、満もメロンパン焼けるの?」
なぎさの言葉に咲はうんうんと頷く。
「満が焼くパン、おいしいって評判なんですよ!」
「へえ〜、じゃあ今度私たちがPANPAKAパン行く時に咲はチョココロネ、
 満はメロンパン焼いてね! 予約ってことで!」
「はいはい、分かりましたナリー」
苦笑して咲が答える。
――まったく……。
と、満は思う。伝説の戦士プリキュアと言えばその名はドツクゾーン、ダークフォール、
パルミエ王国、光の園、精霊の郷、その他のあらゆる世界に聞こえていると言ってもいいだろう。
プリキュアの存在が知られていないのは緑の郷くらいのものだ。
今から思えばゴーヤーンが咲たちと出会う前からプリキュアの存在を知っていたのもそのせいだ。
満が咲と舞に初めて会った時には「伝説の戦士」という肩書きにふさわしくない、
くだらないことにばかり夢中になっているただの人間に思えたものだが――。

今、いろいろなプリキュアを見ていてもやはり昔「伝説の戦士」として聞いた
イメージとは大分かけ離れている。たとえば隣のなぎさは羊羹の味噌汁を
「これもいける!」と言って何杯もお代わりしている。
しかし、こうしたこと、緑の郷の、「くだらないもの」を大切にしていることが
彼女たちの強さの秘密なのだろうと満は思っていた。


舞と薫は部屋の中央付近でおにぎりを頬張っていた。りんがそばにやって来る。
「そういえば、結局大食い大会に参加しないんだよね私たち」
「大食い大会?」
不思議そうな顔をする薫に舞が、
「この世界で数日後にあることになってる大会なの」と説明する。
「かれんさんと決着つけたかったんだけどなー」
りんが呟くと、聞き捨てならないというようにかれんが近づいてきた。
「あら、りん。前から思っていたけど、どこにいても張り合おうとするのは変わらないのね」
「かれんさんこそ。どこにいっても負けず嫌いなんですから」
不敵に笑う二人の間に火花が飛び散る。薫はきょとんとしていたが舞は苦笑していた。
「だったら、元の世界でみんなで大食い大会やったらいいんじゃないですか?」
祈里が話に入ってくる。
「元の世界で?」
「ええ。みんなで料理を持ち寄って、プリキュア大食い大会を」
「ブッキーそれ最高!」
ラブがうっとりとした表情を浮かべた。
「じゃあ、帰ったらみんなで大食い大会することけってーい!」
のぞみが人差し指を上に上げる。これで決まりだ。薫は話の急展開に驚きながらも、
――でも、この人たちらしい……
と思っていた。
本当のことを言えば、帰れるかどうかは分からない。帰るためにはキントレスキーと
ミズ・シタターレを倒さねばならない。彼らが現在どの程度の強さを保っているかは
分からないが、簡単には帰してくれないだろう。それでも、と薫は思う。
既に「帰れる」と確信して――「倒せるかどうか」なんてことよりも、
自分たちのいるべき世界に戻れることを確信できることがプリキュアの強さの
秘密の一つなのだろう。
「はいはいはい!」
くるみがぱんぱんと手を叩いて一同の注目を集めた。
「ミズ・シタターレとキントレスキーは早晩あの封印を解いて出てくるわ。
 そして二人を倒さなければ私たちは元の世界に戻れない。
 みんな、いつでも戦えるように心の準備だけはしておいてね!」
は〜い。気の抜けた返事が少女たちから上がる。
料理を食べつくすと少女達はそれぞれの部屋に分かれて休むことになった。


なぎさとほのかの二人は一室である。割り当てられた部屋は二人で使うには少し大きい。ぱたんとドアを閉じると静寂が部屋の中に落ちた。
「なんか……久しぶりだね、ほのか」
「ええ、そうね……なぎさ」
改めて見つめ合うとなんだか恥ずかしい。二つ並べられたベッドに腰掛けて二人は互いに
目をそらした。
「あの、ほのか……ごめん」
「何のこと、なぎさ?」
「ほのか、本当に怒ってたでしょ? ほのかが確かめたこと適当だって私が言ったとき」
「ああ、あれね」
ほのかは苦笑した。
「そうね、怒ってたわ。でも、怒ってた理由はそれではなくて……
 なぎさが私のこと全然気がついてないみたいだったから」
「え、ええ!? ほのかはあの時もう思い出してたの!?」
「違うわ」
ほのかはなぎさの反応を楽しんでいるようにも見えた。
「でも、なぎさのことは何となく気になってたの。会った時から」
「そ、それなら私だってほのかのこと気になってたよ! 会った時から!」
一生懸命に話すなぎさにほのかはふふふと笑い、腕を伸ばしてなぎさの手に重ねる。
「ほのか?」
「私ね……今回も思ったの。たとえどんなことがあっても、なぎさの手だけはきっと絶対
 忘れない。この手だけは、きっとずっと覚えてるって」
「ほのか……」
私も。そう言ってなぎさは両手でほのかの手を包んだ。
「ほのかの手だけは絶対忘れないよ。どんなことがあっても」
二人はしばらく手を握り合っていたが、ほのかがふと天井を見上げる。
「ひかりさんのところ……早く帰らないとね」
「うん、ずっと待たせちゃってるね」
なぎさがほのかのベッドに座りなおすと二人は手を繋いだままでゆっくりと
肩を寄せ合った。


「満ー!」
咲と舞、満と薫は四人部屋だ。二段ベッドが二つ、部屋の両端に備え付けてある。
満が下のベッドの一つに座ると咲は満めがけて飛び込むように倒れこんだ。
舞は苦笑し薫は半ば呆れ顔だ。
「……どうしたのよ、咲」
満は咲に倒された身を起こすと、自分の膝に埋めている咲の顔を持ち上げる。
「なんかさあ……」
咲はぴょんと満の隣に腰掛けた。
「また満と薫に助けられたんだなあって思って」
「また?」
向かい側のベッドに腰掛けた薫が不思議そうな顔をする。舞が
「ほら、あの夏の……私たちが初めてダークフォールに行ったときの……」
と補足すると、満も薫もああ、と答えた。
「あの時とは違うわ。……必ずまた会えるって信じてたし」
「そうね。あの時とはだいぶ……」
満と薫が口々に言うと、「でも」と咲は呟く。
「なんか満と薫にばっかり助けられてるみたいで」
「そんなことないでしょ」
満は咲の髪の毛をくしゃくしゃと適当に引っ掻き回す。
「咲と舞は私たちのこと何度も助けてくれてるじゃない」
「そうかな……」
「そうよ」
満と咲が言い合っているのを見ながら舞はそっと薫に囁きかける。
「ね、薫さん。私が薫さんのこと覚えてないって分かった時……ショックだった?」
薫は目を閉じた。嘘を吐いたとしても舞には簡単に見破られてしまうだろう。
だとすれば本当のことを言うしかない。
「ええ」
目を開け、そう答えると舞は消え入りそうな声で「ごめんなさい」と言う。
「でも嬉しかった」
「え……?」
舞が顔を上げた。
「舞が私の言ったこと信じてくれたから。信じて、咲を探そうとしてくれたから。
 ……だから、きっと思い出してくれると思えて。だから嬉しかったの」
「薫さん」
涙をこぼしそうになった舞の目尻に薫はそっと指を当てて拭った。
嬉しくて出る涙であってほしいと薫は思った。
「それ、スケッチブック?」
話を変えると、舞は素直に頷いた。
「ええ」
この世界に来てからというもの描いた絵を薫に見せる。かれんとこまち、
ほのかとりんとのぞみ、ラブと美希と祈里。それに、なぎさと咲、うらら。
満と薫の絵も既に描かれていた。感心して見ている薫に舞は、
「このスケッチブック、もしかしたらなくなってしまうかもしれないけれど」
「え?」
「この世界で手に入れたものだから……持って帰れるかどうか分からないと思うの」
薫も小さく頷いた。確かに、持って帰れる保証はない。
「でも、みんなのこと今度は絶対忘れないわ。だから」
大丈夫、と言う舞に薫はそっと微笑んだ。


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